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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「駄目、この鍵だけは誰にも渡せない……! 例え、ありすでも!」
 真鍮色に鈍く輝く一本の大振りな鍵を胸の前で握り締めて、若い女は叫んだ。
 それを困った様に、それでいてどこか面白がる様に見詰める、栗色の髪に青いリボンのよく似合う、青い服の少女に向かって。
 女の背後には重々しい樫の扉。鍵無くしては、先ず開く事はないだろう。
 彼女が握る、たった一本の鍵無くしては。
「でも、それはもう誰も必要としない鍵――詰まりは、ありすの元へと来るべき鍵よ?」少女は小首を傾げて、女の顔を見上げた。
「私が……私が必要としているわ!」
「本当に?」間髪入れず、少女は質した。「その鍵は本当に貴女にとって必要? そして貴女は本当にその鍵にとって必要?」
「鍵にとって……?」女は途惑う。自分にとって必要、それは間違いないと思える。だが、鍵にとって自分が……とは?
「その鍵はずぅっと、その扉を封じ続けてきたわ。開けてはならない――開けられてはならないものとして、ね。でも……鍵は開閉する物。二度と使われない鍵、そして二度と使わない人間は必要かしら?」
「……確かに、私は二度とこの鍵を使う事はないわ……。けれど、必要なのよ! 私にとって!」
「血腥い部屋と記憶を封じ続ける為に?」
 あっさりと言った少女の言葉に、女は思わず息を詰めた。

 南側に開いた窓に揺れるレースのカーテン、瀟洒な家具、暖かな暖炉、本の詰まった書棚、そして厳めしくも落ち着いた部屋の主を描いた肖像画。
 女の記憶の中にあった部屋は、厳しいながらも温かな目で家族を見守ってきた、大好きな祖父の部屋だった。邪魔をしては駄目、と母に注意されても、度々遊びに来ていた部屋。祖父も孫娘には目を細めていたものだった。
 だが、今、それは緋く、塗り潰されてしまった。
 彼女にとって、大事な人の手によって。
 
 紹介した途端に、彼に対して胡乱気な目で不躾な質問――あるいは詰問――を始めた祖父に、彼女も怒りを感じはした。
 自分で選んだ、自分が好きだと感じた人。それを家族にも認めて欲しかった。特に大好きな祖父には。
 けれど、家族の、特に祖父の目は厳しかった。家柄、財政状況、家庭環境……。かなり立ち入った事迄、質問は及んだ。
 失礼じゃないの――そう詰った彼女に、祖父は言った。お前の為だ、と。お前が今後苦労する事のないよう、お前が幸せになれるよう、相手を吟味するのは当然の事なのだと。
 言いたい事は解った。それが彼女を大事に思うが故なのだとも。それでも、彼に対する態度への反駁もあり、一部では、自分ではなく家の為なのではないかと、疑ってもいた。
 結局、彼女の交際は反対されてしまった。彼の友人関係について、よくない話を兄が聞き込んで来たのだ。本人に関しても薬物を扱っているのではないか、とも。
 そんな筈はない、と彼女は首を打ち振った。少なくとも彼女が見る限り、こんな真面目で誠実な人は居ない、と。調べる程に出て来る噂など、きっと誰かの中傷に決まっている、と。
 だからこそ、家長である祖父と密かに会談を持ちたいと言った彼の言葉を、彼女は信じた。懇々と、誠実に話せばきっと解ってくれる。只、それには他者の余計な雑音の入らない環境が必要だと言う彼に、祖父の部屋なら夜には誰も赴かないと提案し、家の裏口の鍵を開けたのも彼女だった。
 そして――結果として、彼の目的が自分との家庭などではなく、金品なのだと、知るに至った。
 落ち着かず部屋の前の廊下を彷徨い、突然上がった物音に慌てて扉を開けて、彼女は見てしまった。
 話し合いを称しながらも懐に忍ばせて来たのだろうか、ナイフを祖父の腹に突き立てる彼と、血の気を失いながらも、その彼を鉄の火掻き棒で打ち据える祖父。
 彼女の大好きな人同士の、殺し合い……。
 彼女の視界が赤く染まり――彼女はそれを否定した。
 この部屋を開けてはならない――その思いだけを残して。

