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「何か聞こえるのか? 白陽」黒髪に黒い目、黒い着物の青年が声を掛けるが、猫はじっと、その場を動かない。動くのはその耳と、尻尾だけだ。
しかし青年にしても戯れに訊いただけの事。
都と郊外を結ぶ街道。その整備された道と、道標の石の塚が点々と立つ以外は人の気配を感じさせない森の中。それだけに猫の興味を惹きそうな鳥の声、小動物の立てる音は、人の耳に捉えられないものを含めて、満ち満ちているだろう。追い掛けて行ってしまっては探すのに困るが、傍に佇むには問題ない。
只、もし問題があるとすれば、それが危険な動物の立てる音だった場合だが――熊等の気配がない事は彼、至遠が確認している。そうでなければこんな所でのんびりと休憩などしていない。
それにしても熱心に聞いているものだ――と、その黒い耳がぺたりと頭に伏せられるのを見て、至遠は軽く眉を顰めた。
毛をぶわりと膨らませた黒猫を肩に、至遠は街道から少し外れた小道を辿っていた。
あれから何かに怯えている様な黒猫を拾っていつもの位置に乗せ、猫の反応する方へと歩いていた。
「爪は立てるなよ、白陽」着物越しの痛みに、至遠は黒猫を撫でて落ち着かせながら囁く。「お前は大丈夫だから」
最早獣道に近い様な小道。だが、それだけに、ごく最近人が通った跡がはっきりと残っていた。
そしてもう、猫の聴覚に頼らなくても、その声は至遠の耳に届く様になっていた。
低く、かつ伸びやかな声音――明らかに人間の、それもある種の訓練を積んだ者の声だった。
重々しく紡がれ続ける、それは神への祭文(さいもん)。
一般の人間には聞き取る事さえ難しい調べだが、至遠には手に取る様にその意味が知れた。
神へ供物を捧げ、その加護を得ようとするもの。只、その供物が問題だった。
それは然程遠くない過去に雪の祠の中で、やはり供物として捧げられようとしていた小さな黒猫が寒さと怖さに震えながら聞いたものと同種――だからこそ、知識は無くともその調べに白陽は反応したのだろう。
そして、だからこそ、至遠はその声の在り処を追った。
生命を供物とする祭文など、止めさせなければならない。
道は川に突き当たっていた。然程幅もなく、深くもなさそうな川だが、その周囲の川幅の何倍もの岩場を見れば解る。この川は雨の際には猛威を振るう、荒れ川だと。
そして点々と、飛び石の様に人の手の加わった岩が両岸を横断していた。その傍には流されたらしい木の板――橋の残骸と思われた。
幾度架けても流される橋に業を煮やし、人柱を立てる事にしたか――至遠はその飛び石の向こうで祭文を唱える呪(まじな)い師と、それを囲む人々を見据えた。
恐らくはこの奥に集落があるのだろう、農民と思しき人々。そしてその中心に明らかに気配の違う男。彼等の前に、旅人と思われる娘が手足を縛られ、項垂れている。女の一人旅とは思えないから連れはどうなったものか、取り敢えず姿は見えない。
突然対岸に現れた至遠に、村人達は騒然となった。如何に呪いの為とは言え、人を供物にしようとしているのだ。誰にも見咎められてはならなかったのに。呪い師もその騒ぎに気付いたか、至遠を見て眉を顰めた。
「外法使いか……」至遠は呟き――川から一歩、退いた。
その行動に不審げな顔をした一同だったが、次の瞬間、川の上流を振り仰いで、顔色を青くした。
「あの音は……!」
「鉄砲水だ!」
「逃げろ!」
それらの声が交錯し、右往左往の大騒ぎ。呪い師さえも祭文を途切れさせ、人柱の娘と上流とを見比べている。後少しで完成する筈だったのだろう。祭文を唱え終え、彼女を水に沈めれば……。
慌てて川から遠ざかる一同の流れに、呪い師は乗り損ねた。岩場に足を取られ、へたり込んだ儘上流から迫り来るものを見上げ――そして強引にでもこの荒れ川を押さえ込もうとでも思ったのだろうか、人柱の娘に手を伸ばした。娘の顔に怯えが走った。
