〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「こんな所で、どうしたの? 坊や」相手を驚かせないよう、敢えて足音も忍ばせずに近付いた私は、森の外れを彷徨っていた子供に、そう声を掛けました。
此処は妖の森。例え今の様な昼日中でも、人間の子供が不用意に足を踏み入れていい場所ではありません。尤も、大人も、ですけれど。
「誰? この森に住んでるの?」振り返った子供が小首を傾げました。十になったかならないか、小柄な男の子です。木陰に居る私の姿を捉え切れないのか、視線が定まっていません――まぁ、それは私が態と見え難い所に居るのですが。
私カメリアはこれでも生き人形。等身大の為、シルエットでは判らないでしょうが、人間の名工の手になるものとは言え、間近で見られては流石に誤魔化し切れないでしょう。
さて、子供の問いに対して、些かマナー違反ですが、私は更に質問を返しました。
「この森がどういう場所か、知っているの?」
人間にとっては悪名高い、妖の棲み家。私達にとっては安住の地。それがこの黒く、深い森。
子供はやっと私に視線を定めると――それでも陰の所為で気付いてはいないのか――頷きました。
知っている、と。
「此処に吸血鬼が居るって聞いたんだ。だから、頼みがあって来たんだ。お姉さん、知らない?」
私は目を丸くして、子供を見下ろしました。
この森にも稀に人が来る事はありましたが、大概は迷い込んだ者であったり、世を儚んだ者であったり……。いずれにせよ、迷子が多かったのですが、どうやらこの子供は、明確な目的があって踏み込んだ様子。
それにしても子供が吸血鬼に何の用でしょう?
「吸血鬼に会ったら大変だと思うけれど……何の頼み事かしら?」私はさり気ない風を装って、尋ねました。
勿論、この森の吸血鬼と言えば、私がお仕えするお屋敷の御主人様御一家。知らない訳がありません。けれどこんな子供を、目的も知らずに連れて行く訳にも参りません。
見た所、些か粗末な衣服を身に着けている他には、大した荷物も持っていない様ですが、その中に聖水や十字架でもあったら……。お嬢様方への危害は、何としても防がなくてはなりません。
子供は暫し逡巡した後、口を開きました。
「お母さんの血を吸って……って」
私が目を丸くしている間にも、子供は取り繕う様な早口で、説明を続けていました。
「あのね、吸血鬼に噛まれたら、吸血鬼と同じ様に不老不死になるって聞いて……。だから、お母さんを……。お母さん、この頃、鏡を見ては溜め息ついてるんだ。昔はこんな皺なんて無かった、とかぶつぶつ言って……」
「だから吸血鬼に噛んで貰って、不老不死にして貰おうという事?」心底呆れたのが声に出たのでしょうか、子供は俯いて、それでもこっくりと頷きを返しました。
年齢による容色の衰え――人形である私には、やはり解らない事です。私の顔には、例え罅は出来たとしても、皺は出来ませんから。白髪になる事もありません。少なくとも、私の意識がこの身体を離れるような事でもない限り、他の古い人形達の様に肌の色がくすむ事もないでしょう。
そしてお嬢様達吸血族の方々が人間から見れば非常に長寿であり、いつ迄も若く美しいのもまた事実。
けれど……。
「吸血鬼は不老不死ではないのよ?」
私の言葉に、今度は子供が目を丸くしました。
「人間よりずっと長い時間を掛けて歳を重ねているの」現に旦那様は見た目では五十代といった所。勿論実際の年齢は極秘事項でございます。「それに死なない訳でもないし……。まぁ、確かに人間に比べればずっと長生きだけれど」
