〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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今宵は見事な月夜でございました。
その所為でございましょうか。御主人様方の眷属の狼が森で吠え騒いでいるのは。未だこの屋敷に馴染みの薄い、坊ちゃまの黒猫が怯えるので止めて欲しいのですが……。
その黒猫を宥めながら坊ちゃまが苦笑なさいました。
「カメリア、少しの間こいつを見ていてくれないか。ちょっと出掛けて来るから」私に黒猫を預けながら、仰せになられました。
私はてっきり、狼達を鎮めに行かれるのかと思っていたのですが、坊ちゃまはこう、お続けになられました。
「もし行き違いに黒い犬が来ても、決して話し掛けてはいけないよ。触ってもいけない。お前は人の姿を象った所為か、人に近いから……。取次ぎもあくまで父上に対してのみ、話す事。いいね?」
取次ぎ――という事は、その黒い犬はお客様なのでしょうか? 恐らくは妖の。
それで狼達が騒いでいるのだと、合点が行きました。
そして坊ちゃまがお迎えに出られるのだという事も。
その所為でございましょうか。御主人様方の眷属の狼が森で吠え騒いでいるのは。未だこの屋敷に馴染みの薄い、坊ちゃまの黒猫が怯えるので止めて欲しいのですが……。
その黒猫を宥めながら坊ちゃまが苦笑なさいました。
「カメリア、少しの間こいつを見ていてくれないか。ちょっと出掛けて来るから」私に黒猫を預けながら、仰せになられました。
私はてっきり、狼達を鎮めに行かれるのかと思っていたのですが、坊ちゃまはこう、お続けになられました。
「もし行き違いに黒い犬が来ても、決して話し掛けてはいけないよ。触ってもいけない。お前は人の姿を象った所為か、人に近いから……。取次ぎもあくまで父上に対してのみ、話す事。いいね?」
取次ぎ――という事は、その黒い犬はお客様なのでしょうか? 恐らくは妖の。
それで狼達が騒いでいるのだと、合点が行きました。
そして坊ちゃまがお迎えに出られるのだという事も。
それから小半時も経ったでしょうか。玄関の大扉の向こうで、異様な吠え声が聞こえたのは。
犬のものとも、より大きな狼のものとも知れぬ声に、黒猫が竦み上がり、寝床にしているバスケットの毛布の中に潜り込んでしまいました。無理もない事でしょう。私でさえ、びくりと肩を、いえ、この虚ろな身に宿った魂もが震えましたもの。
私は黒猫を部屋に残して扉を閉め、玄関に向かいました。
お客様ならお取次ぎしなくてはなりません。勿論、坊ちゃまの仰られた通り、声は掛けずに。
重い大扉を開けた先に立っていたのは、仔牛程もある、真っ黒な犬。長めの毛並みは艶やかで引き締まった体躯。垂れた耳と濡れた鼻を忙しなく動かして、こちらを窺っている様子です。そしてふと、目に笑いを浮かべました。
爛々と燃える様な真っ赤な目に、獰猛な笑みを。緩んだ口からも鋭い犬歯がこれ見よがしに覗いています。
「……」これは私の様な生まれて程ない――妖の時間としてですが――若輩者の私の対峙出来る相手ではない。瞬間的にそう悟りました。
はっきり申します。私は怖かったのです。生き人形という、やはり妖の身ながら。
それでも相手はお客様。失礼があってはなりません。それは御主人様の恥となりますもの。
私はぎこちない笑みを浮かべ、こちらへどうぞと手で示しました。坊ちゃまに言われた通り。
けれど、この時どれだけ話したかった事か! 愛想笑いを浮かべながら、間を持たせる為に何でもいいから話し掛けたい!――そう思わせる圧迫感を、その黒い犬は持っていました。
それでも辛うじて声を出さずにいると、丸でこちらの心を読んだかの様に、動こうとなさらず、値踏みするかの様に私を見上げるばかり。私の仕草の意味がお解りなのは、その並の犬ならぬ知性を備えた目を見れば解ります。
なのに動いて下さらない。これは……。
「意地悪だな、ブラックドッグ」突然のお嬢様の声に、私の方が飛び上がりそうでした。
「お、お嬢様……!」私は慌てて言い、そして思わず自分の口を押さえました。
あ。黒い犬以外には話しても問題ないのでした。
「うちの使用人をからかわないでくれないか」大広間の階段をゆっくりと下りながら、お嬢様は仰せになられました。尤も、口元には親しげな笑みが浮かんでおられます。という事はこの犬は顔見知り……?
