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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「ホワイトクリスマスなんてロマンティックなもんじゃなくなってきたんだけど……」窓の外を見遣って、僕は思わずそう呟いた。
 その呟きを聞き付けたか、どれ、と僕越しに窓を覗いた勇輝が目を丸くする。
「吹雪いてないか……?」
「やっぱり吹雪いてるよね」
 朝から降り続いていた雪は更に激しさを増し、鈍色の空を背景に大き目の雪が風に煽られ、狂った様に舞い散っている。
 この学園は山の中の所為か、冬場の気温はやはり周囲の街に比べて、低い。霧が出る事も多いし、雪も降る。けれど、これ程激しい雪はそうそう、ない。
 台風前の子供みたいなものか、いつにない光景に皆、少しテンションが上がっている様だった。
 教室内は暖房が効いて暖かいし、こうして見ている分には、すげー! とか言っている余裕もあったのだ。
 見ているだけなら。
「終業式、サボればよかったなぁ。実質休みみたいなもんなのに」勇輝の呟きに、思わず頷きそうになった僕は、前方からの視線に慌てて頭を振った。
 前方――教壇にはクラス委員でもある我が双子の兄、京が立っていた。例によって、眉間に皺を寄せて。
 
 降雪を避けての講堂での終業式も終わり、毎度お馴染みの注意を聞き流し、後は教室を掃除して解散……なのだが、この注意が他のクラスに比べて、長い。京がくどいからだと僕は思っているが、その件に関してはもう言わない事にしている。
 子供じゃあるまいし、と言う僕に対し、その子供に言う様な事も守れない奴が居るからくどくど言うんだろうが! と怒鳴る京――それが毎度のやり取りだから。そしてやはり長期の休みには気が緩むのか、羽目を外す奴も居て……結局、僕は言い負かされてしまうからだ。
 それは兎も角、そのくどい注意も終盤に近付き、後は掃除をして帰ろうという段になってのこの大雪。帰宅の足も鈍ろうというものだった。幸いなのはこの学園が全寮制で、寮はそれ程遠くないという事だろうか。
 それでも、正月を実家で過ごす為に、終業式を終えて直ぐに故郷への帰途に着く生徒も中には居て、交通機関の乱れ等を気に懸けている。まぁ、遠方で既に帰った連中も居るんだけど。
 因みに僕と京は今回も残留組だ。
「そう言えば、今回は珍しく、栗栖がさっさと実家に帰っちゃったんだね」
 関西からの編入生、間宮栗栖も残留する事が多かったのだけれど……珍しく、教室には彼の姿がない。
「ところでさ……」ふと、頬杖を突いて勇輝が言った。
「ん?」
「生徒は兎も角――担任の夜霧が居ないってどうなんだ?」そう言って目を眇める。
 そう。今、教壇には京の姿しかない。いつもなら担任の夜原霧枝先生が教壇横の席に居る筈なのだけれど……。
「何か、式が終わって直ぐ、京に言って帰ったみたいだよ。雪が酷くなりそうだから、後は宜しく――って」
「……サボリじゃねーか」
「せめて風邪ひいて具合が悪いから、位言って欲しいよねぇ」僕も苦笑する。
「風邪? ひかねぇだろ。夜霧は。てか、教師が生徒に後任せて帰るってどうなんだよ?」
「京は任されたって張り切ってるみたいだけど……」
「それも迷惑な話だな」
「うん」頷かざるを得なかった。
 尤も、京に言わせれば終礼がなかなか終わらないのは、私語に興じている生徒――僕達を含めて、だ――が居るからだそうだが。
 それでもどうにか終わり、僕達は掃除もそこそこに――これ以上雪が深くならない内にと――帰途に着いた。
 いや、着こうとした。
 本当に、ホワイトクリスマスなんてロマンティックなもんじゃない大雪に、足止めされてしまったけれど。

