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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「道端で消火器を見たら気を付けた方がいい」
 そんな噂を聞き込んで来たのは、例によって瀧だった。
「消化器科? それは気を付けた方がいいかも」例によって頓珍漢な事を言うのは牧武。「瀧さん、殆どいつもこのバーに居るんすからねぇ」
「……生憎胃腸も肝臓も丈夫だよ」呆れつつも瀧は言う。「俺が言ったのは消火器。赤くて火を消す方だよ」
「あ、そっちっすか……」武は照れ隠しに麦酒を呷る。「それでその赤いのが何か……?」
「それが道端にあると、数日後に近辺で放火があるって言うんだよ」
「放火!? そう言えば最近多いっすね……」
 そんな話題が耳に刺さったのだろうか。潜ったばかりの扉をUターンし掛けた男が一人。
 が、機先を制する様に店主の声が掛かった。
「いらっしゃいませ。椚巡査」
 その穏やかな声に、旧友の僅かばかり意地の悪い笑みが含まれていた様に、椚要は感じた。

「いや、見回りを強化してもいるんですがね……」市民二人を相手に、公僕はなるべく言い訳に聞こえない様に……言い訳していた。「でも消火器の話は初耳でしたね。うちの管内では起こってない所為か、他の所轄からの情報には……」
「無かったのかい。これだから警察関係は縦割りで横の繋がりが無いって言われるんだ」と、瀧。
「返す言葉も無いです」椚は素直に項垂れた。
 実際、椚達には見回りを徹底せよという指示はあっても、情報自体は少なかったのだ。こうなれば瀧の噂でも有難い位――そんな状況だった。
 しかし何故、放火現場に――然も放火の前に――消火器が?
 これが後ならば近所の誰かが初期消火にと持ち出して、うっかりその儘という事もあり得る――それでもそうそうある事ではないが。
「こういうのはどうっすか?」武が挙手する。
 彼の案によると――放火犯は愉快犯の面が強く、自分の仕出かした事で他人が騒ぐのを見て、喜ぶものだ。が、同時に小心者でもある為、大事にはしたくなくて用意してあるのではないか?――という事だった。
「大罪はしょい込みたくないって事なんじゃないっすかねぇ?」
 タケ坊にしては筋が通っている、と瀧と椚は頷いた。
 が――。
「でも、どうして数日前に用意するんでしょうね?」通りすがりに、棗が疑問を投げて行った。


「……確かに……直前なら兎も角数日前に用意していて、不法投棄と判断されて撤去されちゃあ、何にもならないよなぁ」椚が首を捻る。
「むむ……。だとすると、これも変かな?」瀧が唸る。「椚巡査に調べて貰おうかとも思ってたんだが……」
 何を、と問うと瀧は眉間に皺を寄せて慣れない言葉を脳裏から捻り出そうとする様子。
「何だっけな……みゅんへん……でもないし……」
「ミュンヒハウゼン症候群ですか?」さらりと言ってのけたのは楡庵。
「そう」瀧が手を打つ。
「本当に思い出したんすか? 瀧さん」
「楡さんが言うならそうなんだよ」
「……」武は眼を眇める。「で、何なんすか? 楡さん。そのややこしいの」
 そっちに訊くか、と瀧が苦笑した。
「ミュンヒハウゼンというのは一七〇〇年代のドイツの男爵でしてね、戦争での戦果をかなり鯖を読んで報告したそうで……『ほら吹き男爵』と呼ばれたそうです」
「見栄っ張りなんすね」
「そうですね。英雄願望が強いと申しますか……人に認めて貰う事への執着が強かったのでしょう。その名を冠したこの症候群の患者の特徴でもあります」
「それとこの事件と何の関係が?」椚が先を急がせる。西洋史は大嫌いだった。病気も。
「この症候群の患者は時として、自らが英雄となる為に、態と危機的状況を作り出す事があるんです。そして代理として他人を危機に追い込み、それを救う事で――救おうとする事で――自らの欲求を満たそうとする事も……」
「……詰まり、この事件の場合、瀧さんが言いたいのは……」
「何度も現場に居合わせて一番に駆け付けて消したぞ~って顔してる奴とか居なかったか調べて貰おうと思ったんだがな」瀧が頭を掻く。「だとしても、やっぱり先に用意する意味が無いよなぁ」
 しかしまぁ、調べて損をする事も無いだろう、と椚は調査を了承した。善は急げとばかりに、夜勤の者に携帯を掛け捲っている。
 が、やがて頭を振った。
「第一発見者及び初期消火への協力者の中に同一人物は居ないそうです」
「そうか……」瀧は肩を竦めた。「じゃ、ミュン……は無し、と」
 舌噛み掛けたんだ、と武が忍び笑い。
「消火器の中身が掏り替えられてる、なんて事も無いですよね?」また、棗が通り過ぎる。今夜はなかなか盛況の様だ。

