忍者ブログ
〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
Admin Link
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 夜霧――美術担当の夜原霧枝先生――が言うには、昨日の授業で知多勇輝の描いた絵は、世界中の人間がその画面への参加を拒否されたみたいで……どこか寂しげなのだそうだ。
「評価を担当する、私も含めてね」と、夜霧は溜息をついた。「何て言うか……誰にも、何にも伝えようとしていない感じがする」
 絵画は表現の形態としては言葉の様に明確なものではない。
 いや、言葉でさえも、確実に自分の伝えたい事を言い表せているか、心許ない。同じ言葉でも人により、捉え方が違う事もある。どちらかが正しい意味を取り違っていたり、あるいは意味は通じていても、その言葉や事柄が、自分と相手では重要さが違っていたり……。だからこそ、言葉の行き違いや誤解は尽きない。
 そんな言葉以上に、絵画を含めた美術という表現方法は、様々な捉え方を、観る者に齎す。
 同じ絵を見ても、感動を覚える者も居れば、何とも思わない者も居るだろう。そのどちらがどう優れているとかいないとか、そういうものではないと、僕は思っている。

 例えば幼い子供が笑っている絵を見て、微笑むのはどんな人だろう? その年頃の子供が居る人? それとも、やはりそれ位の年頃の孫が居る老人? 只の子供好きの人?
 ならば逆にその同じ絵を見て悲しげに目を伏せるのは? その年頃で兄弟や友人と生き別れた人? 子供か孫を亡くした人? 子供に嫌な思い出でもある人?
 なら、何も思わない人は? 未だ子供とは縁のない若い人? 絵を金額でしか見ない人? 全く絵に興味を持たない人?
 何が言いたいかと言うと、絵画を含めた美術というのは、鑑賞する方――言葉のやり取りならば「受け手」の境遇や心境にも、その評価は影響されるんじゃないかという事だ。
 そう、謂わば絵画を観るという事は、その画面に参加するにも等しいのではないか?――勇輝の絵は、それを拒否しているらしいけれど。

 ところで、何で有名絵画が「時価何億円」とか、その価値が数値化出来るのか、僕は不思議だ。
 以前、それを夜霧に言ったら、苦笑いされた。まぁ、色々あるんでしょ、と。そして、特に絵画のコレクターや画商にでもなるんでなければ、好きな絵は好き、それでいいんじゃないか、と。所謂有名画家の絵でも好きになれないものを自分の部屋に飾る必要はないし、子供の描いた絵だってお気に入りなら目に付く所に飾ればいい――夜霧にしては正論だと、僕は思う。

 それは兎も角、昨日の絵画の課題は静物画だった。
 何を描くかは各々が決める。学園内であれば美術室以外にある物でも構わない、そういう決まりだった。
 僕と、双子の兄の京はオーソドックスに美術室に飾られていた彫像を画題に決め、描き始めた。殆どの生徒は同じ様に手近にある物を選んでいた。限られた時間では探す間も惜しい。
 だけれど、勇輝は美術室を出て行った少数派の一人だった。
 そして戻って来た時、彼が抱えていたスケッチブックに描かれていたのは、視聴覚室に設置されているものだろう、一台のパソコン。黒のデスクと、グレーを基調とした機械のコントラストは鋭く、そして何も映していないモニターは如何にも無機質だ。
「何だ、勇輝。態々パソコンを描きに行ってたのか。何か珍しい画題だね」横から覗き込んだ僕の言葉に、勇輝は苦笑して答えた。
「直線メインで楽だと思ったんだ」と。
 確かに、僕等が選んだ彫像は、思いの他面倒だった。何と言っても微妙な色合いで陰影を描き分けなければならなかったし。
 まぁ、その時はそれだけの事、だったんだけど……。
 夜霧の言葉が、少し気になる。

「でも、先生、僕達だって別に何かを伝えようなんて思わずに描いてましたけど」僕は首を傾げた。実際、特に得意でもない美術の課題なんて、そんなに気合を入れて取り掛かるもんじゃない。授業だから、評価の対象だから……皆だって、その程度の感覚で描いていた筈だ。
 まぁ、約一名、僕の対面で眉間に皺寄せて、凄く真剣に描いていた奴が居たけど……。別に京も特別に美術が好きな訳じゃあない。只、それでも点を落とすのは矜持に傷が付くのだろう。
「伝えようと思わなくてもね、どこかしら表れるものなのよ。面倒臭いなぁ、とか、この辺の細かい所なんか誤魔化しちゃってもいいだろう、とか……思ってたでしょ」
 昨日描いた絵を取り上げて指摘され、僕は顔を赤くして、狼狽した。確かにその、服の縁取りのフリルの所とか、適当に誤魔化そうとした覚えはある。それでも一応それらしくは描いた筈だけれど……夜霧、恐るべし。
「逆に真田兄は兎に角きっちり描こうと、力が入ってたみたいね。線が硬い。真剣なのは真剣なんだけどねぇ」
「ああ、眉間の皺、二割り増しでした」僕も苦笑する他ない。
 珍しく京が一緒でないのをいい事に、一頻り、笑う。
「それで……勇輝の絵ですけど、そういったのが何にも……?」
 夜霧はこくりと頷いた。
「知多の絵はねぇ、いつもは本当、面倒臭そうなの。前に見たでしょ? 殆ど白一色の、雪の絵。昨日のは意外な程よく描けてたけど、逆に何て言うか……画題のパソコンそのものの様に、無機質な感じ。寧ろ何で画題をあれにしたのかなぁ」
 そうだ。パソコンは確かに直線的だけど、描いて面白いかどうかって言うと……。少なくとも僕にとっては、態々美術室を出て、探して迄描きたい物でもない。
「パソコン関連で、何かあったのかなぁ?」僕は首を傾げた。