 と――。
「あんた達、やっぱり未だ居たのね」呆れた様な声は、夜霧のものだった。
「え? 先生、帰ったんじゃあ……」
「一旦ね。車のガソリンが心許なかったから、スタンド行って来たのよ。何せ、学園と寮を何度も往復しなきゃならないのは解ってたし」
『え?』僕達は顔を見合わせた。どういう意味だ?
「あんた達、この雪の中、歩いて寮迄帰る? 私はそれでもいいけどね。いい加減疲れたし」そう言う夜霧は、確かに疲れている様だった。「雪道ってやっぱり神経使うわぁ」
 見れば校舎の玄関辺りには、他の先生方も居て、生徒を数人ずつに分けながら誘導している。それぞれの車へと。
「もしかして、寮に送ってくれてるんですか?」どうやらうちのクラスが最後の様だ。
「先生方有志による送迎付きよ。有難いでしょ」夜霧は笑う。「流石にのろのろ運転なんで、時間は掛かるんだけど、そこは安全第一って事で」
 確かに有難い。この風雪の中、歩かないで済むだけでも御の字だ。
「まぁ、時間が掛かる分、暖かい教室でゆっくりしてて貰いたかったから……真田兄に任せて正解だったわね。適当に長引くと思ったし」と言う、夜霧の呟きは、京に伝えてよいのかどうか……。
 ともあれ、僕達は無事、寮に帰り着いたのだった。

 サボリだの、風邪ひかないだの言ったのは、勿論、内緒だ。

                      ―了―


 寒い寒い★

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 今日、夜霧先生はふとした思い付きで、夜中――月明かりの下で――の写生を願望された。
 当然、いつ何を描こうと、公序良俗に反しない限りは夜霧の自由なのだけれど、問題なのは大抵、僕達がその思い付きにつき合わされるという事だった。

「夜中に女一人で出歩くなんて、流石に嫌だし」同行者を募りつつ、夜霧は言った。「あ、勿論、門限以降の外出許可は私が手配するから。面倒だけど」
 じゃあ、止めれば……誰もがそう思っているのは明白だった。
 大体、月明かりだけで満足の行く絵が描けるものだろうか。確かにこの学園は山の中にあり、それだけに余計な街灯の明かりに邪魔される事も少ない。学園や寮の灯はあるものの、それとて真夜中には消える。純粋に月や星の明かりを求めるなら、打って付けの場所ではあるのだ。
 だが、当然それは暗い山中に付き物の危険も孕んでいて……。こんな所に不埒者も居ないとは思うけれど、整備もされていない足元は、闇に沈めば尚危険。慣れた筈の場所でも、視界が閉ざされるだけで見知らぬ場所にもなる。
 だから同行者を、というのも解るけれど……そもそも、そこ迄して一体何が描きたいんだ? 夜霧は。

「そもそも、何処迄行く気なんです?」京が尋ねた。「山の中とか、危険な場所なら先生が行くのも止めますよ?」
 そうだ。いっそとんでもなく危険な場所なら、声を大にして反対出来る。
 けれど、夜霧はぱたぱたと手を振って、言った。
「あ、そんな遠い所じゃないから。と言うか、亀池屋の裏なんだけど」
『亀池屋?』僕達は声を揃えた。
 亀池屋と言えば、学園前の雑貨屋。この学園の教職員、生徒行き付けの店だ。
 ある意味目と鼻の先。そんな所に態々夜中に来て迄描こうとする程の物があっただろうか?

 と、僕が考え込んでいると、隣の京が軽く手を上げて言った。
 自分が同行する、と。
 僕等はぽかんとして、天気予報など段取りを相談し始めた二人を眺めていた。

 そして結局、今夜が見事な月夜だという事で、京は普段なら先ず出歩かない門限も過ぎた夜中に、出掛けて行った。何故かその手に、カメラを持って、写るかなぁ、などと妙にそわそわと呟きながら。
 僕はそれを見送ってから、隣の栗栖の部屋にお邪魔した。
「京は夜霧が何を描こうとしてるか、解ってるのかな?」そう首を傾げる僕に、栗栖は例の柔らかい関西弁で答えてくれた。
「夜霧と京、亀池屋、夜……この条件でよう考えてみ? 共通項があるやろ?」
「共通項……?」
「あの近辺で、あの二人が態々、それもそわそわと夜中に出掛け行くんや。やっぱり、あれやろう」
 亀池屋、あの二人、そして夜……思い至った僕は思わず脱力した。
「猫……かぁ……」
 件の店周辺には野良猫の家族が住み着いている。餌を上げる人も居る事から、他にもあの辺りをテリトリーとする猫が居ても不思議ではないだろう。
「大方店の裏辺りで猫集会でもあるんとちゃうか」
 それで夜霧はそれを描きたいと思い、夜霧同様の猫好きの所為か逸早くそれに気付いた京は――真夜中に寮の纏め役自らが範を乱す事なく外出し、猫が見られる機会と――同行を申し出たという訳か。

