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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「今日は奏でなかったよ」
 顔を合わせるなり、そう言ったのは裕也だった。五つ離れた、片親だけの弟。
 母親同士の確執からか、私とは殆ど口を利こうとしない。尤もそれは私もだけれど。
 それでも彼が言わんとする所は解った。
 いつもならこの館に近付くに連れて聞こえてくる筈のあの音声が、母の墓参りから帰り、扉を開けた今でさえ、こそりとも聞こえないのだもの。
 あの不協和音を聞かなくて済むのはほっとする。
 でもそれと同時に、不安にもなる……。

「そろそろ……危ないんじゃない?」やはり不安げに、裕也が言った。
「……だったら?」態と突き放す様に私は言った。「あれの世話は貴方の役目でしょ? 最期迄面倒見るのね」
「どうして!?」裕也は非難の声を上げた。「姉さんだって……!」
「姉さんなんて呼ばないで。私の父の再婚相手が、別れた妻の妹でもあった貴方の母親だってだけじゃない」元より相性の悪かった姉妹の仲は、それを契機に修復不可能な迄に至っていた。そして父の家に残された私と、家族の仲も……。
 初めは私に気を遣っていた〈叔母〉も、実子の裕也が生まれてからは当然の様に、私には見向きもしなくなった。勿論、私も可愛い子供ではなかったけれど。
「でも……!」裕也は食い下がった。「姉さん――理穂さんにとってもあれは……!」
 聞きたくない、と私は足音荒く、自室へと向かった。

 夜、テラスに出た私の耳に、微かな音が聞こえてきた。
 ああ、また始まったのね――例の不協和音が。
 私はいらいらと耳を塞ぎ、室内に戻った。時計を見る。午後九時。もう直ぐ止む筈だと、私はほっと息をつく。
 だが、通例の十時を過ぎても、不協和音は止まなかった。
 私は部屋を出た。

「裕也!」滅多に呼ぶ事すら無い、弟の名を呼ばわる。「あれをどうにかして!」
 灯を落とした館の中、音声が一瞬、大きく響き、またくぐもった。館の最奥のドア。その奥にあれを内包した、そこから彼は現れた。
「どう宥めても落ち着かないんだ」疲れた顔で、彼は言った。「やっぱり……もう長くないのかも知れないね」
 私は歯噛みする。だとしてもあんなのをずっと聞いてなんかいられない。
 でも、あれが永遠に止むという事は……。
 そんな私の表情を窺う様にしながら、裕也が言った。
「もしかしたら……理穂さんに会いたいんじゃないかって、思うんだ」
「私に!?」思いっ切り眉間に皺を寄せて、私は疑わしげな声を上げた。
 あれが私に会いたがるなんて、そんな事――表情とは裏腹に、私の心は揺れた。
 私は……私はどうなんだろう? 会いたくない? それとも?
「理穂さん」顔を上げて、裕也が言った。「もう時間が無いかも知れないんだ。皆にとって」
 決断を促す為の、毅然とした口調。
 私は――彼の後に付き従った。

 奥の扉の鍵は僅かの間も解かれた儘になる事は無い。
 扉から漏れ聞こえる不協和音。重々しい開錠の音。
 開いた途端、音声は弥増す。耳を塞ぐ手は、殆ど役に立っていない。
 十畳程の、深い絨毯の敷かれた何も無い部屋。
 そこに居るのは何の旋律もなさぬ琴を掻き鳴らす私達の共通の父と――その前で不協和音を奏でる母達だったもの。裕也の母の姿を採りながら、彼女の声と、私の亡き母の声で同時に叫び、おらぶもの。
 いずれも老いさらばえ、痩せ衰え……母達に至ってはねじくれていた。
 
 私の実母が亡くなった三年前からだったろうか。〈叔母〉は同時に二人の言葉で喋り、二人の思いで思考を掻き乱す様になった。言葉は徐々に意味を成さない叫びとなり、思考は混乱を極めた。
 それでも――父にはそれが彼女等の歌声と聞こえた様だった。実母が残して行った琴をこの部屋に持ち込み、弾けもしないのに掻き鳴らす。それに合わせるかの様に母達は更に叫ぶ……そうして三年間。
 亡き実母が憑いたのだとか、彼女を追い出した罪悪感に今頃苛まれているのだとか、そんな裕也との原因追及は彼等には不要だった。
 私は、只見ていられなくて、聞いていられなくて、全てを裕也に負い被せた。

 と、私が入って来たのに気付いたか、母達がひたと視線を定めた。冷たさと、懐かしさと……二人の母の思いが絡まった視線。きっと、私も同じものを返している。
 父は変わらず、琴を奏でる。
 母達の声が一際高く響き――私は耐え切れなかった。
 その音声に、その光景に、その全てに。
 後ろ手にドアノブを探り、扉を開ける。後は一気に駆け出していた。

