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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 商店街の一角に並ぶ小さな店――だった場所。
 今では看板の色も剥げ落ち、前に張り出していた庇(ひさし)もぼろぼろ。元より煉瓦風の壁に小さく開いただけだった窓はすっかり年月に曇ってしまっている。以前は壁に綺麗な模様を描いていた蔦は、最早それを埋め尽くさんばかりだ。
 木枠に硝子の嵌まったドアさえも、中を透かし見るのは困難な様相だった。
 況してや客も引け、街灯が冷たく点るだけの夜の事、硝子は曇った鏡と化して、男の姿を鈍く、映していた。
 その手にあるのはやはり年代を感じさせる、真鍮製の鍵。
 もう手放したその鍵を、青いリボンの少女から受け取ったのは三日前。
 逡巡した挙げ句、男は今、此処に立っている。
 そして意を決して、鍵を差し込んだ。

 電気が切られて久しい店内に、街灯の明かりが入ったのは何年振りの事だろう――男はポケットから取り出した、ごく小さな懐中電灯を点け、ドアを閉じた。
 小さな明かりの輪の中に浮かび上がるのは無数の人形。冷たく乾いた瞳が明かりを跳ね返している。いずれも着飾ってはいるが、全てが古び、衣服に穴が開いているものも少なくない。中には鼠にでも齧られたのか、指や鼻が欠けているものさえある。男は済まなさそうに、一体一体、それらを眺め渡した。
 男の記憶にある儘に、棚はドアや窓等の開口部以外を覆い、そこから身を乗り出さんばかりに、人形が溢れている。夜中に訪ねるには、余りに不気味な場所だった。
 しかし、男は前にも一度、こんな時間にこの店を訪れた事があった。

 当時、少年だった彼に、この店の人形達は余りに高価だった。特に、唯一窓際に外に向けて飾られていたビスク・ドールは、彼が幾らバイトを掛け持ちしようとも、到底、手の届く金額ではないと思われた。
 白い顔にうっすらと紅を差したその人形は、硝子とは思えない程美しく澄んだ瞳で、窓外を眺めていた。栗色の緩いウェーブを描く髪と、そのグリーンの瞳が印象的。深い紺色の衣装を身に纏い、同色を基調とした帽子を被っていた。革靴迄も精緻に造られた、それは芸術品で、自らそれを誇るかの様に、薄く微笑んでいた。
 とは言え、彼がそれを欲したのは、金の為でもなく、研究の為だった。
 彼自身もまた、そんな人形を作りたいと夢見ていたから。
 工房に頼み込んで通い、人形造りの真似事をしてはいても、一向に、あれ程の生気を感じさせる人形は造れない。確かに腕は上がっているし、習作としては良い出来だと、工房の主にも褒められていた。だが、そんな工房主の人形でさえ、彼はあれには敵わないと思っていた。
 一体どんな人が、どうやって造り得たのだろう――そればかりを考えながら、商店街を行き来する事もしばしば。その姿を眼に焼き付け、同じ様に造っている心算でも何かが違う。土が違うのか、造作が違うのか、焼成の過程が違うのか……どれだけ根を詰めて、幾度も幾度も挑戦してみても、あの人形の様なものは出来なかった。
 何処が違うのか解らない。
 模造品と言っていい程に、顔の造りを同じに造ってみた事もあった。服も可能な限り似た素材を取り寄せ、飾り付けてもみた。しかし、それはあの人形にはならず、彼はその差に苛立ち、思わず出来上がった人形を床に叩き付けた。
 そして彼は、やはりあの人形を手元に置いて研究したいと欲したのだった。

 店主の隙を見て粘土で店の鍵の型を取り、それを元に合鍵を作り出した。人形の飾りの部品迄も自らの手で、と人形造りのみならず、あちらこちらの工房を渡り歩いた成果がそれだったのは皮肉と言うべきか。
 そして二十年以上も前のあの夜、この店に侵入し、遂にあの人形を手に取った。懐中電灯の明かりに妖しく浮かび上がるそれを、彼はもう手放すまいと思った。だから合鍵は足が付かないように遠くの街に、速やかに捨てた。
 ところが三日前、彼の工房に現れた少女は、無邪気にその鍵を差し出したのだった――人形の飾りに如何? と笑って。
 少女は十歳になるかならないか、あの事件を知る筈も無い。そう思ってはいても、彼の心臓は跳ね上がった。急拵えとは言え、自分の手で作ったもの。見間違い様も無く、それは罪の鍵。彼はそれを受け取りながらも、過去の罪を暴かれた様な気分で茫然としていた。その間に、少女は姿を消していた。
 あの少女は誰だったのだろう? 真逆、この店の縁(ゆかり)の人間ではないと思うが――男はあの人形が飾られていた窓際を見遣って思案に暮れた。この店はあれから直ぐに締められた。あの人形はここの店主にとっても、特別な人形だったらしいと知ったのは随分経ってからの事だった。
 その頃には彼は一端の人形作家になっていたが、あの人形に及ぶものは、未だ造れないでいた。どれ程似せようとも、手元にある素材から同じ物を揃え、丹念に造り上げようとも。そして彼はあの人形を店主に返す事も出来ない儘、先日、その店主が死んだと風の噂で知った。この店を遺して。
 そんな時に現れた少女。果たして偶然だろうか――そんな迷いを抱きながらも、男は店を訪れた。店主には最早詫び様も無いと言うのに。

