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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 しっかりとした意識が宿ったのはいつからだったでしょう? 丸でヒトの赤子の物心がいつから判然とし始めたのか解らない様に、私の意識も漠然と存在を持ち始め……いつからかはっきりと、笑みと共に私に投げられる言葉が、私の名を表すのだと、確信する様になっておりました。
 穏やかな、優しい老人の声で、カメリア、と。
 そしていつしか知る様になりました。それは老人の好きな花の名前でもあり、彼の亡くなった娘さんの名前だと。
 老人は人形作家。手作業に拘る為に決して多作ではないけれど、丁寧な仕事を誇る、名工。
 私は彼の、最後の作品であり、彼が唯一手元に残した人形でございました。
 その、死の間際迄。

「等身大の人形なんて、気持ち悪いと思わないか? 然もほら、そこにある写真の娘そっくりじゃないか」
「娘に似せて造った、名工最期の大仕事だって評判だからな。それだけにコレクターに取っちゃ垂涎の的って訳さ」
「それはそうかも知れねぇけどよ……」
「何だよ。爺さんには身内も無い。こいつを受け継ぐ相手も無い。爺さんはこいつを流通に乗せる事も断った。だが、裏で流せば大金になる! こいつだって廃棄されたり、価値も解らない奴にゴミ捨て場から拾われるなんてのよりマシだろうぜ」
 これが、ヒトが亡くなった翌晩の会話でしょうか。
 老人の家の広間では近所の方達によって葬儀の段取りが進められている様です。私は暗い二階の寝室に残され、好きだった花を棺に入れて上げたい、そんな事さえ伝えられずにいるのに。その上にこんな会話を聞かされるなんて……。
 私は、老人が想いを込めて造り上げた人形。然もいつしか意識迄宿ってしまった。それも老人の想いのなせる業かも知れません。
 なのに、私にはこの泥棒達をどうする事も出来ないのです。老人の想いを踏み躙る、この軽薄極まりない輩を。
 ああ、どうせヒトの様に意識があるのなら、この身を動かせればどんなにいいか。ヒトの様に話せればどんなにいいか。
 けれど私の関節は可動式にはなっていても、あくまでヒトが動かし、姿勢を変える為のもの。私自身ではどうにもならず、薄く開いた唇もいつも決まった笑みを形作るばかり。
 こんな事なら始めから意識など持たなければよかった――そう思う反面、私の記憶の中には穏やかに、優しげに話し掛けてくれる老人の笑顔が広がります。丸で本当の娘に対する様に。その温かみを知るのも意識があってこそ……。
 私は二つの思いに煩悶しながらも、手も無くこの泥棒達に運び出される所でございました。
 そんな時――。

「殯(もがり)の場で盗みとは……何と業の深い者……」呆れた様な、軽蔑し切った様な声が、窓から掛かりました。見れば視界の端に未だ若い女性。亜麻色の髪に白い肌、緑の瞳に泣き黒子がアクセントを添えています。華やかな美しさとどこか冷たい凄みを併せ持った女性――それがお嬢様との出会いでございました。
 しかし当時の私は吸血族の事も知らず、何故彼女は窓の外に浮いていられるのだろうと呆けておりました。
 二人の泥棒もその様には驚いた様子で、下の広間には人が居るにも拘らず、声を上げていました。
「お、お前、何なんだ!?」
「下賎な人間に説明する必要など無い」きっぱり、仰いました。そして、その緑の目が光った様に見え――次の瞬間には、泥棒達はその場に続け様に倒れ行きました。どういった方法でか、当時の私には想像も付きませんでしたが、彼等の意識を奪った様です。
 それにしても彼等の問いは――勿論あの様な乱暴な言葉ではございませんでしたが――私の心中と同じでした。
「私が何者か、か?」彼女は私の前に降り立ち、艶やかな笑顔を見せました。老人のそれとは全く違うのに、私は何故か懐かしさを感じました。それはきっと、その温かさに……。そして、何より彼の様に、人形という物の中にある私に話し掛けてくれたという事実に。
 彼女はふと、驚いた様な顔をして、ハンカチを取り出しました。
 そしてそれを、私の頬へ……。
 どうした事か、動かない、表情も変わらない私の目から、涙が溢れていた事に、その時初めて気付きました。
「お前は生き人形だな。やはりあの様な下賎な人間の手に渡すのは勿体無い。未だ意識が芽生えた程度の様だが……。まともな行き先が無いのなら、うちに来ないか?」
 私は動かない首で、それでも意識ではしっかりと、頷いていました。この先出会う人間は私を物としてしか見ないでしょう。いずれ売られるか、廃棄されるか。それならば……この方に付いて行きたい、そう思いました。
「よし」精一杯の首肯は解って頂けた様で、彼女は笑みを浮かべて頷きました。「さて、何と呼べばいい?」
「……カ……メ、リア……」この身の他に、老人から唯一授かったもの。唯一彼と私を繋ぐもの。それを伝えたい一心でした。切れ切れながら、何と声が出たのです。
「カメリア、か」彼女は満足気に頷きました。「いい名だ」
 そしてこの分なら生き人形としての成長も早かろう、と微笑むと、マントの中に私を包み込み――いえ、マントと見えたのは彼女の立派な黒い羽でした。光沢のある、蝙蝠の様な皮膜。
「そうそう、私は吸血族の者だ。名は軽々に名乗る事はならんからな。フラウ、と呼ぶがいい」その言葉を最後に、彼女は私と共に床を蹴り、皓々と月冴える夜空へ……。

