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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 降り止まぬ雨に、小さな黒猫は退屈そうな欠伸を洩らした。
 一夜の宿としている破(や)れ寺は、ここ数日の雨の影響以上の湿気を帯びている。何しろ放置されて数年、全く手入れがされていた様子もない。天気が良ければ日向ぼっこにも向くだろう濡れ縁も、所々板が抜け、子猫でさえ歩こうとしない。
「白陽、寒くないか?」辛うじて使える囲炉裏に火を熾(おこ)し、黒髪、黒い目、黒い着物の青年は黒猫を呼んだ。「こっちへおいで」
 言葉が解ったものか、黒猫はととと……っと、駆けて行く。火からは適度な距離を取りつつも、青年の傍らで丸くなる。此処に辿り着く迄に濡れてしまった体毛を、火の暖かさも借りて毛繕い。
 そんな連れの様に微笑しながら、青年は村人から聞いた話を思い出していた。
 曰く、この破れ寺には悪霊が棲む、と。

「女の姿をした悪霊で、人が迷い込むとその魂を盗んでしまうと言われとる」
「何でも死んだ娘が生き返ろうとして生者の命を狙っているのだとか……」
「悪い事は言わん。あの寺は止めておきなされ」
 雨に包まれた村で会った老人達は、口々にそう言いながらも、正体不明の青年を我が家に泊めようとはしなかった。取り敢えず面倒は起こさないでくれ、そんな思惑が見え見えだ。

「悪霊ねぇ……」青年、至遠は呟いた。住民の殆どが霊を視る力を持つこの国では、然程珍しい噂でもない。実際、この寺の傾き具合は怪談の舞台には絶好だ。
 歪んだ太い梁、破れ、黄ばんだ障子、床を支えるには心許ない根太(ねだ)、奥に鎮座する神像も、最早黒ずんでかつての輝きはなく、天井を伝う雨漏りに濡れていた。
 と、毛繕いに執心していた黒猫が、ぴくりと耳を動かした。
 釣られる様に至遠も耳を澄ます。雨音の底に、幽かな人声。
 噂の悪霊か?――だが、目をやった先には、悪霊と言うには余りに儚い少女の姿。
 十三、四だろうか。濡れた長い黒髪が小さな顔を縁取り、白い着物に垂れている。一見、この場には不似合いな、普通の少女の様だが……至遠と白陽の感覚はそれが人外のものだと告げていた。
 それが解っていながらも、至遠は悠然と声を掛けた。
「どなたかな?」
「……白蘭(びゃくらん)」と、小さな声で少女は答えた。
「どうして此処に?」
「……生き返る為……。それには人の魂が必要なんですって……」
「誰からそう聞いたんだい?」
「皆……。村の皆が言ってたわ……」
 次の瞬間、彼女と目を合わせた至遠の視界には、かつてのこの寺の有り様が広がっていた。

 未だ障子は白く、未だ神像は重厚に輝き、未だ人々は此処を聖域と奉っていた。
 そんな中に流れる悲しみの声。弔いの祭文。
 組まれた祭壇には歳若い少女が棺に眠り、その若さ、美しさが悲しみを一層煽っていた。
「未だ十三だったのに……」
「ああ、未だこれからだったのになぁ」
「さぞかし死に切れん事じゃろう」
「わしの様な年寄りが代わってやりたい位じゃわい」
「未だ生きたかったろうに……」
 未だ生きたかったろうに――その言葉が木霊する。未だ生きたかったろうに……。
「白蘭……わし等の魂を分けてでも……生かしたかったのう」
 老人の多い過疎の村に授かった娘。美しく気立ても良く、両親だけでなく、村の者達が見守ってきたのに、流行り病で逝ってしまった。
 魂を分けてでも……村人達の思いは、彼女に届いてしまった。

「他人の魂を得てでも、私は生きなければいけないの……」少女は言い、至遠に向けて白くか細い手を伸ばした。「皆がそれを望むから……」
 至遠は彼女の瞳を見詰めながらも、ふと哀れみに眉を寄せた。
「その皆は今、何処に居る?」
 至遠の問いに、少女の手が止まった。そして自らの胸を指差し、微笑む。
「此処に……」至福の笑み。自らが愛されている事、その愛してくれた者達の魂と共にある事、それが彼女の今の幸せ。
 だがそれは――彼女が悪霊である証。
「でも、生き返るには未だ足りないの……。皆の為にも、生き返りたいのに……」
「いや、もう充分過ぎる程だよ」至遠は言った。「現に……自分をご覧」
 少女が不審げに自らの身を見遣る。
「君の身体を作るのは他者の魂。君の意識を作るのもまた他者の想い。白蘭は……もう何処にも居ない」
 馬鹿な――呟いた少女の言葉は、最早声になっていなかった。身体は白い無数の光に包まれ、分解され、足元から天へと上る様に消えて行く。足、胴、腕……次々と、光に還元されていく。
 こんな事が――自らの変化に抗議しようとした意識さえも、薄れ、ばらばらになって消えて行く。
 やがてそれは解ける様に、空中に消え去った。
「君の生き返りを待つ者はもう逝ってしまった。君が帰る所は……もう無いんだ」寂しげに、至遠はそう告げた。
 雨音響く破れ寺に、また、一人と一匹の静かな時間が戻ってきた。

