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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 夜霧――美術担当の夜原霧枝先生――が言うには、昨日の授業で知多勇輝の描いた絵は、世界中の人間がその画面への参加を拒否されたみたいで……どこか寂しげなのだそうだ。
「評価を担当する、私も含めてね」と、夜霧は溜息をついた。「何て言うか……誰にも、何にも伝えようとしていない感じがする」
 絵画は表現の形態としては言葉の様に明確なものではない。
 いや、言葉でさえも、確実に自分の伝えたい事を言い表せているか、心許ない。同じ言葉でも人により、捉え方が違う事もある。どちらかが正しい意味を取り違っていたり、あるいは意味は通じていても、その言葉や事柄が、自分と相手では重要さが違っていたり……。だからこそ、言葉の行き違いや誤解は尽きない。
 そんな言葉以上に、絵画を含めた美術という表現方法は、様々な捉え方を、観る者に齎す。
 同じ絵を見ても、感動を覚える者も居れば、何とも思わない者も居るだろう。そのどちらがどう優れているとかいないとか、そういうものではないと、僕は思っている。

 例えば幼い子供が笑っている絵を見て、微笑むのはどんな人だろう? その年頃の子供が居る人? それとも、やはりそれ位の年頃の孫が居る老人? 只の子供好きの人?
 ならば逆にその同じ絵を見て悲しげに目を伏せるのは? その年頃で兄弟や友人と生き別れた人? 子供か孫を亡くした人? 子供に嫌な思い出でもある人?
 なら、何も思わない人は? 未だ子供とは縁のない若い人? 絵を金額でしか見ない人? 全く絵に興味を持たない人?
 何が言いたいかと言うと、絵画を含めた美術というのは、鑑賞する方――言葉のやり取りならば「受け手」の境遇や心境にも、その評価は影響されるんじゃないかという事だ。
 そう、謂わば絵画を観るという事は、その画面に参加するにも等しいのではないか?――勇輝の絵は、それを拒否しているらしいけれど。

 ところで、何で有名絵画が「時価何億円」とか、その価値が数値化出来るのか、僕は不思議だ。
 以前、それを夜霧に言ったら、苦笑いされた。まぁ、色々あるんでしょ、と。そして、特に絵画のコレクターや画商にでもなるんでなければ、好きな絵は好き、それでいいんじゃないか、と。所謂有名画家の絵でも好きになれないものを自分の部屋に飾る必要はないし、子供の描いた絵だってお気に入りなら目に付く所に飾ればいい――夜霧にしては正論だと、僕は思う。

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 夜霧――僕達の担任の夜原霧枝先生――は校舎北側に広がる森を散策する時間が欲しいな、と呟いた。
「松の実――まつぼっくりも欲しいかな。秋らしく」楽しそうにそう言う夜霧だけど、未だ未だ九月に入ったばかり。然も、今年は真夏が長引いていると言うか、正直言って、暑い。
 確かに北側の森はブナ等の大木が繁り、本当に秋になれば写生に出るにもいい雰囲気を醸し出している。
 でも、幾ら夜霧の担当教科が美術でも、今の陽気じゃあとても、野外で秋の風景を写生しようなんて気分じゃないんだけど……。

「ま、確かに暑いな」眉間に皺が寄っているのは暑さの所為で不快指数が鰻上りなのか、また双子の弟――詰まりは僕だ――がどうでもいい事を言い出したと思っているのか不明ながら、京は頷いた。「だが、残念ながら、九月に入ったなんてのは人間のカレンダー上の事で、自然にはそれに従う理由もないしな」
「まぁね」
 捲ったばかりの壁のカレンダーでは、数日前迄の抜ける様な青空と海とは打って変わった、赤や黄色に色付いた山々の写真が、実に解り易く季節を知らせてくれている。今の所、現実には程遠いけれど。
「こういう風景を描かせたいのかな、夜霧は」カレンダーを見遣って、僕は言った。
「だろうな。しかし、紅葉するにはある程度の寒波が必要な筈だ。当分、望めそうにないな。八月が九月になったからって、急に冷え込む訳じゃない」
「そうだよね」
 この分では、夜霧の野外写生も未だ未だ先の事だろう。僕だって、森の木々にある程度日差しが遮られるとは言え、この暑い最中に野外活動なんてしたくない。

