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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「此処には二度と来るまいと思っていたのに……」呟いて、女は手摺りから僅かに身を乗り出し、十数メートル下の地面を見下ろした。
 度々発生したが為に自殺の名所と呼ばれ、今や住む人も少なくなったマンションの屋上。
 彼女が此処に立つのは、今夜が初めてではない。

 中学時代――苛めに悩んでいた十二年前、彼女は此処に立った。
 その手の中には本来なら彼女が手にする筈のない、屋上の扉の鍵。その数日前に、誰とも知れない少女から貰った、小さな鍵。
 やはり今夜と同じ様に見下ろして、彼女はその場に凍り付いた。その当時既に少なかった住人の居る部屋の明かりに照らされた地面は、とても遠く、そして硬く冷たく、彼女を受け止めんと眼下に広がっていた。
 此処から飛べばこの世の苦しみから逃げられる――そう確信すると同時に、本当に逃げていいのだろうかという疑念が、頭をよぎった。あるいは、新たに目前に現れた死に対しての恐怖からの、それは逃避の為の言い訳だったのかも知れない。
 結局、その恐怖が彼女の足を反転させた。
 鍵はこの手にある。本当に嫌になったら、いつでも此処に来られる――そう、自分に言い聞かせ、彼女は日常に戻って行った。
 
 だが、その後訪れた変化もあり、彼女は死を考えなくなっていた。あのマンションにも二度と行くまいと、鍵は近くの川底に沈めた。

 それなのに今夜、彼女はまたこの屋上に居る。
 中学生の頃、鍵を必要とした扉は、今では老朽化の所為もあって、簡単に壊せた。少々大きな音はしたかも知れないが、それを聞き咎める者も、殆ど居ない。今、誰かがあの扉を開けて出て来た所で、彼女の死への距離は僅か。その誰かが駆け寄る暇もなく、彼女は飛べるだろう。
 が――。
「錠を壊すのは反則だと思うけど」錆付いた扉の音をさせる事もなく、その少女の声は屋上に響いた。
「!」慌てて見回した女の目に映ったのは、十歳ばかりの少女。栗色の髪に青いリボンがよく似合う、青い服の少女。「貴女……そんな馬鹿な……!」
 確かに見覚えがある、いや、十二年前に見た儘の姿に、彼女は驚きの声を上げた。
 この屋上の鍵をくれた少女に、他ならなかった。
「……って言うか、犯罪?」彼女の驚きも余所に、少女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 途端、彼女は理解した。元より、手に入れられる筈のない鍵を、それを望みながらも口にする事さえなかった彼女の前に差し出した少女だ。普通の存在ではない――そう、確信した。
「……何しに、来たの?」彼女は尋ねた。「十二年前、貴女は私に鍵をくれた。死を望んでいた私に。なら、遅かれ早かれ、こうなるのは解っていたんじゃないの?」
「そうね。でも……この鍵の役目が未だ終わってないから」そう言って、少女が腰に下げた鍵束から抜き出したのは、紛れもなくあの鍵だった。
「鍵の、役目?」彼女は目を瞬かせた。
「そう。果たす前に川に捨てられちゃったみたいだし」少女は苦笑した。
「……何、なの? その役目って……」
 鍵を弄びつつ、少女はにやりと笑んだ。
「……あの世へご招待、かな?」

 瞬間、背筋にぞくりと広がった悪寒に、彼女は一歩、後退った。背中に手摺りの感触。振り返った彼女は、あの時と同様に広がる地面に、あの時以上の恐怖を感じた。
 苛めに遭っていた彼女を救ってくれた中学時代からの友人との、喧嘩。最早修復不可能な迄に亀裂が広がったと、彼女は諦めていた。今更謝りに行って、冷たく拒否される事への恐怖から、またも逃げようとしていたのだ。
 だが――二種の恐怖の狭間に置かれて、彼女は気付いた。
 友人に拒否される恐怖は、乗り越えられればその先に喜びもある。
 だが、死の恐怖は……無への一本道。
「い……嫌っ!」彼女は叫び、思い切って少女の脇を駆け抜け、扉へと走った。
 少女はそれを遮ろうともせず、只、薄く笑って見送った。
 重い扉が、その背後で閉まった。

「ご苦労様」少女は鍵を別の鍵束に繋いだ。「十二年越しか……。ま、時間なんてどうでもいいか」
 死への逃避願望は、十二年前、彼女の中から消えた訳ではなかった。いつでも逃げられる――その思いが、どこかにはあったのだ。
 その先に何も無い事を、少なくとも救いではない事を、今夜知る迄。
「ま、死んだ後の事なんて、死んでから知れば充分よ」肩を竦め、少女は胸元からチェーンに繋がった金色の鍵を取り出した。
 屋上の扉の鍵に差し込もうとして、ふと、目を丸くする。
「だから、錠を壊すのは反則だってば」鍵を差そうにも破壊された錠に苦笑し、普通に扉を開けて、彼女はマンションを後にした。

                      ―了―
 怖しちゃ駄目っすよ?

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こんにちは
>怖しちゃ駄目っすよ?

これって態と?(笑)

大人になってからの自殺願望って、もっと現実的なことじゃないかなぁ?
人間関係とかじゃなくって借金苦とか。(^_^;)
afool 2010/08/11(Wed)11:51:02 編集
Re:こんにちは
寧ろ何でそんな変換されたんだか……?( ̄△ ̄;)

あ~、確かに経済的な問題が原因とか、多そうですよね。大人は(--;)
巽(たつみ)【2010/08/11 22:23】
おはようございます☆
自殺願望ねえ…
鬱病かなあ?

人間死んだらおしまいです。はい。
つきみぃ URL 2010/08/12(Thu)08:37:02 編集
Re:おはようございます☆
おしまいですな。はい。
死を逃げ道だと思い込んでしまうと、なかなか抜けられないかも、という話。
巽(たつみ)【2010/08/12 22:03】
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