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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 そこそこ風があったにも拘らず、夜霧は、屋敷の向かいの森へは移動しなかった様でございます。
 だけれど、今日発つ身としては、最初から埃っぽい空気は反射的に遠慮したいという思いもあった様ですから、あの方には良かったかも知れません。
 石畳の前庭に蹄の音を打ちたてて、自らの自由を再確認しておられるあの方――水馬ケルピー様には。
「痛む所は無いか?」黒い猫を肩に乗せた坊ちゃまがお尋ねになられますと、ケルピー様は長い首を打ち振って、お身体の調子の良さを示されました。「良かったな。馬具で付いた傷も癒えた様だし」
「貴方……方のお陰だ」不器用な口調で、ケルピー様は話されました。やはり馬の姿では、話すのは容易ではない様です。「あれを外して……解放してくれなかったら、我はどうなっていた事か……」
「何。選りにもよって、主も最早居ない馬具を着けられたケルピーを見付けたんだ。放っては置けないよ」
 水馬ケルピー様は本来、水のあやかし。水辺に棲まわれ、その賢き馬の様な姿に惹かれて近付いて来た人間を、その、水の中に引き摺り込まれたりなどされるそうで……。但し、人間によって馬具を着けられてしまうと、その人間の言いなりになってしまうとか。馬としては充分過ぎる知能、並の馬以上の膂力、それらを欲する人間も居た様でございます。勿論、それは容易な事ではないのですが、このケルピー様を出し抜いた人間が、過去には居た様です。
 坊ちゃまがこのお屋敷にお連れになられた時、ケルピー様はすっかり古びた馬具の残骸を、痛々しくもその身に食い込ませておられましたから。

 戒めから解き放たれ、傷を癒されたケルピー様は、今宵、元棲んでいた湖に帰る為に旅立たれるのです。坊ちゃまはこの近くにも湖はあるからそこはどうかとお誘いになられたのですが、ケルピー様は頭を振られました。あの湖でなければならないのだと。
 馬具という人間との契約の証も解かれ――そもそもその人間は疾うに身罷り、彼との契約は無効になってはいたのですが――自由になったと言うのに、ケルピー様には何やら別の、彼自身が決めた戒めがある様にお見受け致しました。
 勿論、このカメリアは一介の使用人、差し出口など致しませんが。
 理由が気にならないと言えば嘘にもなりますが……。
 この儘、この夜霧の中に見送ってしまえばそれを訊く機会はもう無いだろうな、などと漠然と考えておりますと、背後から遅れて見送りに出ておいでになられたお嬢様の声が。
「ケルピー殿? あの湖でなければならない理由でもおありですか?」はっきり、お尋ねになられました。

 ケルピー様はじっとお嬢様を見下ろされ、ふっと鼻息をつかれました。僅かに、笑まれた様でした。
 この屋敷での療養の間、あの馬具の事についてもちょっとした不覚を取られて、としかお話になられなかったケルピー様ですが、もう会う事も無いだろうという思いはあちらにもあった様で……たどたどしいお言葉ながら、語り始めました。
 要約すると、ケルピー様はもう何百年も前から、かの湖におられ、時折人間をからかっては恐れられてもいたそうなのですが、ある日――彼を恐れもしない、幼子に逢われたのだそうです。立派な身形やお付きの者から、近くの領主の御子息と知れました。しかし時折その付き人の目を逃れ、湖に遊びに来る様になったそうでございます。
 それは幼子ゆえの、無知ゆえの事だったのかも知れません。水妖を恐れもせず、話も出来る賢い馬として、ケルピー様を見ていた様だという話ですから。
 ケルピー様も自分を恐れるでもなく、また所有しようとするでもない幼子の様子に、まんざらでもない感情を――非常に珍しい事に――抱かれた様です。
 但し人間とあやかしの付き合いには白い目と警戒、そして敵意が付き物。ケルピー様は幼子に、自分達の事はしっかりと口止めされました。
 ですが、やはりお付きの者に発見され幼子は連れ帰られ――それ以来、城や城下町から湖への道は閉ざされ、湖は人々から忘れ去られていったそうでございます。
 そして数年後――領主の城は隣国の勢力に落とされ、命からがら湖に逃れて来たのは、かの幼子の成長した姿。更にその後を数人の追っ手が……。
 ケルピー様にとって、数人の人間を蹴散らす事など、造作もなかった事でしょう。本来ならば。けれど、僅かに間に合わず敵の手に落ちたかの人を人質に取られ、一瞬の途惑いに身動きならぬ間に、件の馬具に囚われてしまったのだと、悔しそうに仰せになられました。
 それ以来、かの人の姿を見る事も無く、自分は敵勢力の命じる儘に働き――やがて別の勢力に首級を上げられ、人との契約が無くなると、あの湖に戻っていたのだと。
 かの人を待つ為に。