 そんな疑問を抱えてしまった僕は、取り敢えず同級生の関西人、間宮栗栖を訪ねた。
 因みに京には言わない。絶対に「直接本人に訊けばいいだろうが!」と吐き捨て、突撃するに決まっているからだ。それが効を奏する事もあるけれど、今回は何か、勇輝の心の問題の様な気がして、踏み込むのは躊躇われた。
「ふぅん……。誰にも何にも伝えへん絵、なぁ……」栗栖はいつもの柔らかい関西弁で呟いて、暫し黙考した。
「態々パソコンを選んだのも、何か意味がある様な気がするんだけど」僕は言った。「でも、世界中が参加を拒否されたみたいって、大袈裟だよね、夜霧も」
「いや……。酷く嫌な事があった時とか、自分独りになりたい時とかあらへんか? 世界中、だぁれもおらんようになって、自分独りになれたら……。まぁ、大抵は一時的な気の迷いやねんけどな」そう言って、栗栖は苦笑する。「これ描いた時、丁度そんな気分やったんとちゃうかな。勇輝は」
「……何かあったのかな?」
「時に祥、勇輝は未だ例の年上の彼女とは続いてるんやろか?」不意に、栗栖はそんな事を言い出した。
「え? いや、僕に訊かれても困るけど。続いてるんじゃないのかな。ブログに書き込みとかして……ブログ?」
 僕は思い出した。名前は知らないけど、ハンドルネームみいにゃんさん、それが我が学園の卒業生でもあり、卒業後郷里に帰って行った、勇輝の彼女だった。その彼女との付き合いは、どうやらブログを通して続けられているらしい。
 ブログと言えば、パソコンか携帯電話。勇輝は殆ど、パソコンから閲覧、書き込みしていたらしい。
「何かあったのかな……彼女と」僕は罰が悪い思いに囚われた。そう言えば、描かれたモニターには何も映されていなかった。それは、何かの遮断を意味していたのだろうか。
 そういう事ならこれ以上踏み込まない方がいいかも知れない。生憎と、僕にはいいアドバイスが出来る様な経験がない。
「や、放っといても大丈夫やと思うで?」そう言って、栗栖は苦笑した。「パソコンを通じて何かあったとして、勇輝は未だそのパソコンから離れてへんからなぁ。今は画面ブラックアウトしてても、その内また、点くんとちゃうか?」
「だといいけど……」
「夜霧は絵を見て、寂しそうや、言うたんやろう? 寂しい言う気持ちがあるんやったら、大丈夫や。勇輝は頭も要領もええし、仲違いしてたとしても、巧い事元の鞘に収めるやろう」
 多分、次の授業ではまた、如何にも面倒臭そうな絵、描くで――そう言って笑う栗栖に、僕は少し、心が軽くなるのを感じた。

 そして――数日後の授業で、勇輝は見事に如何にも面倒臭そうな、でもどこかほのぼのとした感じの、猫の絵を提出した。

                      ―了―


 世界中が参加って何じゃい、夜霧サン(--;)

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
無題
さすが夜霧センセ。世界中の人間が参加を拒否されたとまで酷評しておきながら、少しも心配してないよ。普通そこまで言えば、欝なのかしらと心配してもよさそうだが(^^; 

「時下何億円」となってますよ
銀河径一郎 2010/09/12(Sun)20:49:17 編集
Re:無題
うおう(笑)
時価だ時価(^^;)

夜霧センセは感性は兎も角、教育者としてどーなのか(^^;)
巽(たつみ)【2010/09/12 22:02】
こんばんにゃ
画の価値なんて本当のところはわからないんだろうね
私にはピカソの偉大さがわからないように(大汗)

でも、心が映し出されるってのは本当なんだろうな〜
つきみぃ URL 2010/09/15(Wed)20:21:23 編集
Re:こんばんにゃ
>私にはピカソの偉大さがわからないように(大汗)

私も解りません(^^;)
でも、心――感情が表れたりはすると思います。
巽(たつみ)【2010/09/15 22:00】
こんばんは
み~ねこさんは、夜霧に絵を見てもらうと良いかもしれない。(笑)
afool 2010/09/15(Wed)20:24:20 編集
Re:こんばんは
や、み~ねこさんの絵は、何かかっこいいし♪
巽(たつみ)【2010/09/15 22:05】
こんばんは
↑いや、自分でいつも下手だ、イマイチだって言ってるからさぁ。(^_^;)
afool 2010/09/15(Wed)23:13:17 編集
Re:こんばんは
う~ん(^^;)
や、自分の絵って、なかなか満足出来ないもんよ?
端から見たら、どこが不満なんだ? ってレベルでも、何か納得出来ないらしい(^^;)
巽(たつみ)【2010/09/15 23:24】
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
フリーエリア
プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

ブログランキング・にほんブログ村へ
ブログ村参加中。面白いと思って下さったらお願いします♪
最新CM
☆紙とペンマーク付きは返コメ済みです☆
[06/28 銀河径一郎]
[01/21 銀河径一郎]
[12/16 つきみぃ]
[11/08 afool]
[10/11 銀河径一郎]
☆有難うございました☆
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
最新記事
(04/01)
(03/04)
(01/01)
(12/01)
(11/01)
アーカイブ
ブログ内検索
バーコード
最新トラックバック
メールフォーム
何と無く、付けてみる
フリーエリア
忍者アナライズ
忍者ブログ [PR]