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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 今日は一言だけでした。
 だけど、夜霧は深く視界を閉ざし、怯えた美維みいさんは幹線道路沿いの二重窓も戸締りして、玄関からも遠い二階の自室に引き篭もったかも……。
 やれやれ、この分じゃまた玄関のチェーンも掛けられているのだろう。同居人の私も入れないと言うのに。私は溜め息をつきつつも、濃霧の所為で進まない渋滞の中、彼女との通話を終えた携帯のフラップを閉じました。
 もう少しの辛抱だ、と。

 彼女とのルームシェアリングを始めたのは昨年の春からだった。二階建て――所謂メゾネットタイプの部屋で、一階を共用、二階のそれぞれ一部屋を私室と決め、そこはお互い不干渉地帯としていた。決して仲が悪かった訳ではないけれど、どちらも一人の時間を大切にしたかったから。
 そしてもう一年近くにもなろうと言うのに、二人からは他人行儀な間隙が抜ける事も無かった。
 美維さん――未だにさん付けなのもその距離感の所為だろう――は時折酷く神経質な所があり、私は時折それに辟易させられました。
 何か動かされた形跡がある、窓から人が見ていた、無言電話があった……。
 他人が居る以上、自分以外の人間が物を動かす事もあるだろう。高層マンションではないのだから、窓の外を人が通る事もあるだろう――窓を見ていたかどうかは別として。無言電話だって、女性の二人暮しと見た不心得者の仕業かも知れないし、間違い電話で誤り損ねたのかも知れない。私はその度に、根気よくそう説明しました。
 それでも彼女には、全てが自分を狙っている様に、何者かの罠の様に感じられていた様です。
 そして、本当の罠が、始まりました。

「今度のは無言電話なんかとは違ったわ」ある日、私が仕事から帰宅するなり、美維さんはそう言いました。バイトから帰ったばかりの様な服装。早く帰った方が夕食の下拵えをして置くという決まりでしたが、それも手付かず。某かの電話を受けた後、茫然と座り込んでいたそうです。
 私は訳を訊きました。
「帰って直ぐだったわ。何だかくぐもった、男か女かも解らない声で電話があって……。私か真由さんを殺すって……」言って、彼女は身震いしました。真由、というのは私の名前ですが――私には殺される様な覚えはありません。勿論、彼女もそんな覚えは無いと、私の問いに激しく頭を振りました。
「落ち着いて。悪戯電話よ、きっと。私達を殺して誰が得をするって言うの」
「でも……! 女の二人暮しだし……」心配げに顔を歪めながら彼女は言い募りました。「ねぇ、警察に届けましょう!」
「警察ねぇ」私は眉を顰めました。「録音でもしてあれば兎も角、悪戯電話位で動いてくれるのかしら? 事件にならないと動かないんじゃないかって感じがするし」
「そんな……」
「具体的に何かあれば動いてくれると思うけど……。ストーカーが居るとか、どちらかが怪我でもさせられたとか……」
「それじゃあ遅いじゃない!」彼女は突如憤然として言いました。「私か真由さんが怪我をしてからなんて……! 防犯だって立派な警察の仕事でしょ?」
 正論だ。けれど、実際の事件報道を見ていると、警察が先手を取る事は難しい様に思えてくる。況して悪戯電話なんて、その警察にさえ掛かってくる様な類のもの。どこ迄真剣に受け取られるか……。
「気になるのなら自衛するのね。戸締りをちゃんとするとか、防犯ブザーを携帯するとか」私は言った。「でも、美維さん、気にし過ぎる所があるから……。余り気にしない方がいいんじゃないの?」
 彼女は――自分の神経質は自覚してもいるのだろう――不承不承といった感じで頷いた。

 けれどそれからも怪しげな電話は続いた。美維さん一人が家に居る時を狙って。
「やっぱり警察に届ける!」ある日彼女は決然としてそう言いました。「今度こそ、録音して……証拠を持って行けば聞いてくれるわよ」
「どうしても気になるんなら、そうするのね」溜め息と共に私は言いました。「兎に角、ちゃんと録音して……私も聞いてから判断したいし」
「うん」彼女は力強く頷きました。
 ところがそれから何日経っても、何度電話があっても、録音は成功しませんでした。
「どうして?」泣きそうな声で、美維さんは私に言いました。「どうして録音されてないの? ちゃんとテープもセットして、スイッチ入れて……」
「留守電には?」
「駄目なの。留守電だと案内の音が鳴るから、何も言わずに切られちゃうの」
「やっぱり証拠を抑えるのは無理か……。どうする? いっそ田舎に帰れば……追っては行かないと思うわよ?」
「そんな……帰れないわよ。家を捨てて来たんだもの……」彼女は絶望した様に、只管頭を振り続けました。
 そんな彼女を見て、私は深く溜め息をつきました。