 夜が明けぬ間に辿り着きたいと、霧に包まれてケルピー様は発って行かれました。
 遠ざかる蹄の音に、私はその無事をお祈り申し上げながら、口を開きました。
「ケルピー様、一途な方でございましたね。もう何百年も経つと言うのに――会える筈も無いとお解りなのに――思い出の場所で一人の人を待つなんて……」
 お嬢様は私を振り返られ、軽く目を瞠られました。
「同情しているのか? カメリア」意外そうに訊かれました。
 私、何かおかしな事を申し上げましたでしょうか?――思わず坊ちゃまや黒猫に迄、慌てた視線を送ってしまいます。すると猫は兎も角、坊ちゃまも微苦笑を浮かべておられる様な……。やっぱり私、何かおかしな事を!?
「領主の息子を追って来た賊が、人を追うのにどう考えても邪魔になる馬具を持っていたと思うか? 人質を取られて身動きのならなかった一瞬の間に拘束されたのだぞ? 予め、用意されていたに違いない――ケルピー殿を捕える為に」お嬢様は些か冷淡に仰せになられました。
「然も湖は周囲からも封じられ、忘れ去られていた」と、坊ちゃま。「なら、隣国の勢力の中で、誰がケルピーの湖の事を知っていた? 誰も居る筈が無い。居るとすれば……件の領主の息子だな」
「ケルピー殿――馬としては並の馬とは比べ物にならない、然もそれを所有しているとなれば自慢にさえなるあやかし――を差し出す代わりに、自らの身の安全を求めた。そう考えれば、何も矛盾は無い」
「では、湖に逃げ込んだのも、追っ手に捕まり人質となったのも、ケルピー様を捕らえる為の茶番……」私はこの身体から力が抜けていくのを感じました。「そんな……では、ケルピー様はそんな方の為に何百年も? 騙されておられたと?」
「本当に騙されたのか、騙された振りをしたのかは本人にしか解らないがね」お嬢様は頭を振りました。「言葉はたどたどしくとも、ケルピー殿は頭のよい方だからね。気付いていたのかも知れない。気付いて……かの者が悔い改めて救いに来るのを待っていたのかも知れない――かの者自身も本当に無事だったのか解らないし、どちらにしても現れなかった様だがね」
「そんな……」私は、初めて来られた時にケルピー様が纏っておられた馬具が、どれ程に重く、痛いものだったか、今更ながらに知りました。「では……ケルピー様は何故……? そんな思い出のある湖に……」
 私なら多分、そんな酷い裏切りに遭えばその場から立ち去り、決して二度と足を踏み入れないでしょう。なのに何故?
「かの者がその場を生き長らえていたとしても、もう昔の事、現在生きている筈もない。だが、もしその子孫が居たとしたら……?」お嬢様は仰せになり、ふっと微笑を浮かべました。美しい、けれど妖しく闇を内包した、あやかしの笑みを。
「……復讐の為、だと……?」私は恐る恐る、けれども――それもしかたない事かも知れないと、どこかで納得しながら、答えました。
「まぁ、ケルピーは元々水のあやかし。人を水に引き摺り込むもの。その中に件の者が居たとしても、不思議ではないな」今度は大らかに、笑われるお嬢様。「尤も、他者を欺いた者が欺かれるのも自業自得。果たして生き延びたかどうか……。それが解っていても、待ち続けるのだろうな。ケルピー殿は」
「……それはやはり一途な思いの様に、私には思われます」私は正直に申し上げました。
「そうか」お嬢様は私の肩をぽんと叩き、微笑されました。「そうなんだろうな」
 そして私達は霧の中、屋敷へと戻って行きました。私達の棲まう場へと。

                      ―了―

 水馬ケルピーは元々スコットランドの妖馬。水辺に居て、うっかり乗った人をその儘水に引き摺り込んじゃったりするそうな。水中では下半身が魚の様だったりという話もあり。

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おぉ!カメリアさん♪
私、このシリーズ好きだなぁ♪
あやかしが登場する物語って大好きです。

今回の水馬さん何だかちょっと可哀そうだねぇ、
どうも妖の方に肩入れしちゃうなぁ・・・・・

霊感商法に登場する龍の若君を連想してしまった!(=^_^=) ヘヘヘ
クーピー URL 2008/08/06(Wed)23:35:56 編集
Re:おぉ!カメリアさん♪
有難うございます(^^)
私もついついあやかしに肩入れしてしまう……結果、人間の方が酷い人に(苦笑)
巽(たつみ)【2008/08/07 00:35】
無題
どもども!
カメリアさんの言うように、一途なんでしょうけど…。
何百年も前の事を根に持って、復習するような方には見受けられませんでしたね。
きっと元の湖に戻って、ボランティア活動に従事するつもりなんじゃないでしょうか?(笑)
猫バカ1番 URL 2008/08/07(Thu)00:10:57 編集
Re:無題
ボランティア活動っすか!(笑)
水馬だからねぇ。何するかなぁ?(^^;)
巽(たつみ)【2008/08/07 00:38】
ほほー
そんな妖馬があったのですね。
水なのに馬って言うのが新鮮です。

