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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「いや、参ったっすよ」ぐいっと呷った麦酒のグラスをカウンターに置くなり、牧武は口を開いた。「本当に天井から足音がするんすから」
「お前さんとこ、そんなに古かったっけか?」その様に呆れた様に口を挟んだのは、常連の瀧だった。
「いえいえ、うちじゃないっすよ。会社の後輩の、泉って奴のマンションですよ。今日奴が風邪だとかで休んだもんで見舞いかたがた様子を見に行ったんっすよ。そしたら何かこう……風邪以上に、神経的に病んでる感じがしたもので、話を聞いてみたら、天井から響く音が煩くて眠れないんだ、とこうきたんすよ」
「上の階の人間に苦情を言えばいいじゃねぇか。まぁ、揉め事を起こしたくないのも解るが、神経病む様になっちゃあ、背に腹は変えられないだろう」
「俺もそう言ったんすよ。そしたら奴は引っ越して来たばかりだから、とか、ぶつぶつ言ってましたが……。新参者だってちゃんと金払って入ってるんすから、居住環境を守るのは当然の事でしょ?」
 瀧が頷くのを待って、武は言葉を続けた。
「だから、お前が行けないんなら俺が話を付けてやる! って、部屋を出たんすよ」
「ほぉ、やるじゃないか、タケ坊」
「タケ坊は止して下さいって。それで奴が止めようとするのを無視して、上の階へ行こうとしたんすけど……」先程迄の勢いはどこへやら、武の声は徐々に小さくなっていく。
「何だい、結局尻込みしちまったのかい?」褒めるんじゃなかったな、という顔の瀧。
「違いますよ。行こうとしたんす。けど、そのマンションは五階建てで……後輩の部屋は五〇一号室でした」武はここで一旦唾を飲み込んだ。「詰まりっすよ? 後輩の部屋の上は、もう屋上なんすよ。然もそこへの階段はもうずっと鍵を掛けられた儘で、最近開けられた様子さえ無かったんす」
「それは……詰まり」
「奴が文句も言いに行かず、俺を止めたのは、どうも相手が人間じゃないから……だったみたいっす」武は引き攣った苦笑いを浮かべた。
「……幽霊マンション?」こういった話の好きな瀧は、俄然、興味を持った様だった。 

「それでも一応、何かの錯覚かも知れないからと思って、俺、その晩奴の部屋に泊まり込んだんすよ。ほら、幽霊の正体見たり枯れ尾花って事もあるし」既に二度ばかりそんな事で大騒ぎしている前科者は、今回は少々冷静だった様だ。
 その泊まる準備がてら、武は近くのコンビニで件のマンションについて聞き込みをしてきたらしい。
「いいマンションだから、入居を考えてるんだけどって言ったら、色々教えてくれましたよ」憂鬱そうに彼は言った。「あのマンション、特に五階の人間はなかなか居着かない、とか。時々帰りもせずに、店で週刊誌を立読みして夜を明かした人も居たとか……。かと言って、何か事件があったとかいう話は聞いた事が無いそうなんすけど。だから、もしかしたら五階の他の部屋の住人もあの足音に悩まされてるのかも……」
 それで実際にこのマンションで何かあったんじゃないか、その説明を大家や不動産屋は怠っているのではないかと噛み付いた入居者も居たそうだが、実際過去に遡っても説明責任が生じる様な事態――自殺や殺人の現場になったなどという事――は無く、却って名誉毀損で入居者が訴えられるという事態に発展した事もあったと言う。無論、その入居者はマンションを出た。
「ところがこのマンション、年間契約制度だとかで、途中解約しても次の年度迄募集はしない。その分の損害を穴埋めしろって、残りの月の賃貸料迄要求したって言うんですよ」呆れ返った顔で、武は肩を竦めた。「確かに予めそういう条件はあったそうなんすけど……」
「あんまり、阿漕だなぁ」瀧も眉を顰める。「それで、本当に足音は……?」
「その夜の事なんすけどね……」武は声を落とした。

 泉のベッドの横に布団を敷いて、武は毛布に包まった。
 そうして落ち着かないながらもお休みの挨拶を交わし、それぞれに床に就いた頃――ぎし、と天井が鳴った。
 二人は思わず顔を見合わせ、次いでその視線は天井に向けられた。天井には見る限り何の異変も無い。だが、確かに音は天井から降ってくる様だった。
 ぎし、ぎし……。
 それは部屋を横切る様に移動し、行ってしまったかと思えばまた来た道を戻る、そんな事を繰り返していた。何往復も、何往復も。
 耳を塞ぎ、布団に潜り込んで何やら唸っている泉の様子を見て、この儘此処に置いておいてはいけない、と武は思ったと言う。
 そして始発が動き出す時間になると、彼は後輩を自分の部屋に連れて来たのだ、と。

