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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 月光に照らされた、雪で作られた小さな祠の中に、小さな黒猫がたった一匹、それでも藁束や布切れに囲まれて、か細い声で鳴いていた。
 祠には急拵えと思われる祭壇、木を削って作ったばかりの何やらの像。僅かずつの五穀。そして仔猫だけ。
 周囲は一面、銀世界。
 人家も遠い、村外れだった。仔猫が連れ来られてから、新雪が降ったか足跡も無く、例え仔猫が迷い出たとしても、人家迄は辿り着けまい。しかし、此処に居ても粗末な寝床を通して、空気の冷たさはじんじんと染みて来る。小さな身体はがたがたと震えていた。
 と、真白な雪に影が差した。それは興味深げに祠の中を見渡し、仔猫を見付けると眉を顰め、ひょいとその小さな首根っこを摘み上げた。小さな黒猫が、みゃあ、と鳴いた。

「困りますよ! 昨夜遅くに出て行って、帰って来たと思ったら、選りによってお供えの黒猫を……!」そこ迄言って、康陽(こうよう)は慌てて外聞を憚る様に声を落とす。「懐に入れて帰って来ちまうなんて……。幾ら村の者でないと言っても、知れたら只では済みませんよ? 至遠さん」
「そうは言われても、こんな小さな生き物が雪の中で震えてちゃ、拾わない訳には行かんでしょう」黒目、黒髪の二十歳ばかりの青年は悪びれもせず、そう答えて笑う。その手の中で、布に包まれた小さな黒猫が眠っている。一晩温められ、軟らかい餌を与えられ、落ち着いた様だ。
「だからそいつは供物なんですってば」旅の宿が無いからと、親切でこの男を泊めた事を、康陽は後悔し始めていた。小さな村に籠もっている自分と、同い年位の男。旅の話でも聞ければ、とも思っていたのだが。実際昨夜、酒も話も進み、朝も早いからそろそろ……と思っていた所、何か聞こえると言って出て行った切り小半時。戻って来た時には件の黒猫を懐に大事そうに抱えていたという訳だ。

 この村では黒猫は昔から縁起が悪いと言われ、生まれると直ぐに供物として、ああして木や雪で急拵えの祠を立て、五穀と共に供えられてきた。その仕来たりがいつ、どの様にして始まったのかは康陽も知らない。只、この都の南方にしては雪深い地方で自分達が生きて来られたのはこういった仕来たりを大事にしてきたからだと、老人達は言い張っている。康陽自身、可哀想だとは思っても、敢えてそれに異を唱えられる程、村での発言力は無い。
 実際、もしこれで何か災いでも起ころうものならと、内心冷や冷やしていた。

「仕方ないなぁ」それでもどこかほっとした表情で、彼は言った。「兎に角、気付かれないようにして下さいよ。一緒に旅にでも連れて行っちまって下さい。猫が居なくなったのは勝手に迷い出ちまったんだって事にすれば……」
「いや、それは無理でしょう」至遠は苦笑した。「あれから、雪、降りましたっけ?」
「……いえ」康陽は蒼褪める。雪上には仔猫の足跡は無く――それは軽いからと誤魔化せるとしても――代わりに至遠の足跡が残っているのだ。この家迄。「拙い」
 そして彼が適当な言い訳を捻り出す間も無く、頑なに仕来たりを守り通してきた老人達の筆頭、村長が仲間を引き連れてやって来たのだった。

