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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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『お母さんをください』

 いつもの下校路――商店街で、僕は並べて立てられた笹飾りの中に、そう書かれた短冊を見付けた。
 少し寂れた商店街は、一応雰囲気を盛り上げてお客さんを呼ぼうと考えたのか、街路沿いに何本も笹飾りを立てて、来てくれたお客さんに短冊を渡している。ちゃんと長机にペンが用意してあって、そこでお願いを書いて吊るして行って下さいって事だ。
 尤も、書いているのは殆ど、お母さんに手を引かれて来た子供達だし、果たしてこんなのが客寄せになるのかは知らないけど。

 さっき見た短冊も、子供の文字だった。小三の僕から見ても幼い文字。
 それが丁度僕の目線の辺りに下げられてるって事は、かなり頑張って背伸びしたのだろうか。ほら、こういうのって、上の方に付けた方がお願いするお星様に見て貰えそうな気がするじゃないか――いや、僕はもうそういうの信じてないけどさ。
 その努力は少し、微笑ましい様な気がした。けど……。
 お母さんを下さい? お母さんを早くに亡くした子なのかな?――ぼうっとそんな事を考えながら歩いていると、また、別の短冊が目に付いた。

『お父さんをください』

 同じ字だ。何て事だ。この子はお父さんも早くに亡くしたのか?
 幼くあどけない文字に、少し同情を覚えながらも僕は脚は止めなかった。
 が、短冊は未だ続いていた。

『お姉ちゃんをください』
『弟をください』
『ペットの猫をください』

 おいおい……。どうやって暮らしてるんだ、この子?
 それにしても、と僕は改めて短冊の文面を頭の中に並べてみた。
 お母さん、お父さん、お姉ちゃん、弟……そしてペットの猫。
 うちの家族構成そっくりだな、と苦笑する。
 矢鱈と口煩いお母さんと、休みの日もゴロゴロしてばっかりのお父さんと、お母さんに負けず小煩いお姉ちゃんと、言う事聞かない生意気な弟と、呼んでも来ない――尻尾で返事はしてるらしい――猫だけど。
 そんなんでいいのか? くすり、僕は笑った。

「いいよ……」か細い子供の声が、何処からともなく聞こえた様な気が、した。

 空耳、だよな? 辺りを見回して、それらしき姿の無いのを確かめて、僕は首を傾げた。
 何となく足を速め、商店街を通り抜けて、家路を急いだ。

                      * * *

「ただいま」
「え……坊や、何処の子?」
 鉄製の門扉に手を掛けて帰宅を告げた僕に、偶々庭先に居たお母さんはきょとんとした表情でそう尋ねた。
 え……?
 茫然とする僕に追い討ちを掛ける様に、後から帰って来たお姉ちゃんが不審そうな顔をしながら僕の肩に手を置いた。
「君、弟の友達? ごめんね、ちょっと通してくれる?」他人の距離で、僕の横を摺り抜けて行く。
 これは何の冗談なんだ?
 混乱する僕の耳に、つい最近聞いた覚えのある声が届いた。
「ただいま……」どことなくはにかむ様な、か細い子供の、声音。
「おかえりなさい」それを迎え入れる、お母さんとお姉ちゃんの温かい声が唱和した。
 僕の横を、小さな子供が摺り抜ける。小さな――そう、丁度精一杯背伸びしたら、僕の目線に手が届く位の……。
 三人の家族は、家に入って行った。
 立ち竦む僕を、残した儘……。

                      ―了―
 や、明日は七夕ですね!
 皆様、お願い事は何ですか?(^-^)

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「お客さん、お一人ですか?」
 規則的な櫂を漕ぐ音、舟が波を切る音、寂しげな風の音……。
 それらが奏でる一種の静寂を破った船頭の声に、男はふと、顔を上げた。
「あ、ああ。一人……です」ぎこちなく、頷く。「本当はその……誘おうと思った人は居たんですが……。その人とは喧嘩してましてね」
「なるほど」慣れた手付きで櫂を操りながら、船頭は相槌を打つ。
「喧嘩……そう、もう長い事、喧嘩してましてね」その期間を回想する様に、男は視線を遠くに放った。「もう他にどうしようもないと思ったんです。一緒に……旅に出るしか……」
「なのに、お一人で……?」
 船頭の声に、返答は暫しなかった。
 規則的な音だけが、周囲を支配する。

