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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 暗い回廊を辿り、更には暗く狭い階段を上った先には、この館の規模からすれば余りにも小ぢんまりとした六畳程の日本間が、異様な黒い襖の向こうにあった。
 館を建てた先代の当主は洋風好みで、この館もその趣味に合わせて造られているのだが、この部屋だけが、妙に浮いている。そもそも何故この部屋はこんなに孤立しているのだろう? 幾度も曲がる回廊を通った所為で今一つ定かではないが、この部屋の近くに居住空間は、多分無い。住人達の部屋があるのは二階。そこから出て階段を上ったのだから少なくとも此処は三階――階段に僅かながら傾斜を感じたから、あるいはそれよりも……?
 丸で館内の離れだ。先代当主は此処で何を考えていたのだろう?
 ともあれ、僕が此処に来たのは彼の思考に思いを馳せる為ではない。
「絵里子……何処に居るんだ?」僕はそっと、呼び掛けていた。

 絵里子は件の当主の孫娘だった。学内のサークルで知り合い、意気投合したのだが……その彼女が突然、大学にもサークルにも出て来なくなった。病気か怪我でもしているのではと心配して電話を掛けても、彼女の母親のどこかおどおどした、曖昧な返答が返ってくるのみ。体調を崩しているけれど、心配される程ではない――思い切り矛盾しているではないか。
 心配してくれるのは有難いけれど、関わって欲しくない――そんな気配を、僕は電話の向こうに感じた。
 だから、思い悩んだ末にこうして来てしまったのだ。
 もしも絵里子が何らかの傷病の所為で人前に姿を現したくない、話もしたくないと言うのであれば、無理は通さず帰る心算だった。
 だが、実は彼女が突然姿を消したのだという事を、館を訪ねた僕は知らされたのだった。

「何故……? 家出、ですか?」母親の顔色を窺いながらも、僕は質した。しかし、彼女が大学に来なくなる前日も僕達は会っていて、普段と何ら変わりなかったと、僕は記憶している。
「それが……」母親は視線を落とし、迷った末に思い余った様子で言った。「この館の中で、居なくなった様なんです」
「館の中って……」僕は茫然と、表門から一望したこの館の外観を脳裏に浮かべた。アシンメトリーの洋館。ゴシック風の飾り付けのなされた玄関や、窓。東翼から伸び上がった塔。確かにこれだけの広さがあれば、隠れ場所にも事欠かなさそうだが、彼女がそんな子供地味た真似をするとは思えなかった。「どういう事ですか? 何か事故で……?」
「解りません」彼女は頭を振った。「朝、いつ迄も起きて来ないので様子を見に行ったら、部屋に居なくて……。でも、館の鍵は全て中から施錠されていましたし、防犯用のセンサーにも何の異常もありませんでした。門番も、誰も来なかったし、出ていないと……」
 表門傍に建てられた小屋を思い出す。実直そうな門番が一人居て、僕の面会要求を取り次いでくれたっけ。話によれば小屋は交代制で必ず一人は常駐し、出入りをチェックしていると言う。それが例え早朝であったとしても、見逃す様な事は無いそうだ。
「けど、館内で行方不明なんて……」僕は溜め息をついた。「全て、探されたんですよね?」
 勿論、と彼女は頷いた。
「只……あの部屋だけは……」
「あの部屋?」
「うちの先代の当主――詰まりは義父が、やはり姿を消しておりまして、その部屋が怪しいのではないかと……」
「隠れられる場所がありそう、という事ですか?」
「いえ、部屋自体は六畳程の、家具も殆ど無い部屋なんです。けれど……こんな事を言うと笑われるかも知れませんが、私はあの部屋が怖いんです」
「怖い?」僕は訊き返していた。「それは……詰まり、何か超常現象が起きるとか、そういう意味で……ですか?」
 迷った末に、こくりと彼女は頷いた。かと言って、物音がするとか、幽霊を見たとかいう事ではないそうだが。
「その、先代もやはり出た形跡も無いのに、居なくなっていたんですか?」
「はい。やはり朝食の時間になっても起きて来られないので、声を掛けに行きましたら……。当時、義父はもう脚を傷めておりまして、杖無しでは歩けなかったのです。歩く時にはその杖を床に突く音が、かつん、かつんと響いていたので、静かな夜に義父が歩いていれば直ぐに解った筈なのですが……」
「……」僕は考え込んでしまった。人が消える? そんな事があるもんだろうか? しかし母親が嘘をついている様には見えないし、何らかの理由で絵里子に会わせたくないのだとしても、嘘ならもっと上手な言い訳があるだろう。
 結局、その部屋を見せて貰えないだろうかと、僕は口にしていた。

 アシンメトリーに突き出した塔。どうやらそこがこの部屋に当たるらしい。部屋に一つだけある、小さな窓から外を見回して、僕は判断した。
 真っ黒な襖は異様だったが、中は意外とシンプルな日本間。主が居なくなってから掃除はされている様だが、取り替えはされていないらしい古畳。片隅に置かれた文机。入って右手には押入れの、やはり黒い襖。先代の物は処分されたのか、押入れに収納されているのか、目立つのはそれ位だ。
 手掛かりを求めて文机を当たってみたものの、古い書付があるばかり。それも職業上の覚え書きの様で、何の手掛かりにもならなかった。
 僕は溜め息をついて、どこかそれ迄無意識の内に忌避していた、押入れの襖に手を掛けた。

