忍者ブログ
〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
Admin Link
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 雪に刻まれた荷車のものらしき轍を頼りに、青年は道を歩いていた。
 辺りは一面の白銀。
 黒髪、黒い着物、黒い連れ――そんな彼の黒尽くめの姿をも覆い隠そうとするかの様な、圧倒的な雪。それは未だ降り続いており、急がなければ轍さえも消え去りそうだった。
 懐に入れた黒猫、白陽を気遣いつつ、至遠は白い息を吐いた。
「真逆この雪の深さ迄、この国特有の現象じゃないだろうな?」苦笑も漏れる。
 人々の深い思い――時には思い込みの域に迄達する――が現象にも影響する。それがこの国特有の事情の一つだった。それでも、これ程の規模となると、必要となるのは余程の人数か、余程の強い想いか……。
 轍が雪に掻き消されるより僅かに前に、至遠は一つの村に辿り着いた。

「雪女が居る?」囲炉裏の火に暖を取りつつ、至遠は相手の言葉を鸚鵡返しに訊き返した。
 この時期に村を訪ねる者も殆どないと言う小さな寒村。それ故、宿も無いからと、村長宅に世話になる事となったのだが――そこで夜話のお題となったのがそれだった。
「はい」好々爺といった感の村長は、囲炉裏の灰を掻き混ぜながら、のんびりと語る。「昔からこの村の裏の山におりましてな。そのお陰でこの周辺の雪の深い事……。冬には殆ど出入りが途絶えますのじゃ。全く、難儀しております」
 しかし、少なくとも自分が来る直前に荷車か何かが入った筈だが――至遠は内心、首を捻った――そうでなければ、場所は知っていたとは言え、この村に辿り着く事も出来なかったかも知れない。
「ですから、山には近付いてはなりませんぞ?」
 そう釘を刺されなくとも、こんな雪の夜中に外に出る気など無かったのだが……至遠は寧ろ、その話が気になった。
 ともあれ今夜はゆっくりとお休みを――そう言われて至遠は白陽と共に客間に引き取った。

 余りに静かに、雪は降り積もる。
 そして翌朝には、膝が埋まる程の深さに迄、積もっていた。
「本当にこの雪……」今は止んでいる曇り空を見上げて、至遠は呟いた。
 そして出掛けるからと言って、村長の家を出た。再度、釘を指されはしたが――至遠は視線を合わせて、頷いた。山には出掛けない……そう、村長には信じさせたのだ。
 実際の、今回の目的地はその山に他ならなかったのだが。

 数刻も歩き、冷えていた身体も温まってきた頃、至遠の前には山の麓に立つ一軒の小屋が建っていた。小窓からは湯気が立ち昇り、人の存在を知らせてくれる。
 躊躇する事無く、至遠はその薄い扉を叩いた。
「どうぞ。久し振りですね」返ってきた声は細い、女の声だった。「至遠さん」
 丸で扉の向こうが見えているかの様な言葉。それに微苦笑しながらも至遠は扉を開けた。
 白い着物に白と言うよりは銀の長い髪。線の細い女性が彼を出迎えた。
「銀華、雪女って噂が立ってるぞ?」苦笑しつつ、招かれる儘に囲炉裏端に上がり込む。
「存じております」銀華と呼ばれた女も苦笑する。「やはりこの姿の所為でしょうか? 生憎と雪を降らせる様な力は持っておりませんのに」
「いや……この辺りのこの雪は、お前の所為でもあるかも知れないぞ?」出された熱い茶を受け取りつつ、至遠は言う。
「それは、私――雪女と思しき女――が居るから雪が降る、と村人が思い込んでいるという事ですか?」ややうんざりした顔で、銀華は言った。「それにしては……此処の雪は、何だか村人達にとって都合の良い時にだけ、降っている様な気がします」
「都合の良い時……例えば、何か禁制の物を運び込んだ直後とか、役人の回って来そうな時とか、か?」
 女は黙って頷いた。早くも懐き始めた黒猫に干した魚を与えながら。
 何が冬には殆ど出入りが途絶える、だ――至遠は肩を竦めながらも、それでは誰がそう都合よく雪を降らせているのだろうと訝った。これ程の力の主などそうは居る筈もないのだが。
「この山の更に奥に、一人の行者が庵を結んでおります。彼は時折、村長に頼まれて祈祷をしている様ですが?」
「なるほどな。お前を雪女として村人から遠ざけると同時に、山から人を遠ざける口実にもしていたんだな」
「お陰で静かで結構ではありますが……流石に口実にされるのは少し……業腹ですわね」
 二人は頷き合うと、雪の中へと出て行った。

