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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 昨日は演奏しなかったよ――吹奏楽部に所属するクラスメイトは、あたしの問いに怪訝な顔でそう答えた。
 上の空でおざなりな礼を述べながら、あたしは廊下を歩き出していた。最早頭の中にクラスメイトの存在は無い。その言葉だけが彷徨っているだけだ。
 あたしの猜疑心と好奇心が、胸の内に膨れ上がる。
 昨日の放課後、確かにあたしは聞いたのだ。音楽室から流れるあの曲を。

 しかし、やはり吹奏楽部の誰に訊いても、結果は同じだった。
 昨日の木曜日は部活は休みだった。誰も音楽室に来なかった筈だし、況してやあの曲を演奏なんてしなかっただろう。
 そう口を揃える。
 あの曲は、特別な日にしか演奏してはいけないのだから、と。

 
「聞き間違いじゃないの? それか日にちを間違えてるか」美弥子は疑わしそうに言った。「でも日にちを間違えたとしたって……あの曲って事は無いんじゃない?」
「あの……」おずおずと手を上げたのは最近転校して来た澄香(すみか)だった。「あの曲って……?」
「あー、あのね、この高校には演奏しちゃいけない曲があるの」と、美弥子。「特別な日――その曲を作った生徒の命日以外はね」
「生徒……真逆在学中に死んじゃったんですか? その人」僅かな言葉に正確な推測をしている。どこかふわふわした見た目程、浮世離れした娘じゃないなと、あたしは彼女への分析を上書きする。
「もう四年位前になるんだけどね、吹奏楽部の当時二年の先輩が、急死したの」美弥子は説明を続ける。「とっても綺麗な曲だったんだけど……それ以来、演奏すると主に管楽器を演奏している生徒が苦しみ出したり、酷い時は意識不明になったりしたものだから……。結局誰も演奏しようとはしなくなっちゃってね。只、命日だけは大丈夫って噂。気味悪がって演奏しないから、本当に大丈夫なのかも謎だけどね」
「でも一度だけ、三回忌だとかで山中先生が演奏したら、何とも無かったわよね」と、あたし。
「急死って、原因は何だったんですか?」
「呼吸困難……だったかな? ねぇ? 和佳子」いきなりあたしに話を振ってくる。
「そう聞いてるけど、当時居た訳じゃないもの」あたしは言った。「美弥子の話だって先輩達の受け売りだからね? 澄香」
「それで、その曲が流れているのを、昨日聞いたんですね? 和佳子さん」あたしの注意を聞いてか聞かずか、澄香はそう確認して、話を戻した。
「そういう事」あたしは頷く。「どうでもいいけど〈和佳子さん〉は止めて。いい加減」結構馴染むのは早かった気がするのに、何故か呼び方だけは余所余所しいのよね。澄香。
「その先輩が呼吸困難に陥る前は、何をしてらしたんでしょう?」
「ああ、それなら、その問題の曲をソロで吹いてたらしいわよ」と、美弥子。「先輩フルート担当だったし……曲のイメージを伝えるには演奏してみるのが一番だって」
「それで……和佳子さん」澄香はあたしを振り返った。「昨日聞いたのは、何の音でした? 吹奏楽部はお休み。それに全パートでやったのなら音も大きくなり、他の人にも聞こえた筈でしょう。だとすれば精々、使用された楽器は一つか二つだと思いますけど……」
 音色を思い出しながら、この娘は何でこんな事を訊いてくるんだろう、と不審に思う。それでもあたしは答えた。
「あの音は……よく判らないけど、笛――管楽器だったとは思うわ」

 翌週の木曜日。吹奏楽部の部活は休みだ。
 なのにあたし達――あたしと美弥子と澄香は音楽室のカーテンの陰に居た。
 澄香の提案だった。美弥子は好奇心を剥き出しに、あたしは小出しにしながら音楽室と準備室を隔てるドアを見張る。
 もう外が暗くなる――同じ時間でもこの晩秋には一週間の違いで日の長短が大違いだ――そう不安になり始めた頃、ドアが開いた。音楽教師の山中伊佐夫が出て来る。彼はあたし達には気付かず、ケースからフルートを取り出し……奏でたのはあの曲。禁忌の曲。
 一週間前にあたしが聞いたのと全く同じ曲調だった。
 