「……猫好き……いや、猫バカ二匹……」僕はそう呆れた様に呟いたけれど……二人がどんな猫の絵と写真を持ち帰って来るのか、少し、楽しみだった。
 ……僕も猫バカ、か?

                      ―了―


 短く行こう!(^^;)

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 昨日の放課後、職員室に日誌を置きに行った時、夜霧――担任の夜原霧枝先生――が、偶にはいい店で食事したいなぁ、などと呟いているのが耳に入った。
 当然、大人なのだから自由に行けばいい、と僕達は聞き流した。勿論、いい店はそれなりに値も張るだろうし、格式みたいなものもあるかも知れない。けれど、それこそ高校生の僕達には口出しする類のものでもない。
 無論、夜霧だって僕達は勿論、周囲の誰に相談する心算もなく、只、願望が口をついて出ただけなのだろう。

「だから、それで夜霧先生が誰かに月夜のデートなんていう名目で、要領よくちょっと洒落たレストランか料亭への誘いを催促した、なんて錯覚しないですよ。普通」勇輝が呆れ顔で、夜霧のデスクの上に載っている小振りな花束と一通の封筒を見下ろした。
「況してや匿名で招待状なんて、出す筈もないです」と、京。
「そうよねぇ」言って、夜霧は首を捻った。
 今朝、登校し、ある意味夜霧の城と化している美術準備室に行ったら、ドアの前にこの花束と封筒があったのだと言うのだ。封筒にも中の便箋にも記名はなく、只簡潔な文章で、この辺りでは所謂「洒落た人気店」として認識されているレストランへの招待の旨が記されていた。然も肉筆ではなく印刷された文字なので、特徴のない事夥しい。
 ドアの前とは言え、校舎内。それで少なくとも学内の人間の仕業と踏んで、もしかしたら昨日の呟きを聞いての事ではないかと、先ず僕達を呼び出したと言うのだ。
 勿論、昨日職員室に立ち寄った一同、誰もそんな事はしていない。
「他に心当たりはないんですか?」僕は尋ねた。「職員室の先生方だって、そんな事はしないと思いますけど……」
「それは詰まり、私を食事に誘おうなんて酔狂者は居ないと言いたいのね? 真田弟」夜霧に睨まれた。
「違いますよ!」僕は慌てて頭を振った。ちらっと、そんな事を思わないではなかったけれど。「ほら、先生がそんな催促をする様な厚かましい女性だなんて、勘違いする人も誰も居ないし……っていう意味で……」
「……まあ、いいわ」夜霧の視線が逸れる。僕はほっと、息をついた。
「このレストランに電話して訊いてみるとかしたら、判りませんか?」栗栖が言った。「ほんまに予約が入ってるんかどうかだけでも……?」
「それならしてみたわよ。ところが意外と口が堅くてね。予約主の名前は明かせないの一点張りよ。プライバシーの保護を考えたら当然かも知れないけど」
「表沙汰に出来ない二人連れって可能性もあるからじゃあ?」勇輝が言った。
 密会、という二字が脳裏に浮かんだ。確かにそれじゃあ、下手に名前は出せない。訊かれて答えた相手が、どこからか情報を聞き付けた本来の奥方だったりした日には、下手をすれば修羅場の舞台にされてしまう。
「まぁ、答えられへん、言うのは取り敢えずその時間帯に二人連れの予約は入ってる訳やな。そんな予約はございません、言わん所を見ると」
「でも、流石に誰だか判らない招待なんて……」夜霧は流石に気味悪げに花束を見遣った。
「確かに……」京が眉間に皺を寄せて唸る。「そもそも、そんな招待を受けると思うのかな?」
「そりゃ、同僚とか誰か、はっきり判ってたら喜んで行くけど」
『……』夜霧の辞書に遠慮という言葉はきっと、ない。