 そう思っていたら、何と来週、空き時間に有志だけで森に行くと言う。
「有志でって事は、授業じゃあないんですか?」京が代表で尋ねた。
「授業じゃないわよ。空き時間にって言ってるでしょ?」事もなげに夜霧は言った。「散策に行くだけ。描きたいなら道具持って行って写生してもいいけど?」
「散策って……皆でですか?」僕は目を丸くした。散策なんて一人でも出来る、と言うか、一人の方がのんびり思う様、楽しめるのでは?
「だから、行きたい人だけ。この間、夕方帰ろうとしていたら、秋の虫の音がしてたのよ。だから、此処は山の中でもあるし、北側の森ならそろそろ秋らしくなってないかなって思ったのよ」自棄に楽しそうに、夜霧はそう言った。
 確かに学園があるのは山の中。街に比べれば秋の訪れも早いだろう。相変わらず朝から響く蝉の音も、暴力的な程の大音声から、どこか侘しさを感じさせるものへと、その種類も移り変わっていた。
「小さい秋探し、かな?」僕は首を傾げた。
「ま、そんな所ね」夜霧は笑って頷いた。
 参加者は現地集合、森の散策に適当な服装、靴で来る事……そんな説明が続いた後、夜霧はこれが本題とばかりに、言った。
「出来ればまつぼっくりとか、見付けて頂戴。見付かり難いだろうから、人海作戦よ。ある意味その為に誘ってるんだから」
「静物画の題材にでもするんですか?」京が尋ねた。
 が、夜霧は「あ、それもいいわね」などと、言われてやっと気付いた様な顔をして、更にこう言った。
「取り敢えず、今回はうちの子へのお土産」

『…………』クラス全員、呆れ返ったのは言う迄もない。
「猫への土産か……」勇輝がばたりと、机に突っ伏した。
 夜霧が猫好きな事は今やクラス全員、周知の事実だったが……猫バカ。
 人海作戦と言われても、流石に、参加者が集うとは思えなかった。
 が、僕は知っている。
 夜霧に勝るとも劣らない猫バカな――うちの兄貴を。
 取り敢えず僕が巻き込まれるのは決定事項の様だ。来週迄に少しでも涼しくなっていてくれる事を祈りつつ、僕は窓の外の空を仰いだ。

                      ―了―
 暑い。
 本当に少しでも涼しくなってくれ(--;)

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 夜霧が愚痴った――「本当、何? あの言い様っ! その儘ぽいって、携帯放り出したかったのを、自分でもよく我慢したものだと思うわよ!」
 その愚痴を延々聞かされている僕達も、よく我慢しているものだと思う。僕達と言っても、今日此処に居るのは僕と双子の兄、京だけなんだけど。夏休み、然もお盆が重なるこの時期、流石に全寮制の我が校も、かなり静かになる。
「まぁ、そう怒らなくても……」京が一応、宥める。「伯父さんでしたっけ? 先生の事を色々心配して下さってるんですよ。やっぱり離れていても、血縁者は有難いものですね」
 京、年寄り臭いぞ。いや、言ってる事に異論はないけれど。
 しかし、生徒にこんな説教臭い事言われる先生って一体……。
 然も、解ってるけど、などとぶちぶち言いながら、頬を脹らませている。
「それにしたってよ? 態々電話してきて『お前の嫁ぎ先が決まらん事には死んでも死に切れん』だの、『花嫁姿を拝みたかったのぉ』だの言われて御覧なさいよ! あんた達には解らないかも知れないけど、凄いプレッシャーなんだからね!」
 ああ、確かにその手の台詞は、独身女性に対してかなりのストレスを与えると聞いた事がある。尤も、結婚したらしたで、更に上級の「お子さんは未だ?」という攻撃もあるらしいけれど。
 でも、実際に夜霧に結婚願望があるのかどうかは、今一つ不明だ。とは言え、今の暮らしに満足している様でも、横から口を出されると不安になる事も、まぁ、あるよね。

