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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「嫌よ。あたし、此処を出ないからね!」月明かりに照らされた庭園の一画。未だ小さな女の子の声が響いた。「此処で待ってるんだから! 放って置いて!」
 彼女の前に佇むのは茶色い髪に青いリボン、青い服のよく似合う十歳ばかりの少女だった。女の子から見れば三歳程上といった所だろうか。困った様な微苦笑を浮かべ、手には一本の鍵を持っている。
 辺りで他に動くものはと言えば風に吹かれてざわざわと音を立てる木々のみ。庭園中央の噴水の水も止まり、漣(さざなみ)さえも立たない。怪獣の様な木々が揺れ、葉擦れの唸りを上げる度、女の子はびくりと身を震わせた。それでいて、彼女は頑として鍵を受け取らなかった。この庭園から出る門の鍵を。

「いつ迄待ってる心算?」少女が小首を傾げて訊いた。
「迎えに来る迄よ!」当然の事とばかりに女の子は答えた。「ママが迎えに来る迄。それ迄ずーっと待ってるんだから!」
「待ってて来ないんだから、自分から行こうと思わないの?」鍵を揺らしながら、少女は笑う。
「嫌よ!」女の子はその提案に反駁した。「ママが勝手に行っちゃったんだから! ママが迎えに来なきゃいけないの!」
「そのママが来られないって言っても?」
「どうして来られないの? 鍵が無いから入れないの? だったらその鍵をママに上げてよ!」
「それは出来ないわ」少女は頭を振った。「これはそのママから預かったんだもの。貴女に渡す為に」
「ママから? どうしてママは自分で来ないの? 来てくれないの?」女の子の顔が泣き出しそうに歪んだ。「来てくれたら……一緒に行くのに……」
 その潤んだ視界の中に、あの日の陽光溢れる庭園が蘇った。

 丁寧に動物の形に造形された庭木。涼しげに水を噴き上げる噴水。小道の脇には可愛らしい花が咲き、母はよくそれらの名前を教えてくれたものだった。
 だがあの日、両親の様子は明らかにいつもと違い――あるいはそれ迄隠していたズレを隠そうともしなくなり――他人以上に余所余所しく、幼い彼女を不安にさせた。
 小さな彼女に詳しい理由は説明されなかった。只解ったのは、母がこの家を出て行き、女の子自身は経済力のある父親の元、この家に残るという事だけだった。詰まりは母が居なくなる……。父は嫌いではないが、仕事が忙しいといつも一緒に居られない。何より、母の代わりには誰もなれない。
 泣きながら、彼女は母を追おうとしたが、地に足を取られて転んだ所を父に抱き上げられ、後は只、母を呼ぶだけだった。
 ママと一緒に行く!――その叫びは父の一言に掻き消された。
 一緒には行けないんだよ――娘を泣かせる辛さとどうしようもない苦渋、そして苛立ちの混じった声で。

「一緒には行けないんだって」その一言に、彼女ははっと目の前の少女に意識を戻した。
「……どうして?」少女を上目遣いに睨み、彼女は訊く。「どうして一緒に行けないの?」
「それはね」屈み込み、きつい視線を涼しげに受け流して少女は言う。「行く先が違うから」
「え……?」途端、再び彼女の視界が昼に飛ばされた。
 
 あの日以来、彼女はこの庭で母を待ち続けた。いつかきっと迎えに来てくれる、と。父は嫌いではない。だけど母が居ないと、この広い庭園も家も、只寂しいだけ。だから待ち続けた。
 だがそれからどれ程経ったのか――ある夕方、父は黒い服を着て、車を用意するから学校の制服を着て来るようにと遽しく告げた。登校する時以外で制服に袖を通したのはそれが初めてで、最後だった。車が向かったのは狭い路地が入り組んだ住宅街で、白地に墨黒鮮やかな提灯の灯る家の前で、静かに停車した。
 それからの事は丸で悪夢の様で……彼女は記憶を拒否した。白い布に覆われた柩も、懐かしい笑顔の遺影も、唸る様な読経も、全て悪夢の出来事だと。

