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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「東経――、北緯――」彼は計器を読み上げ、船のスピードを落とした。「この辺りだったかな?」
「そう……なの?」周囲を見回してから、くぐもった声を返したのは彼の長年の連れ合い。常ならぬ声に振り返って見れば、すっかり筋の浮いた両の手で、わななく口元を押さえている。
 悲鳴、あるいは泣き声を抑えるかの様に。
「ああ」その事には触れずに、彼は頷いた。彼とて自分一人であれば、叫び出したかも知れなかったから。「本土からの位置関係を考えても……ここだ」
 可能な限り理性を働かせ、船を停止させて錨を下ろす。いつもなら簡単な慣れた動作に、十倍もの時間を費やした気分だった。
 しかし実際には夜明け迄、そして引き潮迄未だ時間があった。
 二十年前、この場から去ったあの日を思い出すだけの充分な時間が。

 船に乗るのはいつもの事だった。
 若い頃の二人は共に海好きで、海岸線の見える家を選んだ程だった。水平線からその姿を拡げつつ昇る朝陽も、白い光を残して沈む月も、美しかった。
 工場勤めだった彼の仕事も順調で、彼女は小ぢんまりとした平屋ながらも、しゃれた風見鶏が海風に回る我が家が大好きだった。
 只少し、この家に問題があるとすれば、街から離れている事。それと満ち潮になるとこの半島の様に突き出した敷地への道が狭まる事――それでも重要な足である車は通れる、と彼等は然程気にしなかった。
 その車が徐々に通り難くなってきた時も、いざとなれば船があるさと、鷹揚に構えていた。
 家の土台が、潮に洗われる様になる迄。
 
 自分達の外の世界に、無関心過ぎたのだ――持ち出せた数少ない宝物、アルバムを見ながら、彼は船に揺られ、夜明けを待った。
 いつしか波に沈み、彼等に忘れられた、亀の様な形が気に入っていた岩。
 激しい暴風雨に尾羽の先が一本へし曲げられた風見鶏。
 珍しいと喜んで撮影したものの、いつしか見慣れた南洋産の色鮮やかな魚達。
 それらの写真の中に、ちゃんと兆候はあったのだ。
 世界各地のニュースだって、人並みに聞いていた筈だ。
 なのに……。

「あなた」いつしか、うとうとしていたのだろう、彼はそっと揺さぶり起こされた。薄目を開けてみれば、周囲が明るくなり始めている。
 老体に出来うる限りの素早さで、彼は彼女共々甲板に出た。
 かつて見たのと同じ風景――雲が徐々に燃え立ち、旭光の到来を先触れする。眩くも温かい光が水平線に静かに滲み、急速に膨れ上がる。
 あの家から何度となく、見とれた光景。
 ああ、なのに……と、わななく彼女の肩を、やはり震える指で彼は抱いた。
 その容赦ない光は、いつしか潮の引いた一帯を彼等の前に顕わにした。
 
 海面から唯一突き出したのは、錆と、海藻やふじつぼに覆われて、もはや風向きを指さなくなった、尾羽の一本曲がった風見鶏だけだった。

                       ―了―


 地球温暖化、これはフィクションですが、ノンフィクションにならない事を願いつつ、書いてみました。(結局普通に語るより、小説に走っちゃう人……汗)
 ニャン吉さ~ん、こんなんでゴメンね。
 
 

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