 それがもういつの事だったか――この館に入ってからかなりの年月が経っていると思われるのですが、判然とはしません。此処はゆっくりと時が流れていて……その中で、私もゆっくりと成長を続けてきた、心算です。
 今では話す事も動く事も、丸で人間の様だと言われております。
 時々、人間の様にドジもしますけれどね。
 それでも、精一杯お嬢様方に尽くしていく所存です。私を生きているものとして扱って下さる、あの方々の為に。

                      ―了―

 カメリアさん、お嬢様との出会い編(笑) 

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おぉ!
イイ物語を読ませていただきましたm(__)m

カメリアさん、良かったよねうん。
つきみぃ URL 2008/06/28(Sat)23:03:59 編集
Re:おぉ!
有難うございます(^^)
カメリアさんはお嬢様に拾われて幸せだと思う。
巽(たつみ)【2008/06/29 00:25】
ほほー
カメリアさん、フラウ嬢の館で作られた訳ではなかったんですね。
男気溢れて(違うか?)カッコいいですねー、フラウお嬢様^皿^
らすねる URL 2008/06/28(Sat)23:04:53 編集
Re:ほほー
フラウお嬢様、どうも坊ちゃまより男っぽくなってる様な……(^^;)
でも、オトコマエなお嬢様は好きなんですよ♪
巽(たつみ)【2008/06/29 00:27】
無題
どもども!
カメリアさんの事を生きてるものとして扱ってくれたお嬢様。
いくら吸血族だからって、この心の広さは年齢からくるものっすかね?w
何にしても、下手に人間の手に渡らないで良かったっすね!
猫バカ1番 URL 2008/06/28(Sat)23:10:35 編集
Re:無題
あああ、お嬢様に御歳の事を仰られては……(汗)
とは言えやはり見た目通りの年齢の人間では、ああは行きませんでしたでしょうね。本当に、あの時は嬉しゅうございました――カメリア談(笑)
巽(たつみ)【2008/06/29 00:31】
良いねぇ~
カメリアさん、好きだよ、私。
老人の墓参りも、行ったのかな?お嬢様に連れられて?
働き者のカメリアさん、人間より人間らしいよね

あ。言っとくけど、普通のビスクドールは苦手だよ。
冬猫 URL 2008/06/28(Sat)23:11:47 編集
Re:良いねぇ~
お花も供えて来たり(^^)
ビスクドールは相変わらず苦手ですか(苦笑)
そう言えばそろそろ怪談のシーズンですねぇ……。
巽(たつみ)【2008/06/29 00:33】
こんばんは♪
いやぁ~良いですねぇ~♪

カメリアさん、お嬢様と出会えて良かったねぇ!
それにしても、このお嬢様は、吸血鬼にしておくのは惜しいくらいですネ♪

クーピー URL 2008/06/28(Sat)23:23:11 編集
Re:こんばんは♪
う~ん、吸血鬼という妖だからこそなのか、お嬢様だからなのか(^^;)
まぁ、お人柄(?)もあるだろうねぇ。
巽(たつみ)【2008/06/29 00:34】
無題
うん、夜霧が「人形っていいよね!」と言いそうな出自、出会いのストーリーでした。

