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行き付けの図書館――町立鹿嶋記念図書館の、鹿嶋良介君を伴って。七歳の、目が大きくて利口そうな顔をした、ちょっと小柄な男の子……の幽霊。
「すばるお姉ちゃん、ごめんね。図書館の仕事なのに……」
「いいわよ。私も気になるし……。あの本の事だからねぇ」思わず、溜息が漏れた。
かつて私も借りた事がある、図書館所蔵の一冊の本。
高級そうな装丁に、女性の顔が型押しされた表紙の、占い関連の本で――借りて行くと悪夢を見る、といった類の本だった。実際には件の図書館の居心地が余りに良過ぎて、借りられた先でいい加減な扱いを受けるのが嫌だったが為に怪異を起こしていたと判明した、自己主張の強い本だった。
幸い、私は悪夢には見舞われなかったけれど。
ところが、そんな本が借りられて行った切り、返却期限を過ぎても返って来ないのだと言う。司書の山名さんによれば、あれ以来、なるべく貸し出さないようにして、どうしてもと請われた場合も丁寧に扱って下さいとお願いはしているらしいけど。
忘れられて返却期限を過ぎる事は、間々ある事らしいけど、あの本に限って……と心配になった所に私が行ったものだから――こうして様子を見に来る事になったという次第だ。
ともあれ、私は件の借主の部屋のチャイムを押した。
ややあって、蚊の鳴く様な声がインターフォンから誰何してきた。
「済みません、町立鹿嶋記念図書館から伺った者ですが……」
途端にドアの向こうでどたばたと物音がして、ドアが勢いよく開けられた。
出て来たのは二十代半ばの女性。目の下にクマが出来、髪もばさばさ……これはもしかして……。
「あ、ああ、あの本……! どうにかして下さい!」
「……」やっぱり、やらかしたんだな、あの本。私は思わずそっと良介君と顔を見合わせて、溜息をついた。
兎に角入ってくれと招かれた部屋は何と言うか……到底あの本には向かない部屋だった。
本や雑誌が適当に積み上げられている。その傍にはアロマキャンドルだろうか? 火は付けられていなかったけれど蝋燭が置かれていた。それ以外にも何と言うか、雑多な部屋だった。
「私、占いとか趣味で、だからあの本を借りて帰ったんですけど、その夜酷い悪夢を見て魘されて……」
でしょうね――私は内心、頷く。
「あの本の表紙の女性が現れて、不吉な占いばかりしてくるんです。それであの本が原因だと思って、夜中に悪夢で目が覚めた時……お清めしようと思って、塩をぶっ掛けたんです!」
「何て事するんですか!?」思わずあの本の気持ちになって怒鳴ってしまった。「傷むじゃないですか! と言うか、悪霊払いじゃあるまいし、失礼な!」
「す、済みません……」
「それで、本はどうしたんですか?」
「気味が悪いから翌日返そうと思ってたんです。でも、一晩中魘されて……それでもいつの間にか寝付いてしまったのか、翌朝目覚めたら……見当たらないんです」
「……見当たらない?」私は眉根を寄せた。「真逆、泥棒にでも……?」
「いえ、他には何も無くなっていませんでしたし、それはないです。でも、早く返してしまいたいからと捜しても捜しても……」見付からないのだと、女性は半べそをかく。「それで、夜になると悪夢に魘されて……。この部屋に居るのが怖いから、友達の家に泊まりに行っても、やっぱり魘されて、余りに酷いからって泊まるのも断られて、仕方なく帰って捜してみたけどやっぱり見付からなくて……。もうどうしていいか……!」
どうやら、部屋が片付いていないとかいう理由以外にも、原因がありそうだった。
「良介君、どう? 本は未だ此処にありそう?」こっそりと、私は良介君に尋ねた。今の所私と、同窓生の島谷君にしか見えない彼と、人前で話すには少し、気を遣う。
良介君はこっくりと頷いた。件の本は此処にある、と。
