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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 カアァァァ! カアァァァ! カアァァァ……!
 濁りを帯びた声を上げながら、黒衣の鳥が館の窓辺で鳴いている。
 それを憂鬱な思いで見上げながら、秀人は強張った両手から、軍手をようやく、外した。目の前のソファには彼が多額の借金を申し入れて断られ、挙げ句に一族の面汚しと罵られた相手――大伯母が両の目を見開いた儘、息絶えていた。
 齢八十としては大柄な、よく背筋の伸びた女性で、それは一族の財を支えてきた自信から来るものの様でもあった。
 だが、こうなってしまっては、只の物言わぬ死体だ――秀人はいつも高圧的だった生前の彼女を思い出し、毒づく。いつも控え目だった祖母に比べ、その姉である大伯母は厳しい目で子供達を見、躾けてきた。
『それなのに貴方の様な子が出るなんて、一族の名折れですよ』わざとらしい程の嘆息が、耳に蘇る。『事業の失敗ならば兎も角、遊びで多額の借金を拵えるなんて……』深い溜め息迄、ありありと脳裏に再生出来た。
 その直後の自分の激昂、殺意、そして凶行迄も。

 軍手をポケットに忍ばせていたのは偶然だった。大伯母の機嫌を取ろうと、由緒あると同時に古さも積み重ねてきたこの館の修繕を引き受け、仕事を終えた所だったのだ。
 ところが彼女はそんな思惑などお見通しで、どうせ金の無心に来たのだろうと、彼を嘲った。それでもその的確ながらも冷たい言葉を甘んじて受け、秀人はお願いだから、と話を切り出した。そうして受けたのが、結局、先の言葉だった。
 彼女が背を向けた時を好機と、秀人は軍手を嵌め、その細い喉を締め上げたのだった。
 軍手を再びポケットに収め、秀人はこれからの事を考えた。
 幸いなのは今日が日曜日で、通いの家政婦も居ない事だった。いや、それは元よりその日を選んで来たのだ。お喋りな彼女の口から、秀人が修繕に来たなどと従兄弟達なぞに知られたら、どうせ無心が目的だろうと直ぐに察せられてしまう。そして哂われるのだ。自分よりちょっと巧くやっているだけの連中に。
 彼は電話の横に態と職業別の電話帳を広げて置いた。修繕の跡は誤魔化せない。だが、大伯母が何処かの業者に頼んだのだと思えば家政婦は疑問に思わないだろう。元々、大伯母に対しては余計な口を利かない女だ――クビになりたくなかったのだろう。
 自分の指紋が残っているのは、正月に親戚一同が集まった時のものだと言えばいい。掃除をしたとしても完全に払拭されていなかったのだろう、と。
 幸い大伯母は季節外れだろうとお構い無しに、この避暑地に別荘として建てた館に居を定めていた。周囲の家――と言っても隣の家迄でもそれなりの距離がある――には人の気配は無い。先ず、無いとは思うが車が目撃されていたとしても、この寒い最中、何時間停まっていたか見張っている者が居る訳も無い。来たが、誰も出なかった、でいい。
 そして彼は迷った挙げ句に再び軍手を嵌め、館を物色し、足の付き難い現金のみを掻き集めた。借金の額には足りないが、まぁいい、と一人頷く。
 死体は明日、いつも通りに出勤した家政婦に発見される事だろう。ソファに横たえ、せめて毛布でも被せようかと思い、考え直す。そういった事をするのはかなりの率で、身内や顔見知りが犯人である場合だと、テレビで言っていたのを思い出して。あくまで、只の物取りに見せ掛けなければ。

