『尋問』

　きのうはエルコとして、エントリへ推奨するつもりだった。が、審査は厳しい。
　それできょう彼女が記憶尋問された！

「エルコ――それが貴女のネームで間違いありませんね？」冷静な尋問官の声が、冷たく白い部屋に響く。
　彼女の前にはリクライニング・チェアに身を預けた、催眠状態の、エルコ。
「はい……。間違いありません」ぼんやりと、か細い声で、それでも尋問官の言葉に返答するエルコ。
「現在十歳。女性。母は佐和子。父は啓二。これも間違いありませんね？」
「はい……」
　硬質ガラスの向こうの娘の様子を見ながら、私はスピーカーから届けられる二人の会話に留意していた。

「兄弟姉妹は無し――前に二人居たのね。お気の毒」
　冷たい声に、私は思わず拳を握る。何が「お気の毒」よ！
「その二人と接した記憶はありますか？」
「いえ……。二人はもう居ません」エルコの記憶は過去に遡っている。
　尋問官には催眠術の技術は必須だった。何故なら、深い催眠状態では人は嘘をつけない――とされている。本当の心を暴き出すには、必要だと言うのだ。
　人の心に土足で入る様な真似が。
「では、動物と接した記憶は？」
「犬が居ます」目を瞑った儘、エルコが微笑む。「可愛い子犬。よく懐いてて……呼ぶと駆けて来ます」
「その犬とはいつ迄一緒に居ましたか？」
　エルコの口元が歪んだ。泣くのを堪えている様に。記憶が過去に戻った分、子供の様に感情表現も素直になっているのだろうか。
「その子は居なくなってしまったの……。何処へ行ったかは……解らないです」
「そう。可哀想にね」尋問官は手元の書類を捲る。元々、基本的な情報はそこに記されている。エルコが三歳の頃に子犬が飼われ、五歳の頃に人を噛み、私がそっと処理したと、載っている筈だ。彼女がやっているのはそのデータと、エルコの記憶とのささやかな差異を探す事。
「ご両親にぶたれたりした事は？」
「ありません……」
　ある筈が無いじゃない。そんな記憶――私は心の裡で嘲笑する。
　尋問官はまた、書類に目を通す。既に身体検査は済んでいる。結果は問題無し。栄養状態にも偏りは見られず、極めて健康体。
「仲の良かったお友達は？」
「クラスの皆……」また、笑みが広がる。「皆、優しい……。特に同じクラスのユーコちゃん。また会いたいわ……」
「彼女は一足先にエントリされてるわ」僅かに口元を緩めて、尋問官は言った。「この審査に無事通れば、また直ぐに会えるわよ」
　随分余裕ね、尋問官さん――顔では子供を見守る母の笑みを浮かべ、私は冷たい眼で彼女を見る――そんな事、普通は口外しないんじゃないの？
　いえ、それは私達にとっては良い兆候なのだろう。それだけ、尋問官がエルコを問題視していないという事なのだから。
　この儘、この儘……。私は口元の笑みを必要以上に深めないように注意しながらも、ほくそえむ。
　今度こそ、と。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊　＊　＊
　
　現代では、異常な迄に低年齢化した犯罪者に対応する為に、子供達は十歳で身体的、精神的審査を受け、少しでも犯罪者の素質を有していると判断された者は、戸籍へのエントリさえされず、結婚も、子供を作りその遺伝子を残す事も許されない制度が採択されている。
　審査を無事に通る迄は彼等は一人前の人間としては扱われないのだ。現に、名前すら与えられない。今付いているネームはあくまでも仮称だ。戸籍へエントリされて初めて、正式な名が与えられる。
　今のエルコは只の「Ｌ子」――記号に過ぎない。
　そんな制度が無かった頃に結婚した者は、審査の対象から免除された。私もそうだ。だが、私の前の子供二人は審査を通らなかった。そんな子供達は隔離され、親と言えども会う事も、行方さえも知らされない。
　噂では子供達は精神を破壊され、廃人同様にこの環境の整った街の外を彷徨っているのだと聞く。
　でも――私の子供は最初に生んだケイコ一人。
　精神を壊す事が出来るのなら、救う事も出来る筈と、私は研究を重ねた。幸いなのは私に心理学の知識がある事だ。
　私は秘密裏に、ケイコの精神だけを隔離し、次に生まれた子に受け継がせる事に成功した。でも、その子も失敗し、今はエルコとして……。
　勿論、データとの差異が無い様に、ケイコの精神には記憶を刷り込んである。人間の精神記憶なんて、扱い方さえ知っていれば簡単に白が黒になる。
　子犬が居なくなった事だって、あの子が可愛くなくなったから処理してと言ったのを、人を噛んだからと言えば非難は受けない。
　友達だって、それこそエントリされるに相応しくない子供達に囲まれていたって、例外的にユーコにそんな中に居る事を非難されたって、考え方一つでいい思い出に変えられる。自分の事を想ってくれた、いいオトモダチ。ある意味それは正解かも知れないけれど。
　今度こそ……。私は唇を噛み締めた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊　＊　＊

「はい。では最後に……」尋問官は書類を纏めながら言った。ここ迄は良好の様だ。彼女の表情も柔らかい。
　だから、私も油断していた。
「今の記憶を教えてくれたのは誰ですか？」
「!!」私は思わず硬質ガラスの壁に取り付いた。確かに記憶を刷り込んではある。あの子の記憶はほぼ、エルコのものだ。だが、それは、それを真実と信じているからであって、催眠下で嘘をつけないという条件は覆せない。
「お母さん」躊躇も無く、あの子は言った。
　私の茫然とした視線と、尋問官の勝ち誇る様な視線が交差した。
　彼女は分厚い書類を捲って言った。
「勿論、親の経歴も考慮の内なんですよ。貴女が娘さんの為に造り上げた記憶と記録にはね、癖があるんです。失格者とは触れ合った事の無い、動物好きで、優しい友達にも囲まれた、天使の様な子供――親バカという癖がね」
　結局、エルコは――いえ、私のケイコは人間になり損ねた。
　そして、私も彼女と共に、この街を捨てた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　ＳＦっぽくなった。こんな審査あったら、誰が通るんだ？（苦笑）