「まぁ、何にしても」仕切り直して、栗栖が言った。「予約がちゃんと入ってるんやったら、昨日の呟きとは関係ないやろうな。この辺では一番の人気店や。昨日の今日で予約が取れる筈もあらへんでしょう」
「それもそうか」所謂人気店の予約なんて、何箇月、ともすれば何年も前から埋まっている事だってある。運良くキャンセルでも出ない限り、突然滑り込むのは至難の業だ。
「じゃあ、あれとは関係なく、誰かが用意してたって事?」
「偶然だろうけど、時期的にもシーズンと言えばシーズンだしなぁ」勇輝が頷く。自分も彼女が近くに居て、お金があれば誘ったのに、とこっそり、呟いている。
「でも、誰が……? 然も廊下とは言え、美術準備室前に置くなんて……。関係者以外校内立ち入り禁止よ? 昨日は夕方遅く迄居たし、今朝置かれたとしか思えないし」夜霧は戸惑い顔だ。
「夜霧より早く登校していた人間……は、一杯居そうだしな」勇輝が唸る。「いつも俺等と変わらない位だもんなぁ」
「本人が関係者か、関係者に頼んだという可能性もあるんじゃないか?」と、京。「一見して危険物ではないし、準備室前に置く位なら、生徒でも出来る」
 あ、京、そんな事を言うと……。
「生徒? そうね……。じゃ、教職員には私が当たってみるから、あんた達は生徒に聞き込みして来て。誰か、頼まれなかったかって」
 僕が危惧した通りの事を、夜霧は宣ったのだった。
 生徒の数……教職員の何倍居ると思ってるんだ?

 結局、またもや新聞部副部長の情報収集力にの助けも借りて、僕達は花束を運んだ生徒を炙り出した。テニス部の朝練で早くに登校した生徒で、正門前に居た女性に、頼まれたのだと言う。
「女性?」僕達は目を丸くした。仮にも女性である夜霧に花束を贈るのだから、きっと男性だろうと、漠然と想像していたのだが……。
 夜霧も、複雑そうな表情をしている。
 そして更に人相風体を問い質すと、どうやらそれは夜霧の知っている女性の様で……。
 止めに夜霧が携帯に残っていたメールに添付された一枚の写真を見せると、その生徒は勢いよく頷いた。
「あの馬鹿姉!」夜霧は怒鳴った。「名前も書かないで紛らわし真似するんじゃないわよ!」
 夜霧が即、件の姉さんとやらに電話して怒鳴ったのは言う迄もない。その怒りは凄まじく、声は廊下迄漏れていたと言う。それでも、奢りだという招待はキャンセルする事なく、きっちり受けていた――寧ろ、コースに更に一品デザートを追加要求していたが。
 夜霧……もしかして、少しは期待していたのか?
 それにしても、人騒がせな姉妹だ。
 やれやれ、と顔を見合わせて、僕達は美術準備室を後にした。

                      ―了―


 ん~。纏まらん(--;)

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 昨日は有耶無耶になってしまったけれど、ちゃんと意味のある議論をしたいなぁ。
 だけど、女子に「くどくどしてて、おっさんっぽい反対のし方ー!」なんて言われて、京はいつも以上に不機嫌だし、果たして感情を交えずに議論が出来るのかどうか……。
 それでも僕は栗栖達と同様、その介助犬のよぼよぼした動作を見兼ねて、どうにか手助けしたかった。例え双子の兄とは反対意見になっても。