「馬鹿が……!」至遠は毒づく。
そしてその呪い師目掛けて至遠が飛び石を渡ろうとした時だった。
対岸の木陰から、十四、五と見える少女が躍り出るのが見えた。
見覚えのある少女の顔に至遠が後ろに跳ぶのと、彼女が呪い師を手刀一発で取り押さえるのと、ほぼ同時だった。
「どこが鉄砲水なのよ?」通常通りの川を見下ろして、琳璃は首を捻った。村人達が慌てていた訳が解らない。「まぁ、いいわ。お陰で隙が出来たし。流石にあの人数じゃ、どうしようかと思ってた所だものね」
旅の娘に歩み寄り、その戒めを解く。未だ不安げな娘に、少女はにっこり笑い掛けた。
「もう心配しなくていいわ。貴女が攫われた後に残されていた連れの人に頼まれて来たの」
「あ、あの人は……」咳き込みながらも娘は言う。「大丈夫なんですか? あの人達に殴られて……心配で……」
「大丈夫よ。本当に運良く見付かってね、私が滞在していた街迄運ばれて来たの。それで事情を聞いて慌てて来たらこの状態で……もっと早く助けて上げられなくてごめんなさい。怖かったでしょうに」
「いいえ……有難うございます」連れの無事という報にか、命長らえた事にか――恐らくはその両方に――娘は感謝の言葉を述べた。
「なるほど、そういう事か」黒猫共々木陰に潜み、至遠は口の中で呟く。以前何処やらの役場で擦れ違った少女。都の人間特有の匂いを感じて、あの時は彼女の記憶に残らないようにしていたから、恐らく向こうは覚えてはいないだろうが。「あの動きと言い、やっぱり近付かない方がいい類の人間っぽいな」
ともあれ、呪い師や村人に見せた鉄砲水の幻影は、役に立った様だ。彼等にとって此処は禁を犯してでも鎮めたい暴れ川。その恐怖を彼等の中から掘り起こすのは至遠には容易い事だった。
娘が助かったのならそれでいい、と至遠は川を後にした。
村人の問題や外法使いの呪い師など、あの少女に任せて置けばいい。寧ろ、中央に繋がりがあるらしい彼女が適任というものだ。
すっかり落ち着いた黒猫を肩に、至遠は街道へと戻った。
その後、あの集落への川には、中央からの指揮と村人達の労働によって丈夫な石橋が架けられたと言う。無論、一人の犠牲も出す事無く。
―了―
琳璃再登場。でもやっぱり顔をまともに合わせる事はないのだった(^^;)
と言うか、至遠君、美味しいトコ取られた?(笑)
海外は……どうなんでしょうねぇ?
今、こんな事があったら各国から非難轟々ですな。
あっちもちょっと長い(展開遅い)かなぁ~と考え中☆
でも、それが無い、怖いものを知らない人間が一番怖いかも知れません☆
それでも何とかして暴れ川を宥めようとしたのだろうけど、無理な話ですね~☆
生贄というのも元はどの辺から出てきたものなんだろうね? 最初は普通にお供え物だったのが、大きいお願いにはより価値の高い供物を……! とでも思ったのかな? 昔の人は。
そう言えば最近、ランキング落ちてるかも(笑)
確かに通りすがりの旅人じゃあねぇ(苦笑)それ位なら村人全員で労働力対価にして石橋架けた方が確実だって(笑)
関係ないけど、九州は荒れ川が多いから石橋が多いんだって。
ちょっとだけ、頭が動くようになってきました。てへ。
えーと、琳璃ちゃんって、…水戸黄門?(笑)
前作の時も思ったけど、彼女のご主人様は、地方の現実を知って欲しくて彼女を視察に出してるのかと。せやけどこの琳璃ちゃんは、現実を直視することが出来てるのかちょっと疑問…。
それにしても、至遠様、裏方どころか良い立ち位置やないですか!こういうの好き♪
うん、琳璃はちょっと偏見入ってる所、ありますね。何かあったんだろうか?(笑)
至遠は陰から色々する人かな。
風邪が治りきってなかった所に急な冷え込みでダメージ食らった様です☆
至遠は今回、陰の人?(^^;)