「……それでも……」俯いた儘、子供は言いました。「それでも、僕が生きている間位は、若い儘、元気で生きていてくれるよね?」
「……坊や、お家に帰りなさい。今直ぐに!」私は思わず、強く命じてしまいました。
容色の衰えを憂う母親の為という理由も確かにあったのでしょうが、それ以上にこの子供は、その母親が年老いて、いずれ自分をこの世に置いて去る事を、恐れていたのです。いずれ対面しなければならない別れを避ける、その為に妖の力を利用しようなどとは――御自分にも他者にも厳しく、誇り高いお嬢様に知られたら、大変です。
尤も、そんな事は知らない子供は面食らった様でした。
「で、でも、未だ吸血鬼に……」
「今会ったら、噛まれるのはお母様じゃなくて、坊やよ」私は宣告しました。「お母様の為にしろ、坊や自身の為にしろ、人間の勝手で動いてくれる様な方々ではないし、そんな道理も無いわ。時間の流れを歪めようなどとすれば……歪むのは、坊やよ?」
それでも愚図愚図している子供に、私は告げました。
「坊やはお母様の為と言いながら、自分自身の為に元気でいて欲しいのでしょう? 自分が置いて行かれたくないから、不自由したくないから……。それを見透かされたら、永い時を背負って、この先お母様を始めとして幾人もの大事な人との別れを、一方的に置いて行かれる形で繰り返すのは、坊や自身よ。それによく考えて。願いが通ったとしても、お母様にそんな思いをさせる事になるのよ? それは、坊やの望む事?」
暫し、その頭に私の言葉が浸透するだけの間を置いて、子供は勢いよく頭を振りました。
そして、慌てて踵を返し、森の出口の方へと、駆け出しました。幾度も木の根に躓きながら、それでも一目散に。
私はその後ろ姿を見て、一つ頷くと森の深くへと、脚を向けました。
お嬢様がお昼寝中でよかった――そう思いながら。如何に人間とは違う妖とは言え、あの様な幼くか弱きものの泣く姿は見たくはございません。何かと後始末が大変ですし。
尤も、帰ってみれば、お嬢様はどうやら蝙蝠達の目を通して見ておられた様でございまして――私は苦笑いで迎えられました。
「昼間でなかったなら、余程出て行こうかと思ったよ」私に背を向けた儘、お嬢様は仰せになられました。
「やはり、あの子の方を……?」見事な亜麻色の髪を梳りながら、私はお尋ね致します。
「……両方、だな」と、お嬢様。
「両方、でございますか?」私は少々、意外な思いに捉われました。「それでは二人共、不老不死ではないにしても長く生きる事に……」
「そう。二人共――いや、二人だけ、だね」くっ、とお嬢様はお笑いになられました。「他の人間達からは切り離された時間軸で、たった二人だけ。幾人も見送りながら、あの親子だけがなかなか歳も取らない――いずれ人間達の中には居られなくなるよ。それでいて緩やかに歳を取り、いずれ順当ならばあの子は母親にも置いて行かれる……。結局あの子供の恐れは何ら解消されはしない。何なら、陽が落ちてからでも我々を利用しようなどという、愚かな子供に罰を与えに行こうか?」
私は肩を竦めて、申し上げました。
「その様なお心算もない癖に。本気であればあの場で私にお命じになられたでしょう――あの子供を逃がすな、と」
お嬢様は一頻り、お笑いになられました。
「今回はカメリアに免じて、見逃しておくよ。もし万一、また来るような事があったら、容赦はしないけれどね」
私は深く一礼して、真紅のワインの準備にと、お嬢様のお部屋を辞しました。
―了―
手加減し過ぎかにゃ?
それにしても子供が吸血鬼に何の用でしょう?
