『溜め息の成人式』

　降りる駅をまちがえた。そう気がついた時、もう列車はホームを離れていた。

　成人式だと言うのに、情けない――陸は溜め息をついて、寒風にコートの襟を掻き合わせる。式が大々的に執り行われる会場はもう一つ隣が最寄り駅。
　そしてこの地方都市の小さな駅に停まる各駅電車は一時間に三本あれば、多い方なのだった。次が来る頃にはもう式が始まっている。時刻表を確認して、陸はまた、溜め息。仕方ない。たったもう一つ先だ――駅の間の間隔は広いけれど。バスなりタクシーなりを探せばあるかも知れないと、陸は駅を出た。

　駅前のバスの時刻表を見て、また溜め息をつき、タクシー乗り場を探した。客待ちが一台居るのを見て、やっと頬が緩む。
　が、別方向から、矢鱈大きな荷物を担いだお婆さんが、同じタクシーを目指しているのが目に入ってしまった。六十代……あるいは七十代だろうか、小柄な老婆が自分の胴体程もありそうな風呂敷包みを担いでいる。
　自然と、足が緩んだ。
　あれに乗らなければ次のタクシーはいつ来るか解らない。然して大きくない駅だ。タクシーだってそうそう回って来ないかも知れない。だが、自分があれに乗って行ってしまったら、老婆がいつ来るとも知れない車を待つ事に……。寒いのに。
　歩みが遅れたにも拘らず、タクシーに辿り着いたのは殆ど同着だった。
　思わず、老婆と顔を見合わせてしまう。向こうも、今日が何の日か、そして馴染んでいない背広に、彼の理由を悟った様だった。
　どうする？――互いにそんな色が、眼に浮かぶ。
「どちら迄？」陸は老婆に尋ねていた。もし同じ方面なら、一緒に乗って行ったって構わない。が、相手が答えたのは会場とは反対方向だった。陸はがっくりと肩を落とす。こんな事をしている時間さえ勿体無い。遅刻など新成人として恥ずべき事だ。だが……大きな荷物を担いだ老婆を押し退けて行くのが果たして大人のする事だろうか？　寧ろその方が恥ずべき事ではないか？
　老婆はそんな彼の葛藤を察してくれたのか、人生に一度きりの成人式と慮ってくれたのか、にっこりと頷いてタクシーの席を勧めてくれる。
　だが、陸は席を彼女に譲った。タクシーは彼を残して去った。今日は溜め息ばかりついている、と思いながらもまた溜め息。
　が、次のタクシーは思いの他早く来た。先程と同社。どうやら、運転手が老婆の頼みに応じて、本部に手配してくれたらしい。温かい車内に、思わず頬が緩む。

　僅かに遅刻して辿り着いた会場では、既に聞こし召した新成人という名の子供達が騒々しくはしゃいでいた。陸はまた、苦笑混じりの溜め息をついた。形骸化した式よりも、自分の成人式――成人への第一歩はもうあの駅前で済んだ気がして。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　うちの甥っ子が今日成人式でした（＾▽＾）
　全国の新成人の皆様、おめでとうございます！　
　馬鹿騒ぎだけしてるオコサマ……大人になれよぉ？