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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 無数の、透明な六角柱が四方八方に伸び上がり、白い煌めきを放っている。
 やや大振りな、水晶のクラスター。
 月光の降り注ぐ窓辺に置かれたそれに、亜弓はそっと、買い求めたばかりの水晶のブレスレットを掛けた。彼女が今左腕に填めている物より、やや華奢なデザイン。
 
 お守りなんて気休めみたいなものだ――そう思いながらも身に付け始めた水晶。丁度人との別れがあったり、気が休まらない時期だった事もある。
 勿論、身に付けたからと言って急に何が変わった訳でもない。時間が戻る訳でもないし、自己嫌悪が一気に和らぐ訳でもない。

 でも……亜弓はクラスターの上の物言わぬ石に想いを込めた。
 学生時代から仲のいい、友人の娘だった。
 十八歳――今の亜弓の半分程の歳だ。亜弓の事は親の友人として、そしてその仲でも憧れのキャリアウーマンとして慕ってくれている様だった。亜弓としては些か不本意な感もあったが。
 その娘――加納美里が来年の春から一人暮らしをしながら大学に通うのだと言う。家からも離れ、新しい彼女の人間関係を構築しようとしている。心配げな友人夫婦以上に、亜弓はその姿勢にエールを送った。
 
 これはその餞(はなむけ)の品なのだ。
 美里の新しい暮らしに幸ある様に、彼女が心安らけくある様に。
 そう、何と言ってもあの人の娘なのだから……。
 満月が静かに水晶を照らしていた。

 やがて、美里は旅立ち、新生活に入った――筈だった。
 一日に何度も入れていた連絡に、彼女が応じなくなったと友人が相談に来たのは三週間ばかり経った頃だったろうか。
「心配なのは解るけど、余り干渉し過ぎては……」連絡の頻度を聞いて、亜弓は苦笑した。早朝、昼、帰宅した頃、夕飯時……その他気が付いた時、では美里も気詰まりだろう、と。
 それでも友人は浮かぬ顔だった。煩わしさや忙しさで、出ないのであれば未だいいのだが、と眉根を寄せる。彼女のマンション近くに住む知人に様子を窺って貰ったが、いつ行っても部屋に灯が点いていないと言うのだ。しかしドアの向こうに人の気配はある。だのに、意を決して声を掛けても何の反応も無いのだと。
「大家さんに鍵を開けてもらう訳には?」流石に心配になり、亜弓は質した。
 だが、マンションは女性専門で、セキュリティは厳しいのだと言う。男性の知人にはドア迄行き着くのがやっとだった様だ。
「それで、私なら……という事?」亜弓は首を傾げた。確かに彼女なら美里の覚えも良く、向こうから開けてくれるかも知れない。友人の委任状でも持って行けば鍵も開けてくれるかも。
 頼む――頭を垂れてのその言葉に、亜弓は断り切れずに頷いた。
 それにしても何があったのだろう。亜弓は訝りながら、無意識に腕のブレスレットを弄っていた。やはり、こんな物は只の気休め? 少し、哀しくなった。

 早々に、と翌日彼女は美里のマンションへと赴いた。
 女性専用と謳っているだけあって、白壁の如何にもお洒落な建物だった。オートロックの玄関で、先ず八階の美里の部屋を呼び出してみる。応答は無かった。仕方なく、委任状を提示しつつ、彼女は管理人に部屋への案内を頼んだ。
 ドアは施錠され、確かに気配はあるものの、応答は無い。
 仕方なく、亜弓は管理人に解錠を頼んだ。
 一見渋々と、しかし好奇心を秘めた様子で鍵を開けた管理人は――ドアを開けた途端に後ずさった。逆に亜弓が身を乗り出す。
 そして、灯の点らぬリビングに、彼女は美里の姿を見付けた。