「まぁ、こればっかりは縁ですし……」僕は微苦笑して、言った。「伯父さんには――いつになるか解らないけれど――式の招待状を楽しみにしていて下さいとでも言うしか……」
「あ、それは無理」あっけらかんと、夜霧は言った。
『は?』僕達は揃って疑問の声を上げた。夜霧、結婚する気ないのかな?
「だって、伯父さん去年亡くなったし。招待出来ないわよ、流石に」
『はぁ!?』
「全く、お盆に電話してきたと思ったら、そんな用件で、参ったわよ。まぁ、伯父さんらしいと言えば伯父さんらしいんだけど。『死んでも死に切れん』だの言われても困るわよね。こっちだって都合ってものがあるんだから」
 またもや愚痴り出した夜霧を余所に、僕達は暫し、放心したのだった。

 夜霧……僕達なら相手が判明した時点で、携帯放り出してるよ。絶対!

                      ―了―
 短め、登場人物少なめでお送りしました(笑)

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 夜霧――担任の夜原霧枝先生――は排気したかったのだと言い張った。
 確かにエアコン付けっぱなしで締め切った室内に三十人から居る生徒。冷気を逃がすまいとドアの開閉も最低限、窓に至っては朝から開けてないんじゃないかって状態だったから、空気も澱んでいたかも知れない。
 でも、終礼中にいきなり窓に駆け寄って、建物の外側に面したのは兎も角、廊下側の窓迄全て開け放つという行動は如何なものか。僕や他の生徒は勿論、終礼の司会として教壇に立っていた京迄、吃驚してたじゃないか。
 夜霧の気紛れ、突飛な行動にいい加減、免疫付いている京でさえ、だ。

 その突飛な行動の後、気にせず続けてと言う夜霧の言葉とは裏腹にぎくしゃくした空気で終礼は終わり、僕達は寮への帰途に着いた。
「夜霧、一体何だったんだろうね、あれは」苦笑いしながら、僕は言った。「窓開けるだけなのに、あんなにばたばたしなくったって……」
「凄い顔してたしな」勇輝が笑う。「お陰で目が覚めた」半分寝ていたらしい。
「せやけど……」いつもの関西弁で口を挟んだのは、勿論栗栖だった。「換気したかったんやったら、窓際の生徒に窓を開けるように言うだけでよかったやろうにな」
 僕は勇輝と顔を見合わせた。
 確かにそうだ。と言うか、普段の夜霧の行動からして、自分で教室を駆け回って窓を開けるなんて面倒臭い事をするよりは、生徒にやらせるだろう。
「生徒に命じる間ももどかしかったとか……?」僕は首を捻った。
「壁側開けてる間にでも、廊下側の生徒に声掛ける位出来るやろう。一人で回るよりは断然早いで?」
 そうだよなぁ。幾ら終礼でだらけていたとは言え、言われれば窓を開ける位の事は寝惚けていたって出来る。
 それを態々一人で駆け回るなんて……夜霧らしくもない。
「という事で、京。少し訊きたいんやけど」栗栖は不意に、僕達の話を聞くともなしといった風情で横を歩いていた京に、話を振った。「俺等の後ろで、何かあったんか?」

「何も見てないぞ!」打てば響く、そんなタイミングで京は言った。「何も怪しいものなんか見なかった!」
「何か怪しいものがあったのかい?」僕は目を丸くした。
 そう言えば夜霧の他は京だけが、教室前方に向かって席に座る僕達とは逆の方を向いていたのだ。同じ教室に居ながら、その視界は当然、違う。
「だから何も見なかったって言ってるだろうが!」
「見なかったと無かったは違うんだったよな? 京?」些かからかい気味に、勇輝が追求する。「嘘は下手だもんなぁ、京は」
「俺が他人に嘘なんぞつくか!」京は怒鳴ったけど、いつになく、視線が力ない。
「京。自分に対してつく嘘も、嘘の内やで?」
「……」栗栖の言葉に、暫し、京は沈黙した。