「誘おうとしてその人の所に行った時、気付いたんです。彼女には私の他に、大事な子が居る――そして私もその子が大事だった。だから、彼女だけを誘う事は出来なかったし……でも、その子には来て欲しくなかった。それに……その子と居る彼女は、私に向けるのとは違う、柔らかい表情をしていたんです。昔、付き合い始めた頃の様な――未だ、私は彼女を憎み切れていなかったんです。だから……何も言わずに、一人で……」
 ガードレールを突き破ったんです――そう話を締め括った男は再び、辺りの音だけに耳を傾けた。

 同じ頃――。
 事故なのか自殺なのか、はたまた……そんなひそひそ話が交わされる不穏な空気に満ちた葬儀場内で、喪主を勤める女は不機嫌そうにぼやいていた。
「あたしが夫を殺す訳ないじゃない。そりゃあ、長年不仲だったし……キッチンから包丁を持ち出す夢を見た事さえあったわ。でも、目が覚めて、間に寝ている娘の顔を見たら、そんな気は失せちゃったし。何より……あたしと娘の人生を棒に振って迄どうにかしたい程、彼の事は憎くも愛してもいなかったわ。最後に会った時も特に何も話さなかったし――思えば最後に娘の顔を見に来たんでしょうねぇ」

 不憫な事だ――襤褸布を頭から被った船頭は、彼らの行き違いを内心嘆きつつも、只黙々と、舟を進ませる……。

                      ―了―
 リハビリ~。
 こういうの、女性の方がドライな気がする~( ̄▽ ̄;)

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「此処が昔、ここらにあった村の近くに棲み付いた鬼女が犠牲者を放り込んだ井戸の跡だってさ」
 寒風吹き荒ぶ、草茫々の野原の一角で、正樹はそう言って半ば崩れ掛けた石組みを指した。
「昔は近くに棲家もあったのかも知れないけど……流石に跡形も無いな」
 尤も、そう言う正樹もその昔話がどれ程昔の事なのかは知らない。幼い頃に、周囲の大人達から聞かされただけだ。
「本当にそんなの居たの?」数箇月前に越して来た隣人は、石組みの傍にしゃがみ込んで、疑わしそうに言った。「子供の頃に聞いたんでしょ? ほら、よくあるじゃない。悪戯してたり、夜更かししてると何処其処のお化けが来て食べられちゃうぞ、みたいな子供騙しの脅し文句。あれじゃないの?」
「……なるほど、そういう可能性もあるな」そう言いつつも、正樹は軽く眉を顰める。育った町に連綿と伝えられてきた昔話。人食い鬼女の話ではあるが、これも正樹が好きなこの町の一部には違いなかった。「しかし、だとしたらこの跡は何だ?」
「これだけ崩れてると本当に井戸だったかどうかも解らないし……。井戸だったとしても元々村外れに住んでたのをちゃっかり話に組み込んじゃったんじゃない?」
「こんな所に一つだけ? だとしても何でそんな村外れに?」
「そんな事知らないわよ。そもそも井戸じゃないかも知れないし」
「じゃあ……」何をムキになっているんだろう、と自分でも思いつつ、正樹は言った。「石組み、少し除けてみようぜ? 井戸なら水は涸れていたとしても穴があるだろうし」
「……危なくない?」
 心配げな隣人を脇に寄せて、正樹は近くの林から拾って来た大き目の枝で、石組みを退かし始めた。
 長年の風雨で脆くなっていた石組みは、意外にも容易に崩れていった。

 ややあって……。
 石組みの奥から聞こえた音に、正樹の手は止まった。
「水……? 今の、水に何かが落ちた音じゃあ……?」
「本当だ」隣人も目を丸くする。「それも何かエコー掛かってた様な……」
「ほら、やっぱり井戸だったんだよ、此処」正樹は勝ち誇った様に隣人を振り返る。
 が、相手は正樹が手を止める事を許さなかった。
「此処迄来たら見てみましょ。ね?」真っ直ぐに彼の目を見詰め、言い募る。「お願いだから」
 何故そこ迄と思いつつも、正樹は作業を再開した。
 そしてやがて、がらりと崩れた石組みの向こうに、深く、暗い穴が姿を現した。