「掏り替え……って、消化剤以外の物に?」椚が振り返る。「真逆……逆に燃える油とか……」
「消化剤は普通泡か粉末ですよ」庵が言う。「液体ではありませんし……油は粘性が強いですから、噴霧には向かないかと」
「でも同じ粉でも、小麦粉とかなら危険な場合もあるよね?」と、棗。
「確かに。粉塵爆発ですね……」庵が頷く。
「小麦粉に爆発?」異様な単語の取り合わせ、とばかりに武が眉根を寄せる。「粉塵爆発って、炭鉱ではよくあったって聞いた事あるっすけど……」
「原理は同じです。可燃性の粒子が空気中に大量に舞う事で、ちょっとした火花でも……粒子の細かい小麦粉はこれが起こる可能性があるんですよ」
「詰まり、消化剤と思って噴霧したら空気中にそんな粒子が散乱して爆発する……とか……?」庵の説明に思わず真剣な顔で椚が携帯を握り締める。直ぐにでも消火器全てを回収させそうだ。
「ま、そんな事する位なら、噂になる前からやってますよね」またまた、棗。「段々怪しまれる様になるだけなんだから」

「……」椚が鼻白んでいる。「棗君。忙しいのは解るけどちょろちょろっと来て、否定して行くのは止めてくれないかな? 大体掏り替えがどうのって言い出したのは……」
「無いですよねって言いましたよ?」棗が笑う。
 しかし、流石に悪戯が過ぎたと思ったか三人に向き直り軽く頭を下げて、訊いた。
「消火器の特徴は何ですか?」と。
「火を消すという主目的はこの際忘れて下さい」と庵が付け足した。
「火を消す……以外……」瀧が呟き、三者三様に首を捻る。
「赤い」と武。
「円筒形」と瀧。
「小型と言いつつ重い」椚の言葉に続いて庵が「そして硬い……ですね」
「凶器に最適」と棗が笑った。

「き、凶器って……!」一番聞き慣れている椚が真っ先に反応した。「確かに持ち上げて振り下ろせない程の重さじゃあないし、鈍器としては充分だが……。だが、何で態々消火器なんかで……!?」
「話し変わりますけど」棗がしれっと言う。「こんな噂が流れてる中で、自分の家の近くに消火器があったら……どうしますか?」
「……」また、三者三様に思いを巡らせている様子。
「椚さんに相談する」と武が挙手。
「一般論でお願いしますよ。知り合いに警察関係者が居ない場合はどうします?」棗は苦笑い。
「……普通なら、噂位じゃ警察には届けないだろうけど、気味は悪いよな」瀧は言う。「丸で目印か犯行予告みたいでさ」
 ならばどうするか?
「どこかに移動する……かな? 捨てるとか」椚が纏めた。「ま、それで止めるかどうかは解らんが」
「そこを他人に見られたら……どう思われるでしょうね?」棗は可笑しそうに言う。「除けようとしているのか、置こうとしているのか……一見して判りますか?」
「それは……俄かには判り兼ねるなぁ」
「置こうとしている放火犯だと思って、誰何したら向かって来たので思わずその場にあった消火器で殴った――そう説明されたら、完全否定出来ますか?」
「犯人としては狙った相手が居るものかどうか」庵が――棗が手足を止めてしまった分、忙しそうにしながらも――続けた。「あるいは先程瀧さんがおっしゃった、ミュンヒハウゼンな人かも知れませんね。手が込んではいますが、放火犯を倒したとなれば英雄扱い……そう考えそうですからね」
「……防ぐには?」
「少しは御自分で考えて下さい。椚さん」庵は肩を竦めた。「何にしても、消火器の近辺に居る筈ですよ。標的となる方が消火器に手を掛けたその時に、居合わせなければならないんですから」
 それだけ聞けば充分とばかりに、椚は店を飛び出して行った。基本的には、職務に忠実な男なのだ。
 現に、こうなる事が解っていたのか、アルコールの入っていないしっかりとした足取りだった。
「……バーに何しに来るんすかね? 椚さん」武が首を傾げる。「マスター、相談料ツケといたらどうっすか?」
 庵は微苦笑しただけだった。

                      ―了―

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こんばんわ♪
ううっ。
結末がミステリー!!
犯人の言い分が聞きたいです~(-。-)y-゜゜゜
巽さん、後編お願いしますm(__)m
moon 2007/10/29(Mon)00:03:08 編集
Re:こんばんわ♪
後編ですか!
う~む、元々近所の路上に消火器がぽつんとあるのを見て考えた「かも知れない系」ミステリーですからねぇ
犯人側目線から――シリーズ路線外れるけど――書いてみるのもアリかな?
巽(たつみ)【2007/10/29 00:32】
うーむ。
椚が犯人を捕まえて、犯人から聞いた動機なり理由なり何なり…。
大義名分を振りかざしてまで、殺意を持った理由なんかを、続けて書いたら如何でしょうか?
でも犯人目線も読んでみたい気もする(←わがまま)

赤いブツは、何処で買ったのか?盗んだのか?そこら辺も気になる所…買ったら足がつくから盗んだのかな??
しかし巽さんとこのは、何だったのかしらね?
冬猫 2007/10/29(Mon)01:52:48 編集
Re:うーむ。
何だったんでしょうねぇ?
駐車場位しか無い所にぽつーんと一本、ありまして。
勿論火事はありませんよ(^^)

夜霧が「近辺で放火がいらっしゃいませ」とか言う~
巽(たつみ)【2007/10/29 15:44】
消化器系。
相変わらず、武さん突っ走っておりますな。
ぷん URL 2007/10/29(Mon)06:55:18 編集
Re:消化器系。
はい(^^)
マイペースなタケ坊です。
書いてて楽です。ん? それは私も同類という事に……?
巽(たつみ)【2007/10/29 15:53】
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