 黒い、空間。
 それが僕の目の前に広がっていた。
 暗いのではない。暗さならば小さいとは言え窓から差し込む陽で幾らかは薄れるだろう。だが、そこに広がるのは只の、黒。壁や天井が何処にあるのか、それすらも判らない。
 あり得ない――僕の本能は引き返すように言っていた。此処は設計上の悪戯で造られた空間ではない。人が造り出せる空間ではない、と。
 もしかしたら先代や絵里子はこの空間に消えたのかも知れない。いや、館から出ずに姿を消したと言うのが事実なら、此処しかない、そう思えた。
 だとすれば此処を探るのは危険なのではないか? あるいはこの僕も此処から失踪する事に……。
 両親や友人達、部屋で待つこれ迄僕を囲んできた物――そんな身近なものが頭を掠める。もし急に僕が居なくなったら、彼等はどうするだろう? 心配し、泣いて探してくれるだろうか。失踪する様な悩みでもあったのなら何故相談してくれなかったかと、勝手な想像をして怒るだろうか。そして、事実を探ろうとするだろうか――今の僕の様に。
 そのどれも、皆には背負わせたくなかった――だが、僕は見えない床に足を踏み入れた。
 そこに並んだ顔の中に、絵里子が居なかったから。

 足が意外にもしっかりした感触を捉えた途端――周りを囲んでいた圧倒的な黒が、忽然と消え失せた。
「え?」思わず間の抜けた声が漏れる。そして瞬きする視界の中に浮かんできたのは暗いながらも整頓された押入れの中。そして――「絵里子!」
 上下に二分された押入れの下段に、縮こまった子供の様な絵里子の姿。見た所怪我をしている様子もなく、眠っている様だった。僕は慌てて彼女の肩に手を掛ける。
 幾度か名前を呼びつつ揺すると、彼女は目を覚ました。
「あれ? 私、何でこんな所に?」
「それは僕が訊く事だろう」
 僕は彼女が行方不明になって皆が心配している事、そしてこの不気味な押入れの事などを話して聞かせた。
「ええと……私は只、押入れにしまってある筈のお祖父ちゃんの本を借りようと思って、あの晩、此処に来たのよ。そうして押入れを開けて……駄目、後は覚えてないわ」
 やはりこの押入れに何かがあるのだろうか。だとしても、僕達がどうにか出来るものでもなさそうだ。
 試しにやはりこの部屋で失踪したらしい先代の姿を、押入れの中に探したものの、その姿は何処にもありはしなかった。只、何故か片隅に帯が結わえられた儘の着物が一着、くたりと落ちていた。丸で中の人だけが居なくなった様な……。真逆、長い間あの黒い空間に居ると……?
 僕は既に充分怯えている絵里子にはそれを告げず、二人で部屋を後にした。
 黒い襖は二度と開けない事――それだけを互いに約束して。

                      ―了―

 ん~、長くなった。
 そしてイマイチ、取り留めないな(--;)

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こんばんは
小野不由美の
くらのかみを思い出しましたよ。
↑これは座敷童っぽいから内容は全然違うんだけど
雰囲気が…
私は好きなだな〜(^^)

とにかく、無事でよかったね♪
つきみぃ URL 2009/03/22(Sun)00:17:51 編集
Re:こんばんは
押入れとか納戸って、何かありそうで……♪
巽(たつみ)【2009/03/22 21:29】
こんにちは
心底心配してくれる人が居るのか試す部屋なのかな?
だとしたら、先代可哀想。
あっ、でも、館を建てたのは先代か?
私は、勿論、失踪組に入るな。(-_-;)
afool URL 2009/03/22(Sun)14:02:19 編集
Re:こんにちは
先代~(^^;)
自分で建てた館に消えた先代――あるいは消えたかったのかもね。
え~? のりこちゃんが心配するよ?(←猫かい)
巽(たつみ)【2009/03/22 21:32】
こんにちは♪
無事で良かったねぇ~!
でも先代は気の毒だね、
ん?先代は望んで消えたのかな?

他者を思いやる気持があるか否かが
分かれ道だったのかなぁ・・・・

クーピー URL 2009/03/22(Sun)15:55:49 編集
Re:こんにちは♪
先代~(T-T)
普通、こんな怪しい空間、脚踏み入れませんよねぇ。
巽(たつみ)【2009/03/22 21:34】
こんばんは
んー黒い襖は何だったんだろーか?

私、一つ気付いたんだけど、貧乏人は怪異から遠い。
所謂金持ちの方が怪異に巻き込まれる率が高いよね。下手に部屋数が多い建物を建てたりしたらいけません。第一、掃除が大変だ~
貧乏で良かった(笑)
冬猫 2009/03/22(Sun)20:19:40 編集
Re:こんばんは
おお! 大発見!
ならば私も安全だ!(笑)
そう言えば怪異もミステリーも大きな館がよく似合う。
巽(たつみ)【2009/03/22 21:37】
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