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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 これは秘密の箱の鍵。

 これは秘密の箱を隠した抽斗の鍵。

 これは秘密の箱を隠した抽斗のある部屋の鍵。

 これは秘密の箱を隠した抽斗のある部屋がある家の鍵。

 これは秘密の箱を隠した引き出しのある部屋がある家を閉ざした、鉄の門の鍵……。

「どこ迄続くのかしらね?」小首を傾げて、少女は一人ごちた。青いリボンのよく似合う、茶色の髪が動きに連れて揺れる。リボンと同じ青い服を着た、十歳ばかりと見える少女だ。
 その彼女の前には、一人の老人。閉ざされた鉄の門を前に、小さな声で耳慣れない節を付けて、先程の繰言を続けている。鉄の門の鍵、迄行って、繰言は元に返った。

 これは秘密の箱の鍵……。

「ストップ」少女が遮った。「入れ子型の童謡っていうのも聞いた事はあるけど、一人で謡ってても仕方ないでしょ? 普通、二人以上で間違えないように少しずつ歌詞を足していくものじゃないの」
 老人はそこで初めて少女に気付いた様に、ゆるゆると振り向いた。
「でも、あの子が居ないんだ……」歳に似合わぬ子供染みた口調で、老人は言った。「だから一人で謡わなきゃ」
「その『あの子』は何処に行ったの?」
 ゆるりと、老人は頭を振った。
「此処に居たんだ。この門の向こうに、家があって、部屋があって、抽斗があって……」
「箱があったのね?」
 こくり、と頷く。
 だが、今、門の向こうには生い茂った草が風に揺れる、広い空き地があるだけだった。

 これは秘密の箱の鍵……。

 老人の繰言を、少女はまた、煩わしそうに遮った。
「どうして居なくなったのかしらね?」
「解らない……」老人は悲しげな顔で頭を振った。「大事に……してたのに。外国から帰って来たら此処は……僕の家は無くなっていた」
「此処はもう何十年も前に取り壊されたそうよ。住人が誰も居なくなっちゃったんですって」
「そんな……あの子が……居たのに」老人は門に取り縋った。丸でその向こうに、未だかの家があるとでも言う様に。
 その老人に、少女は一本の鍵を差し出した。やや大振りの、鉄製の鍵を。
「入って見てみれば?」
 老人は縋る様に鍵を受け取り、震える手で錆付いた鍵穴にそれを挿した。

 重々しい音を立てて鍵は解かれ、鉄の門は軋みながら、数十年振りに開け放たれた。
 草の波の中、僅かに残る土台と自らの記憶を頼りに、老人は部屋の位置に見当を付けた。北側の隅の部屋。かつて彼の自室だった部屋。
 そして――秘密の箱を隠した抽斗のある部屋。
 適当な石を拾って、彼はその辺りの土を掘り起こし始めた。幾らか掘っては場所を変え、また掘っては場所を変え……。
 その彼の横に、いつしか少女が立ち、口遊む。

 これは……箱を隠した抽斗のある部屋がある家を閉ざした、鉄の門の鍵。

 これは……箱を隠した抽斗のある部屋がある家の鍵。

 これは……箱を隠した抽斗のある部屋の鍵。

 これは……箱を隠した抽斗の鍵。

 節が進む毎に、腰のベルトに付けた鍵束から、一本一本、鍵を取り外して行く。

 老人の手が、止まっていた。じっと、少女が手にした鍵を見詰めている。大量の鍵の中から、次はどれが外されるのか、見極めようとでも言う様に。
 そして、少女が次の鍵に指を掛けた時、老人はそれ迄のゆるゆるとした動作からは想像も出来ない素早い動きで、少女を捕えようとした。
 だが、青い服の裾を翻して、少女はさらりとそれを躱した。