 やがて――何かの見間違いに決まっているが、見た事だけを言うぞと前置きして、京は話し出した。
「終礼が始まって直ぐ、何かもやっとしたものが教室の上の方に蟠っているのに気が付いたんだ。煙の様な靄の様な……。けど当然火の気もないし、何だろうと思っていたら段々それが密度を増して、何か人の顔の様なものに――それこそシュミラクラ現象だとは思うんだが――見えてきたと思ったら、夜霧がいきなり席を立ったんだ。それで夜霧が窓を全開にしたら、掻き消す様に消えて行った」
 してみれば京が驚いていたと見えたのは、夜霧の行動よりもそちらの方だったのか?
「まぁ、見間違いに決まっている」眉間に皺寄せ、腕組みして、京は唸った。「きっと余りに締め切っていたから、空気が悪くなっていたんだろう。俺の目か頭が誤作動を起こす位に」
 京は所謂心霊現象を信じない――あるいは信じたくないタイプだ。尤もそれは怖いと思っているからこそ、あって欲しくない訳で……。まぁ、僕もそうなんだけど。
「まぁ、締め切った部屋は色々籠り易い言うしなぁ」京の言葉を肯定も否定もせず、栗栖はそう言って微苦笑した。

 因みに後日、夜霧にこの事を訊くと、一瞬きょとんとした表情を見せた後、こう言って笑った。
「ああ、あれ? 何かよく解らないけど、嫌な感じがして窓を開けたくて堪らなくなったのよ。でも、そんな事言ったって説明にならないでしょう? だから取り敢えず空気の所為にしちゃった。実際ずっと締め切ってたみたいだし」
 という事は、京が見た様なものは何も見えていなかったと言うのだろうか?
 どうもその様で、単純に彼女自身が覚えた衝動に従ったらしい。
 だから本当に京が見た様なものがあの教室内に居たのか、そしてそれが原因だったのかは解らないけれど……。
「……夜霧……本能やな」
 栗栖の言葉に、一同、頷いたのだった。

                      ―了―


 暑いけど、換気も大事だよ~。
 夜霧先生? 夜霧先生にそんなものが見える訳ないじゃないか。天然だもの(爆)

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 昨日、夜霧は、他の先生方みたいに今回の参院選を考察してみる時間を用意しなかったけれど、よかったのだろうか? 
 まぁ、他のクラスの友達に聞いた所では、元々授業からは離れた、ホームルームを利用してのちょっとした意見交換会みたいなものだったそうだけど。
 当然の事ながら高校生の僕達には選挙権も、況してや被選挙権もない。今回も将来を想定して、もし自分なら何を基準に選択したか等、意見を述べ合う機会を、学校側は設けたかったらしい。
 それはそれで、有益なんじゃないかと思うけど……やっぱり何か実感は湧かない。数年後、自分がどんな考えで、誰に、あるいはどの党に投票するかなんて……。いや、逆に数年後に控えつつも実感を持てない僕達にこそ、その考察は必要だったのだろうか?
 それにしても、夜霧は何故、やらなかったんだろう? ホームルームを利用するんだから特別時間が超過する訳でもないのに。まぁ、クラスによっては議論が白熱、時間延長した所もあったみたいだけど。