 唸る様な木々のざわめきに、再び彼女は夜の庭園に引き戻された。
「と、兎に角!」全てを振り払う様に強く頭を振ってから、彼女は言った。「そんな鍵、受け取らないから! 此処から出て行って!」
「困ったわね」然して困ってもいない様子で、少女は肩を竦めて微苦笑する。「貴女のママに言われて来たんだけどな」
「ママに? 嘘よ! だってママはもう……!」言い掛けて、はっと彼女は口を噤む。
 だが、少女がそれを口にしていた。
「もう死んだ……そうよね?」視線を合わせ、きっぱりと言う。
「嘘よ!」
「嘘じゃない。自分でも解ってる癖に。だから迎えには来られないし、一緒にも行けないの」最後通告とばかりに、少女は鍵を差し出した。「だから自分から出なさい――それが貴女のママからの言伝(ことづて)よ」
 少女は鍵を見詰めながらも、嗚咽を繰り返した。
「だって、あたしの行く所は……。あたしだってあの晩、パパと一緒に事故に遭って……!」
 それから――どうしたっけ? 気が付いたらこの夜の庭園に居て……ママを待っていた……。
 そう、だからあたしだって……。
「ママの所に行ける筈……!」彼女はそれ迄拒んでいた鍵に飛び付いた。此処を出れば行ける筈、と。
 そして一目散に門を目指した。あの日、彼女と母の間に立ち塞がった門。その鍵を手に、彼女は駆けた。
 もどかしげに鍵を差し込む彼女を、少女はやはり微苦笑を浮かべて見送った。

 ガチャリ――重い音を立てて鍵が解かれ、門は開かれた。
 
 そして目覚めた時、彼女は白いベッドに横たえられ、身体には様々な管が取り付けられていた。変化を見て取った白い服の男女が驚き騒ぎ、初老の男がその身に可能な限りの速さで駆け寄って来た。
 白髪に彩られ、深い皺が刻まれているものの、彼は間違いなく彼女の父の面影を残していた。
「パ……パ?」取り付けられた管の所為か長年の眠りの所為か、声が巧く出ない。「ママ……は?」
 哀しげな目をして、初老の男は震える手で彼女の髪を撫でた。
 あれからどれ程の年月が経ったのか――植物状態からの奇跡の回復を触れ回る医師達の言葉の断片から、彼女は知った。母の葬儀の晩の事故は、もう二十年も前の事だったのだ、と。
 だから、行く先が違うって言ったでしょ?――そんな少女の声が聞こえた気がした。

「ご苦労様」鍵を鍵束に繋ぎ、少女は囁く。「随分なお寝坊さんだったわね」
 主の消えた庭園から月が退場し、朝陽が昇る。白い朝陽は延び放題になった木々の枝、既に水の枯れた噴水、そして雑草に覆われた小道を照らし出した。錆びた門扉がぎい、と音を立てる。
「廃園の眠り姫、ね」年月に華やかな色を失った庭園を見回し、少女は呟く。「王子様じゃなくてごめんなさい。ま、これでお互い行く所に行けるでしょ?」
 見詰めた先は門の外。静かに佇む女性の影。それは深く、頭を下げて、姿を消した。
「律儀ね。もう此処に入るのを止める人も居ないのに」肩を竦め、少女は歩き出した。門を前に取り出したのは金色の鍵。
 そして廃園からは人の姿が消え失せた。

                      ―了―

 廃園~もっと書き込みたくなる~♪
 でももう遅いから短めで(--;)

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無題
どもども!
うぅ~、私の好きなアリスシリーズじゃないっすか!
ってか、昨日のも好きな猫シリーズみたいだし…。
すんません、改めて読ませてもらいます。。。
猫バカ1番 URL 2008/07/19(Sat)23:43:31 編集
Re:無題
お疲れ様です!(`・ω・´)ゝ
短い話にしようと思ったんだけど、どんどん長く……(^^;)
明日もお忙しいんでしょう? ゆっくりお休み下さいね。
巽(たつみ)【2008/07/20 00:12】
こんばんは
ママ、ママばっかりで少女の回復を待つ、お父さんが可哀相な気が。
少女って頑なよね。

庭園に噴水か~どんだけ金持ちなんだろ(笑)