「吸血鬼に会ったら大変だと思うけれど……何の頼み事かしら?」私はさり気ない風を装って、尋ねました。
勿論、この森の吸血鬼と言えば、私がお仕えするお屋敷の御主人様御一家。知らない訳がありません。けれどこんな子供を、目的も知らずに連れて行く訳にも参りません。
見た所、些か粗末な衣服を身に着けている他には、大した荷物も持っていない様ですが、その中に聖水や十字架でもあったら……。お嬢様方への危害は、何としても防がなくてはなりません。
子供は暫し逡巡した後、口を開きました。
「お母さんの血を吸って……って」
私が目を丸くしている間にも、子供は取り繕う様な早口で、説明を続けていました。
「あのね、吸血鬼に噛まれたら、吸血鬼と同じ様に不老不死になるって聞いて……。だから、お母さんを……。お母さん、この頃、鏡を見ては溜め息ついてるんだ。昔はこんな皺なんて無かった、とかぶつぶつ言って……」
「だから吸血鬼に噛んで貰って、不老不死にして貰おうという事?」心底呆れたのが声に出たのでしょうか、子供は俯いて、それでもこっくりと頷きを返しました。
年齢による容色の衰え――人形である私には、やはり解らない事です。私の顔には、例え罅は出来たとしても、皺は出来ませんから。白髪になる事もありません。少なくとも、私の意識がこの身体を離れるような事でもない限り、他の古い人形達の様に肌の色がくすむ事もないでしょう。
そしてお嬢様達吸血族の方々が人間から見れば非常に長寿であり、いつ迄も若く美しいのもまた事実。
けれど……。
「吸血鬼は不老不死ではないのよ?」
私の言葉に、今度は子供が目を丸くしました。
「人間よりずっと長い時間を掛けて歳を重ねているの」現に旦那様は見た目では五十代といった所。勿論実際の年齢は極秘事項でございます。「それに死なない訳でもないし……。まぁ、確かに人間に比べればずっと長生きだけれど」
「……それでも……」俯いた儘、子供は言いました。「それでも、僕が生きている間位は、若い儘、元気で生きていてくれるよね?」
「……坊や、お家に帰りなさい。今直ぐに!」私は思わず、強く命じてしまいました。
容色の衰えを憂う母親の為という理由も確かにあったのでしょうが、それ以上にこの子供は、その母親が年老いて、いずれ自分をこの世に置いて去る事を、恐れていたのです。いずれ対面しなければならない別れを避ける、その為に妖の力を利用しようなどとは――御自分にも他者にも厳しく、誇り高いお嬢様に知られたら、大変です。
尤も、そんな事は知らない子供は面食らった様でした。
「で、でも、未だ吸血鬼に……」
「今会ったら、噛まれるのはお母様じゃなくて、坊やよ」私は宣告しました。「お母様の為にしろ、坊や自身の為にしろ、人間の勝手で動いてくれる様な方々ではないし、そんな道理も無いわ。時間の流れを歪めようなどとすれば……歪むのは、坊やよ?」
それでも愚図愚図している子供に、私は告げました。
「坊やはお母様の為と言いながら、自分自身の為に元気でいて欲しいのでしょう? 自分が置いて行かれたくないから、不自由したくないから……。それを見透かされたら、永い時を背負って、この先お母様を始めとして幾人もの大事な人との別れを、一方的に置いて行かれる形で繰り返すのは、坊や自身よ。それによく考えて。願いが通ったとしても、お母様にそんな思いをさせる事になるのよ? それは、坊やの望む事?」
暫し、その頭に私の言葉が浸透するだけの間を置いて、子供は勢いよく頭を振りました。
そして、慌てて踵を返し、森の出口の方へと、駆け出しました。幾度も木の根に躓きながら、それでも一目散に。
私はその後ろ姿を見て、一つ頷くと森の深くへと、脚を向けました。
お嬢様がお昼寝中でよかった――そう思いながら。如何に人間とは違う妖とは言え、あの様な幼くか弱きものの泣く姿は見たくはございません。何かと後始末が大変ですし。
尤も、帰ってみれば、お嬢様はどうやら蝙蝠達の目を通して見ておられた様でございまして――私は苦笑いで迎えられました。
「昼間でなかったなら、余程出て行こうかと思ったよ」私に背を向けた儘、お嬢様は仰せになられました。
「やはり、あの子の方を……?」見事な亜麻色の髪を梳りながら、私はお尋ね致します。
「……両方、だな」と、お嬢様。
「両方、でございますか?」私は少々、意外な思いに捉われました。「それでは二人共、不老不死ではないにしても長く生きる事に……」
「そう。二人共――いや、二人だけ、だね」くっ、とお嬢様はお笑いになられました。「他の人間達からは切り離された時間軸で、たった二人だけ。幾人も見送りながら、あの親子だけがなかなか歳も取らない――いずれ人間達の中には居られなくなるよ。それでいて緩やかに歳を取り、いずれ順当ならばあの子は母親にも置いて行かれる……。結局あの子供の恐れは何ら解消されはしない。何なら、陽が落ちてからでも我々を利用しようなどという、愚かな子供に罰を与えに行こうか?」
私は肩を竦めて、申し上げました。
「その様なお心算もない癖に。本気であればあの場で私にお命じになられたでしょう――あの子供を逃がすな、と」
お嬢様は一頻り、お笑いになられました。
「今回はカメリアに免じて、見逃しておくよ。もし万一、また来るような事があったら、容赦はしないけれどね」
私は深く一礼して、真紅のワインの準備にと、お嬢様のお部屋を辞しました。
―了―
手加減し過ぎかにゃ?
