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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 昼も回り、天高く太陽の上った炎天下の道を友人が汗をかきかき歩いて来るのを、祖父宅の縁側で涼んでいた楡棗は見付けた。山を少し登った所にある、この家からは、下の道を歩く人の様子がよく解る。そしてこの道の先で繁が立ち寄る先と言えば、この家しか無い――棗は冷たいジュースを取りに、台所に向かった。
 そんな弟の様子に、傍らで本を読んでいた庵が顔を上げ、事情を察してふと微笑した。
 
 ややあって辿り着いた繁は礼を言いながらジュースを受け取り、一気に呷った。風通しのいい縁側に座り、一息つく。麦藁帽子を被ってはいても、夏の日差しは容赦ない。
「繁君、この頃遅いね」棗は――自身もジュースの栓を開け、兄の横には缶珈琲を置きながら――小首を傾げた。「前は午前中から遊びに来てたのに。こんな時間に外を歩いてたら暑いでしょ。日射病になっちゃうよ? 気を付けないと」
 大丈夫大丈夫、と繁は麦藁帽子を振って見せて笑う。
「確かに暑いけどね。遅くなったのは……棗、知ってるかな? 汀(みぎわ)のお婆さん。今年九十になるんだけどちょっと外れの一軒家に一人暮らしでさ、未だ未だ元気なお婆さんなんだけど、やっぱり歳だから父さんが心配しててね。時々様子を見に行ってたんだ。それで、夏休みに入ったもんだから、その間だけでも俺が行こうかなって……」
「へぇ、偉いね」棗は感心して言った。
「でもさぁ……」僅かに照れ笑いを浮かべつつも、繁は言葉を続けたのだった。

「父さんが行ってたのは一週間に二、三回。見回りの序でに寄る位だったんだけど、俺が行くようになってから『毎日来て欲しい』って言われたんだ。歳だけどすっごくしっかりしたお婆さんで、父さんが行っても『ああ、元気だよ。いちいち来なくても問題ないよ』って言ってたらしいんだけど。だからここのとこ、毎日午前中に行ってて、遊べるのは午後からなんだ」ちょっと不満げに、頬を膨らませる。「それに夏休み終わってからも、放課後でいいから来てくれないかって……」
「子供好きなんじゃないの?」棗は笑う。
「とんでもない」顰めた顔の前で手をパタパタと振り、繁は言う。「近所じゃ昔からおっかないお婆さんで通ってるんだよ? 子供が家の近くで騒いでても怒鳴られる位だし。どっちかって言うと動物好きかなぁ。前に野良猫に餌やってるの見て、話した事はあるけど」
「へぇ……。やっぱり優しい所もあるんじゃない? お婆さん」
「でも、餌をやるだけ。広い庭付きの家に住んでるけど、拾って飼うでもないし。あ、でも……家に上がった時に柱に古い傷があるの、見たな。丁度猫が爪研いだ痕みたいなの。昔は飼ってたのかもね」
「……そのお婆さん、身寄りはないの?」
「息子さんが居るらしいんだけど、この田舎町を出て余所に住んでるから……。何箇月かに一回しか帰って来ないみたい。それもあって父さんが心配してるんだよね」何と言ってももう九十歳だし、と繁は腕組みした。
「そうなんだ。でも、おっかないって言っても繁君には毎日来て欲しいって言う位だし、気に入られてるんじゃない?」言って、棗は笑った。
「そかな?」今度は素直に、繁は照れ笑いを浮かべた。
 そうして一頻りお喋りや遊びに興じた後、日の傾くより早い時計の針の動きを見て、繁は帰って行った。その手に、帰り際庵に渡された小さな包みを持って、首を捻りながら。

