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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 美園(みその)はアドレス帳を再度見直した。
 筆不精な彼女が、ほぼ年に唯一、葉書を書く時期――年末だった。
 来年の干支は既に印刷されてある。後はちょっとしたコメントと、宛名を書くだけだ。ペンを持つと引き攣れた手の皮膚が僅かに痛んだ。
 その段になって、彼女は去年迄を鑑みて用意した枚数と、アドレス帳に書かれた人数とに隔たりがある事に気付いた。無論、予備を用意してはいるが、それだけにしては多過ぎる……。

「あ、そうか……」五十音順に最後迄見直して、やっと彼女は自分の単純ミスに気が付いた。アドレス帳を変えたのだ。きっと、去年迄使っていた物から書き写す時に、漏れた人が居たのだろう。
 幸い、前のアドレス帳は抽斗(ひきだし)にしまい込んであった。ごちゃごちゃと詰まったその底から、彼女はそれを掘り起こした。
 つくづく自分は整理整頓が苦手だな――抽斗の片付けもしなければと思いつつ、それを後回しにしながら、美園は二冊のアドレス帳を見比べて、違いを書き出してみる事にした。そうでもしなければ、また見逃しそう。自分の粗忽さは自覚していた。

 古いアドレス帳から特に多くもなく、特に少なくもない人数の名前をレポート用紙に書き出してみる。名前だけで懐かしい顔が浮かぶ小学校時代からの古い友達も居れば、仕事上で名刺を交わした程度の知人も居る。親戚、友人、只の人……。書き出してみると、用意した年賀状はちょうどよい数に思えた。やっぱり写し漏れがあったんだわ――彼女はそれと新しいアドレス帳とを見比べた。
 ちゃんと載っている名前にチェックを入れていく。
 その作業が進むと共に、彼女の眉間に皺が寄り始めた。
 予想では漏れているのは只の人――仕事上で知り合った知人で、尚且つこれ以降付き合いが無さそうな部署の人だろうと思っていた。出してもいいけど、向こうも覚えているかどうか、という程度の存在。
 ところが、意外にもそういった人よりも多かったのは旧友や親戚といった身近な人達だった。本来なら写し漏らす筈など無い人達。
「何で……」先程顔を思い出した相手の名前にチェックを付けられない儘、美園はペンを置いた。

 何かあっただろうか。
 そう言えば、何故自分は長年使ったアドレス帳を変えた? 確かに使い込んだ物ではあるけれど、未だ未だ傷みは少ない。それを何故完全に写しもしない儘、抽斗の奥にしまい込んだ?
 何か、あっただろうか……。
 彼女はふと、昨年届いた年賀状の束を思い出した。そうだ、もしかしたら新しいアドレス帳には、あれから書いたのかも。そして偶々御不幸か何かが重なって彼等からの年賀状が無かったのでは? 美園はそれも、抽斗から出し、先程の表にチェックを入れていく。
 やはりそうだ――同じ様に空欄が出来ていく表に、彼女は微苦笑を漏らした。
 が。
「渡辺……」先程の顔の主からの、何故か封書に入った年賀状。それ一枚だけが、一致しなかった。そして文面を見て、美園はそれを取り落とした。

 謹賀新年――と、印刷された文字で、それは始まっていた。
 それ以降はボールペンの、ややぎこちない文字が連なっている。
「君に年賀状や手紙を出すのはこれが最後になると思う。電話をする事も、もう無いだろう。これは、君がした事を思えば、納得して貰えるものと思う。君が、この夏、この故郷で。
 君が会社に長期休暇をとって帰省して来た時から、あの連続放火が始まったよね。君の親戚や同級生、そんな君に縁のある人の家ばかりが狙われている、そんな噂が流れてしまった。
 幸い、放火自体は殆どが小火の内に消し止められ、何人かが火傷したり、家の壁が燃えた、そんな程度だった。
 でも、君はその噂に追い立てられる様に街へと帰り、その後、放火はぴたりと止んだ。
 けれど、僕は見てしまったんだ。帰る直前のあの日、僕の家に火を放つ君を。勿論、誰にも言えない。でも、疑っている人は未だ、居る。被害は小さかったし、長期休暇をとって来たって言う君もどこかおかしかった。何か、訳があったんだろうって、君を訴える事だけはしない心算らしいけれど。僕も。
 だから、君はもう、この故郷に帰って来ない方がいい。
 こんな内容だから、おかしな年賀状だけど、封書で送るよ。
 それじゃあ……さようなら」