「康陽? そちらさんは?」一見好々爺然とした白髪、白髭の村長は、二人の若者を見遣って訊いた。
「旅の者で、至遠と申します」一見愛想よく、至遠が応じる。「貴方方があの祠を?」
「少しは康陽から聞いておる様ですな。ならば、その黒猫を渡して下さらんか」質問でも頼みでもない、それは命令だった。「この村の為……例え旅人と言えども仕来たりを破る事は許されませぬ」
「それには一つ、昔話でもお聞かせ願いたいですね。何故、この村では黒猫が縁起が悪いと言われる様になったのか」
「それは……」村長はちらりと、康陽を見遣った。「誰にでも話せるものではない」
「村長殿は呪い(まじない)師とお見受けします」村長達の眼を一渡り見回して、至遠は改まって言った。「ならばそれは呪いに関わる事だからと、そう解して宜しいでしょうか?」
「然様。呪いに関する知識は軽々に論ずるものではない。お察し下さらんか」
「という事は、大体こういう事ですね」村長の語尾に被さる様に、至遠は早口で言った。「黒という色は北方、水を意味し、都の南方――赤、火が意味する場所――に当たるこの地方には、剋(こく)するものとして作用する。しかもこの村に伝わる呪いでは恐らく明るさで形の代わる瞳を持つ猫を月となぞらえ、陰の獣とした。そして水の気と相俟って負の作用を齎すものとしてしまった、と」
 康陽はぎょっとして旅人を見遣る。昨夜はごく普通の若者と映ったのだが……。
「……お察し願えない様ですな」村長は溜め息をついた。「しかし、どうやら貴方も呪い師かそれに類するもの。お解り頂けるでしょう、それならば」
「確かにそういう事なら解りはしますが……」至遠は騒がしさに目を覚ました黒猫をそっと撫でた。「時に村長殿、これ迄どれ程の黒猫をああして供物に?」
「それは、数え切れませんな。何より昔からの事ゆえ」
「そうですか……。ならば手遅れかも知れませんね」
「手遅れ、と申されますと?」
「死は負の領分、陰の獣に負を与えれば尚その力は蓄えられるのではないですか?」言いながら、至遠は黒猫を床に下ろす。
「それは……」村長は唸る。「我々は昔から伝えられた通り、この村を護る為にですな……」
「何も考えずに続けてこられた、と」にやりと、至遠は笑う。「昔の知恵は尊いものです。けれど、必ずしも真実ではない」
「し、至遠さん、何を言い出すんですか」康陽はやっと割って入った。割り入らずにいられなかった。至遠の一言毎に、不安感が胸の内に膨らんでいく。
 そしてそれは村長達も同様で、徐々に康陽の家の間口を囲む輪が広がっている。腰が引いている者さえ、居る始末。
 しかし、至遠は止めなかった。黒猫の横に片膝突いてしゃがみ、その背に手を添える。その、小さい筈の黒猫が、丸で猛獣の様な威圧感を持つのを、康陽達は感じていた。
「お陰で力は充分、蓄えられた様ですよ?」言って、至遠はそっと黒猫の背を押した。丸で猛獣を放つ猛獣使いの如く、その姿は村長達の眼に映り――幼く小さい黒猫は、一瞬にして巨体を持つ黒い獣へと変化して彼等に躍り掛かった。

                    * * *

「一体どうなってるんですか?」ごろごろと喉を鳴らしながら至遠の指にじゃれ付く仔猫を眺めながら、康陽は大きな吐息をついた。安堵と、呆れと、その他諸々のこもった吐息を。「あれは何だったんですか? 村長達は化け物だと叫んで、一目散に逃げちまうし――何人か雪ですっ転んでたけど――でも、騒ぎで出て来た村の他の連中は何も化け物なんか見なかったって言うし。俺だってその仔猫がじゃれ付いた様にしか……」
「ちょっと脅かしただけさ」至遠は笑う。「ちょっとした催眠術――康陽さんの眼は見ないようにしてたから、姿迄は見えなかったろう? 大きな黒猫の」
「……村長達にはこの仔猫が、大きな化け猫に見えてたって言うんですか?」信じられない、と康陽は思い、しかしあの時の威圧感を思い出す。確かにあれは、こんな小さな仔猫ではなく、もっと大きな獣の気配だった。「村長達はこれから……?」
「後遺症は無いよ。あ、転んでた人は怪我位してるかも知れないけど、走って逃げてたから大丈夫だろうさ」
「あれでもう、黒猫を供えろ、なんて言わなくなりますかね?」
「そこはこの村の若い人達がしっかりしてくれないと」至遠は苦笑する。「因みに、黒猫が負の獣だの、況してや化けるだのは彼等に話を合わせて想像しただけだから。寧ろ、あんな粗末にしてる方が、化けるかもな」
「脅かさないで下さい。解りました。ああいう仕来たりはちゃんと皆で考えた末、無くすか、人形で代わりを立てるようにしますから」康陽は苦笑して、黒猫の小さな頭を撫でた。
「頼むよ。そうそう、陰と陽は只対立している訳じゃなく、流転してもいる。陰極まれば陽にも転ずる。黒猫ばかりの村も悪くないかもな」そう言って至遠は笑った。
 
