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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 翌日、僕はまたあの商店街に行ってみた。銀色のバルーンを片手に、神社の祭りの帰り道、ぶらりと立ち寄った、そんな風情で。
「親父さん、やっぱり僕の記憶違いだったよ」一頻り客を捌き、一息ついた八百屋に、僕はにこやかに言った。「隣には店なんて無かった」
 親父は一瞬、呆けた様な顔をした。が、ややあって我に返り、拙い笑みを浮かべる。
「あ、ああ、そうだろ? 俺等はここで何十年も店をやってるんだ。間違いねぇよ」
「うん――隣にあったのは、催し物用のテントで……よくこんな風船とか、配りに来るおじさん、居たよね? 今年は来てないみたいだけど、どうしたのかな?」
 笑顔を崩さずに言った僕の言葉に、八百屋の返答は暫し無かった。幽霊にでも遭遇したかの様な形相で、小さな眼は僕の顔と、夕日に染まったバルーンとを行き来している。

 よく体育祭の本部に使われる様なテント。元は白かった筈が、長年殆ど張りっぱなしになっていた所為か支柱の錆色や埃の色が染み付いたテント。それがこの間迄この場所を占拠していたのだ。商店街の簡単な寄り合い用、そして催し物の為に設えられていたらしい。なのに今回の祭りを前に撤去され、立て直されもせず、そして風船を配る店も無いのは?
「だ、誰の事だい? 俺は知らないな」八百屋は他の客を探した。僕との話を打ち切りたがっているのは明らかだ。「元から何も無かったんだし、人なんて……」
「え? また僕の記憶違いかな? 本当に誰も?」
「あ、ああ……」
「……追い出したんじゃ、ないよね?」僕は声のトーンを一段、落とした。
「ば、馬鹿言っちゃいけないよ。居たとして、何でそんな事をしなきゃならないんだよ」
「彼が、駅前のスーパーの火事の原因だから……っていうのはどう?」
「な……言うに事欠いて、何を……!」八百屋の眉が吊り上がる。「あれは原因不明の事故で……死傷者も出てるんだぜ? 冗談にしちゃ質が悪いよ!」
「でも、そう思ったんでしょ?」僕は取り合わない。「そしておじさんを締め上げた」
「…………」八百屋の焦点の合わない眼が、僕の持つバルーンに固定された。勿論、本当に彼が見ているのはこれではないけれど。
「あの火事の時、風船屋のおじさんはこの商店街の不況の原因となったスーパーに、腹いせがてら、ちょっとした悪戯を仕掛けようとしていたんじゃないですか? 幸い、おじさんの所にはこいつに使う様なガスが一杯ある。無色無臭のガスがね。それを館内に流して、ちょいとお客を驚かそうと思った。他愛の無い悪戯ですよね。いい歳をして」僕は肩を竦めた。「ところがスーパーが火事になり……親父さんは彼を疑い、問い詰めた」
 答えは無い。親父は――いつしか宵闇に染まり始めた――バルーンを見続けている。
「あのスーパーが無ければ……っていうのは、この商店街の殆どの人が思っている事だったんじゃないかな?」その言葉にはびくり、と腕を引き攣らせた。「移転してくれれば、倒産してくれれば、いっそ――火事にでもなってくれれば。そう思った事、無い?」
「そんな……大それた事……」渇いた声がどうにか喉から押し出される。
「思ってたよね」僕は断言した。「だから実際にそうなった時、親父さん達は恐れた。自分達の所為じゃあないかと。自分達がそう望んだから、あるいは……誰かが思い余って実行に移したんじゃあないかと。そして、火災にガスが関係しているという報道で、おじさんに思い当たったんだ。彼なら大量のガスを用意出来る、実行出来るって」
 催し物の時にやって来る彼を、どこかしら余所者と彼等は感じていたのではないか?だからこそ、無実を信じる事は出来なかったし、事後共犯者として庇い立てする事は恐ろしかった。
「そうして親父さんは――多分親父さんだけじゃないだろうけど――おじさんを問い詰め、それでも認めなかったおじさんを商店街から追放した」

 バルーンが闇に染まる頃、八百屋は上半身ごと、頷いた。
 そっと僕を見上げた顔には、色んな「何故?」が書いてある。
「無かった、なんて言うからだよ」僕は苦笑した。「痕跡があるのに無かったなんてさ、隠したい事がありますって言ってる様なものだよ。それに、売り出しで飾り付けてるっていうのに……」僕は周囲を見回して苦笑を深める。「この商店街には、風船は一個も無いんだね。子供に配るなら、喧しい笛より風船だと思うんだけど」
 八百屋は初めてそれに気付いたかの様に、辺りを見回した。商店街の皆が、無意識に避けていたのだろう。
 そうだ、呆然とした儘の親父さんにこれだけは言っておこうか。
「風船屋のおじさんは確かにガスを撒いたかも知れないね。でも、こういったバルーンに入っているのは、普通、ヘリウムガス。声は変になるかも知れないけど、酸素とは反応しないんだよ――詰まり、燃えないんだ」
 はっと、鋭い息を呑む気配。
 しかし、僕は商店街の自治にどうこう言う権利も、これ以上の興味も無い。冤罪を知った親父さん達がどうするかは、彼等の問題だ。
 僕は思い出せないのがすっきりしなかっただけなのだから――清々した僕は踵を返した。

 焼けたスーパーにも、もう興味は無い。生鮮食料品が主だったから、自炊をしない僕にはさして用事も無かったし。
 僕はすっと、バルーンの紐から手を放した。
 闇色のバルーンは僅かに光を反射しながら、上って行く――空気よりずっと軽い水素ガスを注意深く充填しただけあって、僕の風船は直ぐに、闇に溶けた。

                      ―了―

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