 と――。
 崩れた石が立てる水音とは違う、何かがその奥から聞こえてきた。
 それが何かに気付いた正樹の身体が硬直した。
 人の声――複数の人の怨嗟の声だった。怨み、嘆き、呪い……それらの入り混じった低い唸り声が、井戸の壁を登り、地を這う様にして、正樹に迫って来る。
 これは幻覚なのか、それとも現実なのか、同行者に問い質したくとも、そちらを振り返る事も、声を出す事も出来ない。喉が、からからだった。
 その正樹の肩に、手が触れた。
 隣人だった。
「大丈夫……有難うね」そう囁くと、丸で何事もないかの様に、井戸へと歩いて行く。呼び止めようとするが、矢張り声が出ない。
 井戸を背に、こちらを振り返り、彼女はふっと、笑みを見せた。
「ごめんね。此処が井戸だった事なんて、私が一番よく知ってる。崩して欲しくって、煽っちゃった。この石組み、こう見えて何処かの高僧が組んだもので、一種の封印だったんだ。だから私じゃ崩せなくって……」
 何を言い出したのかと眉根を寄せる正樹に、彼女は告げた。
「私が……鬼女だよ」と。
 そして同時に、正樹の記憶が混濁し始めた。隣人だと思っていたこの女に見覚えがない。此処に来る事になった理由も思い出せない。そもそも、隣家はもう長い事、空き家ではなかったか?
 俺をどうする気だ!?――目に怯えを浮かべる正樹に、彼女は僅かに寂しげな笑みを浮かべた。
「言ったでしょ、大丈夫。貴方を取って食ったりはしないわ。私は……彼らの怨嗟を終わらせに来ただけだから」
 言うなり、彼女は後ろに一歩、下がった。井戸の、深く開いた穴の中へと。
「おい!」堕ちて行く彼女の姿に、正樹は咄嗟に声を上げた。それで解けたものか、身体も動く。
 慌てて駆け寄った彼の目の前で、井戸から何物かが噴出した。
 目には見えないそれは突風の様でもあり、それでいて、人の体温の様に温かかった。

 やがて噴出が止み、辺りの全てが静まった頃、正樹は恐る恐る、井戸を覗き込んだ。 
 が、其処には例の女の遺体も無く、只蟠る水が鏡の様に彼の顔を映しているだけだった。

                      ―了―
 取り敢えずコメ禁止ワード増やしつつ様子見。

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 気が付けば、街路は真っ白な夜霧に包まれて、彼は行く先を見失っていた。
 と、白い闇を透かして、ぼんやりと赤い光が浮かび上がった。引き寄せられる様に、そちらへと歩き出す。
 やがて見えてきたのは、一軒の交番だった。

「あの、済みません」そっと覗き込んだ中に警官の姿を確認し、彼は声を掛けた。「ちょっと尋ねたいんですが……」
「ああ、どうぞ、中へ。外はもう冷えるでしょう」思いの外柔らかい声音に、彼はほっとする。「それで、どうしました?」
「それが……」彼は顔を曇らせた。「道が……その、よく、解らないんです。そもそも此処が何処なのかも……」
「ああ……。迷子ですか」
 迷子、と言われ、彼の頬が赤くなる。齢二十歳を超えた男に、迷子はないだろう、と。
「兎も角、此処が何処なのか教えて……」彼の言葉は後ろから来た男の子に遮られた。

「お巡りさん、僕の家、何処?」正確な時間は解らないが、明らかに夜。そんな時間に外で聞くには不似合いな、幼い声だった。
 警官は彼に仕草でちょっと待つように示すと、表に出て男の子の目線に合わせてしゃがみ込んだ。男の子を隣に呼び寄せ、霧に覆われた一角を指差して見せる。
「ほら、あっち。あの道を真っ直ぐ行って、二つ目の角を右だよ。解ったかな? さ、早くお帰り」
「うん! 有難う、お巡りさん!」男の子は笑顔で勢いよく頷き、警官に手を振りながら走って行った。
 それに手を振り返している警官を、彼はぽかんと眺めた。この霧の中、あんな子供一人、然もあんな道案内で大丈夫なのか? そもそも、彼には警官が指した道など何処にも見えなかったのだが。