「何故なんだろう?」暗い店内で、彼は一人呟いた。「何故、あの人形は……いや、それ以上のものは造れないんだろう? 私には」
 人型をしながらも物言わぬ人形の只中で、彼は自嘲的な笑みを浮かべる。
 あれだけではない。この中のどれにも、自らの人形は劣る様な気がした。今では高級な材料をふんだんに使い、それなりの評価と、値も付いていると言うのに。
「何故なんだ?」再度呟いても、人形達は答えてはくれない。「何故……」
 人形に取り付かれた男はその儘、埃の積もった床に膝を突き、翌朝店の整理の為に訪れた店主の係累に発見され、不法侵入者として警察に身柄を渡される事となった。

「御苦労様」床に落ちていた鍵を拾い、埃を落として鍵束に繋ぎながら、少女は言った。外では男が警察車両に乗せられようとしており、店ではこれから調べが行われる、そんな空白の時間に彼女は居た。
 そして彼女は自らの上半身程もある人形を、空いていた窓際の席に乗せた。どこか彼女に似た栗色のウェーブを描く髪を持つ人形。埃だらけの店内で、その人形だけが微かな光に照らされて浮かび上がる。
「じゃ、送り届けたわよ」少女は誰にともなくそう言って、店の奥への扉に向かった。やはり長く施錠された儘の扉に、胸元から取り出した金色の鍵を挿す。そして、何処へともなく姿を消す――たった一言を残して。
「人形を只の物だと思っている人にそれ以上の者が造れる筈が無いじゃない」
 微かな笑い声だけが、店内に木霊した。

                     ―了―

 や、別に人形好きな訳じゃないんですけど(--;)
 困った時の人形話?(笑)

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ありゃりゃ
前に私が書いた事を気にしてますね?ゴメンよー

店主はさぞかし気落ちしたんだろうな…って事が埃を被った店内や人形達の様子から伺えました。
ぼちぼちしときますね。
☆お願い☆況…に振り仮名ふって下さいませ。【いわんや】って読み方しか知らないんだよー頼みます。
冬猫 2008/02/25(Mon)23:43:56 編集
Re:ありゃりゃ
況してや→「ましてや」だよー☆
振り仮名、上に振れるといいんだけどな~(--;)
あんまり( )だらけになっても読み難いし☆
人形は特に好きな訳でもないけど妖しげで使い易いから好き♪(どっちやねん)
巽(たつみ)【2008/02/26 01:07】
こんばんわー
グラスアイってなんであんなに綺麗なんでしょうね?不思議ー。
やっぱりモノ作りの何たるかは愛情ですよね!
愛着が湧かないようなモノはそれまでですよ。
周りが認めたとしても・・・というのはネガティブですかね^^;
まぁ、納得行く持ち主を探せばいいんですが。
らすねる URL 2008/02/26(Tue)00:24:42 編集
Re:こんばんわー
やっぱりもの造りに愛情は大事よねー☆
何と言うか、温かみがね、違うよね。
何より造った本人が納得行かないかも。
巽(たつみ)【2008/02/26 01:10】
またまたこんばんはっ♪
気持ちの持ち方次第で人形の出来って
違ってくるんでしょうね。
巽さんもお話を書くときは
魂込めてるのでしょうね~!^^
ふわりぃ 2008/02/26(Tue)00:47:15 編集
Re:またまたこんばんはっ♪
そうそう、えいっ! と気合入れて(笑)
でもお人形の、余りに魂籠もったものは……怖いかも?^^;
巽(たつみ)【2008/02/26 01:15】
お人形かあ
ミステリ・フロンティアに人形作家のパパさんが主役の作品と、ビスク・ドールにまつわる短編の入った作品があったのを思い出しました。巽さんは読まはった?
お人形は書き手さんによって、温かくもなるしヒヤリと冷たくもなるし。不思議ですね。
みけねこ URL 2008/02/26(Tue)01:56:27 編集
Re:お人形かあ
最近、好きな作家さん以外のは殆ど文庫待ちだからな(^_^;)
未だ読んでないです~。
お人形は人型なだけに、色々思いも籠もる様で……。
巽(たつみ)【2008/02/26 15:17】
無題
こんばんわ(^o^)丿
芸術家に「完成」って言葉はないのでしょうね。
職業芸術家なら完成品を量産できるんだろうけど。
ここまで思いつめる男性、結構好きかも。
泥棒は良くないけど、そういうモノ(お人形さん・失礼!)づくりの執念って、ちょっと素敵。
moon URL 2008/02/26(Tue)05:00:52 編集
Re:無題
職人気質と言うか、何と言うか(^^;)
小物迄拘る情熱はあるんだけど行き過ぎちゃった人……みたいな。
真剣なのは真剣なの♪
巽(たつみ)【2008/02/26 15:20】
そう言う事かぁ~
困った時の人形話^^ んで、ありすちゃんも登場な訳ね。
物を創る人には、その人の思いや感情って現れると思う。
芸術は偉大なり~(*^_^*)
ぴぴ 2008/02/26(Tue)12:48:00 編集
Re:そう言う事かぁ~
人形は怖いって人も居るんだけどね~(笑)
モチーフとしては使い易いの^^
今回は人形そのものより、造る人の話だけど。
巽(たつみ)【2008/02/26 15:21】
こんにちは
最後の一言に 自ら気付く事ができたら
納得のいく人形が作れたのにね~。
おバカさんですね~。
なっち 2008/02/26(Tue)12:56:18 編集
Re:こんにちは
素材とか製法とか、そっちにばかり気が行っちゃってるのよね☆
同じ様に造れば同じ様には出来るかも知れないけど、それは只の造作の話。
全く同じものなんて、造った人にも出来ないと思うけどね
巽(たつみ)【2008/02/26 15:28】
こんにちは♪
ビスク・ドールなんて聞くと、思わず鑑定団を連想してしまうなぁ!(笑)