 翌日、やはり昼過ぎに繁が駆けて来るのを目にして、棗はジュースと――自然の風だけでは熱が下がり切らないと思ったか――扇風機を取りに行った。
 それらで涼んだ後、繁はやはり昨日と同じ様に縁側で本を読んでいた友人の兄に言った。
「庵さん、どうしてお婆さんの家に猫が居るって解ったんですか?」
 お婆さんの家に猫?――棗は目を丸くした。昨日の話ではお婆さんは猫好きではあるが飼っていない筈……。
「どういう事? 繁君」棗は訊いた。
「ほら、昨日帰りに庵さんに包みを貰ったじゃないか。開けてみたら何か細い木の枝を乾燥させたみたいなのが入ってた奴」
「ああ、あれ。そう言えば兄さん、この間散歩に出た時に何かの蔓を取って来て、それを乾燥させてたっけ。あれ、何だったの?」兄を振り返って尋ねる。
「マタタビ」短く、庵は答えた。そして傍らに積んでいた本から一冊を抜き出し、開いて見せる。五弁の白い花の付いた蔓植物。横には楕円形の実の挿画も載っていた。
「猫にマタタビのマタタビ?」そんな物どうする気だったのかと思いつつ、棗は兄も猫好きだったのを思い出す。「それで、そのマタタビがどうかしたの? 繁君」
「あれを貰った時、お婆さんの家に行く時に持って行くといいって言われたんだ。それで今日持って行ったんだけど……。そしたらお婆さんの家に猫が居てさ、早速匂いを嗅いでごろごろ言ってた」
 それを見てお婆さんも一頻り和み、思った以上に喜んでいたらしい。
「へぇ、本当に効くんだ」棗は昔の諺に感心する。
「いや、そこじゃなくて、何で猫が居るのが解ったのかって話なんだけど……」繁は話を戻す。「何でですか? 庵さん。確かに猫好きらしいとは言いましたけど」

「猫好きで、広い家に一人で住んでいて、実際過去には飼っていた事もある人が……今現在猫を飼えない理由、何だと思う?」庵は逆にそう尋ねた。
 二人の子供は暫し考える。広い庭付き一軒家。壁や柱には既に傷跡が刻まれ、今更爪研ぎを恐れる理由もない。一人暮らしなら何の気兼ねも要らない。猫屋敷になっててもよさそうな位だが?
 二人は揃って頭を振った。
「幾ら今現在元気でもそのお婆さんは九十歳。猫でも犬でも、飼ったとしてもその一生を面倒見切れるかどうか、解らない――それを恐れていたんじゃないかな。お婆さんは」
 あ、と二人は顔を見合わせた。
 飼い犬や飼い猫の寿命は環境にもよるが十数年から二十年程。棗達の様な子供からすれば、動物に先立たれる事は恐れるが――自分が先立ち、飼われる事に慣れた彼等を残して行くかも知れない事など、先ず考えない。
 だが、齢九十ともなれば……。
 我が子程に可愛がれば可愛がる程、その別れは悲しく、残して行くのは忍びない。老いの身にその温かくも柔らかい生き物は安らぎをもたらしてくれるが、自分がそれ以上のものを与えられるか――与え続けられるかは不安の元でもあった。
 だからこそ、それを手にする事は出来ない……そう思ったのだろう。
「況して完全に室内飼いにするとすれば、自分の死後、何日も家に閉じ込められ、餌も獲れない状況に置くかも知れない……。それを考えたら、僕ならやはり飼えないな」本を閉じて、庵は言った。
「でも……じゃ、どうして今頃……?」繁は首を傾げる。
「状況が変わったから」庵は微苦笑して言い、その繁を指差した。
「俺?」自分の鼻先を指して、繁は目を丸くする。
「繁君のお父さんが来るのは週に二、三回。息子さんに至っては何箇月かに一回。ところが君は頼めば何のかんの言いながらも毎日来てくれる。もし自分に何かあっても、君が異変に気付いてくれる。野良猫に餌をやっている自分に話し掛けてもくれた――猫嫌いだったり、興味が無ければ態々話し掛けないだろう?」
「そりゃまあ、俺も猫好きですけど……それが何か?」繁は途惑う。
「自分の身に何かあっても、君が猫の世話を引き継いでくれると思ったから……じゃないかな。君には猫の一生どころじゃなく時間があるし。それに繁君、猫を見捨てられる?」
「……連れて帰っちゃいます」マタタビの効果を差し引いても矢鱈人懐っこかった猫を思い出し、繁は頷いた。「然もそんな事情だったら、母さん達もその猫を飼うのに反対しないと思う。多分」
「それで毎日来て欲しいって言ったんだね、お婆さんは」棗は納得する。
「もしもの場合に猫を預けても大丈夫かどうか、人となりを見たかったのもあるだろうね」
「大丈夫と思われたんですね、俺」苦笑しながらもどこか誇らしげに、繁は言った。「でも、何で、今日猫が居るって……」
「いつ飼い始めるか迄は解らなかったよ」今度は庵が苦笑する。「君なら認められるだろうし、飼える状況が整ったのなら、また飼いたくなっても不思議じゃないと思っただけ。だからマタタビを分けたんだ」
「分けたって事は未だあるの? マタタビ」棗が首を傾げた。「何に使うの?」
 家からちょっと行った所にある無人の小屋に猫が住み着いている――そう聞いて、居ても立ってもいられない様子で、兄からマタタビを貰って繁と一緒に駆けて行った棗もまた、猫好きだった。