 そうして家を出た時、周囲はもう夕陽に染め抜かれていた。
 自らが持ち込んだ道具や、現金を積み込んで、忘れ物が無いかを改めて確認し、車に乗り込み、目立たないようにスモールライトで走り出す。
 林が点在する周囲は陽が翳るのも早い。然して広くもない道を注意しながら、彼はハンドルを切る。
 と、後少しで広い公道に出るといった所だったろうか。
『秀人』
 後部座席からの声に、彼は肝が冷えるのを感じた。それは、大伯母の声で、いつもと同じ高圧的な響きを持っていた。
 空耳だ――そう思いつつも慌ててブレーキを踏み込む。停まったと同時に後ろを振り向くが、当然、そこに大伯母の姿など無い。只、荷物と闇が蟠るばかりだ。
「空耳に決まってるじゃないか」彼は一人ごつと、視線を前に戻した。「罪の意識って奴か? あんな大伯母でも、身内だしな」
 何より、人を殺してしまったのだ。これ迄、少々の面倒は起こしても犯罪になど関わる事無く生きてきた自分が。
 幻聴位聞いても無理は無い。これが、この重みがこれからもずっと続くのかと思うと憂鬱極まりなかったが。それも仕方のない事だろう。
 だが、彼が再び車を走らせ始めると、またもや声がした。
『秀人』と。
 それはとてもはっきりしていて、とても脳が生み出した幻聴とは思えなかった。丸で後部座席に実際に彼女が居て、彼に呼び掛けているかの様な……。
 再びブレーキを踏み込み、完全に停止させる。シート越しに見た後部座席は先程と変わりなく、大伯母の幻影すらも見当たらなかった。
「幽霊……? 真逆……」喉が渇く。大伯母は完全に死んでいた。彼女が何らかの奇跡で生き返り、この車に乗り込んだなどという事はある筈が無い。荷物の積み入れの際、開けっ放しで離れた時間はあるが、それも僅か。第一、彼は最後に、大伯母の死体を見てきたのだ。
 しかし、幽霊などというものがこの世に居るのか? 然もこんな、死んだ直後にもう出て来るものなのか?――勿論、そんな事は知る由も無かったが。
 彼が恐慌に陥り掛けていると、三度、声がした。
『秀人にはつい厳しくしてしまうわ』大伯母の声ながら、幾分和らいだ声音。『心配なのよ。あの子は自分に甘いから――お前に相談しても仕方ないけれどね』
「!?」慌てて全身で振り返った途端、そこに大きな黒い鳥が翼を広げ、立ち上がった。「か、鴉……!?」
 荷物の積み込みの時に乗り込み、座席下の闇に紛れていたのだろうか。黒い瞳で秀人を見詰め、喪服の鳥は一声鳴いた。
 カアァァァ!
「真逆窓辺に居た……」全てを見ていたのかと蒼褪めながら、秀人は鴉に手を伸ばした。だが、嘴の一撃を受けて怯み、慌てて車から飛び出した。そのドアが閉まる前に、鴉も飛び出して来る。
 が、それ以上の攻撃は無く、鴉は飛び去った。宵闇に包まれた館の方角へと。

 暫し茫然とした後に、秀人は鴉が頭のいい動物である事を思い出した。そして意外にも物真似上手だという事も。犬の声、人の声、果ては車の音迄も覚え、真似してしまう、と。
 あれは大伯母に馴れ、いつも彼女の繰り言を聞いていたのだろうか。幾ら頭のいい鳥でも、何度も口の端に上らなければああ迄はっきりとは覚えなかっただろう。
『秀人にはつい厳しくしてしまうわ。心配なのよ。あの子は自分に甘いから』いつもと違う響きの大伯母の声が耳に蘇る。
 彼女は鴉を相手に、いつも自分の心配をしてくれていたのだろうか。元々甘い秀人の事、甘やかしては秀人の為にならないと、敢えて彼の前では厳しい態度を見せながら。
 自分に甘い――そうだ、と秀人は自嘲する。大伯母はよく見ていた――見ていてくれた。
 その大伯母を、自分は殺してしまった。それこそ、自分への甘さから。
 そして今、その事実を闇に葬ろうとしている。やはり自分への甘さからだ。
 あの鴉は、その罪の本当の重大さを、告げに来たのだろうか。
 秀人は車に戻り、ハンドルに凭れて一頻り悔やみの涙を流した後、警察署へと、ハンドルを切った。