「あの儘あんな部屋に置いといたら、只の風邪だって治らないっすよ」
「それで、こんな所で飲んでていいのかい?」瀧は冷やかす様に言った。「いや、こんな所と言っては失礼だが」
 場所はいつものバー『Ringwanderung』――彼等の行き付けの場所だった。
「いえ、此処なら何かいい知恵が転がってないかと思いまして」武は苦笑する。「この儘あいつに転居を勧めるにしても、それじゃあ結局経済的な負担が残るし……。何か気に入らないんすよね、あのマンションのオーナー」
「だとさ」言って、瀧はカウンターの奥に話を振った。
「幽霊の足音ですかぁ」微苦笑と共に言ったのは店主の弟、楡棗だった。「一応訊きますけど、天井に人が入る余地は?」
「それは点検用とか、充分あると思うっすけど……外から見た感じから言っても、それは精々人が這って移動出来る程度の空間っす。けど、俺等が聞いたのは何と言うか、音が独立してるって言うか……ずりずり這いずってる感じじゃなくて、立って歩いてる感じだったっす。けど、例え子供だったとしても立って歩ける余裕があるとは思えないんすよ」
 立って歩けるとしたら精々二、三歳の幼児。しかしそんな幼い子供の体重で立てられる音とも思えなかったと言う。壁なども厚く、しっかりした造りのマンションで、その程度の子供の足音など聞こえないだろう、と。
「何も事件の無かった所で幽霊なんて……出るんすかね?」恐る恐る、といった体で武は尋ねた。
「奇妙な話とかなら、瀧さんの方が詳しいと思いますけど」棗は苦笑した。「本当に幽霊じゃないかも知れませんよ?」
「ほ、本当っすか?」武は思わず腰を浮かした。「け、けど、あの音は……?」
「牧さん」それ迄他の客の求めに応じて種々のドリンクを用意していた店主が、落ち着いた声で言った。「ぎしっと天井が軋む様な音をお聞きになられた時、実際の天井には全く異変は無かったのでしたよね?」
「そうっす」武は頷いた。「だから逆に気味が悪くて……。天井が足音に合わせてへこみでもしていたら、未だ人かもって考えるんすけど……でもやっぱり人が立っては……」堂々巡りに陥り、武は唸る。
「音は部屋を横切って、また帰ってを繰り返していたのでしたね?」
 武の首肯を受けて、店主・楡庵は言った。
「そのマンション、何ヶ月毎にかメンテナンスが入りませんか? 天井裏の配線迄調べる様な」
「あ、確かによく業者が出入りしてるってコンビニの人が言ってたっす」
「実際に調べてみなければはっきりとは言えませんけれど……」そう前置きしつつも、庵は言った。「天井裏に何かの音響器具が仕掛けてあるのではないかと」
「音響……器具?」武は目を丸くした。
「恐らくは等間隔に並べて、それを順に鳴らすようにセットされている筈です。丸で足音の様に」
「じ、じゃあ、あの音はその仕掛けから……」
「恐らく。メンテナンスの業者も共犯ですね。時折それらの電池交換などのメンテをしていたのでしょう」
「……じゃあ、主犯はやっぱり……あのオーナーっすか!」
 庵は頷いた。
「目的はやっぱり契約料金だよね?」棗が兄に言った。「名誉毀損での賠償もあるかも知れないけど。実際幽霊だの何だのも、その由来も無いんだから裁判になれば入居者が不利ですよね。もしもマンションを調べようなんて事になった時にはさっさと仕掛けを回収して、知らん顔を決め込めばいいんだし」
「つ、詰まり、奴等は入居者を追い出したかったんすか?」憤りを帯びた声を、武は上げた。「何で……!?」
「人が居ればその分、部屋は傷みますからね。人が居ないのに契約料としてお金が舞い込むのなら……そう考えたのでしょうね」庵は眉を顰めた。
「そんなの酷いっす!」武は分厚いカウンターに思わず拳を叩き付け、その痛みにのた打ち回った。
「兎に角、天井裏を抜き打ちで調べてみるに限りますね」と、棗。「それで証拠が見付かれば、後輩さんもそこを出るのに、後顧の憂いが無くていいでしょうし」
「調べてみるっす!」頷くなり、武は踵を返し――偶々入れ替わりに店に入ろうとしていた常連仲間の警官をひっ捕まえ、件のマンションへと一路駆けて行った。

 その晩、彼らによって天井に仕掛けられた奇妙な配線が発見され――警察による本格的な立ち入り調査が始まったと言う。

「泉は暫く田舎に帰る事になったそうっす」僅かに寂しげな笑みを浮かべて武は言った。
 後日の「Ringwanderung」にて。
「幽霊かと思っていた時も怖かったけど……人間も怖いものだって」
 それでも武や一緒に調べてくれた警官や、答えを出してくれた店主達には感謝している、いつかまた、改めて礼を言いに来るから、と、笑っていたそうだ。

                      ―了―

 afoolさんリクエストの(え? してない? 笑)久方振りの「Ringwanderung」っす☆

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ほんま、久々やね。
足音ね・・・ 
うちも、上の階から聞こえるしぃ~(-_-;)
空き部屋やったら、どうしょう(>_<)
ぴぴ 2008/11/15(Sat)00:39:44 編集
Re:ほんま、久々やね。
うちも上の階の(多分)子供が煩くて(--メ)
まぁ、だからこんな話になったんですが(笑)
しかし上の階……真上って子供おったっけ?
巽(たつみ)【2008/11/15 21:32】
うふふ
ツッコミツートップの一人としては黙ってられない箇所が有ります…が、黙っておくよ。
2、3ヶ所有るから見直してみてね~

