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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 また始まった――びくりと肩を震わせて、悦子は押し入れを振り返った。
 ここ数日、夜になると微かな、しかし伸びやかなお囃子の音が聞こえる。太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡、その五種の音色が調和し、明るい曲を奏でる。
 無論、悦子にしてみればそれは楽しめる類のものではなかったが。

 亡くなった祖母が住まいとしていた離れを、高校に入った去年の春、勉強部屋として貰った。母屋からも適度に離れ、勉強をするにも趣味の音楽を聴くにも最適の環境だったが、年を越し、二月も終盤に入ってから、奇妙な事が起こり始めた。
 例のお囃子が聞こえ始めたのだ。

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 昼から本降りになった雨は、夜になっても降り続いていた。
 傘の花開く街路は街灯や車のライトを反射して、川面の様に白光が瞬いている。
 それを見下ろしながら、実加はこれが最後と大きな溜め息をついた。
 十階建てのマンションの屋上。傘も差さず佇む彼女と死とを隔てるのは金属製のフェンス一枚だけだった。その事が、凍えた身体を更に冷たく、強張らせる。
 しかし実加は意を決して、最後の壁へと足を踏み出した。
 と、誰も居ない筈の屋上で、彼女の耳元に誰かの声が囁いた。
「その儘風邪ひいてこじらせても死ねるんじゃなぁい?」と。

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 腐葉土に覆われながらも辛うじて認められる石の階段を登って行った先に、その建物はあった。
 竹造りの囲いで外界とを区切られた、小さな東屋。
 巨大な石の土台の上に長年風雨に晒された木の柱と瓦葺きの屋根。中央には石の丸テーブルと、四脚の籐の椅子――こちらは最早実用に耐えない様だ。
 よくもこんな本宅から遠い所に東屋を建てたものだ。息を切らしながら私は先代の酔狂を愚痴る。実際には館からの距離はそれ程でもないのかも知れないが、この階段は年老いたこの身には堪える。然も手入れもされなくなって久しい。
 そんな建物にどうしてまた来てしまったのか――妹が死んだ場所に。
 紅い色ばかりを誂えた花束を持って。

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 然程遠くないサイレンの音、そして通り魔が出たと囁き交わす近隣住民の声を聞いた時、私はあの人だと直感した。
 この夕暮れの住宅街の外れで、二十歳代の長髪の男性が脇腹を刺されて倒れていたと言う。生死迄は噂話では解らなかったが。せめて助かっていて欲しいと、私は手を握り合わせた。
 そして念の為に戸締りにと立った時、その玄関のドアが遽しく、開けられた。
 期せずして鉢合わせした私達は、暫くお互いに固まった儘、向き合っていたと思う。が、やがて、やはり遽しくドアが閉められ、鍵が回る音がした。
 相手が一言、声を発したと同時に、それに被せる様に私は話し出した。
「ゆたかさん?」私は自分でもぎこちないと解る笑顔を浮かべて言う。「どうしたの? さ、上がって?」
「え……? ああ……」途惑った男の声が応じる。私と同じ、二十歳代。女性としては背の高い私よりもやや上から、声が降ってくる。「少し……邪魔する」
 私はリビング・キッチンへと繋がる廊下の電気を点けて、彼を招き入れた。

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 数日に亘って積もった雪にざくりと、シャベルを突き立てて大きく息をついた。吐く息が白く、顔を覆う。大分息が上がっている。だが、休めば身体が冷えて、尚の事動かなくなる。休むのは後にして、作業を終えてしまうのが賢明だろう。
 シャベルによって分けられた雪を取り除けて行く。この古い校舎裏の雪の吹き溜まりは、中学三年生男子と言えども、掘り返すには厚く重く、じっとりと根深い。
 もう陽も暮れ、寒さと雪の為に学校に残っている者など殆ど居ない。
 なのに一人、黙々とシャベルを雪に突き立て続けた。
 丸で正気を失っているかの様に。鬼気迫る表情で。
 

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 水底から見る月は、仄かに白くて、妙に平板で、波に連れてゆらゆらとたゆとう様(さま)は、のっぺらぼうの百面相の如く、何かしら可笑(おか)しかった。

 でも、私は笑えない。
 さりとて泣けもしない。こんな冷たい湖中に打ち捨てられたと言うのに。
 それは私が人形だから。
 人に似せて作られながら、人でなく。
 物として作られながら、人は只の物以上の愛情を注ぐ――それ故に、心など持ってしまったのだろうか? 私は。
 それ以上でもそれ以下でもない「物」であれば、この湖水の冷たさも、その中に私を投じた人の冷たさも知る事無く、沈んでいたでしょうに。
 口惜しや……。

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 鳴り出した携帯電話の着信メロディに、私はびくりと身を震わせた。耳慣れた音なのに、作業に集中している時には、やけに大きく響く。
 慌てて電話を受けながら、私は八歳になる娘にテーブルの上に並べた食材を飼い猫から守るようにと声を掛けた。材料を混ぜ合わせていたボウルを、先程から狙っていたのだ。
 何やらぶつぶつ言いながらも、娘が守りに就いたのを確認しつつ、私はベランダに出た。電波状態が悪いのか鰻の寝床の様に細長い間取りが悪いのか、我が家の屋内では切れる事があったから。
 電話は他愛もないものだった。それどころではないと、適当に話を切り上げる。今は大事な作業中なのだ。
 材料に、あれを入れてしまわなければいけない。あの人が帰ってくる前に。

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