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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「その鍵を持ち出しては、駄目」か細い女の声が言った。
 最近掘り起こされたらしき、住宅街の中の一画。昔の遺構らしきものが発見されたとちょっとした騒ぎになり、調査の間、工事は一時中断となっていた。
 その赤茶けた土の中から土塊に塗れた金属片を、十歳ばかりの少女が拾い上げようとした時、その声は聞こえたのだった。
「お願い、その鍵はその儘に……そうっとしておいて」再び、姿なき女の声。
「そう言われてもねぇ」少女は一旦、土塊から手を放して立ち上がる。「この鍵にはもう主も居なければ、対となる錠も無い。だから、私の……ありすのもの。そうでしょ?」
 茶色の髪によく似合う青いリボン、青い服の少女は夜の闇の中、微笑みを浮かべた。
「けれど……けれど、その鍵は、誰も触れてはならないもの。いえ、触れられたくない物……」悲しげな、そして心苦しげな声が返った。「お願い。それはその儘、眠らせて」
「……この鍵と、貴女。何があったの?」
 怯えと緊張を孕んだ空気が、辺りに満ちた。
 それでも、訳を話せば望みを聞き入れて貰えるかも知れないと、女の声は訥々と、語り始めた。

 かつて此処には集落を纏める主の屋敷があり、それを中心として、集落が栄えていた事。近隣との水争いなどの火種はあったけれど、集落を囲む堅固な壁に守られて、概ね平和に、そして豊かに暮らしていた事。
 ところがある日、壁の外へと狩りに出掛けた兄が戻らず、投げ文があった事。
 返して欲しくば壁を撤去しろ、と。
「当然、そんな事は出来ないと、主様は突っ撥ねました。例え誰であれ、たった一人の為に、集落全員を危険に晒す事は出来ないと。民を守る立場として、当然の言葉だとは思います……。けれど……その時の私は、集落の主であるよりも、父であって欲しかったのです。幼い頃から優しかった、私達の父で……」女の声には、いつしか嗚咽が混じり始めていた。「なのに、主の立場を優先した父に、その時の私は、裏切られた思いでした。でも……本当に父を、そして集落の皆を裏切ってしまったのは、この私の方……!」
 悔悟と嘆き、そして申し訳なさ、それらの入り混じった泣き声が響く。
 それに替わり、どこか冷めた表情で少女が続けた。
「壁から出入りするからには門か扉がある。門か扉があり、そこを守るからには鍵がある――貴女、その鍵を持ち出したのね?」
 肯定の、気配。
「そしてそれを敵に渡してしまった……。馬鹿ね。集落そのものが襲われてしまったら、お兄様が無事だろうと、帰る場所が無くなってしまうじゃない。お兄様にも、貴女自身にも」
「本当に……馬鹿でした……」少女の言葉通り、帰る場所を失くしたのだろう、声には自嘲と、寂しさが滲んでいた。「どうにか集落の外に出て、鍵と交換に兄を返して貰ったものの……。彼等はその儘馬を走らせ、集落を襲ったのです。私達が帰り、手立てを講じるよう進言する間も与えるまいと。私達を追い越し様の敵の首領の笑い顔と来たら――今思い出しても忌々しい!――嘲りと、表ばかりの哀れみ、そして勝利への喜びに満ちていて……私は兄共々、心が打ちひしがれました」
 それでもどうにか集落へと戻ってみれば、あちらこちらから火が上がり、警戒は強めていたものの心のどこかで壁に依存していた兵達は虚を突かれ――無残な光景が広がっていた。
「この悪夢の全てが私の所為なのだと、気も狂わんばかりでした。もし私が鍵を持ち出さなかったら、こんな事にはならなかったのにと、どれだけ悔やんだか……。そして、兄と身を寄せ合い、この屋敷迄戻って来た私の前で父は……敵の首領に首を取られました」
 首領は彼女等の父の首を高々と掲げると、件の鍵を彼女の前に放り、また、あの笑みを浮かべた。 
 そして結局は彼女自身も、兄も、凶刃に斃れたのだった。

 話を聞き終えるなり、少女はひょい、と鍵を内包した土塊を拾い上げた。
「待って! それは……」
「結論から言うわね」声を遮って、少女は言った。「これはもう誰にも必要とされていない鍵。だから、私のもの。それに……」
「それに?」
「貴女がこれをこの儘にして置いて欲しいって言うのは、かつての過ちを掘り起こされたくないから。未だに貴女の所為で集落が壊滅した事を糾弾されるのを恐れてるから。そうでしょ? でも、今現在、それをする誰が居るって言うの?」
 誰一人、残ってはいない。その事がまた、女の魂に圧し掛かる。年代の経過だけではない。人が殺され、生き残った者も散り散りとなってしまったからこそ、誰も居ないのだ。
「私の……所為で……」
「全く……。せめて返り討ちに出来るだけの兵力を門前に集めて置くとか、打てるだけの手は打つものよ? 情だけで動くには、貴女の立場は重かった。貴女の自覚とは無縁にね。立場と情と……板挟みで苦しんだのは、お父様も同じだと思うけれどね。それでも貴女を含む集落に残された者を取った彼の痛みを、少しは慮ってあげたら? ま、でも……もういい加減、いいんじゃない?」ふと、少女は微笑を見せた。
 その手の中で、土塊が崩れた。現れたのは、元々質も低かったのだろう、緑青に覆われ、腐食も進んだ鍵の末路。脆く、少しでも力を込めればそれ自体、崩れてしまいそうだった。
「鍵がこんなになる位の時間、此処で悔やみ続けてきたんだもの。ね?」
「……」
 泣き笑いの表情を浮かべた女性の姿が、一瞬、少女の目に映った。
 悩んで、苦しんで、一言誰かに「もういい」と言って欲しかったのかも知れない。
「私も……眠ります」その言葉を最後に、声は消えて行った。

「ご苦労様」一人、残された少女は手の中の鍵に囁いた。流石にこれでは鍵束には繋げないと、肩を竦める。「そしておやすみ、お姫様」

                      ―了―


 寒い~(--;)

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若いと言うことは
羨ましいけれど
やっぱり判断力とか総合力が未熟だよね・・・

ありすちゃん、お仕事が多岐にわたってますが汗
つきみぃ URL 2011/01/06(Thu)10:20:37 編集
Re:若いと言うことは
ありす、最早何でも屋さん?(^^;)
巽(たつみ)【2011/01/06 22:32】
無題
時代物ですね。
ニセモノの鍵ほ渡して、兄と二人で逃げるってのがベストかもしれないが、悪知恵の働く姫は可愛くないし。悩む(^^;
銀河径一郎 2011/01/11(Tue)01:04:02 編集
Re:無題
可愛くて知恵のある姫と、悪知恵の働く姫の境界線はどの辺にあるのでしょうね……。悩む(^^;)
巽(たつみ)【2011/01/11 21:40】
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