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眠くて頭が働かない。
こんな時には寝てしまうのが一番なのだが、そうも行かないのが現状だった。
何故なら今は深夜三時とは言え、仕事の真っ最中であり、コンビニ店には自分一人しか、店員が居なかったからだ。店長はどうせこんな時間に混む事はないからと、歩いて十分程の家に戻っている。仮眠を取るにも店の休憩室では休んだ気にならないんだそうだ。電話すれば飛んで来るとは言っていたが、果たしてどれだけベルを鳴らせば起きてくれるのやら。いい加減な店長だ。混む事はないとして、強盗でも入ったらどうするんだ?
ともあれ、店長の推測通り、店は暇だった。
客はパラパラと来ては一品二品と買い物をしてはさっさと帰って行く。こんな時間にコンビニで長居するのは雑誌の立ち読みしてる奴位だ。そんだけ手垢付けたんなら買えよと思うが、そんな奴は先ず、買わない。
陳列の前出しはもう何度店内を回ったか知れないし、眠気覚ましの掃除もいい加減面倒臭い。
客も居ない、仕事も無いじゃあ、眠くもなろうというものだ。
結局、カウンター奥のスツールに腰掛けて、這い寄る睡魔と戦っているという次第だった。
と――夢現、誰かの声が聞こえた様な気がした。
いつしかカウンターに肘を突いてうつらうつらしていた俺は、はっと顔を上げた。客だろうかと、慌てて店内を見回すが、何処にも人の姿は見受けられない。空耳か、短時間に夢でも見たか?
一応店内を巡って、やはり誰も居ない事を確認すると、俺はまたカウンターに戻った。
数分後、またも半覚醒状態だった俺の耳に、声が聞こえた。今度は少しはっきりしていて、こんな事を言っていた。
「おかしいなぁ。なかなか眠ってくれないなぁ。砂が足りなくなっちゃうよぅ」舌っ足らずながらもイマイチ年齢の測れない、男の声だった。若い様でもあり、年寄りの様でもある。困惑した様子で、意味不明な事を言っている。「おかしいなぁ。さっきから散々振り掛けてるんだから、効いてる筈だけどなぁ」
怪しい奴だったらどうしようか――俺はそっと、薄目を開けた。尤も、眠ってくれないなどと言っているのだから、俺が完全に寝入っていない事は判っているのだろうが。
視界内に人の姿は無い。どこか棚の陰にでも隠れて、俺が眠ってしまうのを待っているのだろうか。だとすれば泥棒の類か……。
どうする? 居直り強盗にでもなられるよりは、眠り込んだ振りをしてレジの金を盗ませつつ、気付かれないように相手の顔や特徴を記憶しておくか? あの店長ももしもの時は先ず身の安全を優先しろと言っていたし。
俺は目を閉じて、完全に眠った振りをすべく、ゆっくりとカウンターに突っ伏した。
が。
「ああ、やっぱり眠ってくれないぃ。おかしいなぁ。砂が効かないなんてぇ」
俺が眠っていないのがばれている?
と言うか、砂って何なんだよ?
それからも姿無き声はぶつぶつと繰言を言っている。鬱陶しい奴だ。
俺は面倒臭くなって、がばっと顔を上げた。泥棒なら泥棒でとっ捕まえてやる。こんな優柔不断そうな奴なんて、何が怖いものか!
「わぁっ!」目の前に、砂色の服を着た、砂色の男が居た。但し、カウンターに乗る程、ちっちゃい。そいつは俺の顔を見て、驚きの声を上げ、二、三歩後退った。その拍子に、手に持った袋からパラパラと砂が零れる。さっきから言っていた砂というのはそれの事なのだろうか。だが、俺にはそんな物を掛けられた感触は無かった。
「お前……何?」茫然と、俺は訊いた。
「え、えとぉ……眠りの砂をぉ……」
眠りに砂と聞いて、やっと少し、合点が行った。主に欧米だと思うが、眠りの砂を人々の目に撒いて、眠りに誘って行くサンドマンの話。真逆、そんなものが御伽噺の世界以外に居るとは思わなかったが。
「あのぉ……」そいつは俺を見上げて、おずおずと言った。「何で眠らないんですかぁ? もうこんな時間ですよぉ?」
「俺は仕事してんだよ。こんな時間だろうと朝だろうと、人が寝る時間なんて勝手だろうが」
「そんなぁ。人間は本来夜行性じゃあないでしょうぅ? 夜はちゃんと眠るもんですよぉ?」
「大きなお世話だ。てか、どうにも眠かったのは、お前の所為だったんだな?――お前の姿見てすっかり、醒めちまったが。俺は寝たい時に寝る! 余計な世話焼いてないで、失せろ!」
眠たいのに眠れず、些かストレスの溜まっていた俺はそう怒鳴った。
サンドマンは少し、傷付いた顔をして俺を見詰めていたが――ゆっくり、風に散る砂の様に、その姿が解け、消え去って行った。
「寝たい時に、ねぇ……。では、ご自由にぃ」そんな言葉を残して。
以来、俺は毎日の様に夜のコンビニに居る。バイトの日は勿論、オフの日にも、暇潰しに立ち寄った。あれ以来、俺は眠くならない――眠る事が出来ないでいた。
どうやらサンドマンに見限られたらしい。
最初の数日は眠くならないならその分時間が増えるじゃないかと楽観的に捉え、悪友達と遊び歩いていたが、奴等はそう連日の徹夜が利く訳じゃない。それに俺だって、眠くならないだけで、疲れはするし、眠らない分、それが取れない。精神的にも……。
それでも眠る事の出来ない俺は、今夜もコンビニで手垢の付いた雑誌を立ち読みしている。
―了―
眠れない話が続いた(爆)
眠い~(^^;)