「面倒臭かったんだろう」と言ったのは京だった。「夜霧の事だからな」
 夜霧を知るが故に、僕は素直に頷いてしまう。
「でも、どうせ夜霧の事だから、横で聞いてるだけだろ? もしやったとしても」と、勇輝が割り込む。「そこ迄面倒臭がるかな? ま、俺は意見を述べるなんてそれこそ面倒臭いんでどうでもいいけど」
「お前な」京の眉間に皺が寄る。「今はそれでもいいとしても、実際に選挙権を得たら、面倒臭いなんて言ってられないんだぞ? ちゃんと自分の考えの下に選択してだなぁ……!」
 解った、解ったと手をひらひらさせながら、勇輝は退散する。
「全くあいつは……」京が唸る。
「でもまぁ、勇輝だけじゃないと思うよ? 表立って意見を言うのって気恥ずかしいし、違う考え方の人と対立したら気拙くなりそうだし……」
「違う意見の者が居るから議論するんだろうが」にべもなく、京は僕の言葉を斬って捨てた。「あるいは対話する。どっちにしても意見を言わなければ話にならん」
「確かに……」僕は頷く他なかった。
「よし、決めた」不意にそう言って、席を立った。「夜霧に言って今日のホームルームの時間を借り切って来る。一日遅れでもやらないよりマシだろう」
「ええっ!?」僕の驚きと抗議が入り混じった声を無視して、京は教室を出て行った。

 結局、夜霧は面倒臭かったんだろうと思う。
 自分主導でやり、その結果ホームルーム延長という事態に生徒達の恨めしげな視線を集めるのが。
 今その視線を一身に浴びながらも、全く平気な顔で意見交換会を取り仕切っている――ああして放って置けばきっと自分からやろうと言い出すだろう――京に任せるのが一番だと、そう思ったに違いない。

                      ―了―


 京、夜霧に利用されてるぞ?(^^;)

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 今日、皆は確認したかったみたいだった。
 でも、ペンで見付け易いようにと門柱の上下に丸が印された写真は、結局、現在のその家の主に提示される事はなかった。
 
「この写真なんですけど……」珍しく浮かぬ顔で一枚の写真を持って来たのは、新聞部副部長のキャラメルこと不破りえだった。
 見れば、いつだったか夜霧――担任の美術教師、夜原霧枝先生――の新居の掃除に借り出された時、門前に皆で並んで撮ったものだった。終了後だった所為もあって、家具の移動など重労働担当だった男子はすこぶる疲れた顔をしている。
「これが何か?」夜霧の隣で妙に真面目腐った顔で写っている我が兄、京が尋ねた。
「プリントしてから気付いたんですけど、この門柱の所、ほら、この上と下の所……人の顔に見えません?」と、キャラメルは写真を指差した。
 そう言われて目を凝らして見れば、確かに石造りの門柱の表面、二箇所に何やら人の顔に見えなくもない影が……。
 おいおい、確かあの家、幽霊屋敷の噂がある分、安かったんじゃなかったか? もしかして、本物?
 僕の内心の動揺を余所に、ふんと鼻を鳴らしたのは京だった。
「こんなもの、典型的なシュミクラ現象という奴だろう。目、鼻、口……それっぽく並んだ点や陰影がさも人の顔の様に見えるという奴だ」
 それは僕も聞いた事はあった。何でも他の動物に比べて視覚に頼る割合の多い人間は、見て直ぐに判るよう、ある程度のものは決まった形として覚えているのだそうだ。人の顔などはかなり幼い頃から、その型が出来ているらしい。そしてついつい、その型に当て嵌まってしまう物を見ると、例え違う物であってもそう見えてしまうのだそうだ。
 確かに、メールでよく使う顔文字なんかも単純な点と線の並びなのに、人の顔に見えるし、そこに表情さえ読み取ってしまうものなぁ。
 それは兎も角、問題の写真、そう思ってみれば只の影にも見えなくはない。
 だが、キャラメルとて常日頃写真に接している新聞部副部長。その可能性に気付かない訳はない。それでもこうして持って来たというのは、何か他に気になる事でもあったのだろうか?