それを裏付ける様に、犬が――いえ、ブラックドック様が口を開かれました。地の底から響く様な低い声で。
「すまぬ。人間に近しいものが居るのでちょっと遊びたくなった」
遊びって……私は本当に怖かったのですけれど? 人間なら心臓が縮み上がりそう、と言う程に。
元は英国産のブラックドック様は城砦跡等に現れては、話し掛けたり触ったりした人間の感覚を奪い、即時に死に至らしめるとも伝えられていると、その後直ぐにお戻りになられた坊ちゃまから聞き及びました。
純粋な妖で、その、年季も重ねておられる御主人様や坊ちゃま方ならば兎も角、私は人に近いから、とも。
「カメリアは人に近いのですか?」すっかり落ち着いた黒猫に餌を与えながら、私はお伺い致しました。
あ、勿論、ブラックドッグ様は御主人様のお部屋にご案内致しました。途中、何かと話し掛けられましたが――意地悪な、いえ、悪戯好きな方です――お嬢様が間に入って下さいました。
「自覚無いのか? 形の似るものは似た属性を持つんだよ。俺達も人の姿を採ってはいるけれど、これもある意味仮の姿。お前は元々が人に似せて作られた人形だろう?」
「……では、ブラックドッグ様もやはり犬に似る……のでございましょうか?」ふと疑問に思って、そう尋ねました。
不意に、坊ちゃまは笑い始めました。
「小さい頃、よく物を投げて遊んだものだよ。いや、向こうの方がずっと年上なんだが……本能には逆らえないらしい。バツが悪そうな顔をしながらも、ちゃんと取って来たよ」
やっぱり、犬なんだ……。
私は次に会った時に物を投げずにいられるかどうか、自制心が試される事を覚悟致しました。
「よく頭蓋骨とか投げて遊んだっけなぁ」懐かしそうに坊ちゃまは仰います。
……投げられた髑髏を反射的に「取って来い」するブラックドッグ様を想像してしまいました。
躍動する体躯。なびく黒い体毛。爛々と燃える眼。そして白い骨を鋭い犬歯で咥え込んだ真っ赤な口からは涎が……。それが向かって来る……。
絶対に物を投げるまい――カメリアはそう心に誓いました。ええ、ダイアモンドよりも固く。
―了―
調べてみると案外伝承の少ないブラックドッグさん。何にしても話し掛けてはいけないらしい。
コナンドイルの『バスカヴィル家の犬』のモデルにもなったとか。
犬のものとも、より大きな狼のものとも知れぬ声に、黒猫が竦み上がり、寝床にしているバスケットの毛布の中に潜り込んでしまいました。無理もない事でしょう。私でさえ、びくりと肩を、いえ、この虚ろな身に宿った魂もが震えましたもの。
私は黒猫を部屋に残して扉を閉め、玄関に向かいました。
お客様ならお取次ぎしなくてはなりません。勿論、坊ちゃまの仰られた通り、声は掛けずに。
重い大扉を開けた先に立っていたのは、仔牛程もある、真っ黒な犬。長めの毛並みは艶やかで引き締まった体躯。垂れた耳と濡れた鼻を忙しなく動かして、こちらを窺っている様子です。そしてふと、目に笑いを浮かべました。
爛々と燃える様な真っ赤な目に、獰猛な笑みを。緩んだ口からも鋭い犬歯がこれ見よがしに覗いています。
「……」これは私の様な生まれて程ない――妖の時間としてですが――若輩者の私の対峙出来る相手ではない。瞬間的にそう悟りました。
はっきり申します。私は怖かったのです。生き人形という、やはり妖の身ながら。
それでも相手はお客様。失礼があってはなりません。それは御主人様の恥となりますもの。
私はぎこちない笑みを浮かべ、こちらへどうぞと手で示しました。坊ちゃまに言われた通り。
けれど、この時どれだけ話したかった事か! 愛想笑いを浮かべながら、間を持たせる為に何でもいいから話し掛けたい!――そう思わせる圧迫感を、その黒い犬は持っていました。
それでも辛うじて声を出さずにいると、丸でこちらの心を読んだかの様に、動こうとなさらず、値踏みするかの様に私を見上げるばかり。私の仕草の意味がお解りなのは、その並の犬ならぬ知性を備えた目を見れば解ります。
なのに動いて下さらない。これは……。
「意地悪だな、ブラックドッグ」突然のお嬢様の声に、私の方が飛び上がりそうでした。
「お、お嬢様……!」私は慌てて言い、そして思わず自分の口を押さえました。
あ。黒い犬以外には話しても問題ないのでした。
「うちの使用人をからかわないでくれないか」大広間の階段をゆっくりと下りながら、お嬢様は仰せになられました。尤も、口元には親しげな笑みが浮かんでおられます。という事はこの犬は顔見知り……?