もしかするとケルピーさんは待つと言うのは建前で、
実は自分の気持ちを確かめているのかも知れませんね。
もう過去になってしまったから、妖ならぬ珍しい感情を疑ってしまっていたりして・・・。
会えないと分かっていながら待っているというのも、そう考えれば納得出来ますし。
うーむ、邪推ですかね^^;
らすねる URL 2008/08/07(Thu)01:09:22 編集
Re:ほほー
確かにあやかしとしては珍しい事ですな。人間に対して、自分の身を差し出す程の感情を持つというのは。
まぁ、考える時間だけなら十二分にあったんですが(^^;)
巽(たつみ)【2008/08/07 15:48】
妖って
私の思いこみかもしれないけど一途…
人間の方がよっぽど怖いな
あ…あたしも人間だよ(^_^;)
つきみぃ URL 2008/08/07(Thu)01:31:58 編集
Re:妖って
うん、ある意味一途かも(^^)
私も人間だけど……ついついあやかしに肩入れしちゃう(笑)
巽(たつみ)【2008/08/07 15:50】
いろいろ
いろいろと博識だよね巽さんって。

ケルピは、子孫が来て謝ったら許してやるんじゃ無いかって、私は思いたいけどね。
元々があやかしだし、長い事嫌な目にあっている事なんだし、赦さないのかなぁ?

赦したら、お人よし?いや、お馬よし?(笑)
冬猫 URL 2008/08/07(Thu)04:12:07 編集
Re:いろいろ
お馬好しでは?(^^;)
寧ろ一度敵意の無い相手と思っただけに、やっぱり人間って奴ぁ! ってなるかも☆
巽(たつみ)【2008/08/07 15:53】
おはよう!
水馬ケルビーねぇ。
なんでも知ってるなぁ。凄いねぇ。

愛憎半ばってところなのかなぁ。
やはり、気持ちの整理がつかないのかなぁ。
忌まわしい過去との対決が、精算なのかなぁ。
afool URL 2008/08/07(Thu)11:56:07 編集
Re:おはよう!
ふふふ、色々知識総動員しますよ(笑)
一度信じた相手だけにねぇ。裏切り、騙し討ちはやっぱり許せんかも。
いっそ助けを求められたなら、命懸けで助けようとしたかも知れないのに。
巽(たつみ)【2008/08/07 15:57】
ケルピー
名前は可愛いカンジなのに、怖いことしますね。

愛情もいきすぎると憎しみに変わる。けどそこにあるのは、変わらない一途な思い…ってとこ?
(うわっ、自分で書いててハズい…(苦笑))
あすか URL 2008/08/07(Thu)13:01:31 編集
Re:ケルピー
愛憎表裏一体な感じかも。
妖しい水辺で馬を見掛けたら要注意ですよ!?(いや、妖しい水辺が既に怪しい……)
巽(たつみ)【2008/08/07 16:00】
きょう巽と、最初
きょう巽と、最初とか移動したかったみたい。
それで月夜の残骸とか反射したかもー。
BlogPetの夜霧 URL 2008/08/07(Thu)14:36:53 編集
Re:きょう巽と、最初
コメントも意味不明だよー(T-T)
月夜の残骸はあんまりだろ、夜霧★
巽(たつみ)【2008/08/07 16:06】
無題
形はかなり違うけど、水に引き込むあたりが日本の河童と似てますね(笑)
子孫に復讐って、発想は人間臭いです。
銀河系一朗 URL 2008/08/07(Thu)23:31:54 編集
Re:無題
河童かぁ、確かに(笑)
水辺の危険への戒めがあやかしの形となったのかも知れませんねぇ。
人間臭いですか? 寿命(あやかしに寿命あるのか?)が違い過ぎますからねぇ。やはり当人が居ない以上、子孫に向かうかと(怖)
巽(たつみ)【2008/08/08 13:31】
こんにちはっ
妖とか、妖怪のお話好きなんですよ。
未確認生物とか(笑
外国の妖は見た目キレイなイメージがありますね~。
ふわりぃ URL 2008/08/08(Fri)12:08:16 編集
Re:こんにちはっ
未確認生物(UMA)……今回まさに馬の話でしたな(笑)
や、あやかしだけど(^^;)
外国のあやかしも色々ですね~。綺麗なのから不気味なのから……。
巽(たつみ)【2008/08/08 13:55】
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