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こんな夜霧に閉ざされた夜は、人家の温もりが欲しいな。
人里離れ、山野に逃れた罪人も、やはり同じ様に欲しいと思うかな?
きっとそう。
纏わり付く霧は湿り気を帯びて、身体を冷たく凍えさせようとする。更には視界を奪い、丸でこの世に自分しか居ない様な、例え様もない不安感を齎す。
その一方、霧は姿を隠してもくれる。人の目を盗んで人家に近付き、生きるのに必要な物を失敬するには絶好の隠れ蓑にもなり得る。
こんな霧の夜、まともな人間なら外になんか出ない――出たいと思わない。戸に鍵を掛け、暖かい火の傍で夜話でもするか、明日の晴天を願いつつ、早々に床に就くか……。
それでも、私は外に居る。暗い、森に。
霧のベールを通して、仄かな灯が見えてきた。人家の様だと、私はほっと息をついた。
ゆっくりと、足音を立てないように近付いて行く。尤も、此処は森の外れ。道は作られてはいるが砂利道で、完全に足音を消すには空でも飛ぶしかないだろう。どうせならば羽音さえ極限迄抑えるように洗練された、梟の翼が欲しかった。
それでも可能な限り音を立てずに近付いて見れば、木造平屋の然して大きくない家は、一部屋を残して灯が落とされていた。灯のある一部屋をそっと覗くと、どうやらそこは台所の様だった。
深夜だと言うのに竃には火が入り、無骨な鉄鍋が掛けられている。何を作っているのだろう。思わずごくりと、喉が鳴った。
だが、煙突から流れ出す煙に混じる匂いは、決して美味しそうには感じられない。
当たりかも……そして遅かったかも知れない――私は窓から見られないよう、壁際に身を潜めた。呼吸さえも、微かな風の音に同化させる様に静め、最低限の動作で銃を抜く。
先程、竃の前には人の姿は見えなかった。窓からは見えない位置に居たのかも知れないが。
そこに居るのがもし、こんな夜中に下手な料理をしている物好きだったり、民間療法を信じてさも苦そうな薬草でも煎じている人間だったなら、私はそっとこの場を去る。そのどちらにも、私は用はないし、またそのどちらもお相伴に預かりたくはない。
だがもし――私はまたそっと、窓から中を窺った。
その途端、窓硝子が中から爆発する様な勢いで割られ、私は慌てて破片を避けて距離を取った。
そして口の中で呟く。「確定」
例え深夜、自宅の周囲に怪しい者の気配を感じたとしても、誰何もなしに、脆くはあっても守りの一部である窓を割って迄、先制攻撃をしようとするものか。
それが自宅であるのなら。
第一、足音も立てていないのに、人の気配に気付くものか。普通ならば。
そして思った通り、壊れた窓から身を乗り出して来たのは、人間よりは一回りも二回りも大きな、熊を思わせる人獣だった。頑健そうな体躯ながら、手は人間のものと同様に細やかな作業も可能そうで、何よりその顔は、獣じみてはいても人間の目をしていた。
黒く濁った、罪人の目を。
人獣は、元は人間だったのだと、私は教わった。
過ぎた力を求めた末の姿だったり、世を捨てた者の姿だったり、その出自には様々あるのだと。只いずれにしても共通しているのは、最早人里には戻れないという事か。
人と関われば、先ずどちらかが傷付く事となる。化け物と罵られ、恐れられた挙句に追われるか、逆上し、相手を傷付けるか。あるいは……糧として人間を襲うか。
「一つだけ訊くわ。この家に居た人はどうしたの?」
私の問いに、人獣は家の中で未だ火に掛けられた儘の鍋を目で示した。
「了解」言葉と同時に、私が手にした銃から、銀の弾丸が放たれた。
弾丸は瞬時に人獣の胸に吸い込まれ――数秒後、意外な程あっさり、それはその場にどうと倒れた。
その目が上空の私を振り仰ぎ、嘲笑う様な色を浮かべた。
お前だって人獣じゃないか、と。
「……それでもあんた達の様になる気はないわ」その言葉を薬莢と共に捨てて、私は生まれた時から背負っている、闇色の翼を羽ばたかせた。
そしてまた、私は夜の霧に紛れる……。
決して手には入らない、人家の温もりに心惹かれながら。
―了―
ん? 何か人獣ものが続いた(^^;)
狼系とか、熊系は特に。