 無論、盲導犬や聴導犬、介助犬といった人間の為に幼い頃から訓練を重ね、共に歩んでくれた動物達には、その役目が果たせなくなった後も、ペットとして飼われたり、老犬達の為の施設が用意されている。
 ところが、学園近くに住むその飼い主は、すっかり年老いたその犬を使い続けているのだ。犬の年齢はよく判らないけれど、十二、三歳位だろうという話だ。本来なら次の犬を迎えて、代替わりしていてもいい頃合だろう。
 よたよたと障害物を避けながら道を歩く様子が生徒達の噂に上り、やがて、その飼い主の人間像が、形作られていった。
 曰く、動物の事を道具としか思っていなくて、然もケチだから新しい犬を飼う事もしない。あの犬だって使い潰す気でいる、そんな冷血漢だ――真実は兎も角、そんなイメージが一人歩きし始めた。
 流石に、僕はそこ迄極端なイメージには苦笑いしていたけれど、噂は広まるばかり。
 そして遂に、学園で犬を引き取れないかという意見迄、生徒側から上がるに到ったのだった。

 これには流石に、学園側は冷静になるようにと呼び掛けた。確かに件の飼い主は年老いた犬を未だ任務に着かせてはいるが、虐待している訳でもない。人にはそれぞれ事情もある、と。第一、此処は学校で、動物を保護する環境ではない。
 当然の意見だけれど、それに対して反発したのが主に女子達で、一部の生徒は署名迄始めてしまった。
 そしてそれに反対したのが、我が兄、京だった。

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 今日、夜霧はキャラメル――キャラクターを使ったデコメが得意な、新聞部の不破りえ副部長――の意見を受けての方向転換などしなかったと言い張った。
 だけど、夜霧は貴田月夜――彼女は女子寮の纏め役だ――が訴える事には、教師としてよりももっと身近なお姉さんみたいな回答で、正解を出したかったみたいだ。その為にはやはり、同じ生徒という立場からの意見は無視出来なかったのだろう。
 生真面目な月夜からは常々、教師としての責任感を持って欲しい、特に女性の先生として女子達の相談にも乗って欲しいと、意見を受けていたのだ。
 それでも、昨日は混乱する事なく、話を治める心算だった様だ。
 だけど、我が校の卒業生でもあるハンドルネームみいにゃんさんのブログ上でぼかしてはあっても写真迄使用しての批判っぽい記事に刺激された事もあり、心中穏やかではなかったのだろう。
 だけれど、いつもならそんな日々のストレスも学園前の亀池屋での、聞き分けのない子供みたいな大量消費――要するに大人気ない「大人買い」だ――で解消する筈だった。

「夜霧、今日も機嫌悪そうだね」朝礼を終了して教室を出て行く夜霧を横目に、僕は京に囁いた。
 双子の兄貴は僕と瓜二つの顔で、眉を顰めて、僅かに頷いた。
 男子寮の纏め役を請け負っている京は、夜霧とも月夜とも、何かと話す機会が多い。今回の事も、月夜から相談されていたらしい。
「何せ夜霧だからなぁ」京は嘆息した。「責任感もない訳じゃないんだろうけど、気分が優先されるからなぁ」
「教師としてどうなんだろうね、それは」僕は力なく、苦笑した。
 気分屋、我が儘……夜霧の人となりをその辺の生徒に尋ねたら、大体そんな単語が返ってくる。まぁ、僕もそう答える一人だけれど。
 勿論、それだけじゃなくいい所もある……筈……。
「でもさ、大抵は喉元過ぎれば熱さ忘れるって感じで、翌日にはけろりとしてるのに、今回は尾を引いてるみたいだね」
 気分屋だけに、気分の切り替えが早いのは、いい所……なのかな?
「でも、確かに女性の先生はこの学園でも少数派だし、寮生活で身近な大人は限られてるから、月夜達が先生に相談したいと思うのも、解るかなぁ」一限目の英語の教科書を用意しながらも、僕は言った。「家への電話は自由だけど、態々掛けたら余計な心配するんじゃないかって思って、日頃のちょっとした愚痴じゃあ掛けられないし」
「確かにな。これが自宅通学なら放課後、家に帰って家族に愚痴って、それで終わる事も多いだろうな。けど、学園内で抱えたストレスを学園の寮で下手に愚痴ると、どういう経路からストレスの元になった人間の耳に入るかも解らないし。ストレスが溜まり易い環境とは言えるだろうな」
 特に京は地獄耳だし――とは口にしないけれど。