「夜霧先生、この頃だるそうにしてると思いませんか?」キャラメルは僕達の顔を見比べて言った。「何だか、あの家に越してからじゃないかって思えて……」
 そうか? と、僕達は顔を見合わせた。
「単に梅雨で鬱陶しい天気が続くからじゃないのか?」と、京。「俺でもこう雨続きだと気鬱になってくるぞ?」
「それはそうですけど……」
「真逆、あの家割と古かったから、雨漏りで眠れないなんて事じゃないだろうな?」そう笑って割り込んだのは、勇輝だった。いつの間に来たのか、気付かなかった僕達はぎょっとする。
 振り返って見れば栗栖も居て――写真に写っているメンバーで居ないのは夜霧当人と、クラスの違う月夜位か。極度の怖がり屋の亀池はそれでも気にはなるのか、少し離れた所からおどおどとこちらを窺っている。係わり合いにはなりたくないけれど、既に関わってしまっていたなら、それを知らずにいるのもまた怖い、といった所か。
 それは兎も角、流石に雨漏りはないだろう、と僕は苦笑した。
「もしそんなんだったら、疾うに片付けを手伝え、とか招集が掛かってるよ」
『確かに』僕の言葉に、皆一様に唸る。
「まぁ、単純に寝不足やとかあるんかも知れんし、ここは京に倣うて訊いてみたらどうや?」柔らかい関西弁で、栗栖が言った。「夜霧の事やし、案外心配要らへんのかも知れへんで?」

 そんなこんなで夜霧に例の写真を見せ、話を訊いてみようと、僕達は美術準備室を訪ねた。
 なのに前述の通り、写真を見せなかったのは何故かと言うと……。
 
 放課後で、然も美術部も休みとあって気を抜いていたのだろうか。僕達が行った時、夜霧は机に突っ伏して居眠りしていた様だった。
 それでも扉の開く音に目を覚まし、些か慌てて取り繕う様にこう言った。
「最近ちょっと寝不足気味なのよね。ほら、仕事終わって帰ってから、ついつい猫に構っちゃうじゃない? つい遅く迄遊んじゃうのよね。その癖、朝ごはんの催促が五時とかだったりで、二度寝するには危険な時間かなぁって。それに美味しそうに食べてる姿がまた可愛くて可愛くて……」
 以後、十分近くに亘って夜霧の猫自慢が披露されたのだった。
 寝不足とは言え、こんなプラス思考状態の人間に――それも夜霧に――もし居たとしても生半可な霊が手を出せるとは思えない。
 寧ろだるそうな原因は判った事だし、下手に意識させない方がいいかも知れないと、僕達は写真の影に関しては告げない事にしたのだった。
 只――。
「あの子、庭で遊ばせていても――あ、勿論目の届く範囲でよ?――門から外には出ようとしないから助かるわ。賢い子よね」
 そんな猫自慢が、ちょっと気にならないでもなかったけれど。

                      ―了―
 や、単にテリトリーから出ないだけかも?(^^;)

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 夜霧はシートを見て慨嘆した。
 今日も居ない、と呟きが漏れる。
 誰がだろうと、その校庭の木陰に設置されたベンチシートを見るけれど、当然無人のそこには何の手掛かりもありはしない。
 それでも、夜霧――美術担当で僕達の担任でもある夜原霧枝先生――は暫し、夏の濃い影の落ちるシートを見詰め続けていた。

「もしかして、気になる人でも居るとかかな?」学食にて、他愛ない話題の一つとして先程の事を言うと、双子の兄、京は詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
「お前こそ、気になるなら訊いてみればいいじゃないか」
 出たな、直球勝負。
「京は相変わらずと言うか……真相は置いといて、想像して楽しむとかいう事はないのかい?」アイスコーヒーを啜り、僕は言った。
「真相がどうでもいいなら疑問を持つ必要がどこにある?」却って、不思議そうな顔をされてしまった。
「そこはまぁ、推理ゲーム感覚と言うか……」
「ゲーム感覚で人の事を詮索するのはどうかと思うぞ?」
「う、それはまぁ……」僕は口籠る。
 正論ではあるんだよな。京の言う事も。
 その割に、訊くとなったらずかずか質問するのも京なんだけど。

