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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「薄着して外に出るなって、いつも言ってるのに……」呆れ顔と風邪薬、そして水が正面に差し出された。「自分がして、然も風邪ひいてどうするの、兄さん?」
「悪い」楡庵は些か掠れた声で言い、伏せていた炬燵の天板から身を起こした。苦味のある薬を飲み下す。
「……って言っても、僕達が黙ってあんな所に行っちゃったからだね。ごめん」兄の背から滑り落ちた毛布を掛け直しながら、棗は改めて詫びた。
「もういいよ。でも、もう二度と危ない所に行かないように」
「はーい」炬燵を回り込み、正面に座る。「肝試しは小学校のイベントだけにしまーす」
 全くだ、そう呟いて、庵は雑誌に手を伸ばし掛け――ふと、その手が止まる。
「そう言えばあの家……階段が崩れていたって言ったね」
「え? うん。下から三、四段目辺りかな。もう全部崩れちゃったけど」
「それは自然に崩落した様に見えた? それとも、何か重みが掛かって抜けた様に……?」
 棗は改めて、懐中電灯の明かりに浮かんだ光景を脳内に再生する。暗い屋内、崩れた階段、散乱する板……。
「四段目……段は一枚板なのに、真ん中辺りから折れたみたいだった。だから、重みが掛かったんだと思う」やがて、棗は言った。「それが――」
 どうかした? と言い掛けて、棗は兄の言いたい事に思い当たる。
 その重みの元は何なのだ? と。

 古びた茅葺き屋根の木造家屋。住民が町を出て行ってからは一階は締め切られ、雪深い冬に二階の窓から入るのがやっと。然もその窓の下は本来川が流れているらしい。詰まりは冬しか入れない家。
 そこへ肝試しに入り込んだはいいが、二階は傷んだ畳が広がるのみ。そこから階下へと、階段は真っ直ぐ伸びていたが、問題の板が欠けていて、とても使用に耐える物ではなかった。
 それでも意外と屋根は丈夫な造りなのか、穴が開いた箇所も無かった。

 それによって雪の塊が先ず、除外された。
「後は……落ちる物も何も、本当に何も無かったよ」棗は小首を傾げた。「引っ越しの時に物を運んでて……そんな訳無いか」
 そんな状態になる迄住んでいた筈も無いだろう。
「そう言えば、落ちていた断片って、そんなに古いものじゃなかった様な気がする」懐中電灯の頼りない明かりの為、断言は出来ないけど、と棗は付け加えた。「真逆……人が落ちたんじゃ……」
 友人の弟の足元で、次々に板が崩落して行った様がフラッシュバックする。あの時は幸いにも救いの手は届いたが、元々の崩落位置からでは上からはどうしようもなかっただろう。
 もしかして自分達の様に肝試しに入り込んで、階段が崩落して帰れなくなった子供が居たのでは――そう思うと棗は居ても立ってもいられなくなった。あそこから落ちてしまえば、一階からは出られない。例え戸や窓が開いたとしても、じっとりとした根雪が脱出口を塞いでいる。その儘、誰にも知られずにいたら……。
「棗」弟の表情に焦りを見て取ったか、庵が敢えてややゆったりした口調で声を掛けた。「確かめるのなら、先ず駐在所に電話して、行方不明者が出なかったかどうか、訊いてみる事。こんな小さな田舎町だからね。子供が居なくなったりしたら必ず記録は残ってる筈だよ」
 頷いて、棗は電話口に立った。暫しの後、彼が齎した答えは「否」だった。行方不明の子供は居ない。