☆子猫は母猫に返したよ~
冬猫 URL 2008/07/19(Sat)23:59:58 編集
Re:こんばんは
男親なんてそんなもんさ~(←偏見)
一度こう! って思っちゃうとそこしか見なくなっちゃうのよね。子供って。
庭園に噴水……そんな父親に経済力で勝てる訳も無く、泣く泣く親権は父の元。でも女の子は去った母を追ってしまう(^^;)
☆猫さん、返したんですか~。安全な所で子育てしてくれるといいのにねぇ。
巽(たつみ)【2008/07/20 00:17】
こんばんは
なんか途中で事故に遭う話多いなぁ。(笑)
魂だけがさまよっていたのかぁ?
魂ならカギは無くても帰れそうだけど、カギが文字通り心のカギになってたわけね。
しかし、20年も植物状態じゃ、復帰してからの生活が大変そうだなぁ。(笑)
afool URL 2008/07/20(Sun)00:02:45 編集
Re:こんばんは
は。この周辺、事件事故多発地帯でございます(笑)
う~ん、二十年も経ってると、自分は身体だけは大人になってるし、お父さんは年老いてるし、当然周りも変わってるし……大変でしょうね。こう社会が加速してると、ウラシマ状態になっちゃう☆
巽(たつみ)【2008/07/20 00:20】
こんにちは
20年はながいなぁ
人間って身体も精神によって支配されているんだろうなって思うことがある。
親子ってのも難しいねぇ
つきみぃ URL 2008/07/20(Sun)14:14:40 編集
Re:こんにちは
長いですねぇ。二十年前、何してたかな(--;)
果たして彼女の精神が身体に追い付くのはいつの日か……。
巽(たつみ)【2008/07/20 16:51】
無題
どもども!
20年もの植物状態から回復するには、アリスの手助けが必要なんですね!!
これは医学会に新たな旋風を巻き起こしそうな事なんで、早くレポートをまとめて学会で報告すべきじゃないっすか?(笑)
猫バカ1番 URL 2008/07/20(Sun)22:43:29 編集
Re:無題
それが、誰がどうやってありすに依頼を出すかというのが解明出来ませんでして!(笑)
未だ未だ研究が必要な様です!?
巽(たつみ)【2008/07/21 14:18】
無題
20年は長いですね!
ずっと母を待っていて、
現実では父が娘の帰りを待ってて。
娘思いの父の気持ちも分かってあげれるといいですね。
ふわりぃ URL 2008/07/21(Mon)19:30:07 編集
Re:無題
十年一昔――二十年なら二昔(?)
眠り姫が時間を取り戻すには色々大変そう……。
お父さん、頑張れ(^^;)
巽(たつみ)【2008/07/21 20:40】
こんばんは
20年…もっと早くありすちゃんに鍵を渡せれば良かったのにそれともあえて20年なのか?
なっち 2008/07/21(Mon)21:13:18 編集
Re:こんばんは
敢えて二十年、かもね。
使われなくなった鍵がメインなので……廃園になるの待ってた?(^^;)
巽(たつみ)【2008/07/21 22:31】
こんばんは♪
にゃんと20年間も眠り続けていたのですか!
これからが大変そうだねぇ~!

筋肉なんかも相当退化しちゃっているんだろうねぇ~!基本的な動作さえスンナリとはいかんだろうねぇ~!

お父様も苦労が続きそうだね・・・・
クーピー URL 2008/07/22(Tue)00:11:40 編集
Re:こんばんは♪
うん、色々大変だろうね~。生命維持がやっとのレベルからの回復だからねぇ。然も中身は成長してない……お父さん、頑張れ。
巽(たつみ)【2008/07/22 17:12】
無題
すごい展開でした。
てっきり女の子も死んでるかと思った。
面白かったです!

前回の、自分をモデルに書いたことあるかって問いは、「ない」ですね。
なんなら、目と耳はふたつで、口はひとつ、鼻の穴はふたつだから、デカプリオそっくりと描写してもいいわけだけど(爆)いやー、言葉って自由だなー!
銀河系一朗 URL 2008/07/23(Wed)23:33:03 編集
Re:無題
有難うございます(^^)
実は女の子も故人、というパターンも考えたんですが、ありすだからなぁ、と……(何のこっちゃ)
う~ん、部品の数だけはどんな美男美女でも同じですからねぇ(笑)
巽(たつみ)【2008/07/24 15:30】
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