 ともあれ警官に道を尋ねなければと、気を取り直した時、また新たな訪問者があった。
 今度は若い女性。混乱している様子で、幾度も同じ話を繰り返している。その間、またもや彼は警官の仕草一つで放って置かれた。
 自分の方が先だったのに、と些か、不機嫌な思いで、彼は待った。
「兎に角、急いでお帰りなさい。ほら、向こう。あの道を真っ直ぐですよ」警官は矢張り、霧しか見えない一角を指差して言った。そっと後ろに回って目線を合わせてみたものの、彼には何も見えなかった。
 彼が首を傾げる間にも、女性は幾度も頭を下げながら交番を後にしていた。

「あの、いい加減、僕の……」彼が声を上げるとほぼ同時に、また訪問者が――「ちょっと! 僕の方が先でしょう! いつ迄待たせるんですか?」
 矢張り彼を置いて出ようとした警官に、流石に彼は尖った声を上げた。子供や若い女性ならまぁ、防犯上、早く帰宅させようとするのは解るが、今度の訪問者は彼と同年代の男。作業員か何かだろうか、鉄錆の様な臭いが鼻に付く。
 警官は彼を振り返り、少し困った様に眉根を寄せた。
「少し待っていて下さい。お急ぎの方なので……」
「僕だって早く帰りたいんですよ!」
「しかし……」警官は言い淀んだ。が、一つ頭を振って、痛ましげな表情で言った。「兎に角ちょっと待って下さい」

 更に抗議するよりも前に、警官は交番を出て、例によって霧を指差す。
 鉄錆の臭いのする男は頭を下げると去って行った。
「済みませんね」交番に戻りながら、警官は言った。矢張り、痛ましげな視線で彼を見詰めながら。「あちらの方は早く戻らなければならなかったので……」
「そんな事、何で解るんですか。大体、僕だって……」
「長年やってますからね、解ります」遮る様に、警官は言った。「此処には色んな人が来ます。急いで戻らなければならない人、もう……戻れない人……」
「戻れない……人?」
 それが自分を指している様に、彼は感じた。
 そして警官は、頷いてこう言った。

「この交番に来るのは身体を離れた魂。身体が無事なら急いで戻らなければなりません。先程の方の様に、事故に遭って意識不明だったり……。その儘迷っていれば、身体との繋がりが切れて帰れなくなりますからね。でも、既にその繋がりが切れてしまった方は……」
「それは、詰まり……亡くなった人、という事ですか……?」さっきの鉄錆の様な臭いは、血の臭いだったのかと、どこか冷静に納得しながらも、彼は喘いだ。「そして、僕は……?」
「まぁ、落ち着いて話でもしましょう。お茶、淹れますよ」警官は矢張り柔らかい声音で、静かに微笑んで見せた。「時間はゆっくり、あるんですから……。大丈夫です。ちゃんと貴方の行き先は教えて差し上げます」
 彼は椅子にぐったりと凭れ掛かった。
 きっと、戻るべき身体がある者には、この霧の中でも、この警官の案内さえあれば道が浮かび上がるのだろう。だからあの三人も迷いなく、帰って行ったのだ。

 白い霧にぼんやりと浮かび上がる赤灯の下、迷子が今宵も、道を尋ねる……。

                      ―了―
 眠い!

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 『子供だけでのエレベーター利用禁止』

 その張り紙を尻目に、裕也はランドセルを揺らしながら、エレベーターに乗り込んだ。学校帰りにこのマンションの六階に住む友達の家を訪ねる為に。
 辺りに大人は居ない。誰かが来るのを待つのも、六階迄階段で上るのも、面倒だ。何より、一刻も早く、友達が新しく買って貰ったと言うゲームで遊びたい。
 第一、子供のエレベーター使用が禁止された理由は友達から聞いている。
 何週間前だったか、このマンションに住む子供達とその友達数人が、殆どエレベーターを占領して遊んでいたからだ。面白半分に各階のボタンを押してみたり、家のある階で「開」のボタンを押した儘、玩具を取りに行ったり……。その間、当然他の住人達は、幾ら呼んでも来ないエレベーターに苛立ち、管理人にどうにかしろと訴えたそうだ。
 だけど、僕はそんなガキっぽい事はしない、と裕也は鼻を鳴らした。だから乗ってもいいんだ、と。