 と、止める間も無く澄香がカーテンの陰から飛び出した。あたし達にはその場に居るよう、手振りで示す。
 驚いた山中先生の手が止まった。
「先生? その曲は、特別な日しか演奏してはいけないと聞いたのですけど?」落ち着いた声で、澄香は言った。「そうでないと……呼吸困難を起こして……」
「そんなのは迷信だよ」大人の威厳を取り繕いつつ、山中先生は答えた。「ははぁ、転校生に色んな噂を吹き込んだ子が居る様だね」
「迷信じゃ、ないかも知れませんよ?」と、澄香。「私、さっきそのフルート、見せて頂きました。何だか色が変だった様な……。あら? 先生、苦しくなってきたんじゃないですか? 何だか息が浅いですよ?」
「馬鹿な……」苦笑いしつつ、山中先生の額に汗が浮かぶ。
「でも、唇も震えてますし……。大丈夫ですか?」心底心配そうな声で、澄香は続ける。
 カーテンの陰から見える範囲では、二人の顔色は窺えない。それでも、山中先生の声が上擦り、呼吸が忙しなくなっているのは判った。
 真逆――あたしは美弥子と顔を見合わせた。
「先生! やはりあの曲を演奏したから……!」澄香が悲鳴の様な声を上げる。
「馬鹿を言うな!」山中先生は怒鳴り――隣の準備室に駆け戻った。荒々しく水差しとコップを扱う音と、無理矢理嘔吐しようとする様な音が……。
 そして不意に、澄香の笑い声が弾けた。
「単純ですね、先生」彼女は言った。いつもの柔らかい雰囲気が消えている。「大丈夫です。フルートには何も付いていませんでした。色が変だったっていうのも嘘ですよ」
 唸る様な声を喉から絞り出しながら戻って来た山中先生は、見た事も無い凶悪な顔だった。
「先生、小麦粉でも万病の薬って言われたら効くタイプかも知れませんね。プラシーボ効果という、あれです。これには毒かも知れない、病気かも知れないと思ったら具合が悪くなる、負の効果もあるんですよ」澄香は笑顔の儘、動じていない様だ。
「どういう心算だね?」まさしくあたしが訊きたい事を、山中先生が質した。
「先生、四年前に亡くなったという生徒のフルートに幻の毒を塗ったのは――そして例の曲を演奏しようとした奏者の管楽器に同様の毒を塗ったのも、貴方ですね?」

「何を馬鹿な事を」山中先生は鼻で笑った。
 無理も無い。あたしだって澄香が何を言い出したのか……。
「普通の物質としての毒なら、検死で見付からない筈はありません。死に迄は至らなかった人達にしたって。けれど、先程の様な、被害者本人による思い込みの毒なら……死んでしまえば絶対に検出出来ません」笑いを収めて、澄香は言った。「後の人達に関しては広まった噂が一役買っていたのかも知れませんけれどね。四年前の先輩は、先生、貴方が思い込ませたんです」
「証拠は? もしもそんな毒が原因だったとして、私が吹き込んだという証拠はあるのかね?」
「先生、先程……私はフルートの色が変だと申し上げただけでしたよね?」落ち着いた声で、澄香。「毒が塗ってあるなんて申しませんでした。なのに先生は直ぐに反応を示しましたね。何故ですか?」
「それは……大体、何故私がそんな事をしなければならないのかね? 彼女は――若林君は優秀な生徒だった。殺す理由がどこにある? 私は彼女の、この曲が大好きだったのだよ?」
 その直裁的な言葉に、あたしと美弥子はまた、顔を見合わせていた。
「だから……でしょう?」どこか感情を抑えた様な、澄香の声。「若林……霧香は人とは違った感性を持っていた。それだけに人の言葉を信じ易くもあり、それだけに、貴方が作れない様な曲も作り得た」最早先生と呼ぶ事は止めた様だった。「貴方はそれを欲した。自分だけのものにする為に」
「馬鹿な……」何度目かの台詞を、山中先生は吐き出した。「私がそんな事の為に若林君を殺したと?」
「そうでないのなら……何故です?」不意に、部屋の温度が下がった――そう感じさせる様な冷たく硬い声音。「返答次第によっては、私は貴方を殺す事が出来ます」
 カーテンの陰、あたし達は息を詰めた。美弥子も真っ青な顔をして、頭を振っている。
 もう限界だ!――あたし達はばさりと音を立てて、カーテンの陰から躍り出た。
 途端、山中先生は憤怒の表情であたし達に手を伸ばし、澄香はそれを止めようとする様に彼の首に組み付いた。
 その時、彼女が耳元で何か囁くのを、あたしは聞いた。
 直後、山中先生の身体は、くずおれた。

