『卒業式』――〈記念植樹〉サイドＢ

　世の中には色々な学校があるものだが、その学校の風変わりなことといったらない。

「はい、これ」苗木を渡しながら、私は編入生の顔色を窺った。
　少し途惑った様だったが、生徒は皆、植樹するのだと説明すると案外素直に頷いた。その顔が、この春卒業していった先輩に少し似ている。
「環境保護活動って奴？」
「環境保護……そんな所ね」
　そう。これは環境保護。ともすれば問題を起こしがちな生徒から、学園の学習環境を守る為の……。心の内で自分にそう言い聞かせるようになったのはいつからだったかしら？　声は徐々に大きくなる――そうしていないと……。

　ガツッ……硬い地面にシャベルが何度も突き立てられる音が響く。もう夕方。誰そ彼時。
　一心に土を掘る編入生の顔が、また先輩とダブる。早く終えて欲しい。夕闇が迫れば私はあの晩の事を思い出す。先輩と二人で、やはり硬く冷たい地面を掘り起こした晩を。

「いてっ！」
　編入生の声に私はハッと今という時間に戻る。そう、今は契約の儀式の最中。彼が傷付いた手であの苗木を植えれば終わる。彼の完全なる自由な時間が――卒業迄。
　本当に卒業迄？　脳裏に浮かんだ声に私の理性が答える。殆どの生徒には、と。
　殆どの生徒は卒業式の後、契約を解かれる。樹は急速に枯れ、卒業迄の間に樹が受けた傷は主に返る。最悪なのは行状悪く深い傷を負ったもの――死んだ例もあると聞く。
　でも、その逆も、いいとは言えないんじゃない？　例えば――あの日の先輩。

『契約が……解けてない？』私は先輩の言葉を馬鹿みたいに鸚鵡返しに言った。
『ああ、これを見なよ』彼は他の抜け殻になった樹と違い、未だ青々とした自身の樹を見上げた。『前にも見た事がある。こういう樹はね、学園にずっと管理されるんだ。当然、その主も。生徒は学園と繋がった企業へ送られ、これ迄と同じ様に管理され続ける』
　先輩はそう言い、シャベルを取り出した。夕闇の中、控えた音ながら土を掘る音が耳につく。やがて露わになった樹の根を見て声を上げそうになった私は、慌てて自らの口を塞ぐ。
『これに傷を付けて欲しい』彼は言った。『根なら傷を付けたって埋め戻せば解らないさ』
　そんな事をすればどうなるか、二人共よく解っていた。　
　先輩が、死ぬ。
　それでも彼は自由を選び、私は先輩そっくりの根の頸元にシャベルの一撃を見舞った。
　
　だから、先輩似の編入生に、私は言った。
「なかなかいい木ね……傷付けさせないでね？」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　『記念植樹』Ｂ面――委員長サイドです。
　『記念植樹』と合わせてお読み下さい（＾＾）