「すると、落ちた者が居たとしても、それは子供ではないと仮定していいかな」咳き込みながらも、庵は言った。「そしてその侵入口は二階ではない、と」
「どうして?」二つ目の仮定に、棗は目を丸くした。「二階からしか入れないんじゃ……」
「締め切ってあるとは言っても、どうやっても入れない訳じゃないだろう? 釘で打ち付けてあれば釘を抜けばいいし、板で塞いであれば板を除ければいい。いざとなれば傷んだ箇所をぶち破る手もある。子供では難しいだろうけれどね」
「じゃ、夏の間に……? でも何で二階からじゃないって事になるの?」
「二階は棗達三人なら動き回れるけど、僕が加わっても危ない位の傷み様だったんだろう? 階段にしたって、靖君が駆け出した位で崩れる様では、大人の体重じゃあ、もっと上から崩れていたんじゃないかな。その人が二階から降りようとしたのなら」
「じゃあ……一階から上がろうとして、落ちた?」棗は惚けた様に確認しながらも、その情景を想起する。
 何の目的か知らないが、古家に忍び込んだ男――あるいは女?――二階に足を運ぼうとして階段に足を掛ける。ぎしっ! そんな不気味な音に怯みはしなかったのだろうか。一段、二段と上り……遂に階段はその用途を放棄した。
 大人で三、四段なら大した怪我は負わなかったかも知れない。ギザギザと棘を突き出す板に足を掬われ、破片に刺されなければ。
 しかし、もし大怪我でも負っていたなら……。
「棗」またもや浮かんだ表情に、庵は苦笑を浮かべた。「昨日、行き掛けに谷巡査に確認したけど、あそこは一応パトロールの重点地域だそうだよ。不審者が入り込まないようにね。だから、夏の間は道路からだけど戸口や窓が開いていないか、冬には二階の窓にも注意してるんだって。そのどちらも、開けっ放しだった事は無かったそうだよ」
「じゃあ……」侵入者は無事だったという事か。動けない程の怪我なら戸口を閉めに行く事も出来ないし、無傷か軽傷なら、自分で閉めて立ち去ったのだろう。
 しかし、一体何故、あんな古家に? そもそも本当に侵入者など居たのか?
 棗は炬燵の向こうの兄を上目遣いに窺う様に見遣る。
 あの家に――少なくとも二階に――盗る様な物が無かったのは棗達が確認している。泥棒ではあり得ない。
 すっかり頭を抱えてしまった棗に、庵は先程手に取り掛けた雑誌を天板越しに寄越す。 
 様々な地方を紹介する季刊誌だった。今回の特集記事は――。
「……『古民家』?」棗は読み上げて、目を丸くする。
 筆者は地方地方の古民家や、時には打ち捨てられた様な古家を回って写真を撮り、記事にするフリーの記者だった。それでも一応成功はしている様で、彼の言葉が引用されていた。

『若い頃には時の流れに打ち捨てられた様な家屋にも興味を持ちましてね、大きい声では言えないんですが、どう見ても人が住んでないなぁって家には、勝手に上がらせて貰った事も……いや、若気の至りですね。まぁ、お陰で時には怪しまれて通報されたり、家その物の古さに痛い目に遭ったり、散々な時もありました』
 そして最後に一言と求められ、こう締め括っていた。
『子供の好奇心を失わない事も大事、でも周りを見る事も大事にして欲しいな。私も親兄弟には散々、心配掛けたからねぇ』

「……」棗は本の上端からそっと兄を盗み見た。
 確かにこんな人なら、階上に何が無くとも、家自体が貴重な遺産だろう。あの古い畳も、昔を想像させる広間も。崩れる寸前の階段でさえも。勿論、この記者が忍び込んだのがあの古家で、彼に痛い目を見せたのがそれだとも限らないが。
 しかし、結局の所、庵が階段の話など持ち出したのは……。
「最後の言葉を読ませたかっただけじゃないかぁ」ぶつぶつ呟く棗の視線の先で、庵は再び天板に突っ伏して、眠ってしまった様だった。

                      ―了―

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あらら
風邪引きさんは、庵でしたか(笑)
なかなか、微笑ましい情景が浮かぶ後日談ですね。火燵や室内の温かさが伝わってくるようで、それは兄弟同士の繋がりからくる温もりにも似ている様です。

