忍者ブログ
〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
Admin Link
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 シャラーン、シャリーン……。
 手の中で振る度に、微妙に違う涼やかな音を奏でる銀色の球体。直径五センチ程だろうか。音はさして大きくない。しかし柔らかな音が耳に心地いい。
「椚さん、それ何すか?」似合わない物を持っている、という台詞を表情で言い足して、牧武は常連仲間に尋ねた。「何で音がするんすか?」
「鈴みたいな穴も無いしなぁ……」と、瀧。
「……何とかボールって……何だっけ?」音に聞き入っていたのか、考え事でもしていたのか、椚要の反応は鈍かった。「楡、知ってるか?」カウンター奥に声を掛け、問題のボールをカウンターに転がす。金属が板にぶつかる音に、シャラシャラという音が続く。
「オルゴールボール、もしくはハーモニーボール……他にも呼び名はある様ですが、そういった類の物ですね」拾い上げて、店主の楡庵は言った。
「それ、何で鳴るんすか?」武はそこが気になるらしい。確かに見た目は只の銀の球体なのだ。
「中が空洞でしてね、球体に沿う様にしてオルゴールの櫛の様な物が並んでいるんですよ。そこに中に入れた金属片が当たって音を立てるんです。空洞中で鳴る分、音が反響してこういう音になるそうですよ」
「へぇ……。女性に喜ばれそうっすね。でもそれを何で椚さんが?」心底不思議そうに、武は尋ねた。

「ある家でな、強盗事件が起こって……」椚は言った。
 ここで当然の様に守秘義務に関していつものやり取りがあったのだが、庵対棗、武、瀧の連合軍ではやはりいつもの様に軍配は連合軍に上がった。
「それが外部犯を装ってはいるものの、内部犯の見込みが高いんだ。それで……俺はどうもこれが気になるんだよなぁ」言って、庵から返却されたボールをまじまじと見詰めた。

 屋敷には被害者である主とその妻、そして三人の娘婿が立ち寄っていた。三人の娘達は仲が良く、その子供達と共に旅行中。義理の息子達はその間、食事に呼ばれる――この家ではよくある事らしかった。
 そしてその日、翌日は皆休みという事で泊まっていく事になったらしい。客間はそれぞれ一人ずつ。それを直ぐに用意出来る程、屋敷は広いと言う。
 主達は同じ寝室で、狙われた金庫もその部屋にあった。
 皆が寝静まった深夜二時、賊はリビングから侵入したと考えられた。大きなサッシ窓のクレセント錠近くにテープを貼って、可能な限り音を立てないように硝子を割り、解錠したと考えられた。靴を脱いでいたのか、横切ったと思われるカーペットには目立つ足跡は無し。
 そして真っ直ぐ主達の部屋へ行くと、二人を脅して縛り上げ、金庫をあさったと言う。目撃者でもある主達は怯えていたのと僅かな懐中電灯の灯しか無く、直ぐに目隠しをされた所為もあって、犯人は黒ずくめの男としか認識していなかった。顔にはお約束の黒の目出し帽。体格的にもこれといった特徴の無い中肉中背だったと言う。
 悲鳴は夫人が僅かに上げたものの、部屋は一階。二階の客間で眠る義理の息子達には届かなかった様だ。
 そして翌朝、姿を現さない二人を不審に思った娘婿の一人によって、二人は発見。事件が露見したのだった。

