『記事の行方』

　今日、夜霧こと夜原霧枝先生は新聞部が通常の味気ない新聞記事みたいなものではなく、独自の紙面を開発したいので美術教師としてデザイン面で教授して欲しいと請われたらしい。
　そうなると夜霧としては自分でも満足する仕事をしたい様だ。
　でも、新聞部の副部長、通称キャラメルと共に、部の経営に関して、部長から釘を差された。キャラメル――勿論渾名だ。本名は不破りえ。高等部の二年生だ。彼女の打つメールには絵文字キャラが満載だそうで、それゆえ付いた渾名らしい。
　何しろ、そういったデコレーションが得意なキャラメルに加えて、気分が絵に出る夜霧だ。どんな紙面になる事か、彼でなくても心配した事だろう。確かに味気ない紙面にはならないだろうと思われるけれど。
　噂を聞いた僕の双子の兄、京も一瞬、眉間に皺を寄せた。意外にも味気ない学園新聞の愛読者なのだ。余り変わってしまうのは望まないのだろう。
　しかし、だからと言って容疑者扱いされるのはもっと望まない所だろう。
　二学期早々に生まれ変わった紙面を、と新聞部が夏休み中から張り切って用意した原稿が、その部室から消えていたのだ。

「幾らどう変わるのか不安があるからって、未だ見てもいない紙面に文句をつけたり、況してやその原稿を鍵の掛かった部室から持ち去ったり出来るものか！」いつも贔屓の新聞部員からさり気なく話を聴かれ、京は激怒した。「第一、もし見てから文句があるなら、部長に直接言うに決まっているだろう！」
　京ならやり兼ねない。僕にはありありとその様が想像出来た。
　しかし、確かに蓋を開けて見もしない内から文句をつける京じゃあない。そこ迄保守的でも非常識でもない。
　第一、今京が言った様に部室には鍵が掛けられていたのだ。確かにその鍵は職員室に保管されていて――職員室に出入りする事も多い京はある意味、手に入れ易い立場ではあるけれど。
「冗談じゃない！」と寮の部屋に戻ってからも険しい表情の続く京。そして言い出したのはやはり「犯人を見付けるぞ！　祥！」
　やはり僕は巻き込まれるのだろうか……。

　新聞部の部室は学園の北側、通称クラブ棟の二階にあった。ドアは一箇所。二箇所の窓はどちらもクレッセント錠が掛けられているのを、前日最後に部屋を出たキャラメルが確認していたと言う。
「最後に出た時はちゃんと机の上にあったんです」彼女は言った。「後は印刷に掛けるだけの状態で……夜霧先生にも色々相談に乗って頂いて、やっと出来上がったのに……」
　こうして喋っていると、かなり丁寧な口調なのだが――以前に一度、友人から見せられた彼女からのメールは、噂に違わないカラフルさ、そしてハイテンションだった。
　京は窓から下を見回す。僕も釣られて見たものの、窓の付近には人が足を掛けられそうな出っ張りも、登れそうな木も無い。梯子を掛ければ届かない距離ではないだろうが、それでも鍵の問題がある。朝一で部長がドアを開けた時にも、窓の鍵はちゃんと掛かっていたそうだ。外からクレッセント錠を開けて侵入し、原稿を盗って出てからまた締めるなどという事が出来るものだろうか。
　それにしても件の原稿、話のタネに見てみたかったな――そんな事を思っていると、部室にもう一人、容疑者が引っ張られて来た。
　それが何と、間宮栗栖だった。