 翌朝、よく晴れた天気の下、行者と名乗る男と村長は雪を乞う儀式を必死に執り行っていた。
 急遽、役場から検め役が来ると連絡が入ったのだ。少しでもその足を鈍らせよう、留めようと、彼等は必死だった。せめて一昨日の夜、運び込んだ禁制の品を隠してしまう迄は、と。
 だが、一向に雪は降る気配もない。
「どうなっておるんですか?」行者に詰め寄る村長の耳に、柔らかくも冷たい女の笑い声。
「無駄ですよ?」白い着物に銀の髪の女、そして黒い青年が現れた。「彼はもう、雪を呼べません。人の身で天候を操ろうなどと……片腹痛う存じます」
「お、お前……真逆、本当に……雪お……」そんな真逆、と慌てて頭を振る。あれはこのどこか風変わりな女を村から遠ざける為、そして山から村人を遠ざける為に流した噂だ。
 そして、これは村長自身も知らなかった事だが、その所為で行者の儀式の利きがよくなってもいたのだ。雪女の存在を念頭に置いた村人達の無意識が、そこに力を与えていた。
 だが、昨夜の内に、至遠は彼女に対する偏見を、その術を使って村人達から払拭していた。
 ために儀式は失敗したのだった。
「雪女などとは滅相もない」銀華は微苦笑を浮かべて言った。「私は只の……術者に過ぎません」
 彼女と目を合わせた途端、村長と行者はあたふたと働き出した。それ迄隠そうとしていた筈の品々を、並べ始めたのだ。
「もう直検め役も来るだろうな」至遠は肩を竦めながら言った。「これからどうする? 銀華。雪女の容疑は晴れたわけだけれど」
 彼女は暫し考えて――旅に出る、と答えた。
「暫くは騒々しくなりそうですもの。私は静かな所が好き――また何処ぞに住処を求めます」
 できれば雪女と間違われないだろう、南に――そう言って苦笑する彼女に、更に北へと向かう予定の至遠は別れを告げた。旅を続けていれば、また何処かで出会うかも知れないが。

 それにしても現金な天気だ――すっかり晴れ渡った青空を仰いで、至遠は黒猫との一人と一匹旅を続けた。

                      ―了―

 銀華さん……また出番あるのかなぁ?(^^;)

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
無題
どもども!
雪女伝説の発端は銀華さんでしたか!(笑)
いくら思った事が現象として再現する世界でも、雪女に仕立てられたらたまったもんじゃないねww
しかもそれが禁制の品を運び込んだ事を隠すためだなんて、役人に捕まっても仕方ないヤツラっすね!
猫バカ1番 URL 2009/02/17(Tue)00:17:29 編集
Re:無題
今年は本当の雪女も少々サボってるっぽいですね(笑)
好々爺っぽい村長……逆に怪しい(笑)
巽(たつみ)【2009/02/17 00:54】
こんばんは
お。新しいキャラクターだね?
しかも古くからの知り合いっぽい。

はてさて再び登場する機会は有るんでしょーか?
冬猫 2009/02/17(Tue)02:01:36 編集
Re:こんばんは
はてさて?(笑)
術者繋がりでの知り合い……かな。まぁ、至遠程の力は無いですが。
巽(たつみ)【2009/02/17 21:28】
おはよう!
今、ちょっと思ったんだけど、至遠さんって何で旅を続けてるの?(笑)