「それで、どうして内部犯だと? それにそのボールはどう関わってくるんすか?」武が首を捻った。
「サッシ窓は確かに外から割られていた。只、相当手加減して割ったのか、そこから手を入れて錠を解くには、穴が小さ過ぎ、遠過ぎた。あの位置からでは、錠に届く前に硝子で腕を切ってしまう。ところがそんな跡は無かった。だから外から割ったのは外部犯と見せる為の偽装だ。それに外にも不審な足跡は無かった。婿達を含めた家族のもの以外はな。それに余計な所へ立ち寄った様子も無く、真っ直ぐ夫婦の寝室へ向かったらしい」掌でボールを転がしながら、椚は説明した。
「盗まれた物は?」瀧が訊く。
「主に足の付かない現金。およそ一千万。但し事件発生から発覚迄約六時間。明け方迄に隠しに行こうと思えば不可能じゃない」
「なるほど。それでボールは?」武はそれが気になる様だ。
「ボールは寝室の入り口に転がっていた。ドアの直ぐ内側だ。ところが普段は夫人のベッドの傍らのテーブルに置かれていた物らしい。因みにこれは同じ物を買って来たんだ」それ程気になるという事か。
「そんなの、犯人と揉み合った時にでも落ちて転がったんじゃないんすか?」武は眉根を寄せた。「どうやって置いてたのか知らないっすけど、ボールなんだし、ちょっと当たれば……」ころころ……っと、指で円を描いてみせる。
「普通に考えればそうなんだろうが……。夫人は殆ど抵抗らしい抵抗は出来なかったと言うし、余りに位置的に……作為的なものを感じるんだよなぁ」
「どんな風に置かれてたんですか?」棗が尋ねた。
「内開きのドアの直ぐ横。ドアの可動側じゃなくて、壁際にぽつんと」
「縛られて目隠しをされていた間、二人が何か気付いた事は無かったんですか?」
「発見時、寝室の大きなサッシ窓も開けられていて、ここから逃げたんじゃないかとも思われたんだが――これがかなり早い段階から開けられていたらしい。逃げる準備だったと思われるが。お陰で身体が芯迄冷えちまったとぼやいてたよ。後はやっぱりこれが気になるんだが――」椚は手の中のボールを見下ろした。「何回か、これの音がしたって。これも盗られたんじゃないかって、これは夫人が心配してたらしいけど」
「という事は、金庫は開けた時、ドアからは見易いけど、金庫側からは扉が邪魔になるとかしてドアが見え難かったんでしょう」棗が情景を脳裏に展開する様に視線を上に向けながら言う。
「……確かにそうだが……何で解る?」やや薄気味悪げに、椚は問うた。
「犯人は元々はそのボールを扉が開いたらぶつかる所、音が鳴る所に置いていた筈ですよ。鳴子代わりです。もし誰か来た時に窓から逃げ出すにしても――実際には内部犯なら窓から逃げはしなかったと思いますが――早く気付かないと拙いと思ったんでしょう。そして本当に逃げる時にはドアから、廊下に出て、用済みになったボールはその辺に転がしておいた」
「なるほど……。しかしそうだとして、三人の内の誰なのか……」
「三人が共謀って事は無いんすか?」武が挙手して訊く。
「三人共、妻達とは逆に仲は悪いそうだ。夫妻にもよくそれぞれにプレゼント攻勢でゴマを摺っていたらしい。長女の婿は実はもうかなりの歳だが商社通いで出張の度に珍しい物を買って来るし、次女の婿は何でも音楽関係の仕事らしいけど、こっちもツアーの度に貢ぎ物。三女の婿は海外出張が多いらしい。そう言えばボールも彼の出張土産だそうだよ」
「じゃ、その人はこれが音が鳴るボールだって知ってた訳っすね?」武の声が勢いを得た。椚が頷くと、尚勢い付く。「解ったっす。その三女の婿が犯人っすよ。こんなボールから音がするなんて普通、思わないっす。それを利用したという事は予め知っていたと言う事。間違い無いっすよ」