「これは貴方が殺した女の子を隠した箱の鍵」小さな鍵を手に、少女は謡い終えた。

 老人はその場にへたり込むと、呆けた様に少女の手の中の鍵を只、見ていた。
 彼の秘密の箱は、最早秘密ではなくなっていたのだった。

                     * * *

「ご苦労様」五本の鍵を新たな鍵束に繋ぎながら、少女は言った。「それにしても、真逆自分の部屋の床の下――地下に穴を掘って、箱の入った抽斗を隠していたなんてね」
 あれから、老人は私有地に勝手に立ち入った怪しい人物として、近隣の住人からの通報を受けた警官に連れられて行った。
 そして元、この土地に住んでいた事、そしてこの土地に隠して行ったものの事を、話したと言う。
 友達が欲しかったのだと、ぽつりと漏らしたらしい。
 被害者の身元、殺害時期、そして彼が出国した時期等がこれから厳しく調べられるだろう。
 今頃戻って来るなんて、自業自得と言うか、自縄自縛と言うか――少女は苦笑する。
「これは秘密の箱を隠した抽斗のある部屋が……ああ、もう、面倒臭いわね」頭を振って、少女は襟元から金のチェーンに繋がれた金の鍵を取り出した。「これ一本で充分だわ」
 手近な扉に金の鍵を挿して開け、少女は何処とも知れない場所へと、消え去った。

                      ―了―
 めっちゃお久し振りです^^;
 そして何か、投稿エディター変わってる~?

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 扉を開けて、少女は一瞬、目を丸くした。
 現実ではあり得ない色彩、光に満たされた世界に、無数の鍵が浮かんでいる。
 常に数十本もの鍵を腰のベルトに下げ、数多の鍵を管理してきた少女でさえ、圧倒される程に。
「ま……偶にこんな事もあるのよね。前にも何度もあったし」独りごちて、少女は手近な鍵に手を伸ばした。

 対となるべき錠を失い、必要とされなくなった鍵――それらが彼女の元には、集まる。
 流石に、これ程大量の鍵が一時に集まる事は、そうそう、なかったが。
 手に取った鍵を、少女は次々と、鍵束に繋いで行く。時折、じっと見詰め、静かに目を伏せながら。それでも淡々と、作業を続けて行く。
「そう……何度もあった事……。この星の上では」
 でも、と少女は手を止めた。その手には一本の鍵――彼女はそれを、別の鍵束に繋いだ。
「こういう事も、あるのよね」
 その鍵も、対となるべき錠を失っている事を、彼女は感じ取っていた。
 それでも……。
「必要と感じている、人が居る……」
 この鍵の属していた場所へ、それが象徴する自らの居場所――只の土地や住所ではなく、自らの存在を支えてくれていた場所へ、帰りたいと……。
 見回せば、そこ此処に、同様の鍵の存在が感じられる。

「必要とされている鍵はその者の手へ――か」少女は肩を竦めた。青いリボンで飾られた栗色の髪が揺れる。
 忙しくなりそうじゃないの、と少女は口の端に笑みを浮かべる。
 それも、この星の上では何度も繰り返されてきた事。
 だから、何度でも届けてあげる――口の中で小さく呟いて、少女は新たな鍵を手にした。

                      ―了―


 うーむ、やっぱり何か書き難いぞ(--;)

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「その鍵を持ち出しては、駄目」か細い女の声が言った。
 最近掘り起こされたらしき、住宅街の中の一画。昔の遺構らしきものが発見されたとちょっとした騒ぎになり、調査の間、工事は一時中断となっていた。
 その赤茶けた土の中から土塊に塗れた金属片を、十歳ばかりの少女が拾い上げようとした時、その声は聞こえたのだった。
「お願い、その鍵はその儘に……そうっとしておいて」再び、姿なき女の声。
「そう言われてもねぇ」少女は一旦、土塊から手を放して立ち上がる。「この鍵にはもう主も居なければ、対となる錠も無い。だから、私の……ありすのもの。そうでしょ?」
 茶色の髪によく似合う青いリボン、青い服の少女は夜の闇の中、微笑みを浮かべた。
「けれど……けれど、その鍵は、誰も触れてはならないもの。いえ、触れられたくない物……」悲しげな、そして心苦しげな声が返った。「お願い。それはその儘、眠らせて」
「……この鍵と、貴女。何があったの?」
 怯えと緊張を孕んだ空気が、辺りに満ちた。
 それでも、訳を話せば望みを聞き入れて貰えるかも知れないと、女の声は訥々と、語り始めた。