 元より此処に、若くして死んだ娘の無念など残ってはいなかったのだ。周りが勝手に描いた無念が、彼女を創り上げ、悪霊としてしまった。
 白蘭という娘にとっては、とんだ汚名だったろう。
 幻視した、棺の中の彼女は何の執着も無く、微笑んでいる様にさえ見えた。寧ろ執着は村人達にこそあったのだ。
 彼女に悪霊という名は似合わない――再び何事も無かった様に丸くなった黒猫を撫でながら、至遠は呟いた。
 以来、破れ寺の悪霊は姿を消したが、その噂だけは未だ一人歩きしていると言う。

                      ―了―

 何か、死者には執着するなよー、というのが私の中にある様で……よくこんな感じの話になりますね(^^;) 

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こんばんは!
忙しそうな中、本当によく話が思い浮かびますねー・・・すごいなぁ。。
今回も面白かったです^^

悪霊は居なくなったのに、噂は伝わり続けて・・・
何だかモヤモヤしたものが残りましたね。
至遠さんが活躍してる話なのに(ぇ
しかし破れ寺に至遠と白陽・・・すごい絵になる光景ですね(何
らすねる 2008/06/05(Thu)23:37:01 編集
Re:こんばんは!
有難うございます(^^)
至遠は表に出たがらない人ですからね。態々事の次第を触れ回ったりはしないので、いつかどっかの人が肝試しだかに行って「何も無かったぞー?」とか言う迄、暫く噂だけ残るのでしょう。
至遠と白陽、確かにこういう陰の場所が似合うかも^^
巽(たつみ)【2008/06/06 01:22】
こんばんは~
人の想いが形を成すのなら、良い事だけなら良いのにね
人間というものは難しい生き物だよな
冬猫 URL 2008/06/05(Thu)23:37:25 編集
Re:こんばんは~
記憶も良い事より悪い事の方が残り易い様に、思いも悪い事の方が凝り易いかも?
難しい生き物です。
巽(たつみ)【2008/06/06 01:23】
こんばんは♪
うん、そうなんだね!

生きている人間の妄念が悪霊を作り出してしまうって、なんかありそうだね!
至遠サマが黒猫ちゃんを撫でているシーンを想像すると、何となくニヤニヤしちゃう♪
クーピー URL 2008/06/05(Thu)23:47:47 編集
Re:こんばんは♪
やはり生きてる人の念は強そうですからねぇ。

>至遠サマが黒猫ちゃんを撫でているシーンを想像すると、何となくニヤニヤしちゃう♪

読者サービスです(笑)
巽(たつみ)【2008/06/06 01:25】
無題
どもども!
この手の話を見ると、何年か前の映画「黄泉がえり」を思い出しちゃいますね。
自分が望んで悪霊になった訳でもないのに、他人の勝手な思いが悪霊にさせてしまうなんて…。
怖ろしいとしか言いようがないっすね。
猫バカ1番 URL 2008/06/05(Thu)23:51:29 編集
Re:無題
♪会いた~いと……思ってしまうのは仕方ない事なのでしょうが、勝手に自分の思いを投影して、勝手に悪霊化させてしまっては、彼女が可哀想ですよね。
巽(たつみ)【2008/06/06 01:28】
おはようございます♪
人の思念は思いの外強い…
悪霊まで作り出してしまうんでしょうね。
少女を思うと悲しいですね。。
つきみぃ URL 2008/06/06(Fri)06:29:19 編集
Re:おはようございます♪
元々、白蘭としては残す思いも無く、況してや人の魂を奪って迄蘇りたいなどという願望も無かったのに……ねぇ。
巽(たつみ)【2008/06/06 18:19】
こんにちはっ
人の心や思いは難しいです…
生や死に執着しますね。
至遠さんはどうなのかな…?
ふわりぃ URL 2008/06/06(Fri)09:48:59 編集
Re:こんにちはっ
至遠は……どうなんだろ?
余り執着無いかも? 色んなものに対して。
巽(たつみ)【2008/06/06 18:20】
こんにちは!
仕事忙しいのに頑張りましたね^^
人の記憶には6つ?だったかな?あるらしい。
そのうちの3つは楽しい事。2つは悲しい事。1つはどうでも良い事。
これは、どんな凶悪犯でも、幸せに暮らしてる人でも同じとか。
悲しい事はちゃんと忘れて行ける様になってる。
亡くなった人を悲しみ、その悲しみが日々薄れるのが普通。
それを悲しみ続ける事も、亡くなって生に執着するのも、人の道には違反なのかも。
ぴぴ 2008/06/06(Fri)11:01:05 編集
Re:こんにちは!
失ったものへの執着が、更に悲しみを生んでしまってはね……。
人間の脳はかなりの容量を記憶出来るけれど、忘れるという機能は時に大事なものかもね。
巽(たつみ)【2008/06/06 18:24】
おはようございます
村人の無念が悪霊化したのか。
なんともなぁ。

確かに、死者に執着してもしょうがないだろうけど、惜しいなって思いはどうしようもないんだろうなぁ。
若くして死んだミュージシャンの追悼コンサートとかねぇ。

ところで、キリスト教って文字通り、これじゃない。
常にキリストの復活祭とか言ってるんだから。^^;
afool URL 2008/06/06(Fri)11:18:20 編集
Re:おはようございます
確かに(笑)
復活祭かぁ。今の世に復活しても、どうなるものでもない様な気がするけど。
追悼の想いはしようがないし、忘れないで上げるのも供養だとは思うんだけど、いつ迄もその魂を捉えておくのはね~。況してや勝手に無念を捏造するのも変(^^;)
巽(たつみ)【2008/06/06 18:30】
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