雪女はねぇ、日本が住み難くなったので、出て行っちゃったんじゃないですかねぇ~。(笑)
afool URL 2009/02/17(Tue)11:18:34 編集
Re:おはよう!
何ででしょうねぇ……(遠い目)
都から遠ざかっているのは確かです。
そっか~、日本は住み難くなっちゃったか~、雪女さん。
巽(たつみ)【2009/02/17 21:30】
こんにちは♪
お!久しぶりに至遠さま♪
しかし禁制品を運び込む為に雪を降らせてしまう
なんて!そして無関係な女性を雪女に仕立ててしまうなんて、とんでもない奴ですねぇ~!

銀華さんて何者なんだろう?
単なる術者とは思えないけどねぇ・・・・
至遠さまとも顔馴染みのようだし・・・
気になりますネ♪
クーピー URL 2009/02/17(Tue)14:41:35 編集
Re:こんにちは♪
何者でしょうね~?( ̄ー ̄)
まぁ、それはおいおい……?
雪女の祟りか、今日は霰が降ったよ~☆
巽(たつみ)【2009/02/17 21:34】
こんばんは
このシリーズ、何やら苦手なんはアタシだけなんだろぉなぁ

彼は世直ししてるんですか
なっち 2009/02/17(Tue)19:02:14 編集
Re:こんばんは
特に世直しという気は無い様ですけど、目に付いたら放って置けないみたいです(^^;)
苦手っすか?
巽(たつみ)【2009/02/17 21:35】
多分
イメージが『闇』だからかなぁ
なっち 2009/02/17(Tue)22:16:11 編集
Re:多分
イメージ、闇っすか。
確かにあんまり明るい話にはならないなぁ(^^;)
どこか昔の因習に囚われた寒村、みたいな舞台が多いし。
巽(たつみ)【2009/02/17 22:49】
こんにちは
>なっちさん

好き嫌いはあって当然だよ~。(笑)
ひょっとしたら、難しい漢字が出る確率が高い所為もあるかも。
BP学園とか、気楽に読めそうな感じがあるでしょう?
afool 2009/02/18(Wed)13:02:17 編集
Re:こんにちは
確かにこのシリーズ、漢字は特に多いかも。
特殊な読みをするものとか。
巽(たつみ)【2009/02/18 21:17】
こんばんは!
相変わらずズバリとやってくれますね~、爽快です^^
銀華さんも中々面白い人で♪

そう言えば気になったんですけど、至遠様は一体幾つなんでしょうね?何だか老けたお姿が想像出来ませんw
らすねる 2009/02/19(Thu)01:03:15 編集
Re:こんばんは!
至遠は一応二十歳前後の設定です。
銀華さんは……一、二歳上かな? 何と無く。
巽(たつみ)【2009/02/19 22:00】
こんばんは!
都合の良いときだけ雪がふるって
良いような悪いようなw

銀華さん、好きになってしまいました(笑)
つきみぃ URL 2009/02/19(Thu)23:27:50 編集
Re:こんばんは!
仕事休みたいな~って時だけ、ドカ雪が降って交通が麻痺する、とか(笑)
現代の方が効きそうかも。
巽(たつみ)【2009/02/20 18:16】
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
フリーエリア
プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

ブログランキング・にほんブログ村へ
ブログ村参加中。面白いと思って下さったらお願いします♪
最新CM
☆紙とペンマーク付きは返コメ済みです☆
[06/28 銀河径一郎]
[01/21 銀河径一郎]
[12/16 つきみぃ]
[11/08 afool]
[10/11 銀河径一郎]
☆有難うございました☆
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
最新記事
(04/01)
(03/04)
(01/01)
(12/01)
(11/01)
アーカイブ
ブログ内検索
バーコード
最新トラックバック
メールフォーム
何と無く、付けてみる
フリーエリア
忍者アナライズ
忍者ブログ [PR]