 かつて此処には集落を纏める主の屋敷があり、それを中心として、集落が栄えていた事。近隣との水争いなどの火種はあったけれど、集落を囲む堅固な壁に守られて、概ね平和に、そして豊かに暮らしていた事。
 ところがある日、壁の外へと狩りに出掛けた兄が戻らず、投げ文があった事。
 返して欲しくば壁を撤去しろ、と。
「当然、そんな事は出来ないと、主様は突っ撥ねました。例え誰であれ、たった一人の為に、集落全員を危険に晒す事は出来ないと。民を守る立場として、当然の言葉だとは思います……。けれど……その時の私は、集落の主であるよりも、父であって欲しかったのです。幼い頃から優しかった、私達の父で……」女の声には、いつしか嗚咽が混じり始めていた。「なのに、主の立場を優先した父に、その時の私は、裏切られた思いでした。でも……本当に父を、そして集落の皆を裏切ってしまったのは、この私の方……!」
 悔悟と嘆き、そして申し訳なさ、それらの入り混じった泣き声が響く。
 それに替わり、どこか冷めた表情で少女が続けた。
「壁から出入りするからには門か扉がある。門か扉があり、そこを守るからには鍵がある――貴女、その鍵を持ち出したのね?」
 肯定の、気配。
「そしてそれを敵に渡してしまった……。馬鹿ね。集落そのものが襲われてしまったら、お兄様が無事だろうと、帰る場所が無くなってしまうじゃない。お兄様にも、貴女自身にも」
「本当に……馬鹿でした……」少女の言葉通り、帰る場所を失くしたのだろう、声には自嘲と、寂しさが滲んでいた。「どうにか集落の外に出て、鍵と交換に兄を返して貰ったものの……。彼等はその儘馬を走らせ、集落を襲ったのです。私達が帰り、手立てを講じるよう進言する間も与えるまいと。私達を追い越し様の敵の首領の笑い顔と来たら――今思い出しても忌々しい!――嘲りと、表ばかりの哀れみ、そして勝利への喜びに満ちていて……私は兄共々、心が打ちひしがれました」
 それでもどうにか集落へと戻ってみれば、あちらこちらから火が上がり、警戒は強めていたものの心のどこかで壁に依存していた兵達は虚を突かれ――無残な光景が広がっていた。
「この悪夢の全てが私の所為なのだと、気も狂わんばかりでした。もし私が鍵を持ち出さなかったら、こんな事にはならなかったのにと、どれだけ悔やんだか……。そして、兄と身を寄せ合い、この屋敷迄戻って来た私の前で父は……敵の首領に首を取られました」
 首領は彼女等の父の首を高々と掲げると、件の鍵を彼女の前に放り、また、あの笑みを浮かべた。 
 そして結局は彼女自身も、兄も、凶刃に斃れたのだった。

 話を聞き終えるなり、少女はひょい、と鍵を内包した土塊を拾い上げた。
「待って! それは……」
「結論から言うわね」声を遮って、少女は言った。「これはもう誰にも必要とされていない鍵。だから、私のもの。それに……」
「それに?」
「貴女がこれをこの儘にして置いて欲しいって言うのは、かつての過ちを掘り起こされたくないから。未だに貴女の所為で集落が壊滅した事を糾弾されるのを恐れてるから。そうでしょ? でも、今現在、それをする誰が居るって言うの?」
 誰一人、残ってはいない。その事がまた、女の魂に圧し掛かる。年代の経過だけではない。人が殺され、生き残った者も散り散りとなってしまったからこそ、誰も居ないのだ。
「私の……所為で……」
「全く……。せめて返り討ちに出来るだけの兵力を門前に集めて置くとか、打てるだけの手は打つものよ? 情だけで動くには、貴女の立場は重かった。貴女の自覚とは無縁にね。立場と情と……板挟みで苦しんだのは、お父様も同じだと思うけれどね。それでも貴女を含む集落に残された者を取った彼の痛みを、少しは慮ってあげたら? ま、でも……もういい加減、いいんじゃない?」ふと、少女は微笑を見せた。
 その手の中で、土塊が崩れた。現れたのは、元々質も低かったのだろう、緑青に覆われ、腐食も進んだ鍵の末路。脆く、少しでも力を込めればそれ自体、崩れてしまいそうだった。
「鍵がこんなになる位の時間、此処で悔やみ続けてきたんだもの。ね?」
「……」
 泣き笑いの表情を浮かべた女性の姿が、一瞬、少女の目に映った。
 悩んで、苦しんで、一言誰かに「もういい」と言って欲しかったのかも知れない。
「私も……眠ります」その言葉を最後に、声は消えて行った。