「どうしたの!? 美里ちゃん!」灯を点け、毛布に蹲る美里に駆け寄る。部屋は然程荒れていない。丸でずっと、この場から動かずにいたかの様だ。
 それでも最低限の食事や水分は摂っていたのか、美里の体力には然程問題は無い様だった。だが、その顔色は蒼白い。
 そして、亜弓を見る眼には恐怖があった。
「来ないで!」渇いた口が動いてそう叫んだ。
 僅かな距離を残して、亜弓は立ち止まった。何故そう言われるのか、訝しげな表情で。
「どうしたの? 美里ちゃん。何があったって言うの?」静かに、亜弓は尋ねる。今の美里は精神的に追い詰められている――あの頃の私の様に――手が無意識にブレスレットに伸びた。
 と、そのブレスレットに似た、水晶の玉が部屋に散らばっている事に亜弓は気付いた。これは……もしかして……。
 その視線に気付いたか、美里がやはりその玉を見詰めて、言う。忌まわしげな口調で。
「ここに来て、これを付け始めてからだったわ……。貴女が……亜弓さんが、夜になるとうっすらとした姿で出て来て……! 最初は亜弓さんに何かあったのかと思って両親にそれとなく訊いたけど、何とも無いって言うし、それで……段々怖くなって……。思わず引きちぎっちゃったの! でも、それでも変わらなくて……」いつしか、涙声になっていた。「でも、誰も信じてくれないだろうし……やっと仲良くなった友達に変な奴って思われたくないし……」
「それで、誰にも言えなくてずっとここに籠っていたのね?」亜弓は隣にしゃがみ込んで訊いた。
「亜弓さんにはとてもこんな事、訊けないし……」
 それはそうだろう、と亜弓は頷く。亜弓が死んでいない以上、生霊とでもいう事になるのだろうか? 何にしても気分のいい話ではない。
 しかし……彼女にはこうなった原因が、何となく解った様な気がした。
「ね、訊いていい? その私は、どんな様子だった? 何か言っていなかった?」
「ぼうっと私を見詰めてて……。あ、時々『もしも』って、呟いてた……」
「そう……」亜弓は深く頷き、そして言った、「ごめんなさいね」

「え……?」どうして? という眼で美里は亜弓を見上げる。
 一時、問いには答えず、亜弓は散らばった石を拾い集めた。
「私ね、この水晶にお祈りしたの。美里ちゃんを見守ってくれますようにって」
 あの夜、月の窓辺で。
「美里ちゃんは大事な友達の娘さんで、私も大好きだったから。でも、ね、そこに別の『好き』が混ざっちゃったみたい」
「別の……好き?」
「今でこそ、ご両親共に仲良くしているけれど……元々の私の友人は加納君――貴女のお父さんの方だったのよ。そしてそれは、友人の域を越え損ねたの。少なくとも私の方は」要するに振られたのよ、と亜弓は微苦笑して見せた。「でもね、だからって恨む気持ちは無い心算だったわ。それでも、今回のお祈りにあの人への『好き』に付随した嫉妬が混ざり合っちゃったみたい」
 あの時から付け始めたブレスレット。その記憶も、どこか干渉していたのかも知れない。
 亜弓は全ての玉を拾い集めた。ハンカチに包む。
「本当にごめんなさいね。これは持って帰って、処分するわ」寂しげな笑みを浮かべて言う亜弓に、美里はごそごそと毛布から這い出した。
「あの……待って」彼女は言った。「それは……それでも私の為に祈ってくれた物なんでしょう?」
「ええ。貴女はあの人の大事な娘だもの。私にとっても大事な子」勿論、間違いがあった訳じゃないわよ、と付け加える。「だから、一人でも寂しがらずに、幸せに暮らして欲しかった……。それがこんな事になるなんて、思ってもみなかったわ」
 しょげ返った彼女の手を、美里は水晶の入ったハンカチごと、包んだ。
「亜弓さん、私、これ直します。だって亜弓さんが私の為に……あ、でも……」また幽姿が現れたら――そう言いたいのは亜弓にも解った。
 亜弓とて、その心に変わりがある訳ではない。只、彼への気持ちは完全に吹っ切れた気はする。
「じゃ、美里ちゃん、この部屋で月がよく見える窓はどっち?」彼女は柔らかく微笑んで、訊いた。「買って来たばかりの石はこれ迄経て来た他人の心の干渉を受けているから、一旦浄化するの。色んな方法はあるけど、私は月の光で。だから、もう一度、完全に浄化しましょう」
 もしも――彼女の幽姿が呟いたという言葉。もしもあの時彼が選んだのが私だったら。その思いを完全に、浄化してしまおう。今度こそ。