「せやから、俺かて確かに元の新聞が気に入っとったけど、どない変わったんかも見ぃへん内から文句も何もあれへんやろ」呆れ顔で、栗栖は言った。「取り敢えず訊くけど、原稿そのものに問題があったとかいう事は無いんか？」
「問題ですか？」キャラメルが小首を傾げる。「無い筈ですけど……。確かにデザインは一新しましたけど、記事そのものは今迄通り、ちゃんとした取材の元に書かれたもので、勿論ゴシップ系は無し！　今号は二学期始まって第一号という事もあって、各クラブのこれからの心意気みたいなものをインタビューした内容でした。勿論、写真や名前をお出しする方々にはちゃんと事前に許可を頂いてますし、トラブルもありませんでした」
「なるほど、内容そのものは今迄通りの路線なんやな？」栗栖の確認にキャラメルは頷く。「それで……その内容や紙面のデザインを知ってたんは？」
「それは勿論新聞部員と、夜原先生と、部の顧問の加納先生……それ位ですね」
　加納先生は世界史の担当教諭だ。はっきり言って堅物。以前の紙面はその加納先生の性格が表れていると評判だった。整然としていて、本当に味気ない。但し読み易いのは確かだった。
「……先生が怪しい、なんて事、ないですよね？」キャラメルが不安げに訊いた。「確かに先生は紙面を刷新して購買部数を増やすよりも、今迄通りの路線を続けたい様でしたけれど……。それに職員室から鍵を持ち出す事も簡単ですけど」
　それはない、と栗栖と京が同時に首を横に振った。そんな事をする位なら原稿作成段階で強力な横槍を入れるか、もしくは一度新しい紙面で出してみて、生徒達の反応を見る様に言う筈だ。それで苦情が来ればやはり以前の方が良かっただろうと説得し――新しい紙面が歓迎されれば、それを受け入れただろう。堅物だけれど、他の感性を認めない様な頑固者ではなかったから。
「夜霧がやる理由も無いな」京が確認する。「反応が悪かったら機嫌が悪くなるかも知れんが」
「と、するとやな……」栗栖はキャラメルに話を任せていた部長を振り返った。「紙面がどないなったかよう知ってて、部室に朝一で来た部長さん、悪いんやけど、この部屋にある記録用のディスクの中身、全部確認させて貰うてええかな？」
　え？――と僕や京、そしてキャラメルは部長を振り返った。

「今時の原稿、パソコンで作ってはるんやろ？　当然記録はフロッピーやらＭＯやら……。それやったら、ラベルを張り替えるか上から張ってしもうたら、どれがどれやら解らへんわな。ラベルの張り替え位、そない時間も掛かれへんし」
「じ、じゃあ、原稿は……」キャラメルが慌ててディスクを保管してある棚に駆け寄る。そしてラベルをよくよく見比べて、ラベルが僅かに厚いフロッピーを見付けた。慌ててパソコンのドライブに放り込み、読み出す。
　そして、歓声を上げた。
「これです！　間違いありません！」
　横からディスプレイを覗き込めば――やはりカラフルな画面。だが、それでもこうして見る限りは読み難くはなかった。以前の紙面を思い浮かべれば、違和感はありまくりだけど。
「部長……そんなにこの紙面が嫌いだったんですか？」画面を見詰めた儘、キャラメルがぽつりと言った。「注意されたから、夜原先生と一緒に、読み易さを心掛けて作ったのに……。駄目なら駄目って、ちゃんと言ってくれれば……！」
　涙声、の様だった。
　無理もないだろう。彼女なりに精一杯作ったのだ。直接注意を受けるなら未だいいが、こんな手は卑怯というものだろう。言われた分には互いに問題点や希望を話し合い、より良い紙面を模索する事が出来る。けれど、これでは只、場が混乱し、不信感が増すだけだ。
　それで栗栖は後者を選択した部長には注意した。
「ほんまに嫌やったんなら、ちゃんと話し合うのが筋やろう？　夜霧がおったから言い難かったんか？」
　俯いていた部長は、更に深く顔を俯けた。頷いた、らしい。
「あの先生は苦手で……。それでもこの間はやっと、少し控え目にしてくれるようにって、要望は出したんだ。けど、やっぱり出来上がった原稿は今迄と比べると……」
「刷新すれば変わるのは当然だろう」と、京。「確かに今迄通りのものもいいが……。そもそも誰の為に新聞を作っているんだ？　自分の為か？　読者の為か？　読者の――俺達の為なら、先ず見せてから意見を聞け。因みに俺は思ったより見易い紙面で結構気に入ったぞ」
　京の――他ならぬ一読者の歯に衣着せぬ意見に、部長は更に俯いたのだった。

　それからの新聞部は大変だった。先ずは二学期第一号に穴を開けないように原稿を印刷、作成しなければならない。行き掛かり上、僕達はそれを手伝った。
　それにしてもカラフルで、写真が一杯の紙面だ。各部の部員や担当顧問、更には今回の協力者として、夜霧の写真迄あった。僕はちょっと、それが綺麗だと思ってしまい、ほんの一瞬だけど作業の手が止まった。
　でも、京は、珍しい夜霧の和服姿とかでは全く、気が分散しない様だった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　つ、疲れた……！！
　夜霧センセイ、出来れば短文、意味の繋がる投稿、お願いします★