 翌日、至遠は村を出た。彼と同じ、黒に彩られた小さな連れを伴って。すっかり懐いてしまった仔猫は、白陽(はくよう)と名付けられ、黒い着物の懐で、丸くなっていた。

                      ―了―

 猫増えました!

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猫増えましたって(笑)
巽さんが増やしたんでしょうに(笑)
旅する猫の逸話は、いくつか聞いた事が有りますが、この子猫、しばらくは行く先々で地元の猫達とテリトリーで揉めそうだ(笑)

あのニュースがヒントですね?同じ様に誰かに拾われてると良いですね。
冬猫 2008/02/19(Tue)00:04:27 編集
Re:猫増えましたって(笑)
と言うか、至遠の話にしようと思って考えてたら祠が出てきて、こうなった(←説明になってない・笑)
黒っぽい至遠に黒い仔猫♪
巽(たつみ)【2008/02/19 01:13】
黒猫♪
どぉしてさぁ黒猫が縁起悪いとか言うんだろうねぇ??
猫に罪はないよね~!
最後に溜飲下げた(笑)
どうもです☆
つきみぃ URL 2008/02/19(Tue)00:26:02 編集
Re:黒猫♪
猫に罪は無い!(断言)
黒猫ってかっこいいよねぇ。横切られたら喜んじゃうもん、私♪
巽(たつみ)【2008/02/19 01:15】
みゃお♪
にゃんこの瞳は人間よりもはるかに優れモノです。懐中電灯が無いと夜道を歩けない人間の方が、出来損ないです。

…この村は、黒ねこさんを全て排除してしまったら、次はどうするつもりだったのか、至遠様はそれも危惧したのじゃないかと勝手に思ってます。

殊能先生の日記で、積雪の中を泳ぐような猫を見た、とあって、涙が出ました…。
みけねこ URL 2008/02/19(Tue)02:10:51 編集
Re:みゃお♪
タペタム欲し~(笑)
積雪の中を泳ぐ猫……その前をラッセルしまくってくれてる人も居ますよ^^
仕来たりだから、決まりだからで何も考えずに命を軽んずる様な事を続けていたら……ふふふ、どうなったんでしょうね? この村。
巽(たつみ)【2008/02/19 14:27】
無題
こんばんわ(^o^)丿
至遠氏、旅のお供に黒ネコちゃんですか~!
絵になりますね☆
夜霧ちゃんみたいな子に育つのかしら?
成長が楽しみです~!

なんで、黒い色って悪いモノみたいな扱いされるんでしょうね?別に白が悪でもよさそうなのに、結構世界共通ですよね?
moon URL 2008/02/19(Tue)02:33:25 編集
Re:無題
夜霧みたいに育ったら大変だ~(笑)
う~ん、大概の所が黒=悪、白=善みたいな扱いですよね~。黒、シックで好きなんですけど★あ。黒星、白星ってのも黒は負けだ。む~★
まぁ、五行の場合は木→青、火→赤、土→黄、金→白、水→黒となり、更にそれが各方位にも関係するので、その意味での善悪は無いんですけど。陰陽も本来偏らず、バランスが取れているのが一番ですし。
巽(たつみ)【2008/02/19 14:38】
ほっとした!
最初は、どうなるのか?ハラハラしてしまった。
熱烈な黒猫ファンなもので・・・・(笑)