「と言うか、そこ……」小さな手で指差した先を見れば、見覚えのある表紙が……。
「あるじゃない!」私は思わず声を上げた。
借主さんは「ひっ!」と引き攣った声を上げて、飛び退った。
あれだけ捜したのにどうしてと、首を捻る彼女から、無事、本を返却して貰う。尤も、彼女は触るのさえ怖がっていたから、乗っかっていた本の山の上から勝手に取り上げる。
ふと、不思議な感じがした。手を出したのは私なのに、本が自ら私の手に飛び込んで来た様な……。
まぁ、いいか。この本も大変だったのだろう。綺麗好きだし、湿気も火の気も嫌いなのに……。思わず、両手で抱き締める。
私達に迄塩を撒きそうな借主さんを残して、私達は早々に図書館へと戻る事にした。
「本は大事に扱って下さいね」それだけは、きっちりと言い残して。
「それにしても、どうして見付からなかったのかしらね?」道すがら、私は良介君に言った。「あんな上の方にあったのに」
「さっき迄はなかったよ」あっさりと、良介君はそう言った。話している途中に、ふと見るとあったのだと。
「……どういう事? この本が態と見付からないようにしてたって言うの? でも、帰りたい筈じゃあ……?」
「帰りたいのは山々だったんだろうけど……怖かったんじゃないかな? いきなり塩撒く様な人だもん。捨てられたりしないかとか、燃やされたりしないかとか……。だから隠れてたんじゃない?」
確かに、私達には癒しアイテムの一つ、アロマキャンドルも本からすれば大敵。そんな物が傍にあるなんて恐怖以外の何ものでもない。
「それで、僕やすばるお姉ちゃんの事は知ってたから、迎えに来てくれたんだ! とばかりに出て来たのかも?」くすり、と良介君は笑う。
そう考えると、借主に悪夢を見せると噂のこの本も、何となく可愛いかも知れない。
「さ、図書館に帰ろうね」私は胸に抱いた本にそっと囁いた。
―了―
明るいのか変なのか(苦笑)
すっげーお久し振りの佐内さん&良介君です(^^;)
因みに件の本に関しては『図書館の憂鬱』参照。
「学生時代、とある店にバイトに行った時の事、そこに一人の幽霊が居たんだ」
いとも平然とそんな話を振ってくるのは、学生時代の同級生、島谷君だった。確かにその当時から霊感持ちだと噂されていたけれど。
「それで?」生返事する私にも構わず、島谷君は話を続ける。
「別に害意もない、只迷っているだけの霊だと思った。実際、店内をうろうろしているだけだったからな。死んだ事に気付かずに、生前その儘に働いている心算なんだろう……そう思って、声を掛けた」
「声、掛けたんだ……」私の呆れた声にも彼は動じない。
「此処はもう貴方の居る所じゃないですよ、先にお行きなさいって。その霊は初めて自分の死を自覚した様で、あっさりと上がって行った」
少しだけ、いい事をした様な気分だったと、彼は語った。迷っている霊に遭遇する事はあっても、話が通じる事は稀で、況してや説得して成仏させる事など滅多にない経験だった、と。
「ところがそれ以降、店がどうも、汚くなった」
「は?」私は目を丸くした。霊の所為で汚く――と言うか、暗く感じたりする事はあると聞くけれど、その霊が居なくなったのに?
「いや、現実的な汚れなんだ。埃だとか、人が出入りすればどうしても付いて来る土や泥だとか。寧ろ、当然の汚れ具合だった。バイトの先輩達も首を傾げてたよ。これ迄、掃除の手を抜いてても、こんなに汚れる事はなかったのにって」
「それって……真逆……?」
「ああ、どうやら問題の霊が夜中に店のメンテナンスをやってたらしい。どうやら店長はそれを知っていたらしくて……。こっ酷く怒鳴られた。折角人件費も掛からずに店を綺麗に保てていたのにって」
私は唖然とした。死しても尚それに気付かずに働き続けていた霊もさる事ながら、それを知っていて利用していた店長って……。どれ程の神経の持ち主だろう?
