『記念植樹』

　世の中には色々な学校があるものだが、その学校の風変わりなことといったらない。

「はい、これ」
　さも当たり前の様に俺に手渡されたのは一本の苗木だった。
「これ……って？　委員長」俺はその苗木とそれを持って来た女子生徒の顔とを何度も見比べた。なかなか可愛い。真面目腐った表情さえしてなけりゃ。
　彼女は窓の外を指し示した。窓の外は中庭――の筈だったが、それにしては木々が多かった。主に桜か。薄紅の雲が広がっている。まだ若い木もある様だ。
「高等部からの編入組だから知らなかったのね。我が校では入学の際に生徒一人一人が一本ずつ、苗木を植える事になっているの」やはり真面目な、と言うより抑揚の無い声で彼女は説明する。「私のも、ほら……」言って指差した先に一際鮮やかに色付いた樹があった。
「へぇ、環境保護活動って奴？」これから植えたんじゃ俺の苗木は花なんか拝めないなと思いつつ、俺は彼女に連れられて中庭に降りる。三年間じゃどれだけ育つか……あれ？　
「環境保護……そんな所ね」彼女は頷く。彼女は幼等部から此処の附属だったそうだ。
　それにしても……。俺は此処からでも目立つ彼女の樹を見上げた。
　そんな俺を急かす様に、委員長は空いた地面にシャベルを突き立てた。もう夕方。俺は苗木をそっと横に置き、シャベルを手に地面を掘り始めた。地面は意外に硬く、慣れない作業に俺の手にはいつしか肉刺が出来ていた。その所為か――。
「いてっ！」シャベルに換わり苗木を手に取った俺は、手に走った痛みに思わず声を上げた。見ると掌が血に濡れている。肉刺が潰れた手で、俺は苗を植え終えた。

　そして――翌日、登校した俺は目を疑った。

　昨日苗を植えた場所――そこに既に俺の背丈位に育った木が立っている。誰かが植え替えた？　いや、俺は同じ木だと直感した。
「おはよう」実に爽やかに掛かった声に振り返ると委員長が居た。俺は早速身振り手振りでこの異常な状況を示す。正直に言うとまともに声が出なかったのだ。
　それでも彼女は万事解った様子でにこやかに木を見上げ、言った。
「なかなかいい木ね……傷付けさせないでね？」くるり、振り返り、俺の顔一杯の疑問に答える。「この学校の木は植えた生徒の分身……写し身なの。貴方が学園の環境を乱す行動を起こすと代わりに傷付けられて、それは卒業後貴方に返ってくるわ。昨日の植樹と……血で契約は完了。大丈夫、学園側にいい生徒なら怖くないから。あ、掘り返してみようなんて考えないでね？　見たくないでしょう？　自分そっくりに育った根っこなんて」
　俺は確かめる度胸も無く……頷くしかなかった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

---

　桜が咲いてますな……。例によって季節感無視という事で！
　こんな記念植樹は嫌だなぁ。