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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 黒い顔に大きな口を赤く広げ、白陽は欠伸をした。猫であるから当然口元を押さえるなどという作法も知らず、次いで全身で盛大に伸びをする。
 いつもなら微笑ましいその様なのだが、今ばかりはと、至遠は緊張した。その至遠も、先程から湧き上がる眠気を噛み殺している。
 どうやら目的地が近いらしい、と彼は歩を早めた。
 近付けば近付く程、眠気は弥増してくるのだが、此処で二の足を踏んでもいずれ飲まれるのは同じ事。ならば意識の飛ばぬ内に、と。これからでは村に着くのは夜明け前になるが、それも仕方あるまい。
 彼が進む先には一つの漁村があった。住人が百名足らずの、小さな村だ。だが、新鮮な魚介類の供給元として、この近辺では重宝され、近隣の村や町との人の流れが絶える事はなかった――これ迄は。
 それがこの十日ばかり、仕入れに向かう者は居ても帰って来る者が居ない。向こうから行商にも来ないと、人の流れが完全に滞っていた。
 時化や天候による不漁の為に満足な仕入れが出来ず、待っているのではとも考えられたが、それにしては長過ぎるし、何の便りも無いのもおかしい。飛脚を仕立てるなり、人に頼むなり、連絡の方法はある筈だ。
 そこで付近の町から数人の役人が派遣されたのだが――これもまた帰って来ず。
 何かおかしな病気でも流行っているのではないかという噂も流れ、最早村に向かう者も居なくなってしまった。
 黒い猫を連れた。黒い髪、黒い着物の青年を除いて。

 病気だとしても近隣の村に助けを呼ぶ暇すら無いとは思えない、と至遠は考えた。幾ら小さな村とは言え、病が流行り始めれば元気な者を外に出すだろう。助けを求める為に。あるいは全滅を防ぐ為に。
 それが一人も出て来ず、また向かった者も帰って来ないとは……。
 病ではないのなら、何か別の力が働いているのかも知れない――そう考えて、至遠は村への道を辿った。
 そして、人の絶えた理由は直ぐに知れた。
 村と町とを繋ぐ小さな街道。やや険しい山道もあり、上空を鬱蒼とした木々に覆われている。
 その木々の足元で、あるいは道標の傍らで、旅人が転々と、まどろんでいるのだ。具合でも悪いのかと駆け寄り、幾ら揺さ振ってみても、それらは寝息を立てるだけ。時折寝言を言う者もあったが、どれも謎の解明に役立つものではなかった。只、村に近付くにつれ、その昏睡の状態が深くなっている様に思われた。
 そして実際、その眠気は至遠や白陽に迄及び――彼は寝惚けて落ちそうになっている黒猫を肩に乗せた儘、道を急いでいるのだった。