                     * * *

 どこをどう走ったのか、友人の所で一泊した私は、未だ陽も高い内に、帰宅した。帰る所は結局ここしか無いのだ。
 館は、どうした事か沈黙に満ちていた。
 奥の部屋に近付いても、琴の音も二人の女の声も、聞こえては来ない。
 と、その扉が中から開いた。
 びくりと身を退いたものの、出て来たのは裕也だった。彼は私を見てちょっと目を丸くしたものの、直ぐに柔らかい笑みを浮かべた。その笑みに私は本来なら肩の力を抜いただろう。彼の手に、血塗れた琴が抱えられていなければ。
 あれを見るに耐えなかったのは、私だけではなかったのだ……。
 彼は言った。
「今日からはもう奏でないよ」

                      ―了―

 ちょっと古風な(?)ホラーにしてみました。

 


 

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DISCORD
奏でられる不協和音…ヴァイオリンかな?と思いました。
私もきっと耐えられないかも。こっちまでおかしくなりそう…

DISCORD(=不協和音。ちょうど家で「DISCORD」って曲がかかってたので…)
あすか 2007/11/13(Tue)20:54:18 編集
Re:DISCORD
ヴァイオリンでもよかったかも
あれも無茶な弾き方するとかなり神経に来ると言うか、狂気に近付く感がありますね。
只管に弦を掻き鳴らす様なイメージだったので、何となくお琴に……。
巽(たつみ)【2007/11/14 00:12】
わたしは・・・
鐘だとおもいましたよ・・・
ラ・カンパネラみたいな感じかな。
何にもかかってないけどね(笑)


それにしてもね、早いねー
冬猫 2007/11/13(Tue)21:03:19 編集
Re:わたしは・・・
「奏でる」でもイメージするものは色々ですね。
弦楽器と声ってややもすると狂気に近いイメージが、私の中ではあります。
巽(たつみ)【2007/11/14 00:15】
無題
さすがですね(^^)
琴の奏でる不協和音と
叔母さまが発する不協和音。

負の連鎖、怖いですぅ(>_<)
・・・やっぱり、マイナスとマイナスが重なっても、プラスにはならないのかしら(・・?
moon URL 2007/11/14(Wed)05:25:15 編集
Re:無題
夜霧の投稿からどう奏でるか……。
考えた結果ホラーっぽく不協和音に。
一つリズムが狂うと徐々に曲は崩壊していく……そんな感じで。
巽(たつみ)【2007/11/14 11:21】
音はね
不協和音じゃなくても辛い事がある。
それがのべつ聞こえていたら、多分誰もまともじゃいられないと思うのだわ。
それとも、なーに免疫がつく?
ぷん URL 2007/11/14(Wed)07:26:04 編集
Re:音はね
免疫はつきそうにないですねー。
音がすると集中出来ない事もあるし、どれだけ評価の高い曲でも自分に合わなければ苦痛になる。
音は時に凶器になる……?
巽(たつみ)【2007/11/14 11:25】
無題
はじめまして。ブログ村(掲示板)からやってきました。樹来(じゅらい)と申します。
面白いですね♪(^^*/←ぇ
不協和音、琴の音色と…二人の母の声。

>全てを裕也に負い被せた。(本文より抜粋)
ここで、裕也さんが哀れに思いました。彼がかわいそうだな。彼も耐えられないだろうな。と。
だから、最後は何となく『やったね!』と、裕也さんに拍手を送りたくなってしまった、悪魔的な樹来です。

これが物語だからこそ、樹来は、ゆかいに思えたのですが…
実際にあったとしたら…
(゚゚;))オロオロ((;゚゚) ((( ;゚д゚))アワアワ…...怖いです;
樹来 URL 2007/11/14(Wed)10:32:13 編集
Re:無題
樹来さん、初めまして(^^)
ご訪問&コメント有難うございます。

『やったね!』うん、裕也君ある意味一番苦しかったかも。〈姉さん〉はあんなだし(苦笑)
物語だからこそ愉しめる狂気の世界へようこそ
現実だったら私も怖いよー(>_<)
巽(たつみ)【2007/11/14 11:35】
無題
怖いです;;
ホラー的な怖さとかやなくて、
精神的(かな…?)な恐ろしさ…
ん~言葉でうまく言えません><
ふわりぃ URL 2007/11/14(Wed)15:17:02 編集
Re:無題
ちょっとサイコ入りましたかね(^^;)
怖いのはやはり人間……かも知れません。

でも姉弟は音声が止むのも恐れていた訳で……親への情が全く無かった訳でもないけれど。
巽(たつみ)【2007/11/14 17:21】
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