『君の毛は』

　今日は先に名乗りましょう。Ｚの同居猫のフィドルです。にゃん。
　いえ、今日はね、先日引き取られたワイフの事で……まぁ、気楽な話ですよ。あ、名前はＺの奴がモールと付けました。
　
　さて、そのモールなんですが……声だけは電話越しに聞いていたものの、初対面の時は……いや、これが本当に私と同じ猫なのかと、思わず髭をピクピクと……いや、失礼。
　以前、Ｘが彼女を選んだ訳が解りましたよ。細くしなやかな身体。物思わしげな額……。立派な耳に大きな瞳！
　私の前にも何匹もの猫と同居してきたＺでも「こんなコは初めて」だそうで、表にも出さない過保護振り。
　そりゃまぁ、私の様な白地に黒背のミックスとは違いますよ。血統書とかいう家系図迄お持ちだそうで……。庭で遊ぶ私をセピア色のレースのカーテンの奥から眺める様はまさに深窓の令嬢といった趣……ちと、誉め過ぎですか。

　ところがその彼女が、ちょっとしたトラブルに巻き込まれましてねぇ。

　彼女が偶の日光浴から帰って来た後だったでしょうか。隣の御婦人――オバサンと言った方が的確かも知れない方ですが――が怒鳴り込んで来ましてね。
　開いていた窓から入り込んで自慢の観葉植物を滅茶苦茶にした奴が居ると酷い剣幕で……。
　で、どうもそれがうちのモールだと見当を付けたらしいんですね。このオバサン――そういう了見ならこれで充分です。
　因みに私に嫌疑が掛からなかったのは、この実行犯、毛という遺留品を現場に遺して行ったらしいんですよ。
　オバサンは鬼の首でも獲ったかの様に茶色の毛をＺに突き付けてましたからねぇ。

　でも、この毛が動かぬ証拠になったんですよ。

　勿論、モールじゃないという証拠にね。

　しかしＺの奴、オバサンの言葉の弾幕に遮られてろくろく反論も出来やしないとは……情けない話ですねぇ。
　仕方がありません。
「にゃお～ん」私は態と甘えた声を作り、モールを従えて玄関口へと出て行きました。そしてオバサンの見上げて姿勢良く座り――モールも直ぐ隣で同じ体勢。
「そうよ、このね……！」モールをちらりと見て太い指を突き付けようとしたオバサンの口と手が止まり……彼女はもう一度、モールに不躾な視線を送りました。
　しかしやがて言うには――「これ……何……？」

　いや、失礼なオバハン（更に格下げ）ですな。私はモールに、その品種名通りに謎の解けないこの女を崖から突き落としておやりと言いたかったんですが……生憎ここはテーベの近郊でもないし、彼女が継いだのはスフィンクスという品種名だけの事。
　仕方なく私が追い出してやりましたよ。オバハンに飛び掛かって。
　……やれやれ。
「サンキュー、フィドル君」Ｚが私の毛並みを撫でながら言いました。「モールちゃんも驚いたね」続いて彼女の肌を。

　Ｘが猫毛という遺留品を遺すまいと選んだらしい無毛猫のスフィンクスは防御の薄い分、紫外線に当て過ぎないよう、外に出さないようにしていた上、窓硝子も他の部屋のとは変えてたのが、オバハンには遠目に茶色の被毛の猫と見えた様ですねぇ。
　本当、やれやれ。
　モールの額に皺が寄っているのはいつもの事ですが……彼女も流石に不機嫌そう。
　後で機嫌でも取っておきましょう――私も結構気を遣うんですよ？
　そうそう……。
　因みにあの毛は……近所の野良のに似てた気がしないでも……ま、いいや。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―