「それは兎も角、あの夜霧に気になる人とか、それもこの学園内に居るのかな?」不意に割り込んだのは、同級生の知多勇輝だった。
「人の話を勝手に聞くな」京が眉間に皺を寄せるけど、今更気にする勇輝じゃない。
「祥、状況としてはどんなだったんだ?」構わず、僕に訊いてくる。
「美術の授業中――ほら、今日の授業は静物画だったろう?――殆ど皆が題材に向かってる時だったな。窓際に寄って、じーっと校庭を見下ろしてたんだ。僕の席は窓際だったんで、気付いたんだけど、あれは確かにあのベンチを見下ろしてた」
「そんで『今日も居ない』――と?」
 こっくりと、僕は頷いた。
「授業中って事は少なくとも生徒じゃあないよな。先生達なら偶々担当の授業のない時間もあるだろうけど」
 勇輝の推測に、僕は頷いた。それが生徒だったなら、気になる――それがどんな意味であれ――相手だったとしても、あの時間にあの場に居るとは夜霧も期待しないだろう。
 けれど、同僚の先生だったとしたら、あんな所から見る必要があるのだろうか? 職員室ででも普通に会えるだろうに。
「祥、夜霧はあれでも女性だぞ? 気になる相手に直接対面するとあがってしまって……なんて事はないか。夜霧に限って」勇輝は笑う。
 勇輝、それはどうかと……。でも、夜霧だからなぁ。
「そんなに気になるなら」口を挟んだ京に、僕と勇輝は声を揃えた。
『却下』
「直接訊くのは最後の手段という事で」軽く手を上げて、勇輝は京の反論を封じ込める。「大体、もし本当にそんな気になる相手の姿を捜していたんだとしたら、祥に見られたのは女性としては嬉しくないだろう。なるべく、悟らせないのが気遣いってもんじゃないのか?」
 そう言われれば……と、流石の京も黙ってしまった。
 けど、そこに更に割り込む声がした。
「ほんまに気ぃ遣うんやったら、見ぃへん振りするもんちゃうか? 勇輝」苦笑を含んだ柔らかい関西弁。それだけで解る。やはり同級生の間宮栗栖。
「またお前はどこから聞いてたんだ!?」早速、京が噛み付く。
「そやかて、別に内緒話してる風でもなかったし」栗栖は意に介さない。
 未だ文句を言いたそうな京を適当に宥めつつ、僕は栗栖に意見を求めた。

「そやなぁ。先ず疑問なんは夜霧が捜してたんが、ほんまに『誰か』なんやろうか?」
「は? 夜霧はベンチを見て、今日も居ないと嘆いていたんだろう?」勇輝が僕に確認する。
 僕が頷くのを見て、栗栖は更に話を続けた。
「ベンチに座ってるんやから『誰か』――詰まりは人間やろうって? せやけど、夜霧は『今日も居ない』と言うただけやろ? あの人が居ないと言うた訳やない」
「詰まり……人間じゃない可能性もある、と?」
「居ないと言うんやから生き物やとは思う。けど、人間とは限らへんのとちゃうか? 夜霧の事やし。この学園内、意外と動物迷い込むからなぁ。猫とか……」
 僕は想像した。
 今日こそ居るかも知れない。そんな期待を込めた、夜霧の視線の先に居るのは……。
 多分、同じ様な想像をしたんだろう、期せずして、僕と京、勇輝の口から溜息が漏れた。
『夜霧だもんなぁ』
 どんな二枚目よりも猫――それが夜霧だった。

 後日、僕はやはり授業中に窓からベンチを見ている夜霧を目撃した。
 その目は輝いていて、口元には笑みさえ滲んでいる。
 そっと、その視線の先を窺ってみると――木陰のベンチで涼を取りながら毛繕いしている、灰色の猫。
 はぁ……。
 やっぱり女心、いや、夜霧心は解らない――今度は僕が、慨嘆した。

                      ―了―
 意外に長くなってしまった(--;)

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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