 先生は虫の息という感じで、美弥子が職員室に駆け込んで呼んで貰った救急車に運ばれて行った。
「何て……言ったの?」それを見送りながら、あたしは澄香に訊いた。「さっき、山中の耳元で」
「先程うがいした水差し……本当の毒はあれに仕掛けておきました――ってね」勿論嘘よ、と彼女は言った。「あれは私なら本当に入れたかも知れない――そうされるかも知れないと思っていたから効いたんですよ」
「それは……若林澄香が例の先輩の妹だと気付いたから?」
 若林霧香――四年前の噂の人の名を聞いたのは、初めてだった。なのに、澄香は……若林澄香は知っていた。
「そういう事ですね」澄香は寂しげに笑った。
「貴女……真逆復讐の為にこの学校に?」
「真逆」彼女は頭を振った。「姉が通っていた学校に通いたかっただけ。でもあんな噂を聞いたら、放っておけないじゃないですか? ね? 和佳子」
 初めてあたしの名を呼び捨てにし、澄香は笑った。それだけで、急に距離が縮まった気がする。
 言葉は怖い――この件で、あたしは心底そう思った。

                      ―了―

 う~、勢いだけで書くとなかなか終わりが見えてこない(笑)







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無題
おもしろかったです☆
中学生時代、吹奏楽部だったから、なんだか
懐かしかったです♪ちなみにオーボエ担当でした!
管楽器って、ほんと、曲によっては、血管切れそうになるから、そういう楽曲なのかと思ったら、
なんとプラシーボ(^o^)丿

私、プラシーボ効果がてきめんによくきくタイプかも^^;
moon URL 2007/11/15(Thu)00:50:09 編集
Re:無題
いつも有難うございます♪

血管切れそう……! 管楽器恐るべしですね(^_^;)
やはり肺活量が要りそう。
そんな時は「私の肺活量は凄いんだ~」とプラシーボで……ダメ?(笑)
巽(たつみ)【2007/11/15 01:09】
これは
きちっとミステリー!
巽さん、恐るべし…
良かったですよー!
冬猫 2007/11/15(Thu)02:06:13 編集
Re:これは
有難うございます(^^)
何とかミステリーらしきものに仕上がりました(笑)
巽(たつみ)【2007/11/15 14:32】
無題
サスペンスというか、ミステリー!
推理的要素があって、とっても面白かったです♪
フラシーボっていうんですね。し、知らなかった。(苦笑)
村ぽちしておきますわv(^^*
樹来 URL 2007/11/15(Thu)11:30:17 編集
Re:無題
有難うございます m(_ _)m
実際に毒物を使ったら検出されない筈は無いしーと、考えた挙げ句にプラシーボがあるじゃないか! と(笑)
や、言葉による誘導や暗示は怖いですよ~☆
巽(たつみ)【2007/11/15 14:39】
おお!
冬猫さんと同意見。
ガチガチのミステリですね!
面白く読ませていただきました。
みけねこ 2007/11/15(Thu)12:56:48 編集
Re:おお!
みけねこさん、有難うございます(^^)
面白く読んで頂けたなら何より
巽(たつみ)【2007/11/15 14:42】
うんうん
最後の打ち解けたところ、あったかい。
しかし、思い込みの激しい先生なんだから、もう。

言葉の怖さは、受け取る側によっても相当開きがある。難しい問題だけど、被害妄想に陥らないように気をつけなきゃ怖いことになるよね。
相手に恐怖を感じている度合いが高いほど、鋭く強くなったりするし、ま、もっとも鈍くて効き目がないなと思っても強くなるけど。
ぷん URL 2007/11/15(Thu)13:40:36 編集
Re:うんうん
同じ言葉でも取る人によっては嫌味に感じたり、追い詰められたり……本当、難しいです。
そして時には凶器にもなる……。
取り扱い注意?
巽(たつみ)【2007/11/15 14:54】
無題
おもしろかったです!
プラシーボ効果って名前やったんですね。
言葉って色々な意味を持ってるから、
毒になってもおかしくないですよね。
ふわりぃ URL 2007/11/15(Thu)14:32:49 編集
Re:無題
有難うございます(^^)
プラシーボ――偽薬(ぎやく)効果とも言いますね。
まさしく「病は気から」という奴です。そう言えば昔の人は言葉には言霊が宿るとも考えましたね。今でも忌み言葉などありますし。
言葉は毒にも薬にもなるのかも知れません。
巽(たつみ)【2007/11/15 15:04】
無題
言葉は本当怖い。。
そして、難しい。。。
現在、失敗して悩み中(汗

ふぁぶぃ。
見習猫シンΨ URL 2008/07/30(Wed)19:30:53 編集
Re:無題
言葉は希望にも凶器にもなりますからねぇ。
注意して使いたいものです。
特にブログや掲示板だと直接表情が解りませんからねぇ。
巽(たつみ)【2008/07/30 23:19】
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