ところで、黒い染みは…さんの若さ故の過ちの痕跡なのかな?随分痛い目に会ったんですねぇ…でも好奇心には勝てないのか。坊やだからさ(笑)
冬猫 2007/11/28(Wed)23:53:57 編集
Re:あらら
と言うか、姐さんが風邪引き云々と言っていたので、ついやっちゃいました(笑)
階段が途中から崩れてたのも使えそうだったし。
姐さん……時々、ガ○ダムネタ?
巽(たつみ)【2007/11/29 00:45】
さすが
兄だけあって、一枚も二枚も上手でしたね。頑張れ棗クン。
暖かい部屋であったかい会話。いいですねえ。ほっ。
みけねこ 2007/11/29(Thu)00:44:54 編集
Re:さすが
果たして棗が庵兄さんに並べるのはいつの日か。
八つ差ではねぇ(^_^;)
巽(たつみ)【2007/11/29 00:49】
無題
さすが、お兄様。
作戦勝ちですね(^^)
人が住んでいない古い家なんて、怖くて入れないよぉ(>_<) 昔、探検しに行った友達呪われちゃって、お払いしてもらってましたよ。後から聞いた話だと、一家心中があって、そのままになってた民家らしい。私、そういうの信じない方なんだけど、憑依してるとこ生で見ちゃったからなぁ。。
moon 2007/11/29(Thu)07:21:24 編集
Re:無題
「本当にあった怖い話」!?∑(◎0◎;)
や、やっぱり肝試しは程々に……(^_^;)
お友達、その後大丈夫でした?(どきどき……)
巽(たつみ)【2007/11/29 12:49】
無題
風邪を引いてもさすがです!
風邪引いたら頭ボーッとして何も考えられないです><
私は古い民家に入ったとか言う幼き頃のエピソードは
ひとつもないなぁ><
まじめ!?
ふわりぃ URL 2007/11/29(Thu)14:28:16 編集
Re:無題
まぁ、手入れもされている古民家なら兎も角、傾いた家とか危ないですからね(^^;)
近付かないのが一番
って言うか勝手に入ったら不法侵入……駐在志願の繁君、駄目じゃないですか!(笑)
巽(たつみ)【2007/11/29 15:44】
巽さん・・
ミステリ書いてるのに、ドキドキなんですかぁ(^^)
面白いので(意地悪)詳しくお話しすると、最初にたたられたのは、その子の彼氏なんです。夜中に金属バット振り回して大暴れするようになっちゃって(普段は温厚な青年です)、親がおかしいと思って、お祓いさせたら、治りました。ですが、その彼女(私の友達)にうつっちゃったんですね~。学校で授業中に猫の霊が乗り移って、大騒ぎになったこともあるって噂では聞いてたのですが、信じてませんでした。でも、一緒に家出したときに、夜中、突然暴れだして舌を噛み切ろうとするんです。他の友達が急いでスプーン突っ込んでセーフだったのですが、暴れて暴れて、女の子4人がかりで押さえつけても、手足が上に浮いてきちゃうんです。半目状態で「私のヒロシを返して」って聞いたこともない声で言われた時は鳥肌でした。家出中なので親も呼べず、近くの男の先輩にも駆け付けてもらったのですが、それでも押さえつけるの手いっぱいでした。なんでも、その子の家は家じゅうにお札が貼ってあるので、大丈夫らしいんですけど、やっぱり外泊とかは無理みたいなんですよ。
多分10人みたら9人は美人だって認めるような綺麗な子だったし、性格的にもおとなしい子だったので、注意をひきたくて芝居している風は(っていうよりその必要が)ありませんでした。何より、あの目つきと声が・・・・
もう全然会ってないので、その後どうなったのかはわかりません。元気でやってるといいのですが(^_^;)
moon 2007/11/29(Thu)15:42:37 編集
Re:巽さん・・
ひえ~ や、怖い話は好きなんですが☆
そんな大変な事にっ!? と言うか、さらっと家出!?(^^;)
なかなか凄い体験をお持ちで……。映画『エクソシスト』みたいですね~。
家中にお札って、普段はそれで抑えてるのでしょうか。ちゃんと御祓い出来てるといいですけど……
巽(たつみ)【2007/11/29 15:56】
後日談かぁ
こんにちは。
前の話の続き?だね。
うまく言い含められてしまったんだ。ふふふ。
afool 2007/11/29(Thu)17:40:41 編集
Re:後日談かぁ
はい。棗君、未だ未だです(笑)
巽(たつみ)【2007/11/29 18:13】
まあ、
大人ならまだしも、子供がこんなところに出入りするのは感心しません。
工事中のところとか、火事の焼け跡とか、戦争中の国とか・・・でも行きたくなるんだろうね。
私には、もうそんな好奇心ないですが、まだ巽さんには残っているのかな?
ぷん URL 2007/11/29(Thu)20:16:45 編集
Re:まあ、
大人でも感心はしませんが(笑)
況して戦争中の国……『好奇心は猫をも殺す』という言葉を贈りたくなるわ。
巽(たつみ)【2007/11/29 20:59】
無題
moonさんの話がwwwwwwww
こういう実体験ってもっと聞きたいよね?
シンは聞きたいいい。

冒険……
そういや、シンは夜中の学校には忍び込んだことがあるなぁ。黒板に悪戯書きとかしたり(笑

でも、シンは今でも、色々なドキドキ冒険したいなぁ……。
見習猫シンΨ URL 2008/08/12(Tue)11:24:01 編集
Re:無題
moonさんのお友達の行く末が気になります!
怖い話好きなんですよね~。
冒険も偶にはいいですねぇ……って、そんな悪戯してたんですか!(^^;)
巽(たつみ)【2008/08/12 17:17】
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