あまりにも精巧に作られた人形って気味悪いよね、作り手の念がこもっていそうで・・・・・

どうも人形は苦手だなぁ!考えすぎかな?
クーピー URL 2008/02/26(Tue)14:03:42 編集
Re:こんにちは♪
やっぱり人形――特に年代物のアンティーク・ドールって、何か籠もってそうですよね!(^^;)
造り手の念だったり、可愛がっていた人の念だったり……。
鑑定団……立派そうに見えた絵皿が何千円だったり、落書き? と思った絵が何百万円だったり……目利きではない私にはある意味ミステリーな世界ですね(^^;)
巽(たつみ)【2008/02/26 15:34】
こんばんわ★
お人形でも、怖くないお話でほっとしました(^_^;)
捕まった人形職人さんは、お人形を盗んだことを自供するのかな?
なんで朝までお店にいたんでしょうね?
モアイネコ 2008/02/26(Tue)23:02:41 編集
Re:こんばんわ★
ある意味理想の人形を造れない自分に失望してもいたので……。
取り付かれちゃったんでしょうねぇ、色んな意味で。お人形に。
巽(たつみ)【2008/02/26 23:54】
無題
どもども!
人形って人を真似て作ったものだから、作者の念が入ると生きてるみたいに見えるのかも!!!
想像しただけで怖くなるから、今日のところは思考回路をストップさせなくてはw
猫バカ1番 URL 2008/02/26(Tue)23:30:02 編集
Re:無題
思考ストップですか(笑)
猫バカ1番さん宅にはそんなお人形は……あれだけ猫さん居たら、迂闊に飾れないか(^^;)
巽(たつみ)【2008/02/26 23:56】
無題
最後のあたり、まさか、人形の中に人間がと思ってどきどきしたよ。
フーッ……。

ありすはこの店の奥が住まいですか?
銀河系一朗 URL 2008/02/27(Wed)00:06:01 編集
Re:無題
住所不定です(笑)
見た目人形っぽくても、ありすは人形ではない……筈(^^;)
巽(たつみ)【2008/02/27 00:27】
こんにちは
良い物が創れる人にとっては、二束三文の素材でも良い物が創れるんだろうなぁ。
金をかけりゃ良いってもんじゃないんだよね。
きっと人形を作り始めた無名の頃には持っていただろう、純粋な情熱が何時の間にか何処かへ消えてしまったんだね。
afool URL 2008/02/28(Thu)15:52:09 編集
Re:こんにちは
そうだねー。兎に角高級な物を使えば、同じ様に造れば、とそれしか考えてなかったんだろうねー。この人形作家。
巽(たつみ)【2008/02/28 20:01】
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