 その夜、月の照らす窓辺に水晶を翳し、二人の女は互いの石に祈りを込めた。
 
 以来、気休めだったものが、本当心を安らがせてくれる様になった。亜弓はそんな気がした。無論、美里の方にもあれ以来、おかしな事は起こっていない。
 結局、本当のお守りは冷たい石ではなく、それに込められた想いなのだろうか。でも、その想いによっては……亜弓は自分に宿っていた想いに一つ身震いして、それを振り払った。

                      ―了―

『この月で 手入れしたれば 思いかな』と、夜霧が俳句詠んだので、こんな話にしてみました。

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う…ん?
亜弓の元に、親である友人が相談に来れるのだったら、子供のマンションなんだし友人親が尋ねた方が良いよね…?
マンションが女性用でも、親なら管理人通じて可能だし、それより友人親の配偶者は何してたんだー?って事になる。
だから、この【相談】の部分、【来た】のはTv電話(?)か電話ってのにしたら如何でしょう?友人は遠方に居るって事で?

それ以外は、二重まるまる♪
冬猫 2007/11/26(Mon)23:54:11 編集
Re:う…ん?
夫婦揃って海外派遣って事にしようか(笑)
後、例の電話攻勢で煩がられてた場合、態々親が顔出すより亜弓さんのが反感買わずに済むかな、という計算も……☆
巽(たつみ)【2007/11/27 00:38】
エスパー?
巽さん、私の行動なんで知ってるの?(笑)
ネタばらしの必要がなくなりましたよ。まあ、プラスαに……色々と。うわー、恥ずかしい。
水晶で助けられたこと、実際にありますよ私。危うく事故に遭うところでした。
みけねこ 2007/11/26(Mon)23:55:49 編集
Re:エスパー?
>巽さん、私の行動なんで知ってるの?(笑)

はわ?(^^;)
えーと、前にパワーストーンとか買った時に浄化・チャージの仕方~とか何とか説明書が(笑)石によっても違っていて、水晶だと日光や月光、流水とか、クラスター(塊)を使うといいとか……。
何か夜霧の俳句(?)で月で手入れとか思いとか見てたらこんなん浮かびました☆
巽(たつみ)【2007/11/27 00:48】
無題
うんうん、冬猫さんが言うように、他人の女性より男の親のほうが怪しまれないと思うし、女親もいる訳で、ちょっと無理があるかなって思った。
afool 2007/11/27(Tue)00:45:22 編集
Re:無題
そうかー。
やっぱり海外派遣決定!(笑)
巽(たつみ)【2007/11/27 00:50】
こんばんわ★
みゅみゅみゅみゅみゅ…
石って確かに月の光で浄化しますよね。
その昔、マイバースディ(って知ってるかな?)を購読していたモアイネコです(^^;)
人の想いって、本人もよく分かったないことがあるから厄介だよね(@@)
モアイネコ 2007/11/27(Tue)00:46:50 編集
Re:こんばんわ★
「マイバースディ」……買った事は無いけど、おまじないコミックみたいな感じでしたっけ?(違ったらごめん)
自覚してない意識は、自分でもどうしようもないものねぇ。
巽(たつみ)【2007/11/27 00:54】
月の光
そうなんですか!!
月の光で浄化するんですねっ(^o^)丿
ルビーは月の光じゃ浄化しないのでしょうか?
お気に入りのルビーのピアス、なぜか、つけるといつもケンカしちゃったり、嫌なことが起きたり。思い込んでるから、一層、そう感じるのでしょうが、困ってます(>_<)