「それで、月夜の相談は片が付いたのかな?」
「ああ、どうやら『なるべく個人的な相談にも乗る』方向で話が付いたらしいぞ」僕の問いに、京は頷いた。「やはりキャラメルの意見も無駄ではなかったらしいな」
「なるべく、か」
「ああ、なるべく、な」
 夜霧が果たしてよい相談相手になるかどうかは疑問がないではないけれど……。あれで意外と、口は堅いから、愚痴を聞いて貰えばすっきりする程度の悩みには、有効なのかも知れない。
 その分、夜霧にストレスが掛かって、授業が荒れなければいいけれど……。
「いつもなら後引かないのになぁ」今朝の様子を思い出して、僕は溜息をついた。「昨日は亀池屋、行かなかったのかな?」
「いや、見掛けたぞ。亀池屋で」と、京。
 そう断言出来るという事は、また行ってたのか、京も。
「別に変わった所はなかったと思うが……。何やらごちゃごちゃと、本当に要るのかどうか解らないもの迄買い込んでいたが」
「それは毎度の事だよね」
 いや、毎度その姿が見られるという事は、夜霧もあれはあれで、日頃ストレスを抱えているという事なのだろう。
「それで解消しなかったという事は、それだけストレスが大きかったのかな……」呟いた僕に、横から声が掛かった。
「亀池屋やったら、猫が減っとったで?」という関西弁。栗栖だ。
『は?』僕達は揃って頓狂な声を上げてしまったけれど、それで大体の状況は解った。
 雑貨屋・亀池屋周辺には野良猫の親子が住み着いている。その子猫の一匹を、猫好きの夜霧は連れ帰って飼っているのだが――どうやら他の子猫も飼いたいと狙っているらしい。
「何でも、近所の人が一匹貰って行ったそうやで」栗栖も、それで通じただろうとばかりに、苦笑する。
 が、それで唸った奴が一人。
「道理で黒が一匹見当たらないと思ったら……」京だ。「亀池屋め、俺に無断で里子に出すとは……! 先ずどんな飼い主候補かを十二分に吟味してからだなぁ……!」
 いや、そもそも京の猫じゃないし――怒鳴る京に、僕は内心、ツッコミを入れた。
 そして、その姿に、昨日子猫の不在を聞いた夜霧の姿を重ね合わせ、納得したのだった。
 機嫌悪い訳だ。
 どうやら夜霧のストレス解消法は、亀池屋での大人買いそのものより、店頭の猫親子との触れ合いだったらしい。
 取り敢えず、自宅に居る灰色猫に癒されて下さい。先生。

                      ―了―
 やっとこ、この間の宿題を提出してみる(^^;)

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 夜霧――担任の美術教師、夜原霧枝先生――は、クラス委員でもある京に相談したかったみたいだ。
 美術の試験回答を白紙で出した、同級生に関して。
 試験内容に関しては決して難しいものじゃあなかったと思う。我が校は美術専門校ではないし、夜霧は寧ろ普段の実技――作品の評価に重きを置いている様だし。ちょっとした音楽史と、カラーコーディネートのお手本。後は簡単なスケッチを描いて終わり。夜霧としては寧ろ点を取らせようとしていたのだろう。
 ところがその生徒はその一切を、白紙で提出した。名前さえ書かずに。
 名前を書かなくても当然席順や消去法で誰かは判る。
 当然、彼は零点になった。
 けれど、問題が解らなくて出来なかったのと、やらなかったのでは全く、訳が違う。そして彼に出来なかったとは、到底思えない。夜霧は当然、問い質した。
 何故、白紙なのかと。
 名前さえ書かなかったという事は、零点を覚悟しての回答の放棄。美術という教科をそれ程軽んじているのかと、夜霧はまなじりを吊り上げた。英数国語等程には一般的に重要視されないとしても、夜霧も美術教師として、この扱いは面白かろう筈もない。
 だが、その生徒はそれに対しても無回答を決め込んだ。何を訊かれても、だんまりを通したのだ。
 寮の門限を迎え、仕方なく解放したものの、当然の事ながら夜霧は不機嫌だった。
 その不機嫌さが目の当たりに窺える様な声音で、京の携帯に電話してきたのだが……。