 一応、他に乗って来る人が居ない事を確かめて、裕也は「閉」ボタンを押した。
 ドアがゆっくりと閉まり始める。
 と――直ぐに、がたん、と何かに当たった様な小さな衝撃があり、ドアが再び開き始めた。
「あれ? 何で」裕也は目を瞬いた。
 丁度、乗り込もうとした誰かに反応して、ドアの安全装置が働いた様な感じだった。
 だが、そこには誰も居ない。ドアのレールにも何も異物は見当たらない。
 ドアの外を覗き込んだ裕也の耳を、風が掠めた。ふと、人の声を聞いた気がして、辺りを見回すが、矢張り辺りには誰も居ない。人の声だったとしても余りに一瞬で、何と言ったかは、聞き取れなかった。
「おかしいな……?」裕也は再び「閉」ボタンを押した。
 今度はすんなり、ドアは閉まった。
 だが、ふと、背後にあるエレベーター奥の鏡を振り向いた裕也は、慌てて「開」のボタンを叩いていた。エレベーターは未だ動き出していない。辛うじて間に合ったのか、ドアは開き始めた。
 その動きが、途方もなく遅く感じられて、裕也は殆どドアに張り付く様にしながら、焦れる。
 それでも自分一人がどうにか通り抜けられる程度の隙間が出来ると、彼は転がる様に、あたふたとエレベーターから降りた。
 
 自分の後ろに、電動カーに乗った蒼白い顔の老婆が一人……そこには居ない人物が、鏡に映り込んでいたから。
 
 結局、階段で辿り着いた友達の家で、裕也は友達の母親から、子供だけでのエレベーター利用が禁止になった本当の理由を聞かされた。
「あの日ね、七階に住むお婆ちゃんが亡くなったのよ。元々心臓の持病がある人でね、いつもは苦しくなった時の為に薬を持ち歩いてたんだそうだけど、偶々あの日は家に忘れたんですって」
 気付いて直ぐに、老婆は薬を取りに戻ろうとしたが、足腰も弱く、電動カーでしか出歩けなかった。当然、エレベーターでしか戻れない。
 なのに、幾らボタンを押してもエレベーターは来ない……。もしこんな時に発作が起きたらどうしよう……。その思いがストレスとなり、引き金となってしまったのだろうか。老婆は本当に発作を起こしてしまった。
 苦しい、薬、早く、早く……! 乾いた口が戦慄きながらも祈る様にそう呟く様を、裕也は思い浮かべた。息が上がり、声にはならない。誰も通り掛からない。上からははしゃぎ騒ぐ子供達の声が聞こえてくる。エレベーターは未だ降りて来ない。早く、早く……早く!!

「それでね、やっと子供達が一階に降りた時には……すっかり蒼白い苦しそうな顔で、エレベーターを睨み付けていて……驚いた子供達は慌ててまた、エレベーターを上に……」痛々しげに、母親は顔を伏せた。「一階の人がやっと気付いた時にはもう……間に合わなかったそうよ」
 その時の子供達は今、このマンションには居ないらしい。遊びの結果とは言え、人の死を招いてしまった事の気まずさから、引っ越して行ったのかも知れないが、出て行く際、彼等はエレベーターに乗る事を酷く恐れていたと言う。
 それでも老婆の怒りが治まらないのか、子供だけで乗ると怪異が起こる為、禁止になったのだそうだ。

 話を聞き終えて、裕也はふと、エレベーターで耳を掠めた人の声らしきものを思い出した。あの時は聞き取れなかったが……こう言っていた様に思えて、ふと、怖いやら悲しいやら、複雑な気分になった。
『私も……乗せて……!』

                      ―了―
 公共物で遊んじゃいけません(--メ)

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 海に行きたいと昌也は言った。
 小学校に上がって初めての夏休み。絵日記の宿題があるからと。

