『共同？』

　今日、キャラメル――新聞部の副部長にしてキャラを使ったデコレーションメールが得意な不破りえ――は部員達に男女共同参画社会のスローガンっぽい注意をしないで済ませた。
　その文章の可愛らしさから、甘く見られがちだが、彼女の記事は校内の問題から意識して置きたい社会問題迄、その内容は多岐に渡っていた。中でも、男女差別等には鋭い考察と斬り込みを、これ迄も行なってきたのだが……男子部員の中にはそこ迄大事にすべき問題ではない、あるいはもっと別の仮題がある筈だという意見もあった様だ。女子にしても、権利を主張すればそれだけ責任も付随してくる。それはちょっと面倒だと、敬遠気味の議題でもあったらしい。
　その腰の重い部員達に、彼女は再三発破を掛けてきた。そして丸で追い込む様に今日発行の新聞の特集記事の予告を前号でしていたのだが――内容は一部変更されていた。それでいて、彼女は特に何も言わなかったらしい。
　これ迄には無かった事だった。

　そう言えば彼女も、先日のインフルエンザの流行の際には実家に帰っていた口だったけど――それから戻って来て、部に復帰したのが一昨日だった筈。
　だから追い込みが間に合わなかったのだろうか？　それとも実家で何かあったのだろうか？
「えらく気にするな」どこかからかう様に言ったのは、知多勇輝だった。
「いや、僕と言うより、京が……校内新聞の愛読者でもあるうちの兄貴がさ、彼女の記事のファンなんだと」
　あれで妙に可愛らしいデコレーションさえ無ければ、といつもぼやいているが、そのデコレーションが難解な社会問題を生徒に馴染み易くさせているとすれば、寧ろそれは功業なのではないだろうか。
「本人に訊いてみればいいじゃないか。どういう心境の変化ですかって」
「いや、でも今日は偶々かも知れないし。立ち入った事かも知れないしさ、それを態々訊くなんて、僕には……」そこ迄言って僕ははっとする。個人に立ち入った事を訊くなんて僕には出来ない。けど……けど……。
「あー、気にしてるのは京だったな」僕の動揺を察したらしく、勇輝が苦笑している。「今頃新聞部副部長に突撃取材してるかもな」
　僕は慌てて席を立った。

　案の定、京は新聞部の部室に居た。内容変更の理由について、問い質しているらしい。
「私が実家に帰っていた所為です。記事の作成が遅延し、ご迷惑をお掛けしました」非常に冷静な態度で、キャラメルは頭を垂れた。「それに……まぁ、思う所もありましたので……」
「思う所？」京は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
　部員達には自分の考えが固まってから話したい、という彼女の希望で、僕達は――そう、結局いつの間にか僕も一行に加わっていた――もう放課後という事で閑散としている学食に移動した。

「女性も男性と同じ様に社会に加わり、仕事を持ち、自立するのがこれから必要な事だと思っていたのですけど……。実家に帰って、久し振りに親戚のお姉さんに会ったら……少し違うかなって、思い始めたんです」紅茶を一口啜って、キャラメルは語り始めた。
「と言うと？」僕が合いの手を入れる。
「お姉さんは所謂専業主婦で、家で二人の子供を育ててる最中なんです。それでも一時は子供を保育園に預けて、働きに出る事を考えていたらしいんですけど……子供達、泣くんです。お姉さん――お母さんが居なくなると、直ぐに。どれだけ子供に慣れた人でも、お母さんの代わりにはならないんですね」
「それはそうだろう」何を当然の事を、と言う様に、京。
「それで……本当に仕事を持って、外に出るだけが女性の社会進出を意味するのかなって、疑問に思ったんです。ちゃんとした子育てをして、次代のの子供達を育むのも、立派な社会参画なんじゃないかって。寧ろ、男の人には難しい事なんじゃないかって。それは、共働きしなければ家計が苦しかったり、専業主婦への風当たりが厳しかったりもしますけど、出来る事なら……」
「只同じ仕事をこなすだけが平等じゃないって事か」僕は溜め息をついた。
　しかし、それはそうかも知れない。大体、腕力や体力では女性は先ず男性に敵わない。けれど別の面では逆もある。寧ろ得意でもない事を「しなければならない」と、平等社会の名の下に押し付けられるのは、男女共に不幸な事なのかも知れない。
　勿論、力仕事が得意な女性だって、針仕事が得意な男性だって居るだろうし、それはそれでいい。そういう個性を生かせるのが、本当の平等なんじゃないだろうか？
　そう思ったからこそ、キャラメルは記事を差し替え、纏め直す事にしたのだろう。
「だから……ちょっと軌道修正はしますけど、私の言いたい事は変わりません」言って、キャラメルは笑った。「男女平等――いえ、人間平等、です」
「解った」そう頷いて、京は席を立った。釣られる様に僕も遽しく続く。
　次の記事を楽しみにしている――そう言って笑った京には、珍しく眉間の皺が刻まれていなかった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　何の話なのやら？（－－；）
　あ。栗栖が出損ねた（笑）