「ご苦労様」一人、残された少女は手の中の鍵に囁いた。流石にこれでは鍵束には繋げないと、肩を竦める。「そしておやすみ、お姫様」

                      ―了―


 寒い~(--;)

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「駄目、この鍵だけは誰にも渡せない……! 例え、ありすでも!」
 真鍮色に鈍く輝く一本の大振りな鍵を胸の前で握り締めて、若い女は叫んだ。
 それを困った様に、それでいてどこか面白がる様に見詰める、栗色の髪に青いリボンのよく似合う、青い服の少女に向かって。
 女の背後には重々しい樫の扉。鍵無くしては、先ず開く事はないだろう。
 彼女が握る、たった一本の鍵無くしては。
「でも、それはもう誰も必要としない鍵――詰まりは、ありすの元へと来るべき鍵よ?」少女は小首を傾げて、女の顔を見上げた。
「私が……私が必要としているわ!」
「本当に?」間髪入れず、少女は質した。「その鍵は本当に貴女にとって必要? そして貴女は本当にその鍵にとって必要?」
「鍵にとって……?」女は途惑う。自分にとって必要、それは間違いないと思える。だが、鍵にとって自分が……とは?
「その鍵はずぅっと、その扉を封じ続けてきたわ。開けてはならない――開けられてはならないものとして、ね。でも……鍵は開閉する物。二度と使われない鍵、そして二度と使わない人間は必要かしら?」
「……確かに、私は二度とこの鍵を使う事はないわ……。けれど、必要なのよ! 私にとって!」
「血腥い部屋と記憶を封じ続ける為に?」
 あっさりと言った少女の言葉に、女は思わず息を詰めた。

 南側に開いた窓に揺れるレースのカーテン、瀟洒な家具、暖かな暖炉、本の詰まった書棚、そして厳めしくも落ち着いた部屋の主を描いた肖像画。
 女の記憶の中にあった部屋は、厳しいながらも温かな目で家族を見守ってきた、大好きな祖父の部屋だった。邪魔をしては駄目、と母に注意されても、度々遊びに来ていた部屋。祖父も孫娘には目を細めていたものだった。
 だが、今、それは緋く、塗り潰されてしまった。
 彼女にとって、大事な人の手によって。
 