ホントに久しぶりだね~~懐かしいです。
冬猫 2008/11/15(Sat)02:51:49 編集
Re:うふふ
うお☆
急いで書くとこれだから(^^;)
巽(たつみ)【2008/11/15 21:33】
こんにちは
ここにも「探偵」が(笑)

ごめん、なんかBP学園の栗栖とかぶる~(汗)

でも、原因がはっきりしたのに
田舎に引っ込む必要あるの?
そんなんじゃ、都会で暮らせないぞ~(笑)

田舎で精神力を鍛えてることを祈るわ(笑)

ちなみに、我が家もすごい音がします。

でも、きっとネコ。
と信じてます。
だって怖いもん
なっち URL 2008/11/15(Sat)12:00:13 編集
Re:こんにちは
この兄弟の方が元からだけどね~(^^;)
関西弁は喋りません(笑)
泉君、人間不信に陥り気味?
凄い音ですか~。
……猫ですよね、猫。きっと……ね♪
巽(たつみ)【2008/11/15 21:36】
こんにちは
推理する羽目になって、余計な事言わなきゃよかったと思ったよ。(笑)
でも、解けた。多分、音響装置だろうって。

ところで
>もしかしたら五階のの他の部屋(コンビニでの会話)
5階のの?(笑)

>自殺は殺人の現場(コンビニでの会話)
自殺は殺人?(笑)

>幽霊化と思っていた時も(終わりの方)
幽霊化?(笑)

やった~。ハットトリックだ!
ツッコミツートップとしては、満足じゃ~。(爆)
これでまた、目が悪くなるかもな~。(笑)
afool URL 2008/11/15(Sat)13:08:29 編集
Re:こんにちは
おのれ、ツッコミツートップ!(笑)
この所為で目が悪くなるのか、元々悪いからツッコミネタ満載なのか(爆)
巽(たつみ)【2008/11/15 21:38】
しまった!
冬猫さんのコメント読む前にコメントしちまったい。(^_^;)
afool URL 2008/11/15(Sat)13:10:33 編集
Re:しまった!
や、教えてくれて有難う^^;
巽(たつみ)【2008/11/15 21:39】
ほほー
ラップ音という言葉が出て来た私はどうすれば。。
大き過ぎると人為的なもの、小さいと……という風に捉えております←だから何
しかし泉さん、災難でしたねー^^;ひょっとすると人じゃなかったほうがまだ良かったのでは。。
らすねる 2008/11/15(Sat)16:21:03 編集
Re:ほほー
人じゃなかったら人じゃなかったで……(^^;)
結局はそんなトコ住めるかい! って話になりそうですね(笑)
ラップ音……古い家だと家鳴りなのかラップ音なのか、区別がつかなさそう^^;
巽(たつみ)【2008/11/15 21:42】
ココは
ツッコミ厳しいねぇ(^_^;)

嫌なオーナーだな、こんなヤツはろくな死に方しないぞ!!
つきみぃ URL 2008/11/15(Sat)18:10:45 編集
Re:ココは
ツッコミツートップが居ますから(笑)
オーナー、これからの人生踏んだり蹴ったりだろうなぁ。
巽(たつみ)【2008/11/15 21:44】
無題
どもども!
読んでる途中で音響ってのは予想したけど、家では実際に足音がするんですよ!!
平屋建てなんで2階の住人は居ないし、天井裏に入っていけるのは私の寝室の押入れからだけなんですよね~。
もっともその足音は人間や幽霊の物でなく、たぶんネズミ系じゃないかと思いますがww
猫を飼ってるのにネズミが住む家って…何か素敵じゃないっすか?(笑)
猫バカ1番 URL 2008/11/15(Sat)21:31:26 編集
Re:無題
あれだけの猫が居るのにネズミ!?(笑)
ある意味ツワモノですね! それは!
ひとみさんに狩られちゃったりしないのかしら?
それとも……今迄に狩られたネズミが……(笑)
巽(たつみ)【2008/11/15 21:49】
こんにちは♪
泉さんは、とんだ災難でしたねぇ~!
まったく!なんちゅうオーナーでしょう!

この際、こっぴそくお灸をすえた方が良いね!

それにしても本物の幽霊でなくて良かったよね!
クーピー URL 2008/11/16(Sun)14:09:08 編集
Re:こんにちは♪
本物の幽霊も怖いけど、人間の欲も怖いかも?
良介君が遊んでるだけならOK?(笑)
巽(たつみ)【2008/11/16 20:56】
無題
うんうん。
変な家主は泥棒と同じくらいコワイ。

マスターキー持ってるだけに、泥棒より怖いかも。
moon URL 2008/11/19(Wed)05:15:21 編集
Re:無題
質悪いですよね~(^^;)
入り放題やもん。
巽(たつみ)【2008/11/19 22:08】
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