それを裏付ける様に、犬が――いえ、ブラックドック様が口を開かれました。地の底から響く様な低い声で。
「すまぬ。人間に近しいものが居るのでちょっと遊びたくなった」
遊びって……私は本当に怖かったのですけれど? 人間なら心臓が縮み上がりそう、と言う程に。
元は英国産のブラックドック様は城砦跡等に現れては、話し掛けたり触ったりした人間の感覚を奪い、即時に死に至らしめるとも伝えられていると、その後直ぐにお戻りになられた坊ちゃまから聞き及びました。
純粋な妖で、その、年季も重ねておられる御主人様や坊ちゃま方ならば兎も角、私は人に近いから、とも。
「カメリアは人に近いのですか?」すっかり落ち着いた黒猫に餌を与えながら、私はお伺い致しました。
あ、勿論、ブラックドッグ様は御主人様のお部屋にご案内致しました。途中、何かと話し掛けられましたが――意地悪な、いえ、悪戯好きな方です――お嬢様が間に入って下さいました。
「自覚無いのか? 形の似るものは似た属性を持つんだよ。俺達も人の姿を採ってはいるけれど、これもある意味仮の姿。お前は元々が人に似せて作られた人形だろう?」
「……では、ブラックドッグ様もやはり犬に似る……のでございましょうか?」ふと疑問に思って、そう尋ねました。
不意に、坊ちゃまは笑い始めました。
「小さい頃、よく物を投げて遊んだものだよ。いや、向こうの方がずっと年上なんだが……本能には逆らえないらしい。バツが悪そうな顔をしながらも、ちゃんと取って来たよ」
やっぱり、犬なんだ……。
私は次に会った時に物を投げずにいられるかどうか、自制心が試される事を覚悟致しました。
「よく頭蓋骨とか投げて遊んだっけなぁ」懐かしそうに坊ちゃまは仰います。
……投げられた髑髏を反射的に「取って来い」するブラックドッグ様を想像してしまいました。
躍動する体躯。なびく黒い体毛。爛々と燃える眼。そして白い骨を鋭い犬歯で咥え込んだ真っ赤な口からは涎が……。それが向かって来る……。
絶対に物を投げるまい――カメリアはそう心に誓いました。ええ、ダイアモンドよりも固く。
―了―
調べてみると案外伝承の少ないブラックドッグさん。何にしても話し掛けてはいけないらしい。
コナンドイルの『バスカヴィル家の犬』のモデルにもなったとか。
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Re:ほほー
声掛けちゃだめですよ~?^^
真っ黒つやつやの犬でも撫でちゃ駄目ですよ~?
ふふふ~。意地悪ですね~(笑)
真っ黒つやつやの犬でも撫でちゃ駄目ですよ~?
ふふふ~。意地悪ですね~(笑)
カメリアさん…
私は次に会った時に物を投げずにいられるかどうか、自制心が試される事を覚悟致しました。って(笑)
アンタ怖がってたんじゃなかったんかい!ってツッコミたい気分だよ。
黒猫さん名前は決まったのかなー?
アンタ怖がってたんじゃなかったんかい!ってツッコミたい気分だよ。
黒猫さん名前は決まったのかなー?
Re:カメリアさん…
恐怖心と好奇心が拮抗しておりまして……^^;
でもやはり恐怖心が勝った様です(笑)
黒猫さん、何にしようかなー。
でもやはり恐怖心が勝った様です(笑)
黒猫さん、何にしようかなー。
Re:すごい
やはり犬なので……(^^;)
溺れている人を助けたという話も伝わっているらしいです。自分から触る分にはいいんかい。
咲ちゃん、猫じゃらしで「とって来い」♪
可愛いなぁ(^-^)
溺れている人を助けたという話も伝わっているらしいです。自分から触る分にはいいんかい。
咲ちゃん、猫じゃらしで「とって来い」♪
可愛いなぁ(^-^)
Re:無題
まぁ、仔牛程もある犬ですからねぇ(^^;)
触ってみるにもちょっと勇気が要るかも知れませんよ?
動物好きには恐ろしいトラップだな(笑)
触ってみるにもちょっと勇気が要るかも知れませんよ?
動物好きには恐ろしいトラップだな(笑)
Re:月夜が
う~む、本当なら昨日の所をサボったし(笑)今日、向こうを更新するか。
こっちは……何か絵があったかな?(^^;)
こっちは……何か絵があったかな?(^^;)
無題
こんばんわ(^o^)丿
このシリーズ好き~v(≧∇≦)v
そんなワンコがいるんですね~!
初めて知りました。牛ぐらいの黒犬・・・
触って見たいです。。。
そんなでかいのが、持って来いできるなんて
可愛すぎです(*^_^*)
このシリーズ好き~v(≧∇≦)v
そんなワンコがいるんですね~!
初めて知りました。牛ぐらいの黒犬・・・
触って見たいです。。。
そんなでかいのが、持って来いできるなんて
可愛すぎです(*^_^*)
Re:無題
「持って来~い」って、声掛けちゃ駄目ですよ?(^^;)
無言で投げる!……変な光景だ(笑)
無言で投げる!……変な光景だ(笑)
Re:こんばんは
それは……仔牛程の形相いかめしい犬なんか居たら、逃げますね(^^;)
あ、でも犬って逃げるものを追う習性もあったっけ……。
そーっと、そーっと……(逃)
あ、でも犬って逃げるものを追う習性もあったっけ……。
そーっと、そーっと……(逃)
Re:無題
勿論、投げたのは坊ちゃま、ご幼少の砌(笑)
まぁ、妖だし……ね(--;)
まぁ、妖だし……ね(--;)
Re:無題
基本的に本を読んだりテレビを見ては知識を蓄えて、それを捻ってお話にしてるだけっす(^^;)
西洋の魔物とか一時凝ったもんで^^
西洋の魔物とか一時凝ったもんで^^