 紹介した途端に、彼に対して胡乱気な目で不躾な質問――あるいは詰問――を始めた祖父に、彼女も怒りを感じはした。
 自分で選んだ、自分が好きだと感じた人。それを家族にも認めて欲しかった。特に大好きな祖父には。
 けれど、家族の、特に祖父の目は厳しかった。家柄、財政状況、家庭環境……。かなり立ち入った事迄、質問は及んだ。
 失礼じゃないの――そう詰った彼女に、祖父は言った。お前の為だ、と。お前が今後苦労する事のないよう、お前が幸せになれるよう、相手を吟味するのは当然の事なのだと。
 言いたい事は解った。それが彼女を大事に思うが故なのだとも。それでも、彼に対する態度への反駁もあり、一部では、自分ではなく家の為なのではないかと、疑ってもいた。
 結局、彼女の交際は反対されてしまった。彼の友人関係について、よくない話を兄が聞き込んで来たのだ。本人に関しても薬物を扱っているのではないか、とも。
 そんな筈はない、と彼女は首を打ち振った。少なくとも彼女が見る限り、こんな真面目で誠実な人は居ない、と。調べる程に出て来る噂など、きっと誰かの中傷に決まっている、と。
 だからこそ、家長である祖父と密かに会談を持ちたいと言った彼の言葉を、彼女は信じた。懇々と、誠実に話せばきっと解ってくれる。只、それには他者の余計な雑音の入らない環境が必要だと言う彼に、祖父の部屋なら夜には誰も赴かないと提案し、家の裏口の鍵を開けたのも彼女だった。
 そして――結果として、彼の目的が自分との家庭などではなく、金品なのだと、知るに至った。
 落ち着かず部屋の前の廊下を彷徨い、突然上がった物音に慌てて扉を開けて、彼女は見てしまった。
 話し合いを称しながらも懐に忍ばせて来たのだろうか、ナイフを祖父の腹に突き立てる彼と、血の気を失いながらも、その彼を鉄の火掻き棒で打ち据える祖父。
 彼女の大好きな人同士の、殺し合い……。
 彼女の視界が赤く染まり――彼女はそれを否定した。
 この部屋を開けてはならない――その思いだけを残して。

「彼にとっては貴女のお祖父様の反撃は予想外だったんでしょうね。老人一人、簡単に始末して、金目の物を奪って逃げられると思っていた。でも、実際には騒ぎが大きくなり……貴女が気を失っている間に、家族が駆け付け、お祖父様の死と――彼の死を確認した。あの部屋は疾うに開かれていた。詰まり、閉ざされ続ける意味は無いという事ね」
 少女の無情な言葉に、彼女は俯いた。
「調べが済んだ後、一時の療養から戻った貴女の為に、家族は部屋を閉ざした。貴女に鍵を与え、安心するようにと。貴女は記憶を封じながらも、この部屋で人を殺めた『貴女の好きな人達』を、庇おうとしたのね」
「でも……無駄、だったのよね?」苦く、悲しげな笑みが彼女の顔に浮かんだ。「全て明るみに出ていたのに……。馬鹿みたい、私」
 大好きだった――子供の頃から、見守ってくれた祖父。
 大好きだった――例え口先でも、自分を愛していると言ってくれた人。
 どちらも、殺人犯として糾弾させたくはなかった。
 だから、あれ以来ずぅっと……。
「でもね、この屋敷は直に取り壊されるわ」少女は言った。「その部屋も無くなり、扉も無くなる……。僅かな記録と記憶だけを残して。それでも、此処に居続ける心算?」
「取り壊される……」
「あれから、何十年経ってると思ってるの?」
「そう……か」不意に、彼女の声が皺嗄れた。「私も、もう……」
「全く……それだけ思いを残してて、何が忘れた、よ。思い切り縛られてるじゃない」少女は肩を竦めた。「いい加減……行きなさい?」
 くすり、苦い笑みを浮かべて、彼女は筋の浮いた手に握り締めた鍵を見詰め、踵を返した。
「最期に、一度だけ……」震える手で差し込んだ鍵は、思いの他スムーズに回り、扉は開かれた。

 血に塗れた緋い部屋、あるいは血の染みがこびり付いた赤茶けた部屋を予想し、覚悟を決めて開いた彼女の目に映ったのは、しかし――以前の儘の明かりに溢れた部屋と……彼女に対して腕を広げる、祖父の姿だった。
「お祖父……様……!」駆け出した彼女は、最早老婆でも、妙齢の女性でもなく、幼い少女に戻っていた。何の疑いもなく、祖父を大好きでいた頃に。
 そして――青い少女は二人の背を見送った後、扉に残されていた鍵を回収した。

「ご苦労様」鍵束に繋ぎ、そっと囁く。
 どれだけ苦くとも、知らなければならない事、忘れてはならない事もある。それを閉ざし続けるのは、鍵にとっても本意ではない。彼女が先に進むには、必要な事だったのだろう。
「この部屋も扉も無くなって……それでも彼女だけが残されるのは、避けたかったのね。流石、お祖父様の鍵」
 蜘蛛の巣に覆われた薄暗い廊下を進む少女の足音は、いつしか消え去っていた。