「まぁ、そんな店長の居る店だから……近寄らないのが一番だろうな。コンビニなんて他にもあるし」そう言って、島谷君はハンドルを切って別の道に入った。
元々走っていた道の先には一軒のコンビニ。少し薄汚れて、少し暗くて……。
「とある店ってさっきの……?」言わずもがなかと思いつつ、私は訊いた。
島谷君が頷く。
「霊……居たみたいだけど。それも何だか、質悪そうなの」だから道を変えたのだろう。
「昔居た霊、色んな意味であの店を掃き清めてたのかも知れないな」
それが去って、汚れた店内に相応のものが集まって来たのか……。
「さーないー」不意にいつもの調子で、島谷君は言った。「俺、要らん事をしたと思うか?」
「真逆」私は頭を振った。「幽霊だから只働きさせていいってもんじゃないでしょ」
私の物言いの何が可笑しかったのか、島谷君は笑いながら、明るい別の店の駐車場に、車を乗り入れた。
―了―
眠い。このシリーズなのに図書館も良介君も出て来ない(笑)
そして「霊のメンテナンス」を使ってみる(爆)
いつもの図書館の、すっかり馴染んだ書見台。少しの間、物語の世界に没頭していた私を現実に呼び戻したのは、しかし余り現実的とは言えない存在だった。
この町立鹿嶋記念図書館の創設者の息子にして、七歳でこの世を去った――鹿嶋良介君の幽霊。幼い頃その儘の姿で、もう何十年もこの図書館に住み着いていた彼が見えるのは、私と友人の島谷君だけだ。
当然会話が出来るのも私達だけ。
私は周囲から奇異に映らないように何気ない風を装って、こっそりと尋ねた。
「どうかしたの? 良介君」確か新しく大量の本が寄贈されたからと、それを見に行った筈だけれど。「何か面白そうな本があった? それとも……おかしな本でもあった?」冗談半分、恐れ半分で訊いてみると、良介君は神妙な顔で頷いた。どうやら後の方らしい。
「おかしな本って言うか――あ、別に危なそうな本じゃないよ?――何て言うか、寂しそうな本、かな」
「寂しそう? 本が?」私は僅かに眉根を寄せる。「そういうお話っていう意味じゃなくて、本が?」
「うん。本が」良介君はこっくりと頷いた。
「……まぁ、書き手の念が籠った本だとか、借りられて行った家での扱いが気に入らなくてこの図書館に帰りたがる本だとか、これ迄にもあったし……。今更驚かないけど……本が?」
「驚いてるじゃない。すばるお姉ちゃん」甚く冷静に突っ込む良介君。
それは兎も角、私はすっかり馴染みになってしまった司書さんのつてもあって、問題の本を見せて貰う事になった。
良介君が寂しそうな本、と言ったのは一冊や二冊ではなかった。どうやら大量に寄贈された本の半数程が、該当する様だ。そしてその殆どが児童書や子供向けの図鑑の類だった。
「この本、何処から寄贈されたんですか?」最古参の司書、山名さんに尋ねると、彼はちょっと複雑そうな顔をして、答えてくれた。
「先日、隣町の小学校が閉校になりましてね。少子化の影響って奴でしょうね。児童が減る一方で……。それで図書室にあった本を、せめて此処に置いてくれないかと、寄贈下さったんですよ。学校の校舎は取り壊し予定だし、保管する場所も無いそうで」
「なるほど……」私は頷いた。本が寂しそうだというその理由も、解った気がする。「という事はこの本達は、閉校になってから読まれる機会がなかったんですね?」
「ええ」
そういう事なら、と私は殊更首を突っ込むのは止める事にした。
この本達は子供達に読まれるという本来の役目が果たせずにいたのだ。それが良介君の言う寂しさの理由だとすれば、この図書館にある以上は大丈夫だろう。
「早く表の棚に並ぶといいですね」山名さんにとも、本達にともなく、私は言った。
それなら、と山名さんが微笑む。
「早々に並べられると思いますよ。子供達、大事に読んでいた様で、傷みも少ないですから。ここでも皆さん、大事に読んでくれるでしょう」
それだけ大事にされていた本だから、余計に子供達に去られて寂しかったのかも知れない。
でも――。
「もう大丈夫だからね」良介君がそっと本に話し掛ける声が、聞こえた。
―了―
久し振り良介君(^^;)
「あ、この本、入ったんですね」私はいつもの図書館のカウンターに詰まれた本の中に、一本のタイトルを見付けて声を上げた。
「ああ、佐内さん、いらっしゃい」古株司書の山名さんが微笑んで答えた。「昨日、寄贈頂きましてね。棚に並べるには、もう少し、お待ち下さいね」
私は頷いて、いつもの様に本を探すべく、棚の林に入り込んだ。