                      ―了―

 猫だらけだ(笑)

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こんばんは♪
年を取ると、そうだよねぇ!
これから先、20年近く生きられるか?なんて事を考えたら、躊躇してしまうよねぇ!

死なれるのは悲しいけれど、可愛がってた子を残して自分が死んでしまうのは、もっと悲しくて辛いだろうねぇ・・・・・
クーピー URL 2008/07/12(Sat)00:23:49 編集
Re:こんばんは♪
外飼いの子なら未だどこかの別宅(笑)でご飯貰えるかもって思うけど、完全室内飼いだと自分が死んだら……って考えちゃいますよね~(--;)
アニマルセラピー効果もあってお年寄りと猫さんは相性良さそうなんだけど。
巽(たつみ)【2008/07/12 17:10】
ほんと
猫だらけだ(笑)
今度の猫は何色~?
冬猫 2008/07/12(Sat)01:00:04 編集
Re:ほんと
色々~(笑)
巽(たつみ)【2008/07/12 17:10】
おはようございます♪
母がねぇ同じようなことを言うんですよね
もう、猫は飼わない、って
それでも何故か実家には猫が絶えません(笑)

つきみぃ URL 2008/07/12(Sat)08:00:57 編集
Re:おはようございます♪
お好きですね~母上様^^
やっぱり居ないと寂しいんですよね、にゃんこ☆
巽(たつみ)【2008/07/12 17:14】
おはよう!
都合の良いばあさんだなぁ。(笑)
さて、近所の無人の屋敷に居るという猫達を、どうする?
afool URL 2008/07/12(Sat)11:29:52 編集
Re:おはよう!
餌付けする→殖える(笑)→更に餌付け→エンドレス(爆)
猫町になるがな~(--;)
巽(たつみ)【2008/07/12 17:16】
こんばんわっ
そうですよね。
ずっと面倒見てあげられるか考えたりしますね。
私もお迎えする時、考えました。

最近は責任感のない人達がたくさんいて、
かわいそうな動物が多いですね。
ふわりぃ URL 2008/07/12(Sat)21:58:18 編集
Re:こんばんわっ
やはり家にお迎えした以上は一生面倒見て上げないとね(^-^)
大きくなったから、とか飼い難くなったから、なんて理由で捨てる様な人は生き物飼っちゃいけませんよね☆
巽(たつみ)【2008/07/12 23:22】
無題
どもども!
マタタビの原木って、もの凄い効き目っすよ~!
酔っ払いすぎて酒乱の気が出ても、責任もてませんから(笑)
ホント年を取ってくると、動物の世話がいつまで出来るんだろう?って考えちゃいますよね。
元気なうちはいいけど、病気でもしたらって思うと…これ以上は増やせないっすね
猫バカ1番 URL 2008/07/12(Sat)22:32:47 編集
Re:無題
そう言いつつクマちゃんが……。あ、クマちゃんはもう数に入ってるのか^^
猫バカさん、未だ○十代入ったばかりじゃないですか! でも身体だけは大事にして下さいね! 猫さん達の為にも!!(←おい)
マタタビ原木、そんなに凄い効き目なんですか~。一度クマちゃんに……いや、酒乱になったら困るか^^;
巽(たつみ)【2008/07/12 23:28】
このシリーズも読み終わった♪
棗君が背伸びしたがってる感じが出てて
可愛いかったw
どのキャラも人間味が溢れてて
架空のはずなのによく知ってるような感じに
思えてちゃったw(*´ェ`*)ポッ
♪みえたん♪ 2008/08/26(Tue)20:47:37 編集
Re:このシリーズも読み終わった♪
有難うございます(^^)
ちび棗、背伸びしつつも庵兄さんに追い付きたいお年頃♪
人間味、出てますか? そう言って頂けると嬉しいです~(*^-^*)
巽(たつみ)【2008/08/26 22:12】
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