 親戚や同級生――昨年、年賀状が来ていなかったのは、大なり小なり放火の被害を受けた人達だったのだ。そして彼等は未だ、美園がその犯人だと思っている。だからこそ、年に一度の挨拶すら寄越しては来なかった。彼を除いて。
「あたしは……」美園は頭を抱えた。確かにあの頃、仕事が巧く行かないストレスから精神のバランスを崩していた。だからこそ、休暇を取ってそのバランスを取り戻そうと帰省した。「そこで……あたしは……?」
 記憶の空白――チェック表に空いた空欄の様に、ぽっかりと何かが抜け落ちている。
 彼女は自らの両手を広げ、見詰める。この手が、身近な人達の家に火を付けたと言うのだろうか。そう言えばこの右手の引き攣りはいつから……。
 はっと、彼女は傍らに積んだ新聞紙を一部、引っ掴んだ。それを束ね、左手に持ち、右手の親指を立てて近付けて……弾かれた様に立ち上がった。
 書く筈の年賀状もその儘に、彼女は旅支度を始めた。
 はっきりさせなければならない事がある。
 最低限の荷物と、渡辺からの年賀状、そして出す予定の年賀状の一枚を鞄に詰め、彼女は部屋を飛び出した。辛うじて間に合った列車に乗り、故郷を目指す。
 席に座ると、膝の上で、何度も両の手を広げ、先程と同じ振り、そして左右逆の振りをしてみる。
「あたしは右利き……ライターで火を付けるのなら、右手に持つ。そして左手に可燃物を……。それならあたしが皮膚が引き攣る様な火傷をするとすれば左の筈」マッチならば軸が短くなれば、それを持った手を火傷する可能性はある。が、小さい頃から家にそれを扱う人が居なかった所為か、彼女はマッチが巧く使えなかった。「でも、誰かが付けるのを手伝う為に、可燃物を持っていたとしたら……」
 彼女は右手を軽く握った。そこに持っていた新聞が燃えたならば、彼女の手は火に炙られ、親指を人差し指で円を描く様に火傷を負う――今見える、皮膚の引き攣れの様に。
 列車の小気味よい音を立ててレールを辿ると同時に、彼女の記憶もはっきりと遡り始めた様だった。

「渡辺」家から出て来たばかりの相手を、美園は運良く捕まえる事が出来た。
「美園、何で……!」驚きと同時に、どこか怒った様な渡辺の表情と声音。「去年、書いただろう? もう戻って来るなって」周囲を憚ってか、小声で嗜める。
「ええ。あんたの為にね」言って、美園は鞄から一枚の葉書を取り出し、右手に握った。そして駅で買い求めたライターを彼に突き付ける。「ね、これで、この葉書に火を付けてくれない? 証拠隠滅も兼ねて」
「……」黙って受け取ると、渡辺は言われた通りにした。
 右手の直ぐ上に、熱を感じながら、美園はその炎にじっと視線を注ぎ、口元に笑みを浮かべた。
「有難う。お陰で完全に思い出せたわ。あたしとあんたが去年の夏、此処でやった事を。あたし、やっぱりどうかしてたのね。あんたの口車に乗った上に、こんな大変な事、忘れていたなんて……」
「な、忘れて……!?」
「そう。忘れてたの。この年賀状を改めて見る迄」火の付いた葉書を捨て、新たに取り出したのは去年の渡辺の年賀状。「驚いた? さっき燃やしたのは来年あんたに届く筈だった分。もう要らないでしょ? 放火犯として、あたしと一緒に警察に行くんだから」
 今や完全に思い出した記憶が、美園を饒舌にさせる。
 初めて、渡辺が放火をしている現場を見た事。その時、渡辺が慌てて火を隠そうとして、利き手に火傷を負い、それ以来字がどこかぎこちなくなった事。
 そして、自らも放火に加わってしまった事。
 渡辺は同級生の家を狙いながらも、巧に美園の親戚の家を標的に組み込む事で、彼女がクローズアップされる様に仕向け、自らはその陰に隠れた。
 その事に気付いた日、美園は渡辺の家に火を放ち、故郷を離れた。
 そしてその過ちに、自ら記憶を封印した事――忘れていたそれらが吹き出す様に、彼女は語った。
「でもそんなの間違ってる。だから……一緒に自首しよう?」美園は最後にそっと手を差し出した。
 渡辺は暗い眼で彼女を睨んだものの、結局は頷いた。彼女の華奢な手ではなく、彼女が予め頼み、近くに隠れて貰っていた濃紺の制服に気圧されて。
「年賀状……書きそびれちゃったな」美園は呟いて、古いアドレス帳を見詰めた。「詫び状が先になりそう……ごめんね、皆」
 故郷の景色を焼き付ける様に、美園は周りを見回してから、古い記憶から足を踏み出した。

                     ―了―
 あああああ! 年賀状書かないと!

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無題
ふむ。ちょっとしたミステリーですね。
良かったですよ。時事ネタですし。

私も、そろそろ年賀状を書かないといけませんな。
たろすけ(すけピン) URL 2007/12/17(Mon)01:10:02 編集
Re:無題
有難うございます。
年賀状と聞くと一気に気忙しくなる気がします
巽(たつみ)【2007/12/17 01:32】
あらまあ…
引き攣れた皮膚と、ぎこちない文字か…。
シンドイ記憶ですね。
それにしても、この前の万華鏡といいこのお話といい、ズルイ男が続いてますね(笑)。
いやいや人のことあれこれ言う前に、私も年賀状~!まだ年賀状自体を見てもいないよ…。
みけねこ 2007/12/17(Mon)01:18:47 編集
Re:あらまあ…
ズルイ男シリーズ(笑)
そんなんいやや(←自分で書いといて)
年賀状ってどうしていつもギリギリになるんでしょうね?(私だけ?)
巽(たつみ)【2007/12/17 01:35】
正月まで後何日だ?
年末が来るのは早いよねー。大掃除もしなきゃ!大変だー!あああ…