「すばるお姉ちゃん、あの本捜してたの? 何か嬉しそう」いつもの窓際の書見台に着くなり、良介君が話し掛けてきた。
「ええ。随分前に絶版になった本でね。前にどこかで紹介記事を読んで以来、面白そうだなって捜してたんだけど、なかなか見付からなくて……」
「そうだったんだ。よかったね」丸で自分の事の様な、喜びの笑顔。
「有難う。この図書館のお陰ね」
町立鹿嶋記念図書館――故鹿嶋氏が私財で創り、死後町に寄付されたこの図書館には未だ寄贈される本も数多い。中にはおかしな本もあるけれど……。
そして此処には、私と友人約一名にしか見えない、幽霊が居た。
鹿嶋氏の、幼くして亡くなった一人息子、良介君が。
まぁ、本好きな、とってもいい子なんだけどね。
「どうかしたの? 良介君。この本、面白くなかった?」潜めた声で、私は訊いた。
だって此処は他にも沢山の人が思い思いに本を読んでいる、町立鹿嶋記念図書館。静かにしなきゃいけないのは勿論の事――私と友人位にしか見えない、幽霊の良介君と普通に話していたら、誰も居ない所に話し掛けるおかしな人に見られ兼ねない。
この図書館の創立者、鹿嶋氏の一人息子であり、たった七歳で他界した鹿嶋良介君は、確かに此処に居るけれど。
その良介君は勢いよく頭を振って、本が面白くない訳でも、私の読み聞かせが下手な訳でもない事を示した。大体が本好きな子なのだ。
「ごめん、ちょっと気になる事があって……」
「何? 気になる事って」仮にも幽霊にそんな事言われたら、私も気になるじゃない。「また変な本が入荷した訳じゃないでしょうね?」
この図書館、何やら曰く因縁のある本が集まり易い……気がする。
案の定と言うべきか、良介君はちょっと小首を傾げて、唸っている。
「うーん……。変な本と言うか……気になる本、かな。危険な感じはしないんだけど」
それは何より。読むと死にたくなる本なんて、もう御免だわ。
「それ、今借りられる本なの?」
「うん」頷いて、良介君は先に立って私を案内した。
いや、借りたい訳じゃないんだけどね――気になるじゃない。
好奇心は猫をも殺す、そんな言葉がちらりと、頭に浮かんだけれど。
「島谷君って、あの霊感少年の島谷君?」妙に勢い込んだ様子でそう聞かれて、私は呆気に取られながらも頷いた。高校からの友人に、最近当時の友人と再会したと話しただけなのだけれど。
島谷君――島谷潤也は高校時代、霊感少年と噂され、そして実際、彼にはその様な感覚が今現在も備わっている様だ。
何しろ、私にしか見えなかった、町立鹿嶋記念図書館に住む幽霊の姿がはっきりと見え、またごく普通に会話迄こなすのだから。自分の死後、街に図書館を蔵書ごと寄付した創立者の息子、鹿嶋良介君という享年七歳の男の子と。
尤も、彼に言わせると、私も霊感持ちらしいのだけれど……自覚はない。
それは兎も角、友人、井上美里の反応は予想以上だった。
「どうかしたの? 美里」私は訊いた。「島谷君と仲良かったっけ?」
「ううん、別に。元々、霊感少年なんて胡散臭いなぁって思ってたし」あっけらかんと言う美里。そう言えば自他共に認める現実主義者だったわ、彼女。「只ちょっと……先々週引っ越した部屋で何か色々あるんで、見て貰えたらなぁ……って。ほら、私はそういうの信じない人だけどさ、万が一って事があるじゃない」
どうやら彼女が用があるのは島谷君個人と言うより、霊感持ちの知人らしい。
「色々って?」私は尋ねた。
尤も、此処はいつもの町立鹿嶋記念図書館。他の人には聞こえない、でも――私にとっては――よく通る男の子の声でそう呼ばれるのは、日常茶飯事だ。
それなのに私が驚いたのは、まぁ、本探しに夢中になっていた所為もあるけれど、それ以上にその声の響きが、どこか切羽詰っていたからだった。
「どうしたの? 良介君」声を潜めて、私は尋ねた。
横には私の腰の高さ位の背丈の、大きな目が利発そうな男の子がこちらを見上げて立っている。
鹿嶋良介君。この図書館の創立者の息子にして、七歳でこの世を去った――幽霊だ。
何故か私と、私の同窓生の島谷君にだけ、その存在が確認出来る。此処の司書の山名さんも存在は知っているけれど、見る事は出来ない様だ。
良介君はやはりどこか思い詰めた様な表情で私を見詰め、何か言いたげだった。言いたい事はあるけれど、どこから話していいか頭の中で決め兼ねている、そん感じだろうか。
「何かあったの?」私はもう一度、訊いた。
こくり、と頷いて、漸く良介君は言葉を発した。
「お願いがあるんだ、お姉ちゃんに」と。