今回のお話もファンタジックで素敵でしたよぉ♪
私は反抗期の時、両親のいうことは一切聞かなかったので、叔父が面倒みてくれてました。だから、違和感ありませんでした^^;
moon 2007/11/27(Tue)06:55:58 編集
Re:月の光
有難うございます(^^)
多孔質の石(ターコイズやオニキス等)は水分で変色してしまうので、流水は不可。熱処理して発色させた石は紫外線で褪色する事もあるので日光は不向き、など石によって向き不向きはある様ですが、月光やクラスター、後みけねこさんも仰ってる通り、セージのお香(アロマオイルも可)等は石を選ばない方法かと思います(^^)
巽(たつみ)【2007/11/27 12:19】
夜霧ちゃんの
手は長いのね。お月様まで届くのかな。
パワーストーンの浄化の仕方って、石によって違うのでクリアクウォーツが一番簡単ですね、確かに。一番強力な浄化法って、セージの煙で燻すんじゃなかったっけ?北米ネイティブの人たちが、セージの煙で心身とも浄化するように。
みけねこ 2007/11/27(Tue)11:23:25 編集
Re:夜霧ちゃんの
夜霧「お守り欲しい?」だって。人の話聞いてるのかな?(笑)

確かに一番簡単、と言うか色んな方法が使えますよね。水も紫外線も大丈夫!(あ、態と内部に罅を入れてるクラック水晶は水には弱いとも聞きましたけど)
巽(たつみ)【2007/11/27 12:26】
えっと、
一気にスピリチュアルな世界に飛び込んでしまいました。私のような俗物はこの場にはふさわしくないような・・・

「やわらかい水晶」って、本日の夜霧のお言葉。
そう思うと、なんだか有り難くさえ感じ始める、めくるめく不思議世界。
ぷん URL 2007/11/27(Tue)13:34:53 編集
Re:えっと、
不思議世界へようこそ(笑)
月で手入れする→月光で手入れする→パワーストーン? という連想の結果です☆
これが月光の下で手入れする→三日月の様な重い鎌? とか行っちゃうと、途端にホラーかサスペンスに早変わり(笑)
巽(たつみ)【2007/11/27 17:04】
水晶かぁ
ブレスレット的なのは持ってますが、あまり効果を気にした事がなかったので…石もお休みが必要なんですねぇ。
私はこのお話好きです。なんかせつないなぁ。
ふわりぃ URL 2007/11/27(Tue)15:49:26 編集
Re:水晶かぁ
有難うございます(^^)
どんな思いを込めるかな、と考えてこんな感じになりました☆
巽(たつみ)【2007/11/27 17:03】
ルビーの浄化♪
さっき検索したら、「お香、月光浴、クリスタルによる浄化のいずれかをお奨め致します。」って書いてありました♪
とりあえず、月光浴、やってみます(^o^)丿
ほんと、勉強になる、巽さんのサイト(^^♪
moon URL 2007/11/28(Wed)07:53:26 編集
Re:ルビーの浄化♪
いえいえ(^^
よい月夜を♪
巽(たつみ)【2007/11/28 13:23】
無題
シンは後から読んでるから、関連したことを夜霧が言ってくれないw
今日、はなしかけたら
「事故って暗いよね?」だった。
確かにねw

パワーストーンか。。。
シンも買ったことあるwww
ははは。

ファブィ!
見習猫シンΨ URL 2008/08/11(Mon)10:06:52 編集
Re:無題
確かに事故は暗いですね、色んな意味で(^^;)
夜霧、解ってる様な解ってない様な……(苦笑)
パワーストーン……偶にそういうものに頼りたくなる時も、ある☆
ファブイ有難う(^^)
巽(たつみ)【2008/08/11 15:44】
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