あと館には執事役のピノキオがいたり?
銀河系一朗 URL 2008/06/29(Sun)00:11:52 編集
Re:無題
言い出しそうなっすか(^^;)
執事役……ピノキオだと嘘つかせないと面白くないですからねぇ(苦笑)
嘘つき執事さんになっちゃいますよ。その度に鼻がみょーん(笑)
巽(たつみ)【2008/06/29 00:37】
こんばんは
いい話ですね♪

意識があって、動きたいのに動くことが出来ないってツラいですね…
いい第2(でいいのかな?)の御主人様に出会えてよかったね、カメリアさん☆
あすか URL 2008/06/29(Sun)00:41:30 編集
Re:こんばんは
有難うございます(^^)
意識だけというのはやはり辛いですね。然もカメリアさん、老人の最期の作品としての矜持がありますから、盗まれて転売されて、只物として扱われ続けていたら……別の方面に成長してたかも? 妖として。
巽(たつみ)【2008/06/29 14:48】
こんばんわっ
カメリアさん、フラウさんと出会えて
よかったですね。
しかし、フラウさん、男前な感じ(笑
カメリアさんは老人にも、フラウさんにも
とても大事にされてますね。
ふわりぃ URL 2008/06/29(Sun)01:18:38 編集
Re:こんばんわっ
やはりオトコマエですか、お嬢様(^^;)
お嬢様、誇り高い分、どうしても言動が……(苦笑)
巽(たつみ)【2008/06/29 14:55】
無題
こんばんわ(o^∇^o)ノ
なるほど・・・
そんなに大切に作り上げられたお人形さんだったのですね、カメリアさんは。
カメリアさんがお嬢様を慕う気持ちがよーくわかる
出会い編でした!
moon URL 2008/06/29(Sun)02:43:08 編集
Re:無題
大切に造られた人形だからこそ意識も宿り、大切に育てられたからこそ妖の割には素直ーになっちゃったんでしょうねぇ、カメリアさん(^^;)
そしてどこか天然(笑)
巽(たつみ)【2008/06/29 14:57】
こんにちは
なるほどそういう出会いでしたか。

みんなのコメント読んでて、「よかったね」みたいなのが多いので敢えて変えて見る。(笑)
似たようなコメントばかり書いてもしょうがないし。ってか、書くこと無くなった。(笑)

カメリアさんは、きっと納得はしているんだろうけど、言っても召使いだよ。
しかも、妖の館の。(笑)

もし、人間にさらわれて売られたとしても、売る人間が悪人でも、買う人間が悪人とは限らないし、どっちがよかったのかな、とはちょっと思う。
afool URL 2008/06/29(Sun)12:37:50 編集
Re:こんにちは
お嬢様、「うちに来ないか?」と言っただけで召使にならないかとは言ってないですよん♪ や、ミイラだのおかしなものも普通に逗留している様な館なので、生き人形の同居人が増えても問題なかろうと(笑)
この時点では動けなかったしね。カメリアさん。どっちかと言うと動けるようになったカメリアさんが見兼ねて始めたりして。だって皆惰眠貪りまくりなんだもん。特に昼間。その癖クリーニングに煩い(笑)
う~ん、売られた相手が善人でも、所詮物扱いには違いないですからねぇ。
巽(たつみ)【2008/06/29 15:07】
こんにちは
お~!
興味あったのですよ、カメリアさんとお嬢様との出会い

ま、召使であれなんであれ
幸せならOKですね。

なっち URL 2008/06/30(Mon)14:37:39 編集
Re:こんにちは
カメリアさん、未だ未だ妖としては修行が足りないので(笑)せめて家事で役立とうとしております(^^;)
巽(たつみ)【2008/06/30 16:16】
そうかぁ~
お嬢様との始まりの話でしたか~^^
出会いは、偶然の様で必然だったのでしょう~
お嬢様にも、カメリアさんにも。
ぴぴ 2008/06/30(Mon)14:53:11 編集
Re:そうかぁ~
ある意味運命?(笑)
お嬢様、偶々いい月夜だったのでお散歩に出てたんですね~。
巽(たつみ)【2008/06/30 16:18】
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