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深いよ〜
カメリアさんの言葉を何処まで理解できたんだろうなこの子。。。
大好きな母親と別れるのは誰でも嫌だよねえ…
昨日の「行方不明」とコメントしたコ、”昨日”見つかったそうです。東京で(^_^;)詳細は未だ不明だけど。
家出だったらしいです。人騒がせな(-_-メ)
大好きな母親と別れるのは誰でも嫌だよねえ…
昨日の「行方不明」とコメントしたコ、”昨日”見つかったそうです。東京で(^_^;)詳細は未だ不明だけど。
家出だったらしいです。人騒がせな(-_-メ)
Re:深いよ〜
東京でって(^^;)
何を思っての事か知らないけど、人騒がせな☆
まぁ、無事に発見されて何よりですが。
何を思っての事か知らないけど、人騒がせな☆
まぁ、無事に発見されて何よりですが。
不老不死って・・・
そんなに良いのかねぇ~?
しかし吸血鬼を利用しようなんて・・・・
凄い事を考えたねぇ!
↓つきみぃさん所の子、見つかって良かったネ!
何か事件に巻き込まれたのか?
と思ってしまったよぉ~!
しかし吸血鬼を利用しようなんて・・・・
凄い事を考えたねぇ!
↓つきみぃさん所の子、見つかって良かったネ!
何か事件に巻き込まれたのか?
と思ってしまったよぉ~!
Re:不老不死って・・・
不老不死……私は嫌ですが(苦笑)
大体が怠け者なので、未だ未だ時間があるわ~と思ったら、何もしないぞ、多分(笑)
大体が怠け者なので、未だ未だ時間があるわ~と思ったら、何もしないぞ、多分(笑)
Re:こんばんは
これがいい歳した大人だったら……ふふふ……(黒笑)
こんにちは
ってか、それ以前に、人様の中で平穏に暮らせなくなると思うぞ。(笑)
歳とって、ある日突然、体力の衰えを自覚するんよね。
朝起きたときに疲れの抜け方が少なかったりで、ハッキリ分かるんよね。
あぁいうときは、弱気になるよなぁ。
歳とって、ある日突然、体力の衰えを自覚するんよね。
朝起きたときに疲れの抜け方が少なかったりで、ハッキリ分かるんよね。
あぁいうときは、弱気になるよなぁ。
Re:こんにちは
体力は元から余り無いから、いまいち自覚ないっすб(^^;)
不老不死……歳を取らなくなったら、いずれ怪しまれるよねぇ。特に子供なんて一年一年大きくなるものなのに、いつ迄も小さかったら悪い意味で目立つ☆
だから噛まれたら大変だよ(笑)
不老不死……歳を取らなくなったら、いずれ怪しまれるよねぇ。特に子供なんて一年一年大きくなるものなのに、いつ迄も小さかったら悪い意味で目立つ☆
だから噛まれたら大変だよ(笑)
Re:カメリアさん
今月お誕生日ですか♪ おめでとうございます(^-^)
そうそう、人間年を取るのが当たり前。
常道を歪めようとすれば、歪むのは自分の方☆
そうそう、人間年を取るのが当たり前。
常道を歪めようとすれば、歪むのは自分の方☆