 そして今日、美維さんはまたも一本の電話を受け取りました。
 たった一言、さようなら、と。
 それは彼女にとってはこの世からの別れの言葉に聞こえた事でしょう。
 変声器を取り付けた携帯の向こうで、鋭く息を呑む気配がありましたから。いよいよ何者かが自分を殺しに来る、と。
 そう、電話の主は私でした。
 勿論、この携帯は彼女には知らせていない物。料金案内もオンラインのみなので、私の部屋のパソコンに触る事も無い彼女には知る由も無い。そうして私は彼女の在宅時間を狙い、自宅の録音機器にはマイクに細工をして録音出来ないようにし、言葉で彼女を追い詰めた……。
 何故?
 だって――彼女の病的な迄の神経質は私をも侵食し、彼女という私以外の存在が家に居る事にさえも、狂おしい程の鬱屈感に苛まれていたからですよ。
 
 今頃彼女は居もしない殺人鬼の影に怯え、逃走を考えている事でしょう。捨てて来たとは言っても、田舎へ帰るのもいい、と。
 それとも……迫り来る殺人鬼への反撃を考えているでしょうか?
 それもまた、いいでしょう。
 私か彼女、どちらかがあの家から消えればいいのですから。
 さて、霧が薄くなってきました。帰るとしましょう。
 幹線道路沿いの、あの家へ。

                      ―了―

 危ない人になってしまった(--;)
 えー、夜霧の所為です(←おい)

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無題
どもども!
夜霧ナイス!!
こんな面白い話になるんだったら、もう少し難題でも大丈夫そうっすよ~♪(笑)
確かに神経質すぎる人との生活は疲れそうだけど、追い出すより出て行った方が早くないっすか?w
猫バカ1番 URL 2009/01/15(Thu)23:55:10 編集
Re:無題
煽らないで下さい(^^;)
でも面白いと言ってくれて有難うございます^^
う~ん、真由さん、家に固執しちゃったんでしょうかね。
巽(たつみ)【2009/01/16 20:50】
ん~
真由さんは、そうする前に引越ししたらよかったんじゃ無いかな~と。
シェアする時に、それの取り決めとかも決めてただろうしさ~

後、みいさんは、どうやって家賃を稼いでるんだろう?ってのが気になったかな。
冬猫 2009/01/16(Fri)00:11:25 編集
Re:ん~
取り決めはあっても実際に暮らしてみたら、思ったのと違う、というのは珍しくないかと。家を出るとなるとまた色々と要りようだし。
因みに美維さんはバイトで稼いでます。折り返して直ぐ「バイトから帰ったばかりの様な云々」と書いてますが?
よく読んでから突っ込まないと……突っ込み返すよ?(^-^)
巽(たつみ)【2009/01/16 20:56】
おぉ~~(>_<)
恐ろしいなぁ・・・
なかなか^^ こう言うの結構好きやけどね!
同居って、難しいよね~ 
ぴぴ 2009/01/16(Fri)12:52:59 編集
Re:おぉ~~(>_<)
気が合う相手と思っても、実際に暮らしてみるとちょっとした性癖が目に付いたりとかね。
真由さん、彼女の病的な迄の神経質がうつってしまった様です。
巽(たつみ)【2009/01/16 20:58】
こんにちは♪
昨夜は読み逃げしちゃった!
ヾ(´▽`;)ゝ ウヘヘ・・・

神経質な人との同居って疲れるだろうねぇ~!
それにしても、これで田舎へ帰ってくれたとして、どうなんだろう?真由さんは?

普通に生活出来るようになれるのかねぇ・・・
クーピー URL 2009/01/16(Fri)13:27:51 編集
Re:こんにちは♪
病的神経質がうつっちゃってますからね~。
一人になったとして……今度は彼女が、居もしない影に怯えるのかも?
巽(たつみ)【2009/01/16 20:59】
ルームシェア
合わないヤツと住んだら
帰りたくないだろうな~w
あ。夫婦も別の意味でのシェアなのかも!(笑)
つきみぃ URL 2009/01/16(Fri)23:45:14 編集
Re:ルームシェア
う~ん、夫婦も確かに共同生活という意味ではシェアかも(^^;)
やはり他人同士が一つの家に暮らすのって、色々難しいものがありますよね~。
巽(たつみ)【2009/01/17 22:06】
え~
こわ~い

自分勝手やな~。
そんなに嫌なら自分が出て行けばすむのにね

他人と暮らすって神経使いそうですよね
なっち URL 2009/01/17(Sat)12:15:05 編集
Re:え~
それ迄の生活も全く違う人と暮らす訳ですからね~。神経使うでしょうな。
然もその相手が神経質な人だと……。
巽(たつみ)【2009/01/17 22:16】
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