                      ―了―

 嫌われ者の鴉さん、実は頭いいんだけどなぁ。人の顔の見分けも付くらしいし。
 そして実は鳥目と言うには暗い中でも眼が見え過ぎ……だから薄暗い早朝から活動してるのね。ゴミ荒らしに……(--;)

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こんばんわ(^o^)丿
秀人氏、やっちまいましたね~。
借金の原因がギャンブルの人って、何度でも同じこと繰り返すんですよねー。そして常に約束を守らない。自分がギャンブルしないから、あの魅力がわからない・・・。胴元に勝てると思ってること自体が理解不能です~。
カラス、頭いいから味方につけるとめっちゃ可愛いペットになるみたいですよね♪顔も可愛いし。
国がカラス対策をしたせいで鳩が増えちゃったみたいで、うちのベランダは鳩対策で忙しいです。
鳩、可愛くない~!!
moon URL 2008/01/20(Sun)22:58:20 編集
Re:こんばんわ(^o^)丿
うん、ギャンブルはやる人の気が、全く解らない(笑)
損して迄客に勝たせる訳無いやんねー(^_^;)
鳩かー。鳩の目も何考えてんのか解らない……鴉は案外真っ黒で円らな目をしてるんだけど♪
鳩、うちのベランダも闊歩しやがります☆
巽(たつみ)【2008/01/20 23:53】
こんばんは
この話、いいですねぇ!すごく読みやすかったです♪

カラスってほんと頭いいんですよね!なんかの小説でも読みました。恐ろしく不気味やったわ。
なっち 2008/01/20(Sun)23:32:52 編集
Re:こんばんは
有難うございます(^^)
鴉、懐けば意外と可愛いかも。頭いいし♪
でも、集団で飛び回ってる鴉はやっぱり不気味かも(--;)
声がね、普段あれだし。
あ。雛の頃から飼って、他の鳥の声ばかり聞かせたら、そっちを覚えるかな?(^^)
巽(たつみ)【2008/01/20 23:57】
島?

私の服喪期間は今月終わりますが、彼は一生裳に服す事でしょうね。

良いおじさんやおばさんが居て、意思の疎通が出来ないばかりに…というのは二回目ですが、烏が車から飛び立つ情景のイメージが有って、何となくこちらの方が好きです。

初め、烏が島に見えてしまって始め意味が解らなかったのは秘密…(笑)
冬猫 2008/01/20(Sun)23:58:29 編集
鳥!
ははは、このネタ多いな(^^;)
鳥(トリ)ですよー。
烏島でも、鳥島でもありませんよー(笑)
巽(たつみ)【2008/01/21 00:18】
カラス、賢いとはいえ大きい。。。
野良猫の赤ちゃんとか襲うしなぁ。あまりイイイメージはないっす。
終わり方が「己を省みる」になっているところが
とっても好きです☆

ギャンブルってのは自分の小遣いの中でやるもんですよ(笑)
今週も勝てなかったなぁ競馬。。。
つきみぃ URL 2008/01/21(Mon)00:15:01 編集
Re:鴉
確かに。猫おちょくったりするしなぁ
なるほど。借金して迄やるもんじゃないですよね(笑)
小遣いの範囲なら趣味と実益~とも言えるけど。
巽(たつみ)【2008/01/21 00:22】
こんばんはー
やはり最後は更生するんですね^^
ちょっと手後れになってますけど・・・・