 村に近付くにつれ、腐臭が広がり、至遠は手拭で鼻と口を押さえた。
 それは放置された魚の臭いであり、吐き気を催す程になりつつあった。これでは例え原因が病でないとしても、いずれこれらの腐食物が病の元になり兼ねない。
 兎に角原因は何なんだ?――至遠は起きている人間が一人でも居ないか、手掛かりとなるものが無いか、狭い村を見て回った。白陽はすっかり睡魔に魅入られ、今は至遠の腕に抱えられている。
 村に居るのはごく普通の男女、子供。ある者は網の手入れ、ある者は夕餉の支度、ある者は魚の仕分け……それらの作業に追われながら、突然、眠りに落ちた様に、その場に突っ伏していた。子供達も恐らく遊んでいたのだろう道端に、折り重なる様にして。幸いなのは火が出なかった事だな、と至遠は溜め息をついた。
「眠らせるのは得意だが……これだけよく眠ってる者を起こすとなると、原因が掴めない事には難しいな」
 至遠は村の中心に祀られた、奇妙な石像に近付いた。いや、そもそもそれは石像と言っていいものなのかどうか。横に長い自然石を磨いて上端と下端を平に、その間を括れさせたような、何を表すのか解らない代物。
 それに寄り添う様にして、老婆が一人、眠っていた。
 至遠はその老婆の傍に跪くと、その額に手を乗せた。
「起きて。戻って来て下さい。何があったのか、この像は何なのか、教えてくれませんか?」起こそうとする程の大声でもなく、静かに、至遠は語り掛ける。眠っている老婆の、意識に向けて。
 やがて切れ切れながら老婆が語った所によれば、この像はいつか海上に現れる都を表したものだと言う。そこでは人は老いず、苦しまず、飢える事も無い。まさに極楽なのだと。
 老婆が生まれるずっと前にその都を見た者が、その再来を願ってこの像を造り、祀ってきたのだと。
 再来成った暁には、村の住民を始め、人々はその常世の国に、この身体を捨てて行くのだと。 
 そして遂に、それは現れた――だから、皆の意識はそこへ移住した、と。
「ならば、何故貴女の意識は此処にあるんです?」至遠は海上を見渡しながら、質した。「人の意識は生きている以上、何処にも逃れられません。常世の国など……あれは」
 昇り始めた太陽に揺らめく海上に陰。それは揺らぎ、散り、集まり……奇妙な形を描き出していく。下は海面近くに、上は空を目指して平らけく広がり、中間は括れ、陰が揺らぐ――それは件の石像の姿だった。
「蜃気楼……幻ですよ」
 海面の温度分布による光の悪戯。恐らくは対岸のどこかが映っているのだろう。この村では海流の関係で、何十年かに一度、起こり易い条件が揃うのかも知れない。
 そしてかつてそれを見た誰かが、それを常世の国、極楽と思い、そう語り伝えた。この村の人々に。そしてその話は、その存在への願いは想いという力を持ち、似非の極楽を造り上げた。何処の空間に迷うとも知れない、危うい極楽を。
 至遠は離れた所に白陽を下ろし、近くの家の納屋から借り出した鍬を振り上げた。例の、石像に向けて振り下ろす。
 甲高い、悲鳴の様な音を立てて、石像は割れた。それは楽園の破壊。夢の終わりを告げる音。
 はっと、老婆が目を見開いた。夢から醒めたばかりの彼女は辺りを見回し、至遠と石像に気付いて悲鳴を上げた。
「常世の国が……! 何て事……!」その声に釣られる様に、夢から醒めた面々が頭を上げる。そして茫然と、壊れた石像を見詰めた。と、それは数秒の間で、次々に老婆に同調し、破壊者に抗議する声が上がり始める。「私達の極楽を……!」
 至遠は平然と鍬を戻すと、白陽を拾い上げた。
 そして尋ねた。
「では、貴方方は、その極楽で何を見ましたか?」
 途惑いの声、そしてざわめき。ある者は大量の魚を見たと言い、ある者は金銀を見たと言い、ある者は一生掛かっても遊び切れぬ程の玩具を見たと言った。そしてその食い違いにまた途惑う。
「それは貴方方の願望。夢ですよ。もう形を崩し始めている、あの蜃気楼の様なね」
 至遠の視線に誘われる様に、皆は海上に目を転じ――彼等の極楽の最後の様を見た。
 そして一様に、長い夢のつけに気付いた。
 酷い空腹と、それから来る欲求をも上回る、酷い腐臭。生きている証だ、と至遠は苦笑した。
 そして、黒い猫を連れて村を後にした。

「お前は腹一杯の魚の夢でも見てたのか? 白陽?」目を覚まし、肩に乗った黒猫に至遠は言った。答えるでもなく、白陽は赤い口を見せる。「お前はいつでも眠いんだな」
 街道のそこ此処で、目を覚ましては不思議そうに辺りを見回す旅人達を目にしつつ、彼等は旅を続けた。

