『無罪の妖刀』

「詰まり、貴方が彼女を刺殺したのはこの刀の所為だとおっしゃりたいのですか？」
「ああ。あれは妖刀なんだ！　あれを握った途端、殺意が湧いて……いや、殺意が元から無かったとは言わない。あの女には前から強請（ゆす）られてたんだ。居なくなってくれれば……そう思った事は何度もあったさ。だが、それでも俺には自制心ってものがあったんだ！　それがあの刀を手にした途端、吹き飛んでしまった……！」
「それが刀の所為だという証明はお出来になります？　偶々手近に刃渡り七十センチにも及ぶ凶器があって、金の受け渡しの為に、彼女と二人切りという絶好のチャンスだった。そこで箍（たが）が外れたのではないという証明は出来まして？」

「それは……だが、これ迄だって彼女と二人切りだった事はあるし、今なら殺せるかもと思った瞬間はあったんだ。けどその度に、こんな女の為に自分の人生を棒に振るなんて馬鹿馬鹿しいと、首を横に振ってきた。なのにその刀を手に取った途端、そんな事、どうでもよくなっちまった。逃げる当ても無い、それどころか逃げる事さえ考えず……。俺はこれでも保身に掛けては執念深いんだ。だからこそ、これ迄あの女の言いなりに金を用意してきたんだ。なのに……これでお終いだ」
「だからせめて刀の所為にして、罪を軽くしようという訳でございますか？　生憎、日本では司法に呪いだの妖刀だのは通じないと聞き及んでおりますわ」
「それはそうなんだろうが……」
「そんな恨めしそうな目で見ても駄目ですよ。大体、これは貴方が強請られる原因になった美術品としての刀の贋作の製造の為に不正なルートで調達した、本来の作家の手になるものでございましょう？　それが妖刀だなんて話、聞いた事もございません」
「真逆その事が……」
「贋作を作られた刀鍛冶が、その名を汚した貴方を呪ったとでもおっしゃいますか？　だとしてもこの刀は貴方が勝手に入手したものでございますし、物に過ぎない刀がどうやって貴方が犯人だと判ずると仰せで？」
「…………」
「いい加減に覚悟をなさいませ。殺人となっては言い逃れも出来ないでしょう。それとも、此処で私も殺して逃げますか？」
「……いや、あんたは殺せそうにない気がする。勘だけど」
「では……」
「自首する。その刀を持って」
「解りました。それならばお渡し致しましょう」

　男は血に濡れた一振りの刀を持ってホテルの備え付けの電話機へと向かった。そしてふと、死体が転がる閉鎖された部屋を見回して、先程の女はいつから、どうやって此処に居たのだろう、と今更ながらに考えた。呆然としていた所、いきなり刀を取り上げられ、あんな問答をし始めていた。彼女の正体に関して答えは出ず、またそれ以上に求めもしなかったが。

「おつかいが無事に済んでようございましたわ」鞘に収められた一振りの妖刀を手に、私、カメリアは上機嫌でございました。お嬢様のご所望の品を求めてこんな日本くんだり迄来た甲斐があったというもの。
　勿論、先程の男が持っていたのは男自身が作った贋作。刀を抑えた時に摩り替えさせて頂きました。
　これが妖刀だという男の証言は合っておりました。とは言えどの道司法の場には関係のない事。刺傷との整合性さえあれば問題は無いでしょう。
　それに、これ程のものはそうそう出回りませんのよ？　人間の手に置くのは勿体無いではございませんか。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　声が出ない分会話が増える（笑）
　今年の風邪はしつこいよ～（Ｔ－Ｔ）