今でこそ鴉って嫌~なイメージありますけど、
昔は他の動物のほうが恐かっただろうな、
となんとなく思いました。関係ないか^^;
鴉って良く見たら可愛い顔してるんですけどねー
らすねる URL 2008/01/21(Mon)01:06:07 編集
Re:こんばんはー
鴉はあの大きさと声がね^^;
そして頭いいだけに結構大胆に餌を狙います。
昔は野犬が怖かったなぁ。最近見掛けないけど(所による?)
巽(たつみ)【2008/01/21 01:17】
らんあ…
鴉の舞う館……悶えましたようvv巽さん、『女王国』の再読がやっと終わったばかりの私に、今度は『乱鴉』を読めとおっしゃる?(笑)
そしてもひとつ、サイトがあった頃のショートミステリを思い出した…『オウムがえし』
鳥類って、良くも悪くも頭いいですよね。見習いたい記憶力…。
最後に見せた秀人さんの良心に、大伯母様は気付いていたのかもしれないなあ、と思いました。
みけねこ URL 2008/01/21(Mon)01:27:06 編集
Re:らんあ…
烏島へ行きますか?(笑)

トリ頭、と言うけれど実は結構頭のいい鳥もいますよね。
敵に回すと怖いかも……(--;)
巽(たつみ)【2008/01/21 01:34】
こんにちは
巽さんの作品は、表面は厳しいけど、内面は愛情溢れる身内の話がよく出てくるね。
今回は取り返しのつかない話だけどね。

ギャンブルで作った借金の無心のため、罵倒されたからって、憎しみから殺してみたところで、何の解決にもならんのにね。
afool URL 2008/01/21(Mon)13:13:49 編集
Re:こんにちは
解決にならないのにやってしまって、更にそれを誤魔化そうとするのが、彼の甘さ。現実にもあるのが質悪いですな、この手の事件は。
何と無く、鴉使った話が書きたかったの(^^;)
巽(たつみ)【2008/01/21 13:54】
こんにちはっ
カラスは頭いいですよね~田んぼですずめを追い掛け回して遊んでるのをよく見ます><。
大伯母さんの気持ちに気づくのが遅すぎましたね…人の気持ちは言ってくれないと分かりにくいですよねTωT
ふわりぃ URL 2008/01/21(Mon)15:52:40 編集
Re:こんにちはっ
すずめ~(T-T)
口に出して言うと甘ったれに育ちそうだし……とか思ったんでしょうね。大伯母様。
人は難しいもんです(--;)
巽(たつみ)【2008/01/21 17:13】
こんにちは♪
カラスって何となくイメージ悪いんですよね、
以前、ボケ~として歩いていて、つまずいて見事に転んでしまったの!幸いにまわりに人はいなかったけどね、その時!頭上で烏が鳴いてたんだけど!アホ~!アホ~!と聞こえてねぇ~!
思わず(’〆’) ムカー!

おっと話が違うよね!すいません!

最後、本人が自首したのが救いだね!
そもそもギャンブルに血道を上げて!借金をするなんざ!もってのほかだよネ!

それで高圧的態度がどうのなんて100年早いよね!

とは申しましても、人間って、そういう弱さがあるんだろうねぇ・・・・・・
クーピー URL 2008/01/21(Mon)17:55:31 編集
Re:こんにちは♪
パチンコ店や公営ギャンブルの人だかりを見ると……あるんでしょうねぇ。
鴉、やっぱり鳴き声が悪いな(笑)
巽(たつみ)【2008/01/21 18:59】
こんにちわ★
今回の主人公も、救いようがないヤツですね(-_-;)
でも最後は改心する辺り、まだちょっとまし?
お話全般の傾向として、最後にはちょっと救いがある場合が多いので、読んでいてもホッと出来ます♪
モアイネコ 2008/01/21(Mon)18:00:15 編集
Re:こんにちわ★
有難うございます。
ちょっと甘いかな、と思いつつ一応救いっぽいものを入れてみたりします。
救いが無いバージョンだと振り返ったら鴉の嘴が……★
巽(たつみ)【2008/01/21 19:05】
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