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桜が咲いた頃だから、田舎に帰る――そう言って旅立った切り、新学期が始まっても義隆は帰って来なくなった。
何となく、予想出来た事態だったので、僕は周りの連中程には動揺も狼狽もしなかった。
何故、予想出来たかって?
出掛ける間際の、あいつとの会話から、察しただけだ。
「花見なら態々田舎に帰らなくても、その辺の公園で出来るじゃないか」呆れ顔で言う僕に対し、奴は真顔で答えた。
「花見じゃないんだ」
「はぁ? 桜が咲いて……花見でもなかったら、何しに行くんだよ?」
「……会いに行くんだ」
「誰に?」
「桜に」
さも当たり前の様にそう答えるから、僕はてっきり、桜という名の女性が郷里に待っているのかと――同じ一人身だと思っていたのに抜け駆けしやがったな、このヤローと――早合点し、やっかみ半分に冷やかしの言葉を投げ掛けた。
が、奴は僕の言う意味が解らないと言う様にぽかんとした顔で頭を振った。桜は桜だ、と。確かにそのアクセントは、樹木の「桜」を表す時のものだったが……。
「樹に会いに行くってのは変じゃないか?」僕は首を捻った。「見に行く、だろ? それに、その桜の樹じゃないと駄目なのか?」
「当たり前だろう」
当たり前、と言われて更に僕は混乱した。
「……その樹は何か、特別なのか?」
「特別……なのかも知れない。俺にとっては」そう言って、優しい思い出に浸る様な表情で、奴はぽつりぽつりと話し始めた。
件の桜の樹は奴の実家の裏山にある事。
春、この時期になるとそれは見事な花を咲かせる事。
毎年、何かに呼ばれる様にその桜の花を見に行ってしまう事。
そして、その桜の根元には、大事な人が眠っているという事。
「え……と、詰まりお墓があるのか? 何だ、お墓参りなのか」それなら、会いに行くという言い方も解らないでもない。今では滅多に同行しないが、うちの母なども墓参りの際には「会いに来たよ、お祖母ちゃん」などと墓石に語り掛けていたものだ。
だが、奴はそれに対しては、曖昧な笑みだけを返して寄越し……僕は、胸がざわつくのを感じた。
墓に葬られる事なく、眠っている誰かが居る……?――そんな想像が、頭をよぎったのだ。
そしてそれに、奴は直接的に、関わっているのではないか、と。
「お前、その……何か悩みとか、抱えてる事とかあるんなら、相談を、だな……」早とちりかも知れない、いや、そうであって欲しいとは思いつつも僕がぼそぼそと言い掛けた時だった。
見てしまった――奴の背後に、十七、八歳位の、妙に色の白い女性が立っているのを。その姿は、半ば透けていた。
彼女は切れ長の目でじっと、僕を睨み付けた。
余計な事を言うな――と、その目が言っていた――言わないでくれ、と。
毎年、奴が件の桜の下に行く事が彼女の望みなのだ。恐らくは彼女自身が眠っている桜の下に……。
放って置いたら拙い事になるかも知れない、とは思った。所謂取り憑かれている状態なのかも知れない、と。
だが、彼女の、義隆を見る視線はさも愛しげで、そこには一遍の悪意や恨みをも、見出す事は出来なかった。そして、どうやら彼女の姿が見えてはいない様だったが、奴自身も『桜』に会いに行く事に、丸で離れ離れの恋人との再会を期待する様な高揚感を感じている様だった。
だから、何も言わず、僕は奴を送り出した。
この世のものでない彼女の不興を買う事を恐れたのも確かにある。だが、それ以上に、馬に蹴られそうで。
それに……曖昧にとは言え、僕に桜の下に眠る人の事を話したのだ。
何をどう説得したって、奴は行く――そして、帰って来ない気かも知れないとは、その時察したのだ。
現に奴は言っていた。
行って来る、ではなく、行く、と。
奴が言っていた桜の下――きっと今頃、降り注ぐ花弁の雨に覆われているだろうそこを掘り返す程、僕は無粋ではない。
―了―
桜の下には……?

あの塩気がいいんですよね^^
その内、岸壁使うかな(^^;)