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「夜霧にはもう少し義務感が欲しいな。後、責任感」京が例によって眉間に皺寄せ、唸った。
「何を今更? 大体、あの夜霧に義務感を持たせる方法って――もし万が一にもあったとして――どこにあるかな。いや、先ず無いだろうけど」僕は呆れ顔で肩を竦めた。
 しかし、京の言うのも解る。
 夜霧――僕達の担任の夜原霧枝先生――は、兎に角、気分屋なのだ。
 何かをしなければならない、なんて義務を課せられる状況は一番、嫌う所ではある。尤も、僕達生徒には平気で担当である美術の課題を出すんだけど。
「しかし、生徒が体育祭の準備で遅く迄学園内に残ると言うのに、さっさと帰るというのは教師としての監督義務と言うか、監督責任と言うかを余りに軽んじてないか?」
 そう。我が学園では間近に迫った体育祭の練習と準備で大童。入退場ゲートやら何やら、大分傷んでいた事もあって、作り直している所為もある。練習は流石に日が暮れてからはやらないけれど、そういった大小様々な準備は結局、終業後に手分けしてやっているのだ。
 男子寮の纏め役たる我が兄、真田京が分担の割り振りやら何やらで張り切っているのは言う迄もない。基本、京は責任とかいう言葉に弱い。
 それだけに、相変わらずの夜霧のマイペースさが、気に障るのだろうか。
「まぁ、夜霧だって何か用事があったのかも知れないし……」僕は一応、宥める。
「毎日、用事があるのか?」京、目が据わってるよ?
「ええと……大人の付き合いとかあるのかも……?」僕の目は泳ぐ。
「他の先生方はちゃんと残っておられるのにか? あの夜霧に同僚以外に付き合いがあるのか?」
「京……それはあんまりだと思うよ? 苛付いてるのは解るけど」夜霧にだって夜霧なりの人間関係や、過去があるだろうに。
「……うむ、言い過ぎた」あっさり撤回する、京。こういう所はさっぱりしている。

 と、京が一頻り愚痴を言って落ち着いた所に、学園前の雑貨屋「亀池屋」への買出しから帰って来た一団から、声が掛かった。
「京、さっき、夜霧が亀池屋の前の野良猫物色してたぜ? また貰って行く心算なんじゃないか?」勇輝、余計な事を……。
「何!?」京は怒鳴った。
 亀池屋前には野良猫の親子が屯しているのだが、実の所、動物好きの京はちょくちょく、猫達目当てで亀池屋に通っているらしい。以前にも夜霧がそこから一匹、子猫を貰い受けて行った事がある。京としては楽しみを減らされたくない所なのだろうが……。
「いいじゃないか。夜霧の家なら近いし……。実際、時々猫目当てで遊びに行ってるんだろう?」
「それはそうだが、人が毎日忙しくしている時にだなぁ……!」京、眉間の皺が増してるよ?「本当に夜霧と来たら……!」
 その儘文句を言いに駆け出しそうな形相だったけど、京は何とかそれを堪え、割り当て分の仕事を終えた。
 黙々と――余りにも黙々と続ける様に、鬼気さえ漂っていたけれど。因みにその所為なのか、皆無駄口も殆どなく、作業は予想以上にスムーズに進んだ。
 ……もしかしたら皆、早くこの状況から解放されたかっただけかも知れないけどね。

「どうにか間に合いそうだね」僕は後片付けをしながら、京に言った。
「間に合わせるとも。俺の責任に於いて、間に合わせねばならん」自分に言い聞かせる様に、京は唸った。あるいは猫を確認しに行きたいのを、無理に作業に集中する事で紛らわせようとしているのか?
「……爪の垢を煎じて飲ませるって方法、効き目あるのかな?」
「は? ないだろ、そんなもん」きょとんとして、京は言った。
「そうだよね」僕は肩を竦めて、苦笑した。
 義務感や責任感なら、京には有り余る程あるけれど……。
 いや、よそう。
 あの夜霧に、下手にそんなもん持たれたら、京との相乗効果で恐ろしい事になりそうだから。

 因みに終了後、京は即行で亀池屋に飛んで行き――猫が減っていなかったのを確認して、ほっと息をついていた。

                      ―了―


 夜霧に義務感、恐ろし過ぎる(((゜д゜;)))

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
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