『足取り』

　今日、夜霧――夜原霧枝先生――が邪魔しなかったかと、京は尋ねて回っていた。
　でも、夜霧が学園近くの雑貨屋「亀池屋」で買い物をしたと言う販売員を発見したのが、最後の手掛かりだったそうだ。
「全く……。落ち着きのない先生だ」戻って来るなり、京はぼやく。「足取りを追うのも楽じゃない」
「って言うか、何で夜霧の足取りなんて、追ってるのさ？」僕は当然の疑問を口にした。
「美術部の連中に頼まれた」眉間に皺寄せて、京は答える。「うちの担任が部活を自主活動ばかりにしてて、困ると」
　京はこれでも面倒見はいい方だ、と思う。まぁ、そうでなければ寮での纏め役なんて務めてないだろうし、何より責任という言葉に弱い。受けた以上はやり遂げる責任がある、と思っているのだ。
「夜霧……どんだけ自由なんだろうね」僕は苦笑する。
「笑い事じゃないぞ」怒られた。「担当する部の活動を統括するのも教師の仕事だろう。それを放棄して何処をふらふらしているんだか！」
「それで、今判ってる足取りは？」僕がそう尋ねると、京は眉間の皺もその儘に、語り出した。

　放課後、美術室に立ち寄り、自主活動の旨を黒板に大書すると、夜霧は職員室へ。そこで同僚数人と他愛ない話をし、十分と経たない内に部屋を出る。が、特に急いでいる風もなく、何も持って出なかったという事だ。
　故にその儘帰宅したとも思えないと、京は更に足取りを追った。
　結果、彼女が立ち寄ったのは音楽室、茶道部の使用している和室。更にはグラウンドで活動していた体育系の部活を廊下から眺め、時折首を捻りながら移動していたと言う。
　そして職員室で手荷物を持つと、普段帰るよりは早い時刻に学園を出て、亀池屋へと立ち寄ったらしい。

「その後はどうやら真っ直ぐ帰ったらしい。一体何がしたかったんだか」京は肩を竦める。「他の部活を見るより、ちゃんと自分の担当を見ろって言うんだ」
　全く同感だ。
「音楽室に茶道部に、グラウンド？　後は雑貨屋か……。何か共通点は無いかな？」
「夜霧の行動を筋道立てて考えようって言うのか？」京が失笑する。「無駄な話だと思うが」
　それも同感だけれど、僕は一応、考えてみる。
「音楽室に茶道部……は美術部と同じ芸術関連とも思えるけど、体育系はなぁ……。それに雑貨屋？　何を買って行ったかは訊いたの？」
「それが、皿やら器やら、色んな種類を買って行ったそうだ。普通、食器なんかを複数買う時は家族用にシリーズで揃える人が多いんだが、余りにバラバラだったので覚えていたんだと。まぁ、夜霧は一人暮らしだからな」
「でも、一人暮しなら尚更、そんなにお皿やら器は要らないだろうし……。何だって急にそんなものを買い込んだんだろう？」
　知らん知らん、と京は手をぱたぱた振る。
「気分屋の夜霧の事だから、その日の気分で使うのを変えようとでも思ったんじゃないのか？　ま、実際に使うかどうかは解らんが」
　僕は首を捻る。夜霧はそんな面倒な事もしないんじゃないかな。
　此処は一つ……と僕は隣室を訪ねる事にした。

　僕達と同級の、関西からの編入生、間宮栗栖の部屋は僕達の隣だった。相変わらずの関西弁で、時折僕達の考えを解してくれる。
　その栗栖に先程の京の話を細大漏らさず話すと、彼はちょっと首を傾げてから、こう言った。
「明日の美術部の部活は、静物画やな」
「静物画？　あの、壷とか花とか描く……。あ、皿や器って、その題材？」僕は目を丸くした。
「かも知れへんな」栗栖は笑う。
「じゃあ、音楽室や茶道部、運動部を回ってたのは？」
「題材を探してたんとちゃうかな。音楽室には色んな楽器。茶道部……と言うか和室には茶釜やら茶器やら。体育系の部活に使う道具かて、機能美という点では捨て難いで」
　そうして結局落ち着いたのは、雑貨屋で買った器だったのか。色んな種類を複数買ったのは部員達に選ばせる心算なのだろう。
「それにしても、夜霧も困った先生だよね。それならそれで説明すればいいだろうに」
「ほんまに」栗栖は笑った。

　数日後、用事で入った美術準備室には色んな器と、イーゼルに立て掛けられた描き掛けの絵。
　それにしても夜霧、今一つ、おかしな形の器ばかりに思えるのは……僕の様な一般人とのセンスの違いですか？

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　夜霧先生、いつ授業してるんやろ？（＾＾；）