変な男パート2…
どっちも嫌だなー
冬猫 2007/12/17(Mon)01:43:04 編集
Re:正月まで後何日だ?
もう残す所半月足らず~☆
郵便局は年賀状の受付も始めたっけ? 気ばかり焦るよ~。
でも寝る
巽(たつみ)【2007/12/17 02:19】
こんばんわ★
最近、活字中毒気味なためか、何度も読み返してしまう、しつこいモアイネコです(((^_^;)
それにしても、この犯人の男の動機はなんなんだろう?
ストレス?
復讐?
気になる~(@_@)
モアイネコ 2007/12/17(Mon)04:26:35 編集
Re:こんばんわ★
何度でもどうぞ(笑)
それは兎も角、動機か……(遠い眼)
ふふふ……何でしょう?(おい)
巽(たつみ)【2007/12/17 14:03】
無題
放火はいけませんね~。
お金には変えられないものまで無くしてしまいますものね。
渡辺氏もずるいけど、親戚やお友達に擁護してもらえない、美園ちゃんも、微妙です。
仕返しに放火するくらいのキャラだから当然かな(・・?
moon URL 2007/12/17(Mon)06:19:06 編集
Re:無題
証拠は無い、でも怪しい。
そんな感じで避けられちゃったのかも?
筆不精なのでそれこそ、年賀状位の付き合いの人とかも居たり。
巽(たつみ)【2007/12/17 14:06】
無題
放火はいかんぜよ~。放火は!!

しかし、どんな動機があったのか、
またどんな口車に乗せられ美園は手を汚してしまったのか、知りたい。

続編期待してます。
なっち 2007/12/17(Mon)08:55:31 編集
Re:無題
何だか前にも放火ネタで続編書いた様な……(^^;)
複数に対してだけに、動機が気になる?

でも、消火器の話とは全く違う話が出来そうだわね。
巽(たつみ)【2007/12/17 14:09】
こんにちは
う~ん、強いショックを受けたわけでもないのに、忘れようとして忘れられる記憶なんだろうかということと、放火の常習犯が、彼女に罪を被せたいからといって、彼女が帰ったのを機に、ぴたっと放火を止められるんだろうか。
その二つがちょっと引っかかったところかな。
afool 2007/12/17(Mon)12:49:13 編集
Re:こんにちは
なるほど~。
確かに常習犯って、なかなか止められないから、常習犯な訳で……。
御園の記憶ももうちょい掘り下げるかにゃ。抽斗の底の如く(笑)
巽(たつみ)【2007/12/17 14:13】
意外な展開でした^^
年賀状・・・書いて下さいよ~
私も、先日早めにプリント済ませたのに・・そのまんまです^^;
クリスマスミステリー♪書いて欲しいなぁ~
ぴぴ 2007/12/17(Mon)12:58:33 編集
Re:意外な展開でした^^
ぴぴさん、可愛いねずみさんを早めにプリントして安心してたら直ぐですよ~年末^^;

クリスマスにミステリー
が、頑張ってみます。聖夜だけに人が死なない方向で☆

巽(たつみ)【2007/12/17 14:19】
こんにちはっ
私も年賀状書かなきゃ…って、
喪中だった…もう出すの遅いですよね;;
どうしよう…。
親戚に「渡辺」が結構いるんですT^Tなぜ!?
ふわりぃ URL 2007/12/17(Mon)16:37:47 編集
Re:こんにちはっ
喪中でしたか……未だ、間に合う、かも?
宛名書きは多分一番〆の作業でしょうし、うちみたいに未だ書いてない所も!(←堂々と言わない!)
渡辺さんは多い姓全国6位かその辺と聞いた事があるので、結構居るかも!? クラスメイトに必ず一人位は居た様な^^;
巽(たつみ)【2007/12/17 17:13】
記憶
記憶を掘り起こすテーマって、いいよね。
このパターン巽さんによくあるけど、そこに興味を引きずっていく効果がある。
事件そのものに、もうチョイ含みがあればなおいいと思うんだけど、余計なことかも知れません。
ぷん URL 2007/12/17(Mon)20:21:25 編集
Re:記憶
記憶は嘘をつく――という話もありますね。
あるいは思い込みから作られた記憶……興味尽きないテーマです。
くくく……。
巽(たつみ)【2007/12/17 21:15】
無題
年賀状はここ数年かいた覚えがないな。
何年か前に従姉妹におくったぐらいだw

お楽しみ抽選の楽しみもないが、
らくだよおおお。

あ、でも、正月ブログ巡りは昔からしてたかな(笑
年賀状ファブィ。
見習猫シンΨ URL 2008/08/26(Tue)19:29:57 編集
Re:無題
年賀状、今からなら充分間に合いますよ、来年分(笑)
是非直筆イラスト入りで!
来年……何年でしたっけ?(←おい)
巽(たつみ)【2008/08/26 22:09】
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