                      ―了―


 なーんか、長くなった★

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「此処には二度と来るまいと思っていたのに……」呟いて、女は手摺りから僅かに身を乗り出し、十数メートル下の地面を見下ろした。
 度々発生したが為に自殺の名所と呼ばれ、今や住む人も少なくなったマンションの屋上。
 彼女が此処に立つのは、今夜が初めてではない。

 中学時代――苛めに悩んでいた十二年前、彼女は此処に立った。
 その手の中には本来なら彼女が手にする筈のない、屋上の扉の鍵。その数日前に、誰とも知れない少女から貰った、小さな鍵。
 やはり今夜と同じ様に見下ろして、彼女はその場に凍り付いた。その当時既に少なかった住人の居る部屋の明かりに照らされた地面は、とても遠く、そして硬く冷たく、彼女を受け止めんと眼下に広がっていた。
 此処から飛べばこの世の苦しみから逃げられる――そう確信すると同時に、本当に逃げていいのだろうかという疑念が、頭をよぎった。あるいは、新たに目前に現れた死に対しての恐怖からの、それは逃避の為の言い訳だったのかも知れない。
 結局、その恐怖が彼女の足を反転させた。
 鍵はこの手にある。本当に嫌になったら、いつでも此処に来られる――そう、自分に言い聞かせ、彼女は日常に戻って行った。
 
 だが、その後訪れた変化もあり、彼女は死を考えなくなっていた。あのマンションにも二度と行くまいと、鍵は近くの川底に沈めた。

 それなのに今夜、彼女はまたこの屋上に居る。
 中学生の頃、鍵を必要とした扉は、今では老朽化の所為もあって、簡単に壊せた。少々大きな音はしたかも知れないが、それを聞き咎める者も、殆ど居ない。今、誰かがあの扉を開けて出て来た所で、彼女の死への距離は僅か。その誰かが駆け寄る暇もなく、彼女は飛べるだろう。
 が――。
「錠を壊すのは反則だと思うけど」錆付いた扉の音をさせる事もなく、その少女の声は屋上に響いた。
「!」慌てて見回した女の目に映ったのは、十歳ばかりの少女。栗色の髪に青いリボンがよく似合う、青い服の少女。「貴女……そんな馬鹿な……!」
 確かに見覚えがある、いや、十二年前に見た儘の姿に、彼女は驚きの声を上げた。
 この屋上の鍵をくれた少女に、他ならなかった。
「……って言うか、犯罪?」彼女の驚きも余所に、少女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 途端、彼女は理解した。元より、手に入れられる筈のない鍵を、それを望みながらも口にする事さえなかった彼女の前に差し出した少女だ。普通の存在ではない――そう、確信した。
「……何しに、来たの?」彼女は尋ねた。「十二年前、貴女は私に鍵をくれた。死を望んでいた私に。なら、遅かれ早かれ、こうなるのは解っていたんじゃないの?」
「そうね。でも……この鍵の役目が未だ終わってないから」そう言って、少女が腰に下げた鍵束から抜き出したのは、紛れもなくあの鍵だった。
「鍵の、役目?」彼女は目を瞬かせた。
「そう。果たす前に川に捨てられちゃったみたいだし」少女は苦笑した。
「……何、なの? その役目って……」
 鍵を弄びつつ、少女はにやりと笑んだ。
「……あの世へご招待、かな?」

 瞬間、背筋にぞくりと広がった悪寒に、彼女は一歩、後退った。背中に手摺りの感触。振り返った彼女は、あの時と同様に広がる地面に、あの時以上の恐怖を感じた。
 苛めに遭っていた彼女を救ってくれた中学時代からの友人との、喧嘩。最早修復不可能な迄に亀裂が広がったと、彼女は諦めていた。今更謝りに行って、冷たく拒否される事への恐怖から、またも逃げようとしていたのだ。
 だが――二種の恐怖の狭間に置かれて、彼女は気付いた。
 友人に拒否される恐怖は、乗り越えられればその先に喜びもある。
 だが、死の恐怖は……無への一本道。
「い……嫌っ!」彼女は叫び、思い切って少女の脇を駆け抜け、扉へと走った。
 少女はそれを遮ろうともせず、只、薄く笑って見送った。
 重い扉が、その背後で閉まった。