                      ―了―

 だから眠いんだって……zzz

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ついに
眠気で小説を書くに至った!
拍手~☆
一生夢の中にいるのが幸せかって言うと…
そうでもないよねぇ。
人間は贅沢だよね。
つきみぃ URL 2008/08/18(Mon)00:51:25 編集
Re:ついに
眠気も極まれり~(笑)
どんないい夢でも、所詮は夢なのよね~。
生きる場ではないわ☆
巽(たつみ)【2008/08/18 15:26】
お疲れ様~
蜃気楼は綺麗だろうけどね。魚の腐った臭いだけは嫌だなぁ(笑)
猫の見る夢って言ったら、沢山のじゃらし~沢山のカニカマ~沢山の箱~かな?(笑)
冬猫 2008/08/18(Mon)02:33:31 編集
Re:お疲れ様~
お魚十日も放置したら……ねぇ(^^;)
沢山のマタタビも追加して~♪
巽(たつみ)【2008/08/18 15:28】
眠い~(>_<)
私も眠い・・・ 最近、自分で呆れるほど眠い・・・
横になれば寝てる。
仕事中もウトウト・・・
至遠様~お助け下さいませ~♪
しかし、眠りに落ちなかった至遠が凄い!
ぴぴ 2008/08/18(Mon)14:30:45 編集
Re:眠い~(>_<)
そこは精神力で(笑)
至遠はやはり術とか自然発生的な呪にも耐性がある様です。それでも眠いのは眠い……。白陽、気持ち良さそうに寝てまうし(笑)
巽(たつみ)【2008/08/18 15:31】
こんにちは♪
ん~~素晴らしい!眠気を逆手に取ったんだね♪

なんか・・・私も最近、眠くて仕方がない!
至遠さまにお願いしちゃおうかなぁ♪

私の場合は単に怠惰なだけかな?
(=^_^=) ヘヘヘ
クーピー URL 2008/08/18(Mon)15:15:33 編集
Re:こんにちは♪
眠り病大流行(笑)
クーピーさんの場合はキキちゃんに起こされそうだけど。
ガブッて(^^;)
但し夜中に(笑)
巽(たつみ)【2008/08/18 15:36】
こんにちは!
最近眠いですよね^^;
寝辛いというのに眠たいとはこれ如何に?w

眠気にも勝る至遠様!やっぱり凄い!
しかし・・・腐敗臭というのはもしかして、人からもですか?^^;だとしたら恐いなぁ・・・。
それにしても、眠気さえも面白い話にしてしまうとは流石ですね!
でも・・・やっぱり眠いなぁw
らすねる 2008/08/18(Mon)18:45:37 編集
Re:こんにちは!
らすねるさんも眠いですか(^^;)
何か暑さで寝付けない所為か、早めにお布団に入っても寝足りない感が……。
腐敗臭は漁村なので、一応未だ魚だけの心算。流石に十日かそこらでは食事摂らずに寝続けても死なないかな~と……多分(^^;)
巽(たつみ)【2008/08/18 20:42】
こんにちは
相変わらず凄いねぇ。
眠いからって、それを創作にするとは。
私なんぞ、眠かったらさっさと寝てる。(笑)
おかげでブログ、一週間以上放置状態。(苦笑)
afool URL 2008/08/19(Tue)12:21:15 編集
Re:こんにちは
また明日辺り、ユウキ君が意味不明投稿するよー?(笑)
巽(たつみ)【2008/08/19 17:45】
こんにちはっ
眠いですね~。。。

魚のニオイで起きそうです。
う゛~ん、想像しただけで…>_<。
ふわりぃ URL 2008/08/19(Tue)17:09:27 編集
Re:こんにちはっ
眠気払い成功?(笑)
魚を十日以上も外に置きっ放しにしといたら……う(--;)
巽(たつみ)【2008/08/19 18:00】
黒猫(*´ェ`*)ポッ
恐怖心から見えないはずのものが見えてしまうものってあるのかもw
それをうまく取り入れてて、読み応えのある作品ばかりでしたぁw

めっちゃ怖がりだから最初びびってたけど
楽しく読めたぁ♪

面白い作品ばかり書く巽さんの頭の中が見てみたいw(*´ェ`*)ポッ

次のシリーズもコソコソと読み始めまーす(*´ェ`*)ポッ
みえ 2008/09/07(Sun)19:12:43 編集
Re:黒猫(*´ェ`*)ポッ
有難うございます(^^)
幽霊の正体見たり枯れ尾花……そんな事もあるよというコンセプトのこのシリーズ。人の想いは時に化け物をも生み出しますね。
巽(たつみ)【2008/09/07 21:33】
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