 なるほど、と頷き掛けた椚だったが、その眼が庵に向けられる。本当にそうか? と訊いている様な眼。
 庵は肩を竦めて、ちょっと貸してくれとボールを受け取った。
 何をするのかと思えば店の入り口のウェルカムマット迄歩いて行き、それを転がした。軽い落下音と、シャランという音。
「どの程度、聞こえました?」拾い上げながら、庵は訊く。
 椚、武、瀧は互いに顔を見合わせて頭を振った。時間が遅く、割に静かな店内でも、音は僅かで、余りに短かった。もう一度転がしてみても、ボールは然程転がりもせず、やはり音も小さい。
「中空ですからね。大きさの割には重量がありません。抵抗の大きい絨毯の上ではそれ程転がりはしませんよ」カウンターに戻りながら庵は言う。「更に犯人は目出し帽を被っていました。その状態でこれを鳴子代わりにするには、かなり耳がよくないと……。失礼ですが老齢の方には高い音は聞き取り難くなりがちですし、これがどういう物か知っている方なら使わなかったでしょう。けれど音に敏感な方にとっては、大きな音もせず、自分には聞き取れる、重宝な物ではないでしょうか?」
「という事は……音楽関係で音に敏感な……」椚は席を立ちながら携帯電話を取り出している。「次女の婿か……!」
「で、でも」武が対抗を試みる。「そいつはこれが鳴る物だなんて知ってたんすか?」
「夫妻の楽しみは娘達の旅行中、貢ぎ物を持って来た婿達を比べる事だったそうだよ。あいつは何を持って来た、気が利いている、とかね。連中の目前で」戸口で振り返って、椚は言った。「あ、楡、その何とかボール、やるよ」
「名前覚える気、ありませんね?」微苦笑して、庵はそれを見送った。

 翌日、任意同行を求められた次女の婿は、あっさり犯行を自供したと言う。毎回比べられる事に嫌気が差していた所へ件のボールを見て、犯行を思い立ったのだと。金以上に、一泡吹かせてやりたかった――彼はそう語ったと言う。

「音で人を癒す筈の人が音を利用するとはね……」ボールを転がしながら、棗がぼやく。その言葉に庵が苦笑した。
 ボールは素知らぬ様な、涼やかな音色を立てるだけだった。

                      ―了―

    






拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
う~む
こんばんは。
簡単に捕まり過ぎかなぁ。
短いからしょうがないんだろうなぁ。
論拠も耳が良いっていう事だけだとねぇ。
話の急展開に気持ちがついていかなかったかな。
afool 2007/12/12(Wed)00:57:28 編集
Re:う~む
う~む、弱かったですかね。
やっぱりミステリーはじっくり書かんとあかんな。
巽(たつみ)【2007/12/12 01:42】
こんばんわ★
むにゃん。
afoolさんも言ってますが、今回はヒネリがないような…?
まあ、小物自体に意外性というか希少性?があるんで、これくらいがちょうどいいのかな?
う~ん?
モアイネコ URL 2007/12/12(Wed)01:09:37 編集
Re:こんばんわ★
捻りかぁ。
最近どうも捻らなくていいトコ捻って、ここ一番捻りが足りない?
捻くれ者なのに!(苦笑)
巽(たつみ)【2007/12/12 01:44】
本格にすると
捻りがしにくいのかな?
たまには、捻りがないのも良いと思う。
ただ、その分もう少し小説に何か味が欲しいのが読者心というものかも?

何とかボール(笑)
私も欲しいなぁ…。そんな商品有るなんて知りませんでした~勉強になりますわ♪

そういや、今回あとがきコメントが無い!何故?(?_?)
冬猫 2007/12/12(Wed)01:26:14 編集
Re:本格にすると
あとがきコメント無いのは特に意味は無いです(笑)
何とかボール(笑)結構いい音しますよ。
掌サイズの大きめのからペンダントサイズ迄、ヒーリンググッズとしても人気? 
う~む、素直過ぎると味が足りず、捻り過ぎると自分でも解らん(笑)
巽(たつみ)【2007/12/12 01:50】
いいですねこれ。
皆がボールの「存在」に引っかかっているときに、探偵役はボールの「音」に価値を見出すっていうのは、ミステリの典型ですよね。
そして犯人は「音」に関わりがあるという、アイロニーが主題かな。
何より死人がいないから!(笑)
みけねこ 2007/12/12(Wed)01:45:22 編集
Re:いいですねこれ。
有難うございますぅ!
はい、偶には死人の出ない話にしてみました(^^)
ミステリーは殺人だけじゃないものね。
巽(たつみ)【2007/12/12 01:53】
なんとかボール♪
私も欲しいです。見てみたいなぁ☆
なんとなく、祖母が昔よくお土産に買ってきてくれた万華鏡を連想させます。
あれも回すとしゃらしゃらと気持のいい音が♪