「ご苦労様」少女は鍵を別の鍵束に繋いだ。「十二年越しか……。ま、時間なんてどうでもいいか」
 死への逃避願望は、十二年前、彼女の中から消えた訳ではなかった。いつでも逃げられる――その思いが、どこかにはあったのだ。
 その先に何も無い事を、少なくとも救いではない事を、今夜知る迄。
「ま、死んだ後の事なんて、死んでから知れば充分よ」肩を竦め、少女は胸元からチェーンに繋がった金色の鍵を取り出した。
 屋上の扉の鍵に差し込もうとして、ふと、目を丸くする。
「だから、錠を壊すのは反則だってば」鍵を差そうにも破壊された錠に苦笑し、普通に扉を開けて、彼女はマンションを後にした。

                      ―了―
 怖しちゃ駄目っすよ?

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「そんな鍵、要らないよ」少年は視線を揺らがせつつもそう言い、彼より三つ程年下に見える少女に背を向けた。頬が、僅かながら強張っている。
「あら、そう?」少女は意外そうに小首を傾げた。栗色の髪に青いリボン、青い服のよく似合う、十歳ばかりの少女だ。腰のベルトには様々な鍵を纏めた鍵束が下がっている。古い物、新しい物、凝った造りの物、至極シンプルな物……造られた年代も目的もばらばらだろうそれらが、彼女の動きに連れて音を立てる。
 その彼女が今、少年に差し出しているのは、やや年代物ではあったがごくシンプルな造りの鍵だった。何処かの家の鍵の様だ。
 落し物だと呼び止められて、それを差し出された少年は暫しそれを検めた後、受け取りを拒否したのだった。
「でも、何処の鍵かは解ってるみたいね?」少女が悪戯っぽく笑う。
「……」少年は答えず、歩み去ろうとした。
「本当に要らないの?」
 少年は答えない。歩みがやや、速くなる。
「要らないならいいんだけど……。何処かに置いといたら、誰かが拾って行くかもね。いい人が拾えばいいけど、悪い人だったら空き巣に……」
「入れる訳ないだろ! その何処かの誰かはそれが何処の鍵かも、祖母ちゃんの家が何処かも知らないんだから!」堪らずといった様子で振り返り、少年は怒鳴った。
「でも」少女は笑む。「そんな事も考えてたでしょ? この鍵を、捨てた後」
「……お前……何なんだよ?」自分の胸の高さ迄しかない少女を見下ろし、しかし少年は怯えをその視線に乗せていた。
 ありす、と名乗った少女はもう一度、鍵を差し出した。
 少年は操られる様に、鍵を受け取っていた。

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「鍵を捜しているんだ」と言う困り顔の少年の言葉に、しかし青い服の少女は些か淡白にこう言っただけだった。
「ああ、そう」
「……君ならもしかしたら知ってるんじゃないかって、皆が言ってたんだけど……。ありす」
 ありすと呼ばれた栗色の髪に青いリボンの似合う、青い服の少女は、ふぅ、と溜息をついた。
「私の手元にあるのは、最早使われなくなった鍵よ。対象となる錠が無くなった物、必要とする人が居なくなった物、色々だけれどね」そう語る少女の腰のベルトには、何十本もの造りも年代もばらばらな鍵が、束になって下げられている。
「それなら、ある筈じゃないかな。僕の家の鍵。鍵っ子だった僕が死んで……必要なくなった筈だから」暫し俯いた顔を上げ、少女を見詰めて少年は言った。
「……必要なくなった物だと解っていながら、何故捜すの?」
 少年は暫し、黙した。言うべき事を吟味する様な難しい表情をした後、やがて彼は全てを語る事にした。

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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