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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「どちら迄?」些か草臥れて無愛想な声だけを、船頭は投げ掛けてきた。
 咄嗟に意味が理解出来ず、亜耶子は周囲を見回した。
 遠くで靄に煙る岸辺と、月明かりだろうか、無数の煌めきの映える川面。自分と船頭のみが乗った、黒光りのする小さな木の船。彼女を囲むのはそれだけだ。
「どちら迄?」船頭はもう一度、やや苛立たしげに質した。「今夜は忙しいんですよ。早く決めて貰えませんかねぇ」
「あ……ごめんなさい」どちら迄も何も、状況が掴めない儘に、しかし気圧される様に亜耶子は謝罪を口にする。「ええっと……ごめんなさい、ここはどこですか?」
「ここの事なんて知っても意味は無いよ。どこでもあり、どこでもない。問題はあんたの行き先――何回訊かせる気だい?」 
 亜耶子はもう一度、小さく「ごめんなさい」と言い、船頭は肩で溜め息一つ。
「でも、どこへ行けばいいのだか……」
「明るい方だよ」何を当然の事を、と呆れた口調で船頭は言う。「指差すだけでいい」
 しかし、見渡す限り川面の煌めき以外に明るいものは見当たらず、どちらを向いても、どこ迄も同じ光景――不思議とどこ迄視線を延ばしても、その明度は変わらなかった。闇にもならず、明るくもならない。
「じゃあ、帰る所は?」煮え切らない態度に船頭の声が突慳貪になっていく。「子供でも名前と住所位は知ってるもんだ。あんた、幾つだい?」
 寺崎亜耶子、十七歳、住所は……と素直に答えると、船頭は船を操り始めた。
 船は川面を滑り、やがて一つの岸に近付いた。
「灯は?」船頭が訊いた。亜耶子は見えない、と答える。
 岸辺は星を戴く川面よりも暗く、音も無し。こんな所で降ろされても困る、と亜耶子は頭を振った。船頭も見て判る筈なのに……。
 船頭は首を傾げ、一つ、訊く。
「あんた、家族は居なかったのかい?」
 両親を早くに亡くし、伯父夫婦の厄介になっていると言うと、僅かに沈んだ声で呟いた。
「まぁ、そんな事もあるさ」と。
 続いて亜耶子の親友、級友の家を一つ一つ、船頭は訊いて船を回す。そして岸に着く度に質すのだった。「灯は?」と。
 やがてどの岸も見えない川の只中で、船頭は一旦、川底に棹を差した。

 これ迄に回った岸辺はいずれも闇に沈み、何の気配も無かった。
「おかしいなぁ」と、船頭は頻りと首を捻る。「両親は亡くとも家族は居る。多くはなくとも友人も居る。なのに一軒も灯を燈(とも)していないとは……」
「あの……」機嫌を損ねまいと答える側にのみ回っていた亜耶子は、ここぞとばかりに疑問を投げる。「灯って、何なんですか? 今迄の岸にそれが無かったのがそんなに変な事だったんですか? それにいちいち訊かなくたって……」
 船頭は意外な言葉を聞いたという風に、棹を投げ出さんばかりの勢いで、初めて亜耶子を振り返った。目を丸くしているだろうその顔に、しかし眼球は無く、白い骨に黒い眼窩だけが浮かんで見えた。
 思わず向かい合ったその顔に、亜耶子は気絶寸前の悲鳴を上げ、船頭はやっとと得心が入ったという様に頷いた。しかし、この儘では話にならぬと気付いたか、フードを目深に被り直しつつ振り返る。辛うじて失神せずに済んだ亜耶子は、足を摺る様にして船尾へと移動した。
「灯って言うのはな……門火(かどび)だよ。迎え火。盆の入りに先祖の御霊を家へお迎えする為のな。まぁ、先祖と言うか、縁のある者を、だな」
「私……そうだわ、海で溺れて……」亜耶子は両手で頭を抱え込む。「私……死んだの?」

 迎え火送り火、迷わぬように。御霊が闇に沈まぬように――船頭が呟く様に唄う。

「だからその者にしか見えない。わしの為の火ではないから、わしにも見えない」
「じゃあ、灯が見えなかったっていう事は、誰も……私の為に灯を燈してくれなかったって事なの?」海での冷たさ、苦しさよりも。我が身を沈めた深みよりも。ずっと重く、その事実がのしかかる。
「そういう事になるが……」船頭は大きく溜め息一つ。「全く……この忙しい時期に」
 ぼやく様に言うと、棹を取り上げた。後一箇所、寄るぞ、と。
 どこへ行ったって――縁者でさえ燈していなかった灯、それを他人が燈してくれているものか。亜耶子は黙り込み、川面をぼうっと見下ろした。
 川は僅かに流れが速く、そして狭くなった様だった。段々、暗くなってもいる。
 と、すっかり闇色と化した川面の底に、薄ぼんやりとした明かりが見えた。
 あれは? と訊く間も無く、船縁に僅かに身を乗り出していた亜耶子は軽く肩を押され、暗い水面に投げ出された。

 つい最前そうした様に、必死に手足をばたつかせるが、水は重く、下へ下へと彼女を運ぶ。水底の、ぼんやりとした明かりへと。
 私は……誰も灯をくれなかったから、沈められるの? ――亜耶子の声にならない問いに、船頭の声だけが水音を通して聞こえた。
「誰もあんたの為に火を燈していない筈だよ。縁起でもない」苦笑の気配。「あんたは未だ三途の川さえ渡り切っちゃいない。死に掛けただけ。この時期だから間違ったんだな。未だそっちでいずれあんたの為に火を燈してくれる人を探しな。もう居るかも知れんが」
 
                    * * *

 伯父夫婦や、危急と聞いて駆け付けた友人達に囲まれて、亜耶子は息を吹き返した。幸いにも早々に退院した彼女は、両親の為の迎え火を、明々と燈した。
 迷わぬように、沈まぬように……。

                      ―了―

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面白かったです♪
巽さんの発想力にびっくり!
きゅうりだかナスだかの馬で帰ってくるより
船の方が幻想的で素敵☆
moon URL 2007/12/09(Sun)02:08:59 編集
Re:面白かったです♪
有難うございます(^^)
寧ろ川と言えば船だろう、船と言えば船頭さんだろう、と(笑)
そう言えばこれ書いた後、夜霧が船頭、船頭と……夜霧、船乗りたかったのかにゃ?
巽(たつみ)【2007/12/09 11:28】
無題
あ、これ過去に読んだな……
コメント残してないけど。
良いお話でした。

てかね。昨日、シンは順番に読んだつもりなのに
一体何処にコメント残したんだろう。うわわん。
見習猫シンΨ 2008/07/03(Thu)21:25:20 編集
Re:無題
今日は更に2007年9月が出ている……(笑)
アーカイブ、10ヶ月じゃ足りなくなったー☆
巽(たつみ)【2008/07/04 01:29】
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