「彼にとっては貴女のお祖父様の反撃は予想外だったんでしょうね。老人一人、簡単に始末して、金目の物を奪って逃げられると思っていた。でも、実際には騒ぎが大きくなり……貴女が気を失っている間に、家族が駆け付け、お祖父様の死と――彼の死を確認した。あの部屋は疾うに開かれていた。詰まり、閉ざされ続ける意味は無いという事ね」
 少女の無情な言葉に、彼女は俯いた。
「調べが済んだ後、一時の療養から戻った貴女の為に、家族は部屋を閉ざした。貴女に鍵を与え、安心するようにと。貴女は記憶を封じながらも、この部屋で人を殺めた『貴女の好きな人達』を、庇おうとしたのね」
「でも……無駄、だったのよね?」苦く、悲しげな笑みが彼女の顔に浮かんだ。「全て明るみに出ていたのに……。馬鹿みたい、私」
 大好きだった――子供の頃から、見守ってくれた祖父。
 大好きだった――例え口先でも、自分を愛していると言ってくれた人。
 どちらも、殺人犯として糾弾させたくはなかった。
 だから、あれ以来ずぅっと……。
「でもね、この屋敷は直に取り壊されるわ」少女は言った。「その部屋も無くなり、扉も無くなる……。僅かな記録と記憶だけを残して。それでも、此処に居続ける心算?」
「取り壊される……」
「あれから、何十年経ってると思ってるの?」
「そう……か」不意に、彼女の声が皺嗄れた。「私も、もう……」
「全く……それだけ思いを残してて、何が忘れた、よ。思い切り縛られてるじゃない」少女は肩を竦めた。「いい加減……行きなさい?」
 くすり、苦い笑みを浮かべて、彼女は筋の浮いた手に握り締めた鍵を見詰め、踵を返した。
「最期に、一度だけ……」震える手で差し込んだ鍵は、思いの他スムーズに回り、扉は開かれた。

 血に塗れた緋い部屋、あるいは血の染みがこびり付いた赤茶けた部屋を予想し、覚悟を決めて開いた彼女の目に映ったのは、しかし――以前の儘の明かりに溢れた部屋と……彼女に対して腕を広げる、祖父の姿だった。
「お祖父……様……!」駆け出した彼女は、最早老婆でも、妙齢の女性でもなく、幼い少女に戻っていた。何の疑いもなく、祖父を大好きでいた頃に。
 そして――青い少女は二人の背を見送った後、扉に残されていた鍵を回収した。

「ご苦労様」鍵束に繋ぎ、そっと囁く。
 どれだけ苦くとも、知らなければならない事、忘れてはならない事もある。それを閉ざし続けるのは、鍵にとっても本意ではない。彼女が先に進むには、必要な事だったのだろう。
「この部屋も扉も無くなって……それでも彼女だけが残されるのは、避けたかったのね。流石、お祖父様の鍵」
 蜘蛛の巣に覆われた薄暗い廊下を進む少女の足音は、いつしか消え去っていた。

                      ―了―


 なーんか、長くなった★

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夜霧は、かめちゃ
夜霧は、かめちゃんが背後とか覚悟♪
BlogPetの夜霧 URL 2010/12/08(Wed)15:07:03 編集
Re:夜霧は、かめちゃ
相変わらず意味不明な(^^;)
巽(たつみ)【2010/12/08 22:28】
無題
どもども!
猫バカ1番は、かめちゃんが背後とか覚悟♪

ってか、久しぶりにアリスを読んだら…理解するのに苦労しました(爆)
猫バカ1番 URL 2010/12/08(Wed)22:32:24 編集
Re:無題
そんな覚悟をしなくても(^^;)

う。解り難かったかな? 過去と現代と入れる時は記号で区切った方がいいかも?
* * * とか。
巽(たつみ)【2010/12/08 22:37】
鍵マニア
こんにちはー^^

まー、人の噂も75日ってね^^v
そんなに気にしなくても、すぐに次の話題になれば今の話題関心なくなるのに。。。それが(何かと忙しい)現代人だぁー!←根がいい加減なnukunuku(*^o^*) テレテレ

にしても、この鍵集めてる少女は。。。何者?
鍵が無くて入れなかった思いを引きずって鍵探し続けてるとかぁ?

もしくは、もともと鍵はこの少女のもので、回収して回ってる鍵のレンタル屋さん?ツタヤか?

。。。筋金入りの鍵マニア!(きっとそうに違いない><v)

ではではー^^/
nukunuku URL 2010/12/08(Wed)23:10:48 編集
Re:鍵マニア
鍵マニア(笑)
ありす、必要とする人に鍵を渡す事もあれば、必要とされなくなった鍵を回収して行ったりもします。
巽(たつみ)【2010/12/09 22:07】
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