夜霧ちゃん、「眼くれる?」って。
それはご勘弁を~(>_<)
moon URL 2007/12/12(Wed)06:25:38 編集
Re:なんとかボール♪
夜霧……恐ろしい事を……(--∥)
何とかボール、知名度低いな(笑)
見た目は本当、只の銀色のボールです。主にシルバー製。装飾のある物もあります。構造上、鈴みたいに振ると言うよりやはり転がすと鳴ります。
大きさによっても響きはやや変わりますが、やはり大きめの物程音も大きいし、余韻が味わえますね。
巽(たつみ)【2007/12/12 15:07】
こんにちは♪
たまには殺人事件でないものもいいですね。
さっくりとした展開でした(?)。
なんとかボールはどこに行くと売ってますか!?
ふわりぃ URL 2007/12/12(Wed)09:37:49 編集
Re:こんにちは♪
何とかボール(笑)は私は以前雑誌で見た事があって、その後、楽○の通販で買ったのですが、オルゴール専門店やヒーリンググッズのお店でもある様です。大きさや装飾にもよりますが二千円前後~五、六千円位。
クリスマスシーズンにもぴったりの音かも。
巽(たつみ)【2007/12/12 15:16】
無題
ボールに焦点をおいたお話。
ミステリーの一部分をひっぱた感じの作品でよかったです。
シンは短いの好きだから、こういうの好きですねぇ。
ファブィっと、
見習猫シンΨ URL 2007/12/12(Wed)12:30:28 編集
Re:無題
シンさん、有難うございます(^^)
何とかボールは名前覚えて貰えそうにないです(笑)
巽(たつみ)【2007/12/12 15:21】
オルゴールボール
思いのほか手頃な値段なんですね。読んだ感じ、もっと高いかと。
ハン〇でも売ってるかな?ちょっと欲しい…♪

話もよかったです☆
あすか 2007/12/13(Thu)01:28:42 編集
Re:オルゴールボール
有難うございます(^^)
オルゴールボールと呼んでくれたのあすかさんだけですよ!
危うく「何とかボール」が定着する所でした(笑)
ふっふっふっ、余りに高かったら椚が買って、然も庵にやる訳無いじゃないですか(笑)
巽(たつみ)【2007/12/13 01:57】
これは、
小物使いがおもしろい。

安楽椅子ものってことになるんだろうけど、このシリーズ、事件像よりもこの店の中の描写とか、そこに登場する人物像に重点が置かれている感じ。いきおい、事件そのものが、少し食い足りなくなるような気がしますね。
まあ、好みの問題かも知れないけど。
ぷん URL 2007/12/13(Thu)08:26:25 編集
Re:これは、
確かに。
事件の方は日常系だったり、かも知れない系だったりが多いですもんね。
一話目からしてかも知れないよ? って感じだし。
巽(たつみ)【2007/12/13 15:33】
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
フリーエリア
プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

ブログランキング・にほんブログ村へ
ブログ村参加中。面白いと思って下さったらお願いします♪
最新CM
☆紙とペンマーク付きは返コメ済みです☆
[06/28 銀河径一郎]
[01/21 銀河径一郎]
[12/16 つきみぃ]
[11/08 afool]
[10/11 銀河径一郎]
☆有難うございました☆
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
最新記事
(04/01)
(03/04)
(01/01)
(12/01)
(11/01)
アーカイブ
ブログ内検索
バーコード
最新トラックバック
メールフォーム
何と無く、付けてみる
フリーエリア
忍者アナライズ
忍者ブログ [PR]