 海は駄目と私は言った。
 未だ碌に泳げもしない、幼いお前に海は危険と。

 危なくないよと夫は言った。
 二人に見守られながら、浜辺で遊べば大丈夫だ。ママは心配性だなと。

 それでも私は頭を振った。
 昌也は少し、おかしな子。絵日記を数日、ずらして描く。明後日の事を、今日描いたりと、未来の事を――そしてそれが何故か結局、事実になる。
 昌也本人は、よく解らずに描いている様だけれど。

 昨日描いていた明後日の絵日記には……ずぶ濡れで蒼白い顔をして浜辺に並ぶ私達家族。
 そしてその私達に絡み付く、背後の海から無数に突き出した、異様に長くて白い腕、腕、腕……。
 それ以降の絵日記は、その腕の色を思わせる、白だった。

                      ―了―


 海に行きますかー?(・∀・)

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 昨夜は遠くの山の更に向こうの空が、いつ迄も稲光に照らされていた。
 時折くっきりとした光の筋が、触手を伸ばす様に雲間を這う。
 それでも、窓辺に立って空を見上げるこの僕に、音は届かない――それが、あの光の下に眠る町と、今の僕との距離。余りにも遠く、それは感じられた。

 数年前迄、僕はその町に居た。
 山間の盆地に広がる、小さな町だった。住人の殆どが高齢化し、若い者は職や利便性を求めて町を去った。
 それでも僕は、そこから出る事を拒んでいた。お前も出たらどうかと勧められた事も、何度もあったが。
 とある夏の夜、小さな診療所の前に捨てられていた、赤子。それが僕だった。診療所の先生が気付いたのは、雷雨に怯える僕の泣き声だったと言うから、僕を捨てた親というのはきっと酷い人なのだろう。よりによって、そんな夜に……。だからこそ、親捜しは当初からしなかったと、先生も言っていた。任せられない、と。
 ともあれ、僕は先生に保護され、育てられた。小さな町の小さな診療所の事、決して楽ではなかっただろうに。
 その先生も歳を取り……それでも他に医療機関もない小さな町では、引退する事も出来ず、診療所を続けていた。
 当時の僕は、その手助けをしながら、勉強に励んだものだった。いずれは医師の免許を取り、跡を継ごうと。それなら尚更、将来こんな小さな町で苦労する事はないと、養父には苦笑されたけれど。
 只、大学への進学を考えなければならない頃になると、町の近辺には相応の大学がない事に悩んだ。一時的にではあるが、町を出なければならない、と。養父を残して。
 そんな時、養父に一喝された。待っていてやるからとっとと行って来い、と。
 結局、僕は町を出た。

 その町がダムに沈む事になったとニュースで知ったのは、大学二年の時だったか……。
 慌てて帰ろうとした僕に、養父から電話があった。
 帰って来るな、と。
 思えば、僕を送り出す前から、町では寄り合いの回数が増えていた。あるいはあの時点で、ダム開発の話は持ち込まれていて、養父はそれを知っていたから尚更、僕を外に出そうとしていたのかも知れない。
 僕は養父に、自分の所に来るよう、言った。当時は下宿暮らしだったが、二人で住むなら部屋を借りてもいい。
 だが、町にはダムに反対して居座る住人も少なからず居て、養父は彼等を見放す事は出来ないと言った。養父自身は、決まった事は決まった事だと、達観した体があったけれど。
 彼らが去ったら、町を出る――そう言ったのは、もう随分前の事。
 反対派は折れず、着工は遅々として進まず、そして、いつしか町は徐々に住人を減らしつつ、国からも世間からも、置き去りとなっていった。
 そして世間からは忘れ去られた頃に、町はダムに沈んだ。抵抗に疲れ果てた住人の思い出と――養父の墓を水底に封じて。

 何度も迎えに行きつつも、養父を連れ出す事の出来なかった僕は、今でもあの町に心の一部を置き去りにした儘だ。
 しかし、いつ迄もこうしていても仕方がない。
 カーテンを閉め、僕は明日に備える為にベッドに入った。
 明日は大事なオペが控えている。
 急激なエネルギー政策転換の為に町を潰し、町の人々をばらばらにしたダムを提案しながら、補償も何も丸投げにした無責任な政治屋の、命の懸かったオペが行われるのだ。
 この手の下で……。

                      ―了―


 リハビリの心算が長くなったんですけどー(--;)

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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