『苦笑の元は？』

　京はキャラメル――キャラクターを使ったデコメールが得意な、新聞部副部長の不破りえ――の記事を読んで苦笑を洩らした様だった。何か興味を惹く様な記事が存在したのかも。
　だけど、僕の目がそれを捉えるコンマ数秒の間に、さっと天気平年比較予報のページへと捲られ、何だか隠されたみたいに感じた……。因みに天気平年予報というのは、我が校の新聞部が独自に集めた積年のデータから、今年の天気を予測したもので――まぁ、当たるも八卦、当たらぬも八卦。下駄占いと大差ない、とは京の言。
　まぁ、今日の予報は晴のち曇――現在は放課後で雲一つ無い晴天だ。

　それは兎も角、僕は京の読んでいた記事が気になって――いや、隠された様な気がした事が気になって、新聞を独占している兄貴を放って、隣の部屋に脚を運んだ。本当に隠したのだとしたら、尋ねても素直には教えてくれないだろう。何、別に校内新聞を購読しているのは京だけじゃない。

　隣室の住人は間宮栗栖。関西からの編入生だ。彼の所為で寮内の関西弁使用者率が大幅増加したというのは、然程大袈裟な噂でもないだろう。恐るべき感染率だった。
「どないしたんや？　祥」二人一部屋だが、ルームメイトはどうやら不在らしく、本を読んでいた栗栖が顔を上げた。
　僕が新聞を所望すると、ごちゃごちゃと積み上げられた同居人のデスクからさっさとそれを見付け出し、渡してくれた。特に用事がある訳でもない様なので、ここで読ませて貰う。
　副部長だけあってか、キャラメルは複数の記事を担当していた。そのデザインを見れば解る。いずれも彼女が描いたものか、小さいながらもイラストが入っているのだ。
　それにしても……学園内の学生の権利とそれに付随する義務、だのお堅いコラムから近辺の癒しスポット迄、本当に多岐に亘っている。一体これだけの素材をいつ取材しているのやら。

「学園内に於いて、生徒の知る権利、学ぶ権利は尊重されなければならない。しかしそれと同時に学生の側も知ろう、学ぼうとする義務があるのではないだろうか？――って、またお堅い話だな」記事の一つを読み上げて、僕は肩を竦めた。京が苦笑していたのはこれだろうか？　いや、京の事だ。我が意を得たりとばかりに頷いているに違いない。

「学園を出て西の坂を下った所、そこに最近オープンしたケーキハウス。そこは既に女生徒達の憩いの場所となってるね。でも、実はこのお店の売りは男の子や大人の方にも楽しめる、ちょっとビターなケーキ。現にお話は聞けなかったけれど、シャイな隠れファンも……。男子諸君、勇気を出して一度は如何？――宣伝料貰ってるのかな？」寧ろ京ならその辺りを突っ込んで、眉を顰めそうな感じだ。勿論、只の紹介記事だろうけれど。

「先生のお宅拝見。第二回は美術教師、夜霧こと夜原霧枝先生！　マンション暮らしの先生宅は意外にもシンプルな内装であった。美術教師として絵などコレクションしているのではないかという、我が取材班の予想は大きく外れる事となった。大事そうにキャビネットに飾られていたのは何故か壊れ掛けた玩具らしきネズミ。何か思い入れでもあるのだろうか？　先生は多くを語ってはくれなかった――これって、この間言ってたみぃちゃんの玩具の事だな。確かに大っぴらには言えないよなぁ」僕は以前の先生の話を思い出して苦笑する。そしてもしかして……とは思ったものの、何故京が隠したのかが解らない。それとも隠したと感じたのは、単純にタイミングの問題でしかなかったのだろうか？

　うーん、と僕が唸っていると、本を読み終えたらしい栗栖が新聞を覗き込んできた。
「何を唸ってるんや？」
　渡りに船とばかりに僕は先程の事を話す。京の苦笑、そしてその記事を隠した――少なくとも僕にはそう感じられた――事。
「読んでたんが彼女の記事やっちゅう根拠は？」
「実は京はキャラメルの記事のファンなんだよ。まぁ、デコレーションについては未だに偶に文句言ってるけど、記事そのものはね。けど、京はそういうとこ、素直じゃないから、表には出そうとしないんだけどね。それでも新聞を読む時は真っ先に彼女の記事を読んでるよ。さっきはほんの読み始めだった」
「なるほど。京は相変わらずやなぁ」栗栖が微苦笑する。「読み始めたばっかりやったっちゅう事は……その三本の記事全てに目を通した可能性は低い訳やな。それでいて当てにしてへん天気平年比較予報のページを捲った――確かに、何か誤魔化そうとしてた様に思えるなぁ」
　そうだ、先ずはその三本全てに目を通して別の記事に移る。それがいつもの京のパターンだろう。それも天気予報のページなんて、多分一番ラストだ。
　やはり、という思いと共に、この三本の記事のどこに、京を苦笑させるものがあったのだろう、という疑問が頭をもたげる。確かに僕は苦笑したけど……。

　すると栗栖は何やら笑いながら一本の記事を指し示した。
　それは――ケーキハウスの記事。
「これが……何で？」僕は首を傾げた。
「京って損な性格してると思わへんか？」
「損？」僕は訊き返した。「寧ろ空気読まないし、言いたい放題だし、気楽なんじゃないかと思うけど」
「それも一理あるな。せやけど、あれでプライド高いやろ？　おまけにちょっと捻くれ者。彼女の記事のファンやのに、表に出さへん位に。それが、別の所でも同じ事してるんちゃうかなと思うただけや」
「それって詰まり……」僕の目は一文に吸い寄せられた。
　『現にお話は聞けなかったけれど、シャイな隠れファンも……』
　この記事の流れから言って、この隠れファンは男子なのだろう。
　もしかしたら京は件の店に行って、取材中の彼女と鉢合わせしたのでは……？　名前は出されなかったものの、その時の事を記事に書かれたので、思わず苦笑を洩らした？　勿論、名前など出されていたら例によって眉間に皺寄せて新聞部に直行していただろうが。
「好きなもんが好きやと言われへん――損な性格やと思うで？」そう言って、栗栖は笑ったのだった。
　全く……僕は肩を竦めた。匿名記事を誤魔化して迄、実の弟にさえ、ケーキハウスに時々行く事を言えないのか。あの見栄っ張りは。
　僕は、今度シャイで損な性格の兄貴に代わって、ケーキでも買って来てやろうかと思った。
　あ、でもそっくりの双子だから――どっちが行っても傍目にはそう変わらないかも知れない。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　京……どんどんいじられ系キャラになってきた気がするぞ？（＾＾；）
　最初は真面目で嫌味っぽい奴やったのに（笑）