『世紀の発見！』

　新年早々、怪事件が発生。降り積もった雪に残っていたのは、不可解な足跡だった。

「はい、下がって下がって」制服姿の男が問題の足跡を背後に、そちらを気にしながらも野次馬達の制御を試みている。立場が違えば、彼も野次馬側に回っていたのかも知れない。そんな好奇心の強さが、大きな瞳に表れている。
　そんな同僚の様を皮肉げに見ながらも、ケンも内心の興奮を抑え切れないでいた。何しろ、もしかしたらという但し書き付きだが、彼の一族の最初の友とも言われるアレが、発見されるかも知れないのだ。
　あの、足跡によって。
　そう思うと、ちらっと見たあの歪（いびつ）な形さえ、雪上の煌めきと相俟って美しい。

「あ、こら！　テープより中は入っちゃいかん！」夢想が過ぎたか、いつの間にか野次馬に押され気味になっていた。「蹄の跡が付くだろうが！」
「失礼だなぁ。自分達が靴履いてるからって」
「いや、これは肉球が冷えるから……って、そんな問題じゃなくて！　折角の足跡が消えたらどうするんだ」
「だから、消えない内に見たいんじゃないか。雪の上なんだろ？　早く見ないと溶けちまう！」
「そうならないように保存作業をしてるんだってば！　後で博物館ででも見られるようになるよ！」
「今、見たいんだって！」
「わ！　だからって首伸ばすな！　鼻息荒いんだから」
　これだからこの一族は……ケンは溜め息をつく。羊や山羊位ならお手の物なんだが……。
　そう言えば――今更ながら制服姿が足りない事に気付き、ケンは隣に尋ねた。
「御井（みい）、奴は？」
「猿山（さやま）ならサボり！　浮かれてんじゃないの？」
　そうか、奴の一族はよりアレに近いから――ケンの脳裏に警鐘が響き、次の瞬間には御井の抗議を背に、彼は戦線を離脱していた。

　テープで拵えた結界の中心部では、不用意に足跡を付けないようにと厳選された研究者達が、獲物を狙うが如き様相で旋回を繰り返していた。視力自慢の彼等は時折樹上に作った基地に戻り、データを着々を積み上げて満足気だった。
　と――。
「烏田（うだ）教授、あれ、誰ですかね？」隣の木を示して、鷹田が言った。「警備の制服みたいだけど……」
　どれどれ――と老教授が見る間にも、その姿は木をするすると伝い降りて行く。丸で猿の様――否。
「猿だ！」烏田の黒い目が見開かれる。「よりによって一番近付いちゃならん奴が現場に……！」
　早く抑えろと喚く鷹田の目には最早四本足で駆け出したケンの姿。間に合ってくれ、と祈る。
　が――。
　ぺたっ。
　そんな幼子がシールを貼る様な気軽さで、猿山は足跡の直ぐ隣にそれに似た自分の足跡を付け、悦に入る。
　幻の絶滅種――と言われる――人間の足跡の横に。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　ちょっと気楽目な遠未来ＳＦ風（？）
　ケンは多分牧羊犬の子孫かも。