黒猫を連れて旅する黒装束の謎の男!
良いネェ♪凄く良いよぉ~~~♪
楽しみが又、増えました。
クーピー URL 2008/02/19(Tue)14:38:30 編集
Re:ほっとした!
ふふふ……黒猫を見殺しにするなど、私が許しませんて^^
勿論黒猫じゃなくても。
勿論妖怪でも♪
巽(たつみ)【2008/02/19 14:48】
旅のお連れ^^
わぁ~お、黒猫ちゃんシリーズで登場^^
白陽かぁ~ファンになっちゃう!
ぴぴ 2008/02/19(Tue)15:02:39 編集
Re:旅のお連れ^^
はい、至遠君、黒猫連れになりました^^
宜しくお願いします~♪
巽(たつみ)【2008/02/19 15:23】
わぁ!
増えちゃいましたか^^
いいですね~お供の黒猫ちゃん♪
この黒猫ちゃんは賢く育ちそうですね。
夜霧ちゃんのように(笑)
ふわりぃ URL 2008/02/19(Tue)18:02:46 編集
Re:わぁ!
夜霧の様にっすか!?(笑)
やっぱり怪しい猫になりそうだにゃ(^^;)
巽(たつみ)【2008/02/19 18:29】
こんにちは
う~ん、黒が不吉って思うのは、それなりに意味があるのでは。
黒が色として個性が強いせいだと思う。
黒は闇をイメージさせるし、他のものを寄せ付けないような強い色だしね。
でも、悪魔は人が思うほど黒くないって言うしね。
afool URL 2008/02/19(Tue)18:05:45 編集
Re:こんにちは
確かに白と違って、他に染まり様が無い色ですねぇ。
やっぱり闇色だから?(゜゜)
そう言えばイギリスのブラック・ドッグも死の予兆とかで縁起悪いなぁ。話し掛けちゃいかんらしい。
巽(たつみ)【2008/02/19 18:34】
そうねぇ
昔から黒猫に横切られると縁起が悪いとかいいますよね
黒いってだけで、なにやらかわいそうですね人種差別ならぬ猫種差別か
なっち 2008/02/19(Tue)23:48:16 編集
Re:そうねぇ
猫種差別はいけないんだぞ~
勿論人種も犬種も
あ、でも黒い招き猫もあるよねぇ。あれも色に意味があるのかにゃ?
巽(たつみ)【2008/02/20 00:32】
こんにちは★
黒猫が~o(^-^o)(o^-^)o
懐に入るくらい小さいなんて、ご飯食べさせるのが大変ね(^_^;)
でも、助かってよかった♪
昔の風習を、なにも考えずそのままするのは考えものよね(;´д`)
モアイネコ 2008/02/20(Wed)13:17:15 編集
Re:こんにちは★
ちび黒にゃんこです^^
昔の風習、それぞれ謂れはあるんだろうけど、その意味さえ解らず知ろうともせず漫然と続けるのは如何か? という問題提起……などという大袈裟なものでもなく(苦笑)
何にしろ命あるものを粗末に扱ってはいけませんな。
巽(たつみ)【2008/02/20 14:03】
今、何時?
至遠は催眠術使うのか。
ふふふ、私と同じ特技だな。

眠くなる、眠くなる、ほーら瞼が重くなってきたー。ほゃすみなさぁぃ……ZZZZ
銀河系一朗 URL 2008/02/21(Thu)12:30:19 編集
Re:今、何時?
はい、おやすみ~……って、自分に掛かるんかい!\(^^;)
とベタに